第4話 ルージュ侯爵
「昨日、印を見た後すぐに『使命者の可能性あり』という報告をしているの。」
「ギルドの偉い人にですか?」
「侯爵に。」
え!?
「近くに居るんですか?」
「ううん、侯爵は今王都にいるから、ウチの鷲ちゃんに飛んでもらったの。」
「あぁ、そういう事ですか。伝書鳩みたいな。」
「そうだね、でも鳩だったら厳しいかな~。襲われちゃうかも。」
「そうですか……」
「緊急事態だからね。順調に行けば、もうそろそろ帰ってくる頃かな?」
鷲の速さ……わからん!
「ちなみに王都までは、どれくらいの距離なんですか?」
「乗合馬車で、4日くらい。早い馬の単騎駆けで、2日くらいかな~。」
聞いてはみたものの、イマイチイメージしにくい。まぁ、遠い所にいるんだな、というのは何となくわかった。
「直接、侯爵にご報告なんですね。」
「うん、使命を受けた人は『使命者』って呼ばれてるんだけど、使命者の可能性があれば、領主に即報告が決まり。」
「使命者…。」
「たまたま印を見たからわかったんだけど、念のため『可能性』って事にしておいたの。」
すると突然窓がガタン!ガタン!と大きな音を立てる。
風?強いな!
【ケーーーーーーーーーーーーッ!!】
え?何?
「おー、ちょうど帰って来たね~」
「鷲ですか?」
「そうそう、ウチのパーシャちゃん。おかえり~!」
窓の下からニュッと顔を出してコツコツと嘴で窓を叩くパーシャちゃん。窓の下半分ほどが顔で埋まる。
鷲!?デカい!なんじゃそのデカさ!
いくら何でも大きすぎじゃない?
「はいはい、今出るからね~。この子、すっごく頭が良くて強いんだよ~。アキラくん、ちょっと待っててね。」
パタパタと外に出ていくアミュさん。
リバルドさんが、バケツいっぱいに巨大な肉のカタマリを持って出ていく。
頭から胸のあたりにかけてのモフモフとした羽毛をワシャワシャされて気持ちよさそうにしているパーシャちゃん。
ライオンの下半身を持ち、小型のトラックと同じくらいの大きさのパーシャちゃん。
気高く美しいその姿を見て、あぁ、俺は本当に異世界に来たんだな、と思っていた。
「鷲じゃないじゃん。」
「侯爵、会いたいからすぐ帰るって!」
パーシャちゃんの身体に取り付けられた大きなカバンから取り出したのは、丸めてロウで封印された書状。
「そうなんですね~。」
窓の外では、ガツガツと肉を喰らうグリフォン。
丁寧にブラッシングをしてあげてるリバルドさん。
このカオスな状況は、想像できるはずがないんです。そりゃ生返事にもなります。
「別荘って書いてあるから、もう出る準備した方がいいね。」
「準備?何の?」
ボンヤリしすぎて、うっかりタメ口で返答してしまう。
イカン、こういう時こそ気合いを入れんと!
「先に行っておいた方がいいわ。もしかしたら、もう着いてるかもしれない。」
「え?でも、早い馬でもここまで2日かかるという話では?」
「いや、あの人が乗ってる子、すごく早いから。」
アミュさんが早いって言うぐらいだから、物凄いんだろうな。
「じゃ、外で待っててね。」
「はい、わかりました。」
外で?
でも外でって…グリフォンいるじゃないですか…。
すっげーーーーーーーーー怖えーーーーーーーーー。
でも、今ご飯食べたばかりだから、少なくとも飢えは満たしているはず。
リバルドさんに甘えた素振り見せてるし、大丈夫だよな。うん、大丈夫だいじょぶー。
「しつれい、いたしまーーーす。」
蚊の鳴くような声でご挨拶しながらドアを開ける。おそるおそる。ゆーっくり。
よしよし、パーシャちゃんはリバルドさんのブラッシングに夢中だな。
ふむ、こうして見てみると、コワイというより…かわいらしく
【ケッ?】
気付かれましたー。
うおぉうマジかマジかマジか、来る来る来るこっち来る来る来る。
めっちゃ見られてるー。
「大丈夫だ」
えっ?パーシャちゃん?
