第10話 ネズミ駆除

「さすがに、ちょっと早かったかな…?」


 興奮してたのか、あまり寝れなかった。昨日は完徹だったのにな…。

 ちょっと早いけどモーニングセットをいただいて、ライナさんのお店へ向かう事にした。


「おはようございます。」


「あ、アキラさん。おはようございまーす。薬剤、完成してますよ。」


 昨晩、コネコネ丸めた緑色のだんごは、赤紫色の丸薬に変身していた。

 水分が抜けたのか、一回り小さくなっている。


「今の状態は、食中毒気分じゃ済まないので、取り扱いには注意してくださいね。」


 およそ300粒の薬剤を瓶に入れ、しっかり封をする。

 これがカバンの中でブチまけたら大変なことになる。


「この薬剤は、対象が食べてからどれくらいで効果が出るんですか?」


「そうですねぇ…いつも使っているものでしたら、1時間半くらいですね。」


 そう言えば、言われるまで気付いてなかった。

 時間の概念が同じで助かった…重さと距離は、アミュさんに確認しておかねば。

 ちょっと、一度戻って時計について確認しておこう。


「まぁ、食べさせる時間を設ければ、間違いないって感じですかね。」


「あくまでも目安ですよ?あと、昨日採集して頂いた残りのドクナシ草40本、銅貨4枚で買い取らせていただきますね。」


「了解です。ありがとうございます!薬剤の効果はどうかなぁ、自分で作っただけに、ちょっと心配だったりします。」


 成分は問題は無いと思うけど、ちょっと不安。


「コレ、かなり出来がいいですよ。そのままウチに卸してくれるなら、高めに売り出したいくらいです。」


「そう言っていただけると励みになります…。それでは、今回はご指導いただいて本当に助かりました。しっかり駆除してまいります。」


 よし、そしたらサクっと戻って時間やら何やらを確認しよう。




「あれ?どうしたの?」


「ちょっと教えていただきたい事がありまして…時計って、わかります?」


「うん。そこに掛かってるよ?」


 指差す先を見ると、お店の中央あたりの壁に、見慣れた鳩時計が掛かっていた。只今、午前7時15分。

 うっわ、そんな時間にライナさんのお店にお邪魔しちゃったのか…非常識にも程があった…。


「私、生活する上で本当に当たり前の事を確認していませんでした。この世界の常識を教えてください。」


「いいけど…どうしたの?急に。」


「己の非常識さに赤面の至りであります。」


 まず、時間、距離、重さなどは同じ。閏年は妖年と呼び方が違うだけ。助かる。

 通貨単位はちょっと違うけど、基本的には分かりやすかった。

 だいたいの価値を日本円で換算するとこうなるのか。


 鉄貨  1枚:10円

 銅貨  1枚:100円

 銀貨  1枚:1,000円

 金貨  1枚:10,000円

 白金貨 1枚:1,000,000円

 彩金貨 1枚:10,000,000円


 なので昨日の銀貨3枚は、3,000円という事になる。

 数時間で3,000円って高いよなと思ったけど、急募だったんで少しお高めに設定してたっぽい。

 一般的な買い物は金貨までしか使わず、それ以上は主に商人や貴族などが使用しているようだ。


 そして、持ち運びが出来る時計はあるか確認したけど、それは持って無いとの事。

 どうやら小型化された時計は、白金貨・彩金貨が飛び交うお高いモノらしいので、お貴族様ぐらいしか持っていないようだ。

 侯爵が持ってるんじゃない?ってニヤニヤと冷やかされたけど、そんな高級品を俺みたいな平民が持ってるのも変な話なので、いつか手に入れたいアイテムぐらいに考えておこう。


 あとは…あとは…大丈夫か?


「わかんなければその都度教えてあげるからさ、あまり悩んじゃダメよ?」


「はい!ありがとうございました!それでは、お仕事行ってまいります!」


 流音亭を出たのは7時30分。時計の窓がパカッと開いた。鳩かと思ってたらグリフォンが出てきて『ケーッ!』と吠えた。




「お待ちしておりました!もしかしたら、来てもらえないんじゃないかと思っていましたよ。ささ、どうぞどうぞ!」


 満面の笑みで出迎えてくれるリクハルドさん。まぁ、あの量だしね。

 でも、それであの報酬じゃあ、自作の薬剤じゃなければやってられんよ。


「それでは、早速始めたいと思いますが、恐れ入りますが時計をお借りしてよろしかったでしょうか?あと、蔵の開錠をお願いいたします。」


「ええ、それではこの鍵をお渡ししますので、思う存分やってください!時計は、コレでいいですかね!それでは!」


 あ、丸投げだ。まぁ見たくないよな、アレは。

 まぁ、見られてるよりも一人の方が気楽だしね。むしろオッケー。


「承知いたしました。それでは始めさせていただきます。少々お時間をいただきますので、ご承知おきください。」


「了解です。お願いしますね。」


 早速、蔵に向かうんだけど、何か…圧を感じる。

 トテトテカリカリ聞こえるんですけど…大丈夫か?昨日よりも増えてないか?

