第96話 アプローチ

「ナディア、良かったじゃない。おめでとう。」


 戻ってきたエレナさんに結婚する旨を報告したところ、エレナさんがナディアの頭をポンポンしながら抱き締めた。

 何というか……眼福である。


「ありがとうございます……ありがとうございます……!」


 ややしばらく二人がヒソヒソと話をしていると「ちょっ!」とか「にゃっ!」というエレナさんの小声が聞こえる。

 何を話しているのかはわからない。けど、ハグを解いたエレナさんのお顔がやや赤らんでいた。

 突っ込まないでおこう。


 さてさて、これからの予定。

 俺とナディア、ナージャは流音亭に帰還して、家が完成するまで冒険者のお仕事。

 エレナさんは銀の騎士と王都へ行ってお仕事はじめ。


「忙しくなるから、暫くそっちには行けないわ。ルカの事は私に任せて。あと、家が出来上がっていく様子はしかと見届けておくからね。何かあったら流音亭に手紙を送るから。」


「大変とは思うけど、エレナさんは無理せずでね。」


「エレナ様、一日も早くそちらで暮らせる日を願っています。あと……先程の件、私は真剣ですからね。」


 エレナさんが軽くため息をついて、無言で手を振る。

 突っ込まないのが俺の流儀。さてと。


「着替えたら出ましょうか。」




 お部屋を案内して下さったカステルさんに先導され、ロビーに到着。

 あんなに人でごった返していた昨晩とは打って変わって、人がまばらな状況だった。


「思ってた以上にすいてるね。皆さんはまだご就寝中とか?」


「軍は明け方に動くし、貴族は大体正午前後から。だから今ぐらいの時間がちょうどいいのよ。」


 エレナさん情報によると、レナートさん達は既に出立したらしい。

 ご報告を兼ねてご挨拶したかったけれど、それはまたの機会ということで。


 ふと見ると、セイラロスが一人でロビーの大きな柱にもたれてボンヤリと座っている。

 長いストレートの金髪にサングラス。何か既視感があるな……それはさて置きここに居るって事は、ジャムカとアレクも帰るのかね。


「おーい、セイラ!」


 俺が大声で呼ぶと、ビクっとしてキョロキョロし出すセイラ。

 いつも飄々としてるのに、あんなに慌てる事があるんだ。ちょっと面白い。


「どうされたんですか?」


 ナディアが不思議そうに話しかけて来た。かわいい。


「あそこにセイラが居るから、ジャムカもアレクも居るのかなと思ってね。コッチに気づいてないよ。キョロキョロしすぎ。アレは挙動不審だわ。」


 そう言ってニヤニヤしてたら、エレナさんが何かに気づいた。


「え?セイラ……って!ちょっとアキラ!みんな!行くわよ!」


 ゆっくり急いで。そんな感じでセイラの所へ。そんなに慌ててどうすんの。

 すると俺達に気付いたセイラがサングラスを外して席を立つ。あれ?なんか、縮んだ……?


 違った!別人だった!

 セイラと思っていた人の目の前でエレナさんが直立の気を付け。

 何となくヤバい雰囲気……これはやらかしたか……?


「大公女殿下、大変失礼をいたしました。銀の剣士を拝命しました、エレナ・リンデーラでございます。」


 たいこうじょでんか……殿下?尊称が殿下って事は殿上人じゃないか……マズいマズい……。

 焦る俺など目もくれず、その人はセイラとそっくりな笑顔を見せて話し始めた。


「知ってるわ。あなたはエレナちゃんでしょ?あと、ナディア様と、妖精のナディアちゃん。ルカちゃんは、もう行っちゃったのよね。会えなかった……残念……!!!」


 声がセイラロスと全然違う。やや高めの女性……というか少女のような声。

 すると、ナージャが俺の肩に飛び乗って来た。


「……ナディアはこっち。私はナージャ。」


 自己アピールですか。いや、それはさすがに知らないから。

 俺がナディアに結婚を申し込んでいた時は一切口を挟まなかったナージャが、新たな名前に関しては譲れなかったらしい。


「ナージャ……ナージャちゃん……?という事は、あの時のお名前を……?」


 あの時?あの時って?