「パーシャは産まれた時から育てている。」
違う!その後ろから……まさか……。
「人に良く慣れ、主人の命令以外で襲う事は無い。」
「そ、そうなんですね……」
何という魅惑の低音ボイス……リバルドさんがしゃべった……。
「おまたせー!じゃあ鞍つけるから。乗っていけばすぐ着くよ!」
「乗るって…グリフォンに?」
「そうそう。パーシャちゃんは場所わかってるから、乗ってしっかり掴まってるだけでいいよ。」
そんなの不安で不安でしょうがないんですけど!!!
……でも、こんな機会は絶対ありえない。良く見たらパーシャちゃんも、何かかわいく見えてきたし。
ウダウダ言ったってしょうがない!ハラくくるか!
「って!俺一人で行くんですか!?」
「だって、鞍は一人乗りだし、一人でいらしてください、って書いてあったしねぇ。」
「~~~~~~~~~!わかりました!じゃあ行ってきます!努力と根性!よっしゃぁ!」
「じゃあ気を付けてね~。」
『パーシャちゃん、ルージュ侯爵の別荘まで、この人を連れて行ってあげてね。寄り道したらダメだよ。』
【ケーーーッ!】
あと落ちないようにね~。って遠くで聞こえた気がしたのは、離陸した瞬間だった。
「高い……高いの……コワイ……」
念仏のように唱える俺は高所恐怖症。
飛行機では窓側ではなく通路側、高層階の窓から下は絶対見ない、観覧車はただの地獄と、これまで生きてきた中で高い場所は回避してきた。
でもまさかこんなねぇ、見れないけどねぇ、地上約数1000メートル(推測)を飛ぶなんてねぇ……シートベルトもないんだよ!?
そんなブチギレのオンパレードが脳内でフル回転すること、およそ15分。
スッ……とハラの中が消える、あの感覚。
学生時代罰ゲームで乗せられて気絶した、ジェットコースターで下るときの、あのトラウマ的感覚。
急降下ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ぎゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!
パーシャちゃんにガッチリしがみついて、ひたすら祈る。祈る。祈る。
『助けてくださいーーーーーーーーー!』
バササと音が鳴り、一瞬フワリと体が浮いて、重力が安定した感覚を得る。
【ケーーーッ】
やっと…地面についた…生きてる…俺、生きてる…!
俺の顔をペロペロとなめまわす感覚。
パーシャちゃん……何?気遣ってくれてるの……?やさしい子……。
そう思ってゆっくり目を開けると、真っ赤なライオンが俺の顔をペロペロと舐めくりまわしていた。
「大丈夫ですよ、無事に着きましたよ。」
ライオンが……しゃべった……?
「急がせてしまったみたいで、申し訳ありませんでした。」
ライオンの後ろから、ハリのある声の赤毛の青年が声をかけてくれる。
立ち上がろうとしたけど、身体に力が入らない。
「あの……ちょっと、腰が……」
「大丈夫ですよ。少し休んでいただいて、後程お話をさせてください。」
「何か……ホントすみません……」
「お気になさらず。おーい、誰か手伝ってくださーい!」
どこからか、ワラワラと現れた人たちに支えられて、担架に乗せられる。
ひどく疲れた俺は、そのまま意識が遠くなっていく。ボンヤリした頭の中に響くのは、さっきの青年の声だった。
「ずっと、お待ちしていました。」
「あれ?……ここ……どこだっけ?」
何か身体がダルくて目覚めて、ソファーでボンヤリしている。
見覚えのない部屋。
家に帰った記憶もなく、友人の家に泊まらせてもらった記憶もない。
そんなタイミングで、コンコンとノックの音が。
ガチャっと開けて入ってきたのが、あら上品なお爺さん。
お爺さん?
