第92話 カンフォーレ

 ベキボコボコになったテーブル。

 さっき俺と黒村が座ってた所なんだけどね。逃げて正解だったわ……ん?宝石???


 そうか。伯爵が妖魔化したからか。

 じゃあコレはエセルバートの取り分だな。

 無闇に拾ったらネコババって言われかねん。無視だ無視。さて………


「何キョロキョロしてんのよ。」


 振り返るとエレナさん。


「おお!ナイスタイミング!ちょうど探しに行こうと思ってたんですよ。そっちは大丈夫でした?」


「まぁ、何とかね。まだ時間あるし、ちょっと一回部屋に戻らない?」


「それは大丈夫ですけど。あれ?ナディア達とルカは?」


「ホラ、後ろ。」


 そう言ってクイクイっと親指で後ろの方を指差す。


「おねえちゃん!!!すっごくかっこよかったよ!!!」


「わああああ……!!!ようせいさん、かわいい~~~!!!」


「わんちゃん!!!いいこだね!!!おて!!!おてだよ!!!」


 お貴族様のお子様方にもみくちゃにされている3人。どうしてそうなった。

 それは、軍人3人が妖魔に変身した時にさかのぼる。


 エセルバートに斬られた3人の軍人は、厳しくも優しく、しっかりと話を聞いてくれて理解してくれる理想の上官で、若い兵士や下士官から絶大な人気を誇る人達だったらしい。


「あの3人が妖魔に!?どういう事だ!!!」


 という事で軍人さんが大混乱モードに突入しかけたけど、バリケードを構築する所までは身体が勝手に動いたようだ。

 それに対して攻撃を仕掛け無いどころか「即対応、日々の成果が表れている。上出来だ。」などと褒める始末。


 元の人間が誰であろうと、それが妖魔であれば討伐するのが軍の掟。

 なんだけど、その言葉を聞いた若手を中心に、まんまと意見が割れてしまった。


「討伐する。それも恩返しだ。」そう言う考え方で割り切るのはアリ。むしろすごい。


「戦うが、必ず生かしたまま捕らえる。」わかっているけど殺したくないという人々。生きて裁きを受けろという人も少数だけど居るっぽい。


「あの方々なら、話せばきっとわかってくれる。」それはちょっと虫が良すぎると思う。


「いっそ自分もあのお三方についていく。」闇落ちしてどうすんの。


 そんな中、討伐すべきと考える兵士が攻撃を仕掛けるけれど、全く歯が立たない。

 むしろ派手に吹っ飛ばされた一人が、反撃を受けて殺されそうになっていた。


 それを目の当たりにして黙っていられなったのがルカ。

 牙を剥いて爪を立てて元軍人に全力で飛び掛かり、兵士への攻撃を阻止した。

 さらに、鉄のポールスタンドを引っこ抜いて杖代わりにしたナディアも参戦。あぁ、さっきのジャムカとスカンダの武器はそれか。

 そしてエレナさんが防御魔法でダメージ軽減の後方支援をしつつ、妖精ナディアが歌って周囲の士気を鼓舞。そんな事出来んだ。


 その様子を遠巻きに見ていた……と言うか、恐怖で泣き叫ぶお子様方の面倒を見ていたセイラが、その戦闘を見てひらめいた。


「みんな!あそこでがんばってるおねえちゃんたちと、わんちゃんをおうえんしよう!!!せーのっ!」


【おねえちゃーん!!!わんちゃーん!!!まけるなー!!!がんばえー!!!】


 ……さいですか。キッズたちによる必死の声援、俺の所には一切届いていませんでした。


 感情の矛先を応援に向けさせて、子供たちが応援したから戦闘に勝利できたという方向に持って行く事に成功したようだ。

 あの状況で良くそんな事を思いついたなと素直に思う。やるなセイラ。デキる男だな。男?……うん、男。


 そんなこんなで、屈強なバケモノ相手にキッチリと戦線を維持し続けたらしい。


「おかげでもう、疲れちゃってさぁ……」


「エレナ様、お疲れ様でございました。」


 そう声を掛けて来たのはレナートさん。

 そして6人の騎士の面々が揃い踏み。なかなか壮観。


「ホントよ!!!まぁ、騎士はウィルバートとエレオノーラを守るために動けないのは分かってるからさぁ。ルカが飛び出すんだもん~!びっくりしちゃったわ。」


