第79話 大公バルセート、覚醒

 さて、バルさん達は午後から用事があるという事で、今日は午前中だけの作業。


 エレナさんとナディアは色とりどりの魔石の準備。

 ライナさんは回復薬や水、お湯、タオル、特製ドリンクの準備など、補助要員のようだ。

 その他俺らは施術室に入らないで、入口の椅子で待機。

 スカンダは何故か外に出ている。見張り的な?


「そっちの3人は、私の指示でコッチに来てもらうかもしれないから。いつでも動けるように準備しといて。」


 エレナさんの声掛けに俺、ルカ、マヤさんが頷く。

 バルさんは上半身裸で診察台のような所に寝っ転がっている。

 指環、腕輪、ネックレスなど、様々な宝石のついた装飾品を身に着けている。

 真面目に準備しているから何も言えないけど、派手好きなチャラ男にしか見えない。


「じゃあ昨日のヒント通りに試してみようか。いくわよ。≪解除≫バル。」


 エレナさんのご発声と共に作業開始。

 豪華な装飾が施されたルーペのような物を取り出して、何やらバルさんを眺めている。


 バルさんの右手人差し指に嵌められた指環の、青い宝石がボンヤリと光る。

 そこを目掛けて額から白い光の粒がゆっくりと放出され、集まっていく。


 パシっと音がして青い宝石が砕け、白い粉になってさらさらと消えていく。

 続いて左手の人差し指の指環に光が吸い込まれていく。時間をかけて、全ての指に嵌められた指環の石が砕け終わる。


「よし、まずはOKね。次は腕輪よ。」


 腕輪に嵌め込まれた大きな赤い宝石が、強くチカチカと点滅する。


「おおお、何か凄い事になってる。アレは眩しいな。」


 俺の隣でルカの尻尾をモフっているマヤさんも。


「アレは目がチカチカするから苦手。あの3人はよく平気よね。ルカちゃんは見ちゃダメよ。」


「……隠してやろう。」


 妖精ナディアがルカの瞼の上に覆いかぶさるように横になり、アイマスク妖精になっている。


「そのような事をなさらなくても……」


「……気にするな。」


 恐縮しきりのルカ。手があわあわしている。

 それに対して先輩の余裕を見せる妖精ナディア。


 光の点滅は赤からオレンジ、黄色、緑、青、水色と続いて行く。

 そして白く光って点灯モードになり、消える。石は音を立てずにさらさら消えていく。


「あー、やっぱり眩しいわ。次は胸ね。」


 ネックレスの石は真っ黒。

 これはどんな光り方をするのかと思えば、靄のような煙のような物がバルさんの身体を包むように漂い出す。

 何か気持ち悪い。


「ここまではいいのよね。問題は、この次。さて、上手く行くかな……」


 エレナさんが頭側、ナディアが足側に移動し、それぞれ天井から吊るされた銀の鎖をゆっくりと引く。

 天井からガラガラと降りて来る、何やら器具のような……


 赤ちゃんをあやすために、天井から吊るすモビール的な……


「エレナさん?それが所謂、よろしこの『こ』ですか?」


「そうよ。」


「それはポロンポロン音が鳴ったりするんですか?」


「?」


 流石にわからんか。


「何を考えてるのかわかんないけど、もうちょっとで終わりだから。黙ってて。」


 怒られてしまった。

 黒い靄が消え、ネックレスの石が大きな音を立ててバシっと割れる。

 この石は消えず、そのままのようだ。


 ルーペを見て、頷く。

 エレナさんとナディアが同時に銀の鎖を引くと、モビール……じゃない、いくつもの宝石が点滅し出す。


 上半身裸の男が赤ちゃんモビールで寝かしつけられてる雰囲気。

 エレナさんとナディアの顔から、だくだくと流れる汗をライナさんが一生懸命拭いている。


「よーし……あと少し……」


 モビールが白い光となって点灯する。

 バルさんが微かにうめき声を上げる。手をグググっと握り締め、全身が硬直しているように見える。


「アキラ!ルカ!マヤ!バルの身体を押さえて!」


「おっ!おおっ!!!」