「失礼いたします。お目覚めになられましたか?」
「あっ、はい、おはようございます。」
思わず立ち上がって気を付け!姿勢になってしまう。
お爺さんの後ろから、メイドさん!?メイドさんだ!!
うおおおマジかメイドさんだ……生メイドさん初めて見た……。
目が覚めた。
「後程、主人が参りますので、今しばらくお寛ぎくださいませ。」
お紅茶とお茶菓子を置いて、部屋を出ていくメイドさんとお爺さん。
そうか、侯爵の家に着いたんだ。パーシャちゃんの背中から降ろしてもらったあたりは何となく覚えてるんだけど、それからすぐ寝ちゃったのか。
じゃあ、あのタイミングで声をかけてくれた人が侯爵?顔はボンヤリしてて見えなかったけど、結構若かったかも。
それにしては落ち着いてるというか何というか、それが貴族の余裕なのかねぇ。
部屋を見回してみる。広い。俺の部屋20個分ぐらい広いうえに、いかにもお金かかってます!といった雰囲気の家具。
俺が眠っていたソファーはフッカフカで、吸い込まれるような錯覚すら覚える。これでちゃんと寝たら起きられなくなる。俺をダメにするタイプのソファーだ。よだれ垂れてないだろうな……。
やや小さめの円形テーブルにかかっているテーブルクロスは、金糸や銀糸などで華やかな刺繍が施されている。お茶こぼしたら、『ははは、よきかな』なんて笑ってるけど目が笑ってない雰囲気になりそうな感じ。
そして大きなベッド。ベッドの上から吊るすレースのファサーとしたアレ。もうコレ一人で寝るのが惜しいじゃないか。アキラのココ、あいてますよ?
俺が一番いいなと思ったのが、大きな暖炉。暖炉いいなぁ。夜、暖炉の前でのんびり本を読み、酒を楽しみながらポテチボリボリ喰い散らかしてみたい。
あとは、写実的なタッチで描かれた見事な絵画やご先祖様?の肖像画が数点、部屋の四隅に鎮座する謎の彫刻、豪奢な調度品の数々がこれでもかと主張しまくっている。
「いやぁ~すっごいなぁ~。」
もう場違いすぎて、こんな簡素な言葉しか出ませんわ。
でもまぁ、せっかくだからメイドさんのお紅茶、いただいちゃおうかしら。
優雅なひと時を満喫しちゃおっかな……。
【コンコン】
「はいっ!」
「失礼いたします。」
入って来たのは、さっきの赤毛の青年。
身長はだいたい180cmくらいでがっちりした体格。キリっとした顔つきをしているんだけど、威圧感がない。
ほんの少しウェーブがかかった短髪が、落ち着いた深みのある真紅の髪色に良く似合う。
「はじめまして、私はレナート・ルージュ・ラシェールと申します。ようこそいらっしゃいました。」
「楠木 亮と申します。苗字が楠木で、名前は亮です。」
「アキラさんですね。お会いできて光栄です。」
侯爵という高い身分のはずなんだけど、随分と礼儀というか、腰の低い印象を受ける。
本当に格が違う人ほど、そういうものなのかなぁ。
「いえ、こちらこそ、お会いできて光栄です。」
「それでは、お互い様という事で。」
そう言って微笑む。イケメンだ……。
「本来であれば私から伺うべきなのですが、お呼び立てして申し訳ございません。」
「いえ、いえ、お気になさらないでください!」
いきなり謝られてテンパる。
「どうぞ、お掛けになってください。」
「はい、それでは、失礼いたします。」
促されるまま、ソファーに着席。
「アミュさんとお話はされましたか?」
「ここは私が居た世界とは違う世界という話を伺いました。」
「どう思われます?」
「グリフォンを見た時、現実を叩きつけられました。」
「パーシャちゃん、随分大きくなりましたね。私が最後に見たのは、もうひと回りほど小さかった時ですね。」
「ルージュ侯爵閣下はご存知だったんですか?」
「そんな固い呼び方じゃなくて大丈夫ですよ。私の事はレナートとお呼びください。」
「さすがにそういう訳には…。」