「あのコボルトがルカか……見ず知らずの兵を守るために、身を挺して動くとは俄かには信じられん。しかし、こう目の当たりすると信じる以外に無い。アード、どう思う?」


 と仰るのは緑の騎士ヴェルデ中将。


「レナートが言ってた通りかもな。騎士である俺らが持つべき物を、あのコボルトが兼ね備えてるって。全く、とんでもない奴が現われたもんだなぁ。」


 と仰るのは青の騎士クリーゼル中将。


「いやいや、コボルトの……ルカ?彼女も強かったが、ナディアちゃんも相当だな。いつの間にあんな杖術を身に着けたんだ?あの動きはパヴァーヌ流だろ。レナートか?」


 と仰るのは白の騎士エミールさん。


「素晴らしい技量だ。全員まとめて我が隊に欲しい。」


 と仰るのは朱の騎士サラさん。


「がんばえー!がんばえー!!がんばえー!!!」


 紫の何とかさんはもう何やってんのさっきから。


「アキラさん、ご無事で何よりです。お疲れ様でした。」


「いえ、レナートさん。そちらこそお疲れ様です。私はクロなんとか子爵の人に引っ掻き回されただけですよ。あぁ、アイツ高いお酒を盗んで帰りましたので、後で請求してやってくださいね。100倍くらいで。」


 するとレナートさんが笑いながら。


「そうですね、そう致しましょう。それでは、一度お部屋にご案内いたしましょう。カステル!そちらのご子息、ご息女の皆様をご当主の元にお連れするように。」


「承知いたしました。」


 平たく言えば、ひっぺがせと。

 やだー!やだー!と泣き叫ぶご子息、ご息女を親御さんの元に返し、ようやく3人がやって来た。


「ナディア、ルカ、それに妖精のナディア。本当にお疲れ様だったね。みんなケガはない?大丈夫?」


 まずはナディアが満面の笑みで答えてくれる。


「ええ!私もルカちゃんもケガはありませんよ。エレナ様のご支援、本当に心強かったです。アキラさんこそ大丈夫でしたか?先程、エセルバート様に巻き込まれていましたが……」


「うっそ、見えてた?うん、俺は大丈夫。むしろ戦闘も支援も何もしてないから、何か申し訳なくてさぁ。」


「見守ることこそ、アキラさんのお仕事じゃないですか。本当に、ご無事で何よりです……」


 そう言ってちょっと腕がピッタリと。うふん。好き。


 続いてルカ。ちょっと尻尾が垂れてる。

 激闘だったみたいだし、相当疲れちゃったんだろうな。


「アキラ様、敵から尋常ならざる殺意を感じ、動いてしまいました。申し訳ございません。」


「え?いやいや、誰かを守るためだった事は聞いたよ。謝らなくていいんだよ。何より、ルカが無事でよかった。」


 すっげぇ尻尾振ってる。怒られると思ってたのかな?

 そして妖精ナディアが俺の肩に乗って来た。


「……つかりた。」


「おう、お疲れさん。歌ったんだって?」


「……歌った。つかれた。充電。」


 え?


「ちょっとナディア!今それは―――」


 エレナさんが最後まで言う間もなく、妖精ナディアが俺の耳を勢い良く吸った。


 騎士の皆さんの笑い顔、エレナさんが叫ぶ顔、ナディアの驚く顔、ルカのキョトンとした顔。

 ブラックアウトする直前にみんなの顔がはっきりと見えて、この人達が居るから、この世界から離れ難いんだと思った。




「もう無理ですごめんなさい!!!……って、ココどこ?」


 左隣のエレナさんがすげぇ目で俺とステージの方を交互に見てる。

 え、何?と思ってステージを見たら、銀の騎士が殺意を込めた視線で俺を睨んでる。もうダメかもしれない。


 気付けば会場の席に座っていた。

 さっき居た会場と全く同じテーブル&席に俺が座り、黒村が居た場所にはエレナさん。

 そこから時計回りにルカ、妖精ナディアはテーブルの上に配置された豪華なミニチュアテーブルセット。

 そして俺の右隣にはナディアが座っていて、心配そうに俺を見ていた。


(移動が終わって、式が再開した所ですよ。)


