第77話 死に特性、生きてた

 訓練場に籠って威圧を掛けまくりのおよそ1ヵ月。長いような短いような。


 最初のうちは、ルカに本気で怖がられてしまった。

 そんなルカの心の支えは、日中しっかり俺を監視している妖精ナディアからのモフモフと、夜になると話し相手になってくれるエレナさんとナディア。


 お陰様で、女性陣がすっかり打ち解けたようだ。

 彼女たちのアドバイスを元に、ただ無闇に威圧を仕掛ける訳ではなく、効果的に掛けられる方法を模索しながらの日々。


 現時点の成果としては、視線だけで200mほど離れたルカに威圧を掛ける事に成功した。

 その状況でも、俺の至近距離に居る妖精ナディアに対して威圧は掛からない。

 さらに100mほど離れた複数の対象、ルカと妖精ナディアに対して威圧を掛けられるようになった。


 妖精ナディアに対して初めて威圧を掛ける時は戸惑った。どうしようかと思った。

 やや迷いを感じながらやっていると、逆に怒られた。


『……本気を出せよ!もっと熱くなれよ!』


 この修造感。吹っ切れた。頑張った。

 そして副産物というか、ルカとナディアは俺の威圧を長い間受けまくった結果、威圧の耐性がついた。

 軽く緊張する程度になったらしい。そういう物なのか。


『でも、最初の頃は死んだ方がマシと思っていました。』


 でしょうね……野良妖魔ならそんな事は一切気にしないんだけど、一緒に生活をする人に対して精神的に追い込んでいくのは、思っていた以上にキツかった。


 いや、キツかったのは俺じゃなくてルカとナディアだ。

 もう二度とこんなロクでもないことはしない。




 一方、難航しているのは記憶魔法の解除チーム。

 薬剤師ライナさんと同棲している冒険者バルこと、メルマナ公国バルセート・アルト・メルマナ大公の記憶は未だ戻っていない。


「かなりいい所まで行ってるはずなのよ。あと一歩。上手く行くはずの方法が、最後の最後でダメなの。」


 晩ごはんを終えて、リビングのソファーでまったり中。

 ピシっと姿勢を正して座るルカを中心に、左隣で尻尾を撫でているエレナさん。

 妖精ナディアはルカの頭の上で、右隣ではナディアがお茶を淹れている。


「ライナさんのお知恵も拝借していますが、なかなか難しいですね……記憶魔法の解除方法は確立されているのですが、バルさんが掛かっている魔法は、幾重にも解除を重ねる必要がありますので、組み合わせが難解です。」


 ナディアが困ったように、ため息をつきながら話す。


「アキラの時みたいに額が光るとか、わかりやすい状態変化が起こってくれたらいいんだけどさぁ~。」


 俺が黒村に消された記憶の一部を取り戻した時は、額が光った。

 この時は「額が発光する」場合に有効とされる解除方法で記憶を取り戻した。


 情報出し惜しみおっさんこと、国王ウィルバート陛下も記憶消去の魔法は使える。

 現状の解除手順を伝えて、対策を聞いてみたところ。


『状況を聞くとかなりいい所まで来ている。解除手順は言葉を元にしている。最後の詰めはトライアル&エラーで試すといい。』


 非常に分かり易い表現で腹立つ。


『使用する言葉にはクセが出る。それを見破ればパスワードは突破できるはずだ。』


 パスワードって言っちゃったよ。腹立つ。


 恐らくバルさんの記憶を消したのは、今のバルさんに化けている猿田さんこと、エング・ジュールだろう。

 この中であの人とまともに話したのは俺だから、クセを見破ってそのパスを俺に解けって言って事か?