「お気になさらず。」
その微笑みはズルいなぁ。
「私は、3年ほど前までは冒険者をやっていたんです。」
「えー、そうなんですね!」
「アミュさんとリバルドさんには、本当にお世話になりました。」
「それでパーシャちゃんの事もご存知だったんですね。」
「私は、パーシャちゃんに命を救われた事があるんですよ。」
「そうなんですか!?」
「冒険者ギルドは、冒険者の依頼には一切関与しないのが鉄則です。」
「はい、そう聞いています。」
「私が所属するパーティーが下級の魔獣討伐の依頼を受けた時、出るはずのない中級妖魔と下級妖魔の群れが現れた事がありまして、全滅しかけた時に空から舞い降りたのがパーシャちゃんでした。」
「へええ……妖魔というのが、魔物的なヤツでしょうか……」
「ええ、強かったですね。一瞬で妖魔たちを粉砕して、私たちを流音亭まで運んでくれたんです。」
中級妖魔というのがどれほどの強さなのかはわからないけど、群れというからにはそこそこの数が居たんだよな。
それを粉砕って。どんだけだよパーシャちゃん。
「私たちが流音亭に帰って来て、アミュさんが言ったのは『またカギかけてるの忘れてた~!』ですよ。」
「それは…何となくわかる気がします。色々な意味で。」
狙ってやったと思う反面、本気でドジっ子だった可能性も否定できない。
「そうですね、あの方らしいです。でも、すぐにギルドの本部から呼び出されていましたね。」
「あら、査問会みたいな?処罰みたいなものはあったんですか?」
「不問になったようです。ですが、私たちの事が原因でそのような事になりましたので、戻られてすぐにお詫びに訪れた所、『生きてるんだから、それでいいんだよ』と言われました。ギルドの本部でどういったやり取りがあったのか、結局教えてはいただけませんでした。」
漢だ。
漢の中の漢だ。アミュさんカッコイイな。
でもギルドマスターとしては、絶対にやっちゃダメなんだろうな。
「恐らく、他のギルドマスターがこのような事件を起こすと、マスターの資格は剥奪されるでしょうね。」
「厳しくないと、示しがつかないはずですよね。冒険者に対しても、他のギルドマスターに対しても。」
「規則は厳守すべき事です。普段の仕事では干渉してくることは一切ありません。ただ、冒険者の生命にかかわる事態を察知すると、何故かパーシャちゃんの檻の鍵をかけ忘れてしまうようです。そしてこれは私たちだけではなく、何度もこういう事はあったようです。」
「すごいですね…なかなか出来る事じゃないと思います。」
「ええ、素晴らしい方です。そして、その方から報告をいただきましたアキラさん。」
え、何?いきなり話を振られたらドキっとしますよ。
「いや、アミュさんはすごい人と思いますが、私はそんな大した者では…」
「これを、見ていただけますか?」
そう言って指環を差し出す。あれ、これはもしかして。
ポケットに入れていたメダルを出す。
俺の方は右向きの、指環の方は左向きのライオン。
「間違いありません。これは、私がかつて失くしてしまった、この指環の片割れ。私が冒険者となり必ず見つけ出す。そう志すきっかけとなったものです。」
「そんな大切なものはお返ししますよ。もしかして、これを返す事が私の使命ですか?」
「いいえ、これはきっかけに過ぎません。私は父が果たせなかった遺志を受け継ぎ、ラシェール家の悲願を果たす為に重要な使命を、アキラさんにお伝えしたいと思います。」
ちょっと一方的過ぎじゃないか~と思った。
穏やかに語ってるけど、沸々と滾る侯爵の雰囲気に圧倒される。
こんな状況で異論なんて、俺には言えない。
「…はい、伺います。」
「ある人を探していただきたいのです。」
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