 あー、そっか。そりゃ睨むわな。

 いつの間にかウィルバートもエレオノーラ王妃様もご着席で、ウィルバートは俺を見てゲラゲラ笑ってる。

 白の騎士エミールさんと青の騎士クリーゼル中将は、口を真一文字にして笑いを必死で堪えている様子。

 テーブル周囲のお貴族様方からは「なんだこいつ」的な視線をビシビシ感じる。すみません。本当にすみません。


「……では慶事報告。オルグレン侯爵アルフレッド長男エセルバート、グライスナー侯爵ロードリック長女マルガレータとの婚姻が決定した。婚姻に合わせエセルバートはエルバートと改名。立太子の儀を執り行い、エルバート王太子となる。」


「おお……」とざわめきが聞こえる。


「かつ、彩色騎士団の総指揮を国王陛下より委譲、エルバート王太子が金の剣士に任ぜられ、彩色騎士団の総指揮を執る。」


 彩色騎士団とは、銀、赤、青、緑、白、紫、朱の騎士団の総称。

 前に赤の騎士団と剣士隊を指揮するって言ってなかったっけ?状況が変わったのかね。


「立太子の儀は半年後、王都フラムロスにて執り行うものとする。本日はそれに先駆け、メルマナ公国解放戦の叙勲並びに褒章の授与をエルバート王太子として執り行う。総員起立。」


 席から立ち上がり、無言で次の言葉を待つ皆さん。


「エルバート王太子ご入場。」


 一斉に扉に向き直って敬礼。

 俺の周りのテーブルの人達は姿勢を正す敬礼。


 入口の扉が開き、上から下まで金色の人が入って来た。

 ウィルバートと同じ衣装かと思いきや、エセルバート……じゃないか。エルバート王太子の衣装は金の鎧。剣士だから?

 鎧と言ってもフルプレートの超重装備って訳じゃなくて、必要な部分だけが金属になっている実戦的なもの。

 実戦向きってのは動きやすさと言う意味で。こんな派手な金の装備で戦闘に出たら、悪目立ちして攻撃が集中するだろうな。


 腰につけているのは、さっき黒村が渡してた日本刀だ。前のヤツは折られてしまったからかな。

 切れ味抜群で気に入ったのかね。


 エルバート王太子がステージに上がると銀の騎士に着席を命じられ、次のプログラムに。


「叙勲。ルージュ侯爵領バトンの森冒険者ギルド所属、冒険者部隊エリアーナ隊長アキラ。」


 ええっ!俺から!?

 俺の背後に、さっき水を運んでくれたお姉さんが立つ。


「アキラ様、どうぞご案内いたします。」


「はぁ……」


 いや、そんな態度はイカン!同席のみんなも低く見られてしまう!ここは堂々としないと!


「はい、よろしくお願いします。」


 ナディアは満面の笑みでボソリと。


(目に焼き付けます!)


 エレナさんは若干不安げな表情で。


(何するか誘導してくれるから、ひたすら待ちよ。いいわね!?)


 いや、大丈夫だから。オフィシャルモードで乗り切りますから。


「ルージュ侯爵領バトンの森冒険者ギルド所属、冒険者部隊ナイトストーカー隊長アレクシオス。以上2名は係の者の指示に従い、速やかに中央に移動する事。」


 続いてアレクが呼ばれた。

 案内された場所はステージ真ん前の最前列。

 俺が左に、アレクが右に。二人揃ってガッチガチに緊張している。


「拝礼。」


 拝礼?またわからん言葉を……アレクがゆっくりと動き出した。よっしゃ!真似しよう。

 片膝付いて、頭を下げて。前は見ないようにするのね。

 誰かがステージから降りて来て、俺らの正面に立った。誰だ?


「エリアーナ隊、隊長アキラ。」


 おお、この声はエセルバートだ。


「アランブール観測所及びグリューネ冒険者ギルド摘発における功績。並びにメルマナ公国解放戦の功績。この優れた働きに、王国は叙勲を持って讃える。面を上げ、起立したまえ。」


 顔を上げるとエセルバートが立っていた。目が合って、互いに何となく笑いそうになる。


「一歩前へ。」


 一歩前ね。はいよっと。

 本のような何かを開き、エセルバートが読み上げる。


「フラムロス王国初代国王ドライグラース・フラムロスの名で創設したカンフォーレ家を継承し、子爵に叙する。」


 カンフォーレって……さっきの部屋の名前?