 何のためにエレナさんとナディアが一生懸命やってると思ってんだよ。腹立つ。


「エレナさん、ちなみに俺のパスワードは何だったのか、ウィルバートに聞いてもらえないかなぁ。」


「掛けてないぞ。」


 ……この声。

 振り向くと、胸に7つの傷を持つ袖なし革ジャンを着た太眉のおっさんこと、国王ウィルバート陛下が階段を降りて来る。


 レナートさん、エレナさん、ナディアがソファーを立って直立。

 アルフレードさんとジュリエッタさんは元から直立。

 ルカは状況を理解していないけど、エレナさんに促されて立つ。

 俺はエレナさんにジロっと睨まれたので立つ。ついでに聞く。


「何それ。コスプレ?」


「向こうだと、もうそろそろハロウィンだろ?」


 イジられたのが嬉しいのか、めっちゃいい笑顔で応える。腹立つ。

 ヒャッハーされる側になればいいのに。


「解除がいい所まで来てるからな。飛んできた。まぁ座れ。」


 世紀末救世主に促されて全員がソファーに座る。

 この人の『飛ぶ』は、本当に空を飛んできたな。実体は金の龍だし。


「要はな、解除の手順がそのまま言葉になってんだ。この前エレナから聞いた手順を言葉にすると『よろしく』になる。」


「はぁ?よろしく?」


 拍子抜けして、間抜けな声を出してしまった。


「そんな単純な言葉がパスワード?」


「だが、日本語でだ。この世界には存在しない文字列だから、こちらの法則が通用しない。」


 何を言ってるのか、ちょっと分からない。


「アキラ、納得いかない顔してんな。」


「全然意味がわからない。」


「オマエに付けた特性と同じだ。何の不自由もなくコッチで話したり、文字書けるだろ?」


「ああ、突っ込んじゃダメなのかと思ってたけど。」


 ウィルバートが指パッチン。


『Urtira aent uoah wan eskw tiaak ank?(何を言ってるのか、わかるか?)』


「はぁ?」


 すると、エレナさんが。


「あ、そういう事か。私は向こうに行ったから日本語が話せるのよ。でも『Aow akaire yawnk sdaeor?(これはわからないでしょ?)』」


 突然、訳の分からない言葉をしゃべり出す。


「ほおぉ……全然わっかんねぇ……」


 ウィルバートが指パッチンする。

 何、指パッチンで特性のON-OFF出来んのこの人?


「オマエには、この大陸に存在する言葉を全てブチ込んだんだよ。ギルドカード出してみろ。」


 あら懐かしのギルドカード。

 鞄の中に入れっぱなしですよ。訓練の時の通過パス以外、使い道ほぼゼロなんで。

 ウィルバートがコレコレと言わんばかりに、特性欄を示す。


 ≪月水金≫≪火木土≫


「はぁ?コレ、死に特性じゃなかったの?」


「わざわざ無駄なモン付けるかよ。冒険者としてやってくのに『大陸語』なんて特性があったら妖魔通報案件だ。日本で言う所の旧国名みたいなもんだ。蝦夷とか武蔵とかな。」


 ついに知る事になった、ゴミ収集日的な俺の特性。

 大陸の基本言語、地方の方言を理解する特性だった。


 月:スウェイン公国

 水:アムデリア王国

 金:メルマナ公国


 火:フラムロス王国

 木:セルシニア王国

 土:トルジア王国


 マジか……一番お世話になってる特性じゃないの。

 ってか。


「そんなに方言があるんですか?」


「日本だって地方で言葉遣いが違うだろ?それと同じだよ。」


「へぇ~。」


 感心してしまった……違う世界の人間相手にそんな事が出来るって事は。


「じゃぁ陛下、このナイス特性をね、この子にもつけられないものでしょうか?」


 そう言って、さり気なくルカを紹介する。


「その話は後でな。で、記憶だよ。エレナ、何となく理屈はわかったか?」


 難しい顔をしているエレナさん。


「理屈はね。日本語で一工程ずつ分解して『よ』『ろ』『し』に対応する解除の工程までは正しいのよね。じゃあ残りの工程が何かを突き詰めればいいのね?『く』以外の一文字なのか、複数の文字なのか。」


 ウィルバートがずずいと俺に寄る。


「こればかりは俺にも分からねぇ。エングのジュールと飲み会までしてフランクに接したのはオマエだけだ。俺やレナートに対してはガチガチに固い言葉でしか話さなかった。アキラ、何かねぇか?それっぽい言葉とか、話し方のクセとか。」


 それっぽい言葉って言われてもな。

 猿田さんで、それに続く言葉ったら…………


「よろしこ。」


「は?」


 エレナさんが気の抜けた声を出す。


「いや、初対面で随分飛ばす人だなと思ったんだ。そんな事を言いそうにない人なのに。そうだ『よろしこ』だ。黒村が誰かに何かを押し付ける時の言葉だよ。じゃ、あと『よろしこ~』って。」