 不安とはいえ俺が出来る事は、鍵開けて薬剤撒いて扉を閉めるだけ。

 プロなら、さらにもう一手を考えるべき…いやいや、今考えてもしょうがない。ぶっつけ本番!努力と根性!


【ジャコッ】


『トテトテトテトテトテトテトテトテッ!!!!!』


 鍵を開けた音で、扉の前あたりに居たと思われるネズミが散った…気がする。


 カバンから瓶を出して…こぼさないようにゆっくりフタを開けて…


【ギイイ…………】


 昨日より狭めに扉を開けて薬剤をブチ撒ける!


 バラっ!


『チュウチュウチュウチュウチュウチュウ!!!!!!!!!!!!!』


【ギイイ…………バタン!】


 一瞬だけ見えた屋内、薬剤に群がるネズミの群れ。昨日より明らかに増えていた。

 キモいなんて生やさしいモンじゃない、気持ち悪い…。




 バラ撒いてから、だいたい1時間半…。

 1時間の時にちょっと聞き耳を立てたらガサついてたので、言われてた通り30分くらい延長した。

 中からは音が聞こえない…ような気がする。


 鬼が出るか、蛇が出るか…どっちもイヤ!お願いしまーす!


【ギイイ…………】


 チラっと、中を覗いてみる。音は…聞こえない。すっげー静か。

 床に目を向けると…あれ?ネズミ一匹も死んでないじゃん!マジか!逃げたか!?

 とりあえず扉は全開にしないで、そっと中に入ってみる。


 あれだけ大量にいたからなぁ…突然襲われたらどうしよう…なんて思いながら、そ~っと床を見てみると。

 何か光ってるモノが…じっと目を凝らす…なんだ?薬剤の食べ残しか?……違う!


 宝石だ!


 床に無数に散らばる小さな黄色い宝石。

 何?リクハルドさん、蔵の中でお大尽ごっこして遊んでた?


『カサッ…カサッ…』


 ビクンっ!とした。あー、ビックリした。奥の方から何か聞こえる。

 おそるおそる、音が聞こえる方へ…近づいてみる…。


 ちょっと大き目なネズミがピクピクしていた。


 俺の気配に気付いたのか、キーっとやや戦闘モードに入りかけたけど、身体が動かないっぽい。

 目を逸らせずにじっと見ていると、ネズミの呼吸が一瞬、落ち着いた。

 そして尻尾を2回、ピコピコと動かした直後、ふわっと光って、黄色い宝石とネズミの尻尾が残った。


 何?今の。


 しばらく、呆然と立ち竦んだ。


 ふと、アミュさんやレナートさんが言ってた事を思い出した。妖魔を倒すと宝石になる話。

 ネズミが消えて宝石が出たって事は、あのネズミは妖魔?あの尻尾はドロップ品?

 わからない事が多すぎて困るけど、とりあえず、リクハルドさんに報告するか…。


「じゃあネズミではなかったという事ですか!いやぁ!それはそれは!」


「原石の可能性がありますから、宝石類は全て回収させていただきますね。」


「どうぞどうぞ。死骸が残らなかったのは、大変喜ばしい結果でした。あ、荷物運びはしなくて結構ですよ。これにて依頼は完了で。本当にありがとうございました!」


 豆粒ほどの宝石や、ちっさい宝石を一つ残らず回収。

 さて、まずは依頼の完了報告か。

 その後で、ライナさんに薬剤の効果の報告とお礼だな。




「おかえり~!無事に完了した?」


「ええ、無事に完了しましたよっ…と。」


 依頼書と、袋をカウンターに置く。


「ん?何コレ。」


「ネズミ退治かと思って薬剤を撒いたら、宝石が大量に残りましてね。最後の一匹がちょっと大きくて、消えるときに尻尾を残しました。コレです。」


 アミュさんが唖然としている。


「それ魔獣だよ。ネズミっぽい魔獣ったら、ハウスラット。棲みついた家の財力が力の源になって、何でも食い散らかす厄介なヤツ。リクハルドさんぐらいの商家だったら、とんでもない事になってたかもしれない。すごいよ!お手柄だよ!!」


「マジですか…。」


「よし、じゃあ初めての魔獣討伐、アキラくんのギルドカード出してもらえる?」


 カバンの中からギルドカードを取り出して、カウンターに置く。


「じゃあ、見ててね~。」


 アミュさんが取り出したのは、小さな紫の魔石。


「お願いします…よっと!」


 紫の魔石がパッと光った瞬間、紫色の光の粒が宝石が入った袋を包み込む。

 そして紫の光がギルドカードを照射すると、名前を書いていたエリアが朱色に染まっていく。


「魔獣を倒して得た宝石を測ることで、その人の力量を表すの。平たく言えば、どんだけ強いかはカードの色を見ればわかるって事。こればかりは、見てもらわないとわかんないと思って言ってなかったんだよね。」


