第104話 値千金

「レナート・ルージュ・ラシェールだ。赤の騎士を拝命している。君は?」

「ぱっ……パーシヴィルタ辺境伯爵領からまいりました!クルトです!」

「パーシヴィルタ……そうか、よく来たね。さぁ、アキラさんも掛けてください」


 出身を聞いて、ちょっと思う所があったみたいだけど。なんだろう。

 レナートさんに促されて応接ソファーに着席する。


「クルトくんはコッチ……何してんの?」


 ソファーの後ろでビシっと直立不動になるクルトくん。


「騎士様の前で座ることはできないっす!!!俺……自分はココでいいっす!!!」


 え、何?パイセンの前では立つのが常識ってヤツなの?そういう所は律儀な子だな。

 でもオッサン何座ってんだコラ〇すぞ的なガンをくれるのはやめていただきたい。


「まぁ、本人がこう言ってますので……」

「気にすることは無いのですけれどね。では早速ですがアキラさん、依頼書はお持ちですか?」

「あっはい、こちらですね」


 さらさらと依頼書に完了のサインを書き入れる。

 依頼書もそうだけどレナートさんの文字、すっげぇ達筆。


「今日は打ち合わせとの事でしたが、何かおありでしたか?」


 するとレナートさんが居住まいをただす。


「アキラさん…………ご結婚おめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます」


 そう言って深々と頭を下げるレナートさん。


「あー!はい、すっかりご報告が遅れてしまいまして失礼しました。ありがとうございます!実は、あの祝賀会の日に……」

「ええ、エレナ様から伺っておりました。一刻も早くお二人にお会いして祝意をお伝えしたかったのですが、多忙にかまけて領に戻れず仕舞いでした。遅ればせながらで大変申し訳ございません」

「いやいやいや!何をおっしゃいますか。レナートさんの忙しさは重々承知していますから!」

「そう仰っていただけると幸いです」

「王都に来たらご挨拶に伺おうと話していたんですよ。でも今日からナディアが出勤なので、いつになるかまだ未定なんですよね」

「ナディアさんはお変わりありませんか?妖精のナディアさんは、ナージャさんと名付けられたのですね。もしかして、あの時の名前から名付けられたのですか?」


 あの時とは、ナディアがナージャちゃんとしてステージで歌って踊った時ですね。一緒に居ましたもんね。

 でも思い返すとホントに恥ずかしいんです。黒歴史的な感じで。


「いやぁ~、それは俺も名付けた後で気付いたんですよ。マジか同じだったと自分でもビックリしました。ええ、二人とも元気ですよ。ナージャは今日一緒に来る予定だったんですけど、向こうに行った時にアミュさんが預かってあげると言って聞かないので、しょうがないので預けてきました。今頃お菓子食べて寝てる頃だと思いますね」

「ははは、目に浮かびますね。ナージャさんはかなり大きくなられたとか」

「そうですね、ほぼ小学生サイズまで大きくなりましたよ。今度、仕事が落ち着く……いや、なかなかそんな時間は無いかもしれないですけど、ウチに遊びに来てくださいね」

「ええ、是非ともそうさせていただきます。その際にお引越しと、ご結婚のお祝いをお持ち致しますね」

「いやいや!そんな、お気遣いなくですよ!」

「私にとって大切な方の新たな門出を、是非ともお祝いさせてください」


 ニッコリ笑って俺の手をしっかりと握る。

 いやもうマジイケメン。


【コン、コン、コン】


「どうぞ」

『失礼いたします!』


 中に入って来たのは、さっき案内してくれた守衛さん。


「申告します!10分後に馬車が到着との連絡が届いております!」

「わかった」

「失礼いたします!」


 足早に去る守衛さん。


「折角来ていただきながら、私の都合で申し訳ございません。外勤に出る時間となってしまいました」

「いえいえ、こちらこそ忙しい時にすみませんでした。じゃぁ、打ち合わせはまた後日改めてという事にしましょうか?」

「いえ、依頼は達成しておりますよ。まぁ……アキラさんとお話をするための口実といった所ですね。公私混同してしまいました」

「ははは、レナートさん。いいんですか?依頼達成の報酬はそのままいただいちゃいますよ?」

「もちろんです。馬車代としてお持ちになってください」


 ちょっと話して金貨1枚=1万円。それ何てパパ活?