 俺ら緊急出動。

 俺は右肩、ライナさんが左肩、ルカが右足、マヤさんが左足をしっかりと押さえる。


「来るわよ!しっかり押さえて!」


『ウガアアアアァァァァッ!!!!!!』


 バルさんが低く、深い叫び声を上げる。明らかに本人の声とは違う。

 押さえつけられるのを振り払うかのように、全力で抵抗してくる。


 バルさんが眼を見開く。白目の部分が真っ黒く染まっている。すげえ気持ち悪い。


『ガウガウガアアアアァァァァッ!!!!!!』


 左肩を押さえているライナさんの力が若干弱いか、反動が来る。

 俺も加勢して、両肩を全身で押さえつける。


「アキラさん!すみません!」


「大丈夫です!そのまま!」


 クッソ力が強くてヤバい。


「マヤさんとルカは?足は大丈夫!?」


 ルカが両足をガッチリと押さえ込んでいる。


「私は大丈夫ですから、マヤさんは左肩をお願いします!」


「任せた!」


 マヤさんがライナさんと一緒に左肩を抑える。

 ルカすげぇな。めっちゃ力持ちだ。


 モビールの白い光がどんどん強くなる。


『ガアアアアァァァァッ!!!???』


 バルさんの眼と口から黒い靄のような物が出て来る。


「来た!あとちょっと!気合い入れて!」


「「「「「ハイっ!」」」」」


 バルさんの白眼から黒い部分が消えると同時に、口から巨大な靄の塊を吐き出した。


「ナディア!」


「ハイッ!!!」


 エレナさんとナディアが何やらボソボソと呟くと、モビールが強く光を放つ。

 モビールの光に吸い込まれていくように、黒い靄は徐々に消えて行く。



【ハイ、お疲れちゃん。】



 ふと、黒村の声が聞こえた気がした。バルさんの全身の力がスッと抜ける。

 パシッ!パシッ!と次々と音が鳴り、天井から真っ白い砂がバルさんの身体に降りかかり、消えていく。


「よし!もういいわよ。お疲れ様!」


 エレナさんの言葉で、ようやくバルさんから手を離す。

 全力で抑えていたせいか、肩に手の跡が真っ赤になって付いている。


「いやいやいや、凄かったね。」


「ある程度の動作はわかるようになったけど、今日のは特別。いや、キツかったわ。」


 エレナさんが、ライナさん特製ドリンクと思われる飲み物をガブガブ飲んでる。


「最後は本当に凄かったですね……魔力がどんどん吸い取られて行きました。」


 ナディアが椅子にもたれ掛かり、エレナさんと同じ飲み物をゴクゴク飲んでいる。


「いや、本当に凄い。こんなのを毎日ずっとやってたの?」


 つい、率直な感想が出てしまう。


「そうよ。コレをやりながら戦闘訓練にも行ってたのよ。ライナはこれから店番だからね。」


 ライナさんがヘトヘトになって、マヤさんにもたれ掛かっている。


「いえいえ、お二人に比べたら、私に出来る事は、それ程、無いですから。はぁ~。」


 息も絶え絶えだ。

 息を整えて、マヤさんがルカを見る。


「それにしてもルカちゃん、凄い力だったね!しかも、バルの足に手の跡が付いて無くない?」


 確かに。


「ええ、私は力だけはある方ですから……あと、ココで力を分散していましたので。」


 そう言って、肉球を見せる。


「あぁ、そうやって使うのか。ホラ皆さん、プニプニする場所じゃないんですよ?」


 ぐぬぬと言わんばかりの肉球プニプニスト達。


「あ、でも気持ちいいので大丈夫ですよ。」


 ホレ見ろとドヤる皆様方。

 ええ、どうせ俺なんて。


「それにしても、あの最後の反応、今までに無かったわよね。黒い塊。」


 エレナさんが流れをぶった切ってくれた。


「そうですね、あれが何らかの妨げになっていたのでしょうか。」


 ナディアが同意する。


「「記憶の断片」で見たら靄が晴れていたから、多分大丈夫だと思うんだけどね。こればかりはバルが起きないとわからないわ。」


「あの、アキラさん?」


 ライナさんが、ちょっと遠慮がちに俺に話し掛けて来た。