 脳みそフル回転で記憶を検索していると、さすがに見兼ねたのかエレナさんが会話を切り出す。


「大変失礼を致しました。こちらは―――」


「さっき、大きい声で私を驚かせたのがアキラね?エリアーナ隊……ようやく会えた……ふふふ……ふふふ……」


 若干食い気味に俺を指摘する少女。

 ってか、ヤバそうな感じで笑ってる。ここは意を決して……!


「あの、エレナさん、こちらのお方は……?」


「こちらは――」


 少女が軽く片手を上げ、エレナさんの言葉を遮った。


「私はセイラ・スウェイン。以前から、あなた達の活躍は聞いていたのよ。」


 姓がスウェイン……って事は……。


「アキラ、スウェイン公国リンディニス大公のご令嬢、セイラ大公女殿下よ。」


 マジか。でっかい声でビビらせてしまったのか。

 ってか名前がセイラって。同じというか似てるというか。知らんとは言え呼び捨てにしてしまったのか。

 無意識に身体が最敬礼の姿勢を取った。


「エリアーナ隊のアキラでございます。大公女殿下、先程は突然大きな声を発してしまい、誠に失礼致しました。」


「ええ、今日という佳き日に免じて許してあげますわ。ただ、一つだけ条件がありますの。よろしくて?」


 条件?何だ?だがしかし是非もなく。


「それは、如何なる条件でしょうか。」


 大公女殿下が俺の横をすり抜けて、背後のほうへ。


「それでは顔を上げて、こちらを向いてくださるかしら?」


 言われた通りにすると、ナディアの腕を組み、ぺったりとくっついている大公女殿下の姿。

 ナディアが非常に驚いた目で大公女殿下を見ている。


「あの、何をなさって―――」


「アキラさん、私たちがここでお会いしたのも、何かのご縁ですわね?」


「はい。良きご縁に感謝致します。」


「私はこの出会いに運命を感じましたの。」


「運命、と申されますと?」


「私は、エリアーナ隊に加わる運命にあると……」


「は?」


「という事で今後ともどうぞよろしくお願いしまーーーーーーす!!!」


 すげぇデカい声で張り叫ぶ大公女殿下。

 人もまばらなホールに「まーす!」「まーす!」「まーす!」の残響音。

 あまりに予想外の発言、聞き間違いかと思った。


「あの、何を―――」


『いたぞ!ホールだ!!!』


 ホテルの奥の方から響く男性の声。ドドドと向かってくる足音。

 汗だくで息を切らし、全力疾走状態でホールに現れたのは、アルフレードさんと同じような執事服を着た男性達が5名、メイド服を着た女性達が十数名。


「ようやく見つけましたよ……さぁ!お戻り下さい!」


「姫様!何やってんですか!いい加減にしてください!」


「もう!私たち朝ごはん食べてないんですよ!」


 そう言いながら詰め寄る執事とメイドさん。

 涙目でナディアにしがみつく大公女殿下。

 呆然とするしかない俺ら。


「いやよ……」


 大公女殿下が何かを言いかける。


「お父様だって昔は冒険者だったんだから、私だってもっと外に出たいの!私もエリアーナ隊に入って冒険したいの!社交界とかめんどくさいの!」


 正直な人だと思った。本音がダダ漏れじゃないか。

 大公女殿下と執事&メイドさん達が、やいのやいのと言い争っていると、奥の方から一足遅れておじいちゃん的な執事の人が息も絶え絶えに現れる。


「姫様……よく……お考え下さい……エリアーナ隊の皆様……特にナディア様にご迷惑をお掛けするような事をされますと、嫌がられてしまいますぞ?」


 その言葉を聞いた瞬間、大公女殿下がババっと顔を上げ、縋るような涙目でナディアを見る。


「私は……嫌われて……しまうのですか……?」


 その圧に一瞬たじろぐナディア。すげぇ。珍しい。


「いえ、私は、そのような事はございませんよ?」


 ホレ見た事かと自信たっぷりに胸を張る大公女殿下。


「ご覧なさい!ナディア様は爺が考えているような心の狭いお方じゃなくってよ!」


 大公女殿下が高らかに声を張った瞬間、ナディアとの密着が解かれた。


 その一瞬のスキを爺は見逃さなかった。

 爺が何やら手元を触れると、ナディアと大公女殿下との間が光の網で仕切られた。