 本を回して俺に差し出してくる。あぁ、何か懐かしいな。卒業証書を受け取る時の感じに似てる。

 ならばそれに応えねばなるまい。ココでの作法は知らないからな。


 一歩前に出て、左手、右手の順でしっかり本を掴む。

 手を伸ばしたまま一歩下がり、本を閉じて左手で持つ。

 左方向のウィルバートに礼、王妃様に礼、正面のエルバート王太子に礼。

 最後に一歩下がって、アレクの隣に戻る。


「ナイトストーカー隊、隊長アレクシオス。アランブール観測所及びグリューネ冒険者ギルド摘発における功績。並びにメルマナ公国大公の保護及びメルマナ公国解放戦の功績。この優れた働きに、王国は叙勲を持って讃える。面を上げ、起立したまえ。」


 アレクが立ち上がる。


「一歩前へ。」


 ここに居る人たち、と言うか本人すら知らないと思うけど、この人も元王子なんだよな。

 トルジアが召喚した黒村が滅ぼした国。何つったっけ……セルシニアか。

 そして、スウェイン公国の大公のお姉さんが、アレクとセイラのお母さん。


「フラムロス王国王太子エルバート・フラムロスの名でバトンルージュ家を創設し、男爵に叙する。」


 おお、エルバートが新しい貴族家を作ったの?

 しかもバトンとルージュって、今住んでる所じゃん。なかなか面白い苗字を思い付いたな。


 恭しく本を受け取るアレク。

 あ、俺と同じ動きをしている。さては真似したな?

 アレクが隣に戻ると、銀の騎士のお言葉が続く。


「今回の叙勲を心よりお祝い申し上げる。両家を代表し、カンフォーレ子爵アキラより一言謝辞。」


 よっしゃ来たな!


 二人揃って回れ右。

 既に魔石マイクがセットされていたので、一歩前に出て話を始める。

 プレゼンの時のように!声のトーンを若干上げて!

 はっきりゆっくりと!相手に伝わるようにしゃべる!


「この度、はからずも爵位拝受の栄に浴しました。これもひとえに皆様方の暖かいご指導ご支援の賜物と存じ、心から御礼申し上げます。今後はこの栄誉に恥じないよう一層精進致す所存でございます。カンフォーレ家、バトンルージュ家共々、変わることなきご芳情を賜りますようお願い申し上げます。」


 一歩下がり二人揃って、45度の最敬礼。

 するとまばらな拍手は徐々に大きくなり、盛大な拍手へと変わって行った。


 こんな事もあろうかと。

 レナートさんのヒントを元に、叙勲の挨拶文章を脳みそフル回転させて作っておいたのです。

 黒村を見た瞬間に軽く吹っ飛びかけたけどね!!!

 良かった。本当に良かった。ありがとうレナートさん。ホントに足を向けて寝られません。

 そうでなければこんな大舞台で、とんでもない醜態を晒すところだった。

 俺だけじゃなく、アレクにも迷惑をかけるところだった。


「叙勲は以上である。引き続き褒章の授与。」


 俺を呼びに来たお姉さんに促されて席に戻る。

 さっさと席に戻りたいと思ったけど、席に着くまでが叙勲でした。


 来た時とは全然違うコースを歩かされる。

 一度正面扉まで通路を下がって、そこから会場の外周をぐるっと歩いて席に戻る。

 お披露目的な意味もあるのかな~なんて考えていたけど、一部の人から尋常ならざる視線を感じた。


「憧れの人を見る目」もしくは「ゴミを見る目」


 どっちもかなり身なりの良いおじいちゃん級の人達。


 憧れの目で見られるのは何なんだろう。

 初代国王が作った家って言ってたし、何だか良くわからんけどウィルバートの思惑を感じる。


 だけど、俺に向けられる意味不明な敵意というか、ゴミ扱いの視線は何なの?

 冒険者の分際で貴族階級に!けしからん!ってのはあるんだろうけど、これでも一生懸命やって来たんだよ?


 ふんとにもう……選民思想、ダメ!!!ゼッタイ!!!

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