「アキラさんも記憶、無くされていたんですよね。その……記憶が戻った後は……何かを失うという事は……」


 記憶が戻ったら、その間の事を忘れるんじゃないか、という事かな。

 そりゃ心配だよなぁ。


「俺の場合は、全て残ったままでした。軽々しくは言えませんけど、恐らく問題は無いんじゃないかと思います。」


 ほっと安心したようなライナさん。


「俺が気になったのは、最後の靄が出た時なんですよね。何か聞こえたような。」


「何が聞こえたの?」


 ずずいと寄るエレナさんとナディア。


「いやね、「ハイ、お疲れちゃん」って聞こえた気がしたのさ。」


 何言ってんだコイツって顔のエレナさん。

 ちょっと困った顔のナディア。


「そんな顔されても困る。まぁ、気のせいだよ。でも、もしかしたら記憶操作の魔法を掛けたのが、あの野郎だとしたら……」


「あの野郎って……魔王?」


 エレナさんがちょっと驚いたように。


「うん。エング・ジュールだと思ってたんだけどね。黒村……ロムリエル。アイツが掛けたかもしれない。」


「あぁ……そうだ……」


「バル!!!」


 ライナさんがバルさんの顔を覗き込む。

 微かに目が開く。バルさんが覚醒したようだ。まずは一安心。


「ライナ……心配かけた……」


「バル!!!バル!!!」


 全力でバルさんに抱き付くライナさん。

 ふぅと一息つくバルさん。


「やっと、落ち着いた。ライナ、起きるからな。」


 よっこいしょと診察台の上に胡坐をかく。

 ライナさんがマヤさんに促されて椅子に座り直すと、エレナさんがバルさんに問いかける。


「バル、大丈夫?調子はどう?」


「あぁ、最高だ。頭の中の靄がスッキリ晴れた気分だ。」


 そして俺を見て頷く。


「アキラ、さっきの話聞こえてた。そうだ。俺の記憶を消したのは魔王ロムリエルだ。」


 やっぱりな。

 エレナさんが頷きながら。


「じゃあ念のため、あんたの身分と名前、正式名称で言ってみて。」


 頭をボリボリと掻きながら、苦笑いで話すバルさん。


「メルマナ公国大公、バルセート・アルト・メルマナ。……半裸で言っても締まらねぇだろ?」


 皆がワっと歓声を上げる中、ライナさんの嬉しそうな、でも少しだけ悲しそうな表情が印象に残る。

 診察台から降りて、ライナさんの頭をくしゃくしゃっと撫でるバルさん。


「ライナ、何つー顔してんだよ。マヤ、出掛けるのは明日でいいか?」


「別にいいよ。じゃぁ~今日はこれからルカちゃんの採寸ね!店においで!」


 立ち上がって、ルカに腕を絡ませる。


「マヤさん、いいんですか?」


「モチロンよ!すっごく楽しみ!!!」


 俺の問い掛けに、ノリノリで応えるマヤさん。


「よーし、じゃあ後片付けでもしようかしら?」


 エレナさんが腕まくりすると、ライナさんがそれを遮るように。


「エレナさん、ナディアさん、今日はこのままにしておいて下さい。後は、私が。」


「おう、俺も手伝うからな。後は任せろ!お礼は、後日改めてな。」


 おっと……これはアレだ、二人の世界ってヤツだね?


「じゃぁ~また近いうちに流音亭かレナートさんの所でって事で、いいんじゃないですか?」


「そうね。じゃぁ、後よろしくね。」


「バルさん、ライナさん、本当にお疲れ様でした。また近日中にお会いしましょうね。」


 ライナさんのお店から出ると、スカンダが塀にもたれ掛かっていた。

 結果を報告する。


「スカンダ、終わったよ。完全覚醒した。」


「……」


 相変わらず無言。


 無表情だし何を考えているのかわからないけど、俺達に向けて親指をグッと立てて来た。

 こちらも全員でグッと返す。


 本当は喋りたいのかね、何て思いながら、マヤさんのお店に向けて移動を開始するのでした。

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