「ンなっ!!!」


 慌てる大公女殿下。

 そして光の網はくるくると大公女殿下を巻き始める。


「ちょっと!やめて!私は行くの!ナディア様と一緒に!冒険に!行くのーーー!!!」


 そんな絶叫もお構いなしに、執事たちが彼女をしっかり抱えて移動を開始する。

「ナディアさまー!!!」という響きだけを残して、大公女殿下は連行されて行った。


 その様子を呆然と見ていた俺たちの前に、一人残ったお爺ちゃん執事。


「アキラ様、遅ればせながらスウェイン公国大公リンディニスより、カンフォーレ子爵家ご継承を謹んでお慶び申し上げます。益々のご発展を祈念いたしております。」


 そして深々とお辞儀。こちらもご挨拶を返さないと。


「ご丁重なご祝意を賜り、厚く御礼申し上げます。これからも努力してまいりますので、今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。」


 互いに姿勢を戻して、ニコリとするお爺ちゃん執事の人。

 そして悠々と引き上げて行った。


「……いやぁ……何だったんだろうね……エレナさん、大公女殿下の事は知ってるんでしょ?どんなお方?」


「まぁ、何というかね。ナディアの熱烈なファンなのよ。」


「ファン?」


「ナディアは見覚えあるでしょ?あの子。」


「はい、お姿は覚えていましたが、お声を聴いて確信しました。」


 ナディアもわかっているらしい。わからないのは、またしても俺だけ?


「もしかして、俺がいない間の話?」


「あんたは覚えてないかもね。ホラ、ストリーナで私とナディアが歌ったじゃない?」


「あー、あったね。エリアーナちゃんと、ナージャちゃん……ああっ!そうだ!あの時のナディア、ナージャちゃんじゃないか!」


 コッテリ忘れてた。あの時のナディアの芸名、ナージャちゃんだよ。

 俺はその名前を妖精ナディアにつけてしまったのか……いや、俺は俺でずっと暖めていた名前を付けたんだから、問題無いよ。うん。


 うわ、エレナさんがすっげぇ目で俺を見てる。


「まさかとは思うけれどさぁ。」


「いや、それはね?今俺もびっくりしたんだよ。そうだよ、ナージャちゃんだったよね。ちなみに、あの時は誰が名前を考えたの?ナディア?エレナさん?」


「ホレた相手の芸名を忘れてたって事は……無いよね?」


 こういう時は正直に。


「はい、忘れてました。大変失礼いたしました。でも俺がナージャと名付けた理由に偽りはないですよ!本心ですよ!」


「ねぇ、コイツこんな事言ってんだけど。名付けられた立場としては、どうなの?」


 エレナさんがナージャに問いかけると、頭から肩の上に移動。


「……知ってた。」


 ナージャによる耳たぶマッサージの刑で、この場は事なきを得た。


 その後の話によると、大公女殿下はストリーナでのエリアーナ&ナージャのライブに来てたらしい。

 最前列で泣きながら絶叫していたとの事。そんなにか。




 さて、いよいよエレナさんとは暫しのお別れ。

 ナディアが名残惜しそうにエレナさんを抱き締めていた。


「エレナ様………………ね?」


「もう、ホントに……ホラ、銀の騎士が睨んでるから。」


「じゃ、エレナさん。仕事のし過ぎに気を付けて。過労で倒れないでくださいね。」


「私は仕事をコントロール出来るから大丈夫よ。じゃ、次は王都でね。」


 ナディアが離れると、みんなでビシっと敬礼する。何かヘンな感じがして、笑ってしまった。


「カンフォーレ子爵。」


 おっと、銀の騎士だ。


「はっ。」


「王国貴族に名を連ねたからには、節度ある行動を心掛けよ。」


「はっ、肝に銘じます。」


 銀の騎士とエレナさんが馬車に乗り込むと『進発!』の号令。

 俺とナディア、ナージャが直立敬礼。いつも馬車の中から見ていた軍のお見送りスタイル。


 銀の騎士とエレナさんの答礼と共に、馬車がゆっくりと動き出す。

 徐々に徐々に速度を上げ、土煙を上げて走り去って行く。


 俺達はその姿が見えなくなるまで、いつまでも見送っていた。

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