「へぇ…そうなんですね…。」


「…何かあったの?」


「…いや、まぁ、何というか。」


「初めて、自分の手で相手の息の根を止める瞬間。」


 ………図星です。


「そうだねぇ、こればかりはねぇ。」


「………甘いのかなぁ。駆除駆除って息巻いてたんですけど、実際にネズミが消える瞬間を見て、なんかなーって…よくわかりません。」


 スっ…と、リバルドさんがコーヒーを出してくれる。


「おまえは、それでいい。その光景を忘れるな。」


「誰でも通る道だねぇ…。」


 そもそも駆除は普通に行われていることだし、それが悪い事では全くない。

 今回の件だって依頼されて、請け負った仕事だから。

 一瞬目が合った気がして、それで感情移入しちゃったんだろうな…と思う。


「ちょっと、パーシャちゃん見てきますね。」


 出してもらったばかりの熱いコーヒーを一気に飲み干して、ちょっとだけ話を聞いてもらいに外に出る。

 厩舎に向かうと、パーシャ姉さんが欠伸をして眠そうにしていた。

 俺は、魔獣である姉さんに今回の事をちょっと話してみたかった。


『何を言ってるのか全然わかんない。ハウスラットに情が沸いたって事?』


「うーん、そうですよねぇ。そもそもこんな事を魔獣であるパーシャ姉さんに言うのもおかしな話とは思うんですけど。」


『姉さんってやめて。パーシャちゃんでいいって言ったでしょ?』


「先輩に対して敬意を表しながら、親しみを込めている気持ちの表れですので、今後は『姉さん』と呼ばせていただきたく。」


『…まぁ、いいわ。あいつらはただの動物みたいなもの。害があれば駆除して当然。そんな事で悩むくらいなら辞めておきなさい。これからもっと悩むことが多くなるから。』


「…返す言葉もございません。」


『攻撃されてないからそう思うだけで、さんざん攻撃されて死ぬか生きるかっていう時だったら、そんな事思わないから。』


「そうですよね。…ありがとうございます、なんか納得できました。」


『そう?ならいいんだけど。じゃあ、折角来たんだからさ、また話聞かせてよ。』


「承知いたしました。じゃあ……………大工さんの話です。」


 様子を見に外に出てみたアミュさんとリバルドさんが見たのは、俺が右に左にカクカク動きながらパーシャちゃんに話しかけいて、パーシャちゃんがやたら興奮して翼をバッサバッサと振りながらケーケー叫んでるカオスな状況だったそうです。




「あら、アキラさん。お帰りなさい!」


「今日は、本当にありがとうございました。薬剤の効果のご報告と、お礼にまいりました。」


「いえいえ、そんなお気になさらず!で、どうでした?」


「無事に駆除できました。ネズミだと思っていましたが、どうやら魔獣だったようで…。」


「………魔獣に、効いたんですか?」


「ええ、効きましたね。それで、お礼と言っては何ですが、コレは結構良いものだとアミュさんに聞きまして、よろしければ使ってください。」


 今回の仕事はあの薬剤ナシでは達成できなかったので、お礼として渡すことにした。


「ハウスラットの尻尾ですか!?」


「そうみたいですね。」


「ハウスラットの尻尾は財力を嗅ぎ付ける特殊能力の塊で、素材として能力を付与するだけで、一生財運に恵まれると…文献に書いてあります。幸福感を抱かせ、命ですら惜しくないと思わせた場合にのみ、ドロップ…というより、捧げられるものと言われています。」


「え!?そうなんですか!?」


「実際はどうなのかはわかりませんけどね。お守りとして偽物はよく出回っています。幸運のお守りみたいな感じで。ただ、流通量が少ないので、貴重なものであることは間違いありません。いいんですか?いただいてしまって!私、遠慮しませんよ?」


 なーんだ。ちょっと感動しかけた。


「ははは、どうぞもらってやってください。それにしても薬ってすごいですね。改めて実感しました。」


「あの薬剤は小動物には効きますけど、魔獣にはあの程度のドクナシ草なんて、効かないはずですよ!?ピュアポーションといい、駆除薬といい…薬剤師としては、ちょっと悔しいです!!」


「ライナさんの教え方や腕がいいから、俺みたいなドシロウトがやっても効果が出たんだと思います。本当に、ありがとうございます。」


 悔しいです!と言いながら笑っていたので、本心ではない…と思っておこう。


「またご依頼がありましたら、よろしくお願いいたします。」


「はい、お疲れさまでした!」


 さて、今日は部屋に戻って、のんびりして一日を終わろう。

 今日はお風呂に入って、ゆっくりしたいな…いや、風呂の概念はあるのか?水浴び?後でアミュさんに聞いてみようか。

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