「いやいや、高すぎますって……次回は銅貨で十分ですからね?」

「はい、承知いたしました」


 そう言いながら立ち上がる。

 あまり時間もなさそうだし、今日の所はお暇しよう。


「お忙しい所、いらしていただいてありがとうございました。またお会いできる機会を楽しみにしております」

「いえいえ、こちらこそです。あ、ホラ。クルトくん。折角だから何かお話したいこととかないかい?結構なチャンスだよ?」


 未だにガッチガチに緊張して、あっ……あっ……としか声が出せないクルトくん。カ〇ナシみたいになってる。

 そこに、レナートさんがやさしく語り掛ける。


「君は冒険者になって、何年目?」

「はっ……いっ……一年目であります!」

「仕事は順調かい?」

「じゅっ……じゅんちょ……?じゃ……ない……です……」

「それは、どうして?」

「あっ……あの……強い奴ら……人たちが……討伐を……持って行くので……」


 あぁ、さっきの話だね。


「私が冒険者になった最初の一年は、薬草摘み、ネズミ駆除、殆ど雑用ばかりをやっていたよ」

「えっ?」

「でも初めは、とにかく戦いたかった。早く強くなりたかった。ギルドマスターに対して不満ばかり言っていたね」

「俺も……自分も同じっす……」


 へー、そんな事があったんだ。

 レナートさんが不満を言ってたってのは、アミュさんから聞いた事無かったなぁ。


「その頃、私を可愛がってくれていた中堅の冒険者パーティーが、下級の魔獣討伐に付いて来るか?と誘ってくれたんだ」

「あっ!そう言うの嬉しいっす……ですよね……」

「そうだね、嬉しかった。これで自分の力を示すことが出来ると思ったよ」

「それから騎士様の武勇伝が始まったんすね!」


 クルトくんのテンションが上がった。

 あれ?でもその話って確か……


「意気揚々と討伐地に向かうと、そこに居たのは中級妖魔と下級妖魔の群れだった。妖魔による魔法の波状攻撃に為す術なく、私達は全滅しかけたんだ」

「えっ……」

「ギルドの使役魔獣が私達を救ってくれなければ、私は今ここでクルト君と話をしていないだろうね」

「……」


 ルージュ侯爵領冒険者ギルド流音亭の孤高のグリフォン、パーシャ姉さんの無双列伝だ。


「今の君の気持ちは良くわかる。私もそうだったからね。だけど、討伐の依頼を率先して請け負っている冒険者たちの気持ちもわかる。若い冒険者を死なせたくないという気持ちをね」

「……」

「今できる事を全力で取り組む事。多くの依頼をこなして冒険者としての経験を積む事。強くなるための一番の近道だよ」


 クルトくんの肩にポンと手を置く。


「しっかりね」

「はっ……ハイッ!!!」


 おー、今日イチのデカい返事だ。


【コン、コン、コン】


『失礼いたします!馬車が到着いたしました!』

「すぐ出る」

『はっ!』


 おっと、マジで急がないといけないや。


「レナートさん、そしたら俺達失礼しますね」

「それでは、玄関先までご一緒しましょうか」


 レナートさんの執務室を出て早足気味に玄関に向かうと、ジュリエッタさんが玄関先で待機していた。


「ジュリエッタ、待たせた」

「いえ、時間に余裕はございます。アキラさん、ご無沙汰致しております」

「ジュリエッタさん!ご無沙汰しております~!」


 クルトくんがバキっ!!!と固まった。

 剣士隊に興味があるっぽかったし、ジュリエッタさんの事も知ってるか。

 いちいち反応が素直で、見ててちょっと楽しい。


「それでは、私はこちらで失礼いたします。アキラさん、また改めてお会いいたしましょう」


 レナートさんとガシっと握手を交わす。


「ええ、みんなでお待ちしてますよ。ジュリエッタさんも是非いらしてくださいね。アルフレードさんにもよろしくお伝えください」

「はい、ありがとうございます。なっ……ナディアさまにも……お会いしたいとお伝えいただきたく存じます」


 ジュリエッタさん、ナディアの名前を言うだけでテンパるんですね。

 想いをこじらせてません?