 ウィルバートがニヤリとして、俺を見据える。


「間違いなさそうだな。」


 取れかかった眉毛がウザい。


「ああ。猿田さん、ふざけて使ったんじゃなかったんだ。黒村の記憶を揺り動かすきっかけに使ったんじゃないか?それなら何となくわかる。あとの2人は普通によろしくって言ってたし。インパクトが強すぎて覚えてた。」


 イマイチ納得できなそうなエレナさんに、ウィルバートが諭すように。


「ダメならアキラを追い込んでどんどん言葉を出させればいい。まずは少しでも可能性のあるヤツを試す事だ。」


 ひどい言われようだ。


「まぁ、きっかけが何も無いよりはいいわ。今日はもう夜だし、明日ね。アキラも付いて来てもらうから。」


「了解ですよ。そしたら、妖精ナディアとルカはお留守番しててもらおうかな。」


 妖精ナディアは寝たまま手を上げる。


「……ん。」


 ルカはそのまま、左手を右胸に当てる。


『承知いたしました。』


 するとウィルバートが、ルカにずずいと近づく。


「コボルトな……若干、訛りがあるな。トルジアだな?」


 ルカがビクっとして軽く引く。


『あの、私は、よくわからないのです……』


「そうか。ちょっと俺の眼を見ろ。」


 そこに割って入ろうとするエレナさん。


「ちょっと!何するつもりよ!」


「いや、エレナさん。ちょっと今だけ。ルカ、この人の指示に従って。」


 俺がそう言うと、ルカがウィルバートをじっと見る。


「……ほぅ……そうか……面白いな。」


 何が面白いのか分からないけど、ウィルバートが目を細める。


「……アキラ、いいヤツを拾ったな。オマエより根性あるんじゃねぇか?」


「お陰様で。」


「ルカだったな。覚えておく。」


 そう言ってルカから視線を外すと、ウィルバートがレナートさんに話し掛ける。


「レナート、問題ない。」


「承知いたしました。」


 何が問題無いのか、後でレナートさんに聞こう。


「よし、これで準備は整ったようなもんだな。じゃ、俺は帰るから。」


 おーい!おっさん!


「ちょっと!さっきの話は!?」


「ああ、もう大丈夫だぞ?ほら、ルカ。話してみろ。」


 すると、若干もじりとしてルカが口を開く。


「あの……何を話せば……」


 すると、レナートさんが語り掛ける。


「ようやく話が出来るね。ルカ、レナートだ。」


 すると、とても驚いた表情をするルカ。言葉に詰まっている。

 何のリアクションも無く特性を付けた事に驚いた。


「もう会話が出来るようになったんですか!?」


「おう。ついでに冒険者登録しておけ。アミュとリバルドには言っとくからな。見送りは要らねえよ。じゃぁな。」


 そう言うと、さっさと玄関から飛び出していった。

 今回は本当に一人で来てたらしい。


「いやぁ……まさかこんな事になるとはね……ははは……」


 もう何と言うか、笑うしかない。


「ルカ、折角だからさ、今まで言えなかった事を言いなよ。」


 そう促すのはエレナさん。

 コクリと頷いて立ち上がり、まずはレナートさんの隣で片膝を付く。


「レナート様、私のようなコボルトにも日頃よりお声を掛けて頂き、感謝致しております。これからも皆様の為に死力を尽くします。」


「君の働きは大いに期待している。やる事はたくさんあるからね。頑張って。」


 続いてアルフレードさんの前に。


「アルフレード様、これからは私に出来る事をお申し付けください。これまでのご恩に報いるよう、精一杯励みます。」


「うむ。家の事はジュリエッタに指示を受けるように。しっかりな。」


 そしてジュリエッタさんの前に。


「ジュリエッタ様、これまで大変ご迷惑をお掛けしました。今後は立場を弁え、お役に立てますよう努めて参ります。ご指導のほど、よろしくお願いいたします。」


「ええ。よろしく頼むわね。」


 皆さんとのご挨拶が済んで、エレナさんの一言。


「アキラよりも礼儀正しくて、しっかりしてるでしょ~!!!」


「いやもう、ホントにね。俺もフンドシ締め直します。」


 明日のお留守番はナシにして、俺、エレナさん、ナディア、妖精ナディア、ルカの5人で流音亭へ。

 アミュさんとリバルドさんには伝えるとウィルバートが言ってたけど……まぁ、あの二人なら大丈夫か。


 その後、ライナさんの所でバルさんの記憶回復。

 ルカの事は何も言ってなかったので、どういう反応をされるのか。

 それだけちょっと心配。

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