「はい、間違いなくお伝えします」


 互いに敬礼を交わして、レナートさんとジュリエッタさんは裏口へ歩いていく。

 その後ろ姿をふたりで見送ると、ポケーっとしているクルトくんが半泣き状態で言葉を絞り出した。


「……おっさん……あんた、何モンだ……?」

「俺はルージュ侯爵領から来た冒険者だからさ。あのお方、領主だけど偉ぶらない人なんだ。そんな感じでしょ?」

「あぁ……夢みてぇだ……騎士様に……声を掛けていただいた……ううっ……うううっ……!」


 涙をだばだば流して嗚咽を漏らすクルトくん。

 何だ何だ?と剣士隊の人たちにジロジロと見られる。いや、俺が泣かしてるわけじゃないですからね。


「さて、今日の依頼は達成だね。報酬を受け取りに帰ろうか」

「……っス……」


 ガシガシと涙を拭いて歩き出す。

 レナートさんの激励に何かを感じ取って、腐らずに頑張ってほしいなぁ。

 この子だけじゃなく、お友達のみんなも。




「「「クルト!!!」」」


 冒険者ギルドに入った瞬間、食堂に座っていた3人の少年が駆け寄ってくる。


「お前ドコ行ってたんだよ!!!」

「オイ!おっさん!!クルトに何した!!!」

「タダじゃおかねぇぞゴルァ!!!」


 何だ何だと、ギルドに居合わせた冒険者連中にジロジロ見られる。

 今にも俺に掴みかかろうとしている少年たちをクルトくんが静止する。


「あー……悪ィな。遅くなった」

「悪ィじゃねぇよ!何してたんだよ!」

「出る時言ってただろ。仕事してたんだよ。ちょっと待ってろ。……いいぞ」

「はいはい。じゃ、失礼しますよ」


 クルトくんが俺の後ろについて、一緒にギルドの受付へ向かう。

 お友達3人がビックリした顔で俺とクルトくんを見ている。

 鞄から依頼書を取り出して、受付のお姉さんに提出。


「依頼2件完了しました。依頼書はこちらです。あと、この清掃業務はもう一人追加になりましたので、二人分でお願いします。証明のサインもいただいています」

「お疲れ様でした。それでは少々お待ちください……報酬の金貨1枚と、銀貨6枚です。ご確認ください」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

「またのご利用をお待ちしております」


 よし、オッケー。


「じゃ、分配しよう。食堂でいいかな?」

「ウッス」


 怪訝な目で俺らを見ているクルトくんのお友達を横目に、食堂のテーブルに向かい合って着席。


「銀貨で16枚相当だから、一人銀貨8枚ね」

「ウッス」


 財布から銀貨を2枚取り出してクルトくんに銀貨を8枚渡し、金貨1枚は俺がもらう。


「よし、これにて分配完了ね。今日一日、お疲れ様でした。じゃ、俺は行くね」

「えっ!どこに行くんだ!?」

「いや、家に帰るよ?晩ご飯の買い物しないといけないから」

「……そっか、田舎の依頼だけで、良く貯めれたな」

「そりゃ一生懸命働いたからね。頑張れば何とかなるもんだ」

「そっか……明日も来るのか?」

「もちろん。稼がなきゃいけないからね。じゃぁね、お疲れ様」

「おう、お疲れ……様」


 何が起こったのかわからない。そんな表情をしたクルトくんのお友達3人の間をするするとかわして出口へ。

 ギルドを出ようとしたら、女の子が息を切らして駆け込んで来る。


「クルト!!!」


 チラっと後ろを見ると、クルトくんに抱き着いてわんわん泣いている。

 あぁ、クルトくんと一緒に居た女の子か。


「エーリカ……」


 クルトくんが背中に手をまわしてポンポンしてる。

 うんうん、何か甘酸っぱい感じだねぇ。いいモン見た気がする。


 ・

 ・

 ・


 え、何?もしかして、俺がクルトくんを連れ去った的な感じで思われてた?

 失敬な!カツアゲされたのは俺の方だっつーの!全くもう……失礼しちゃう!

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