第91話 目覚め

 変身を遂げた伯爵の周囲に居た貴族達は、大声を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。

 あんなヤツを目の当たりにしたら、逃げ出すか、怖気づいて身動き一つ出来ないかのどっちかだからしょうがない。


 後方に居る3人の軍人も、伯爵の変身に合わせて姿を変えていた。

 オークみたいなオーガみたいな、やたらデカくてゴツめな黒い姿。

 その周囲に居た軍人たちは整然と距離を取り、テーブルと椅子でバリケードを構築している。

 妖魔の馬鹿力に対する防御壁としては不安があるけれど、今すぐに出来る範囲で最善を尽くす手際の良さに感心する。


「さらに罪を重ねるか。」


 落ち着いた口調で非難する銀の騎士。


「知った事か。」


 伯爵から放たれる、ネットリとしたイヤ~な雰囲気。

 あんなヤツと対峙した回数は少ないけど、肌でこの感覚を覚えてる。あぁ、確かに妖魔化してるわ。


 中央の辺りで一人立つ侯爵はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。多分変身出来るんだろうけど、余裕の構えだ。

 奥の方のおっさん4人は、呆然と立ち尽くしている。コッチは変身できないな。あーあ、人生終わったな。


 さて、俺はどうするか。

 今回は手出し厳禁だから、何かあればすぐに逃げられるように準備だけしておこう。


 チラっと隣を見ると、悠々と酒を飲む黒村。何してんの。


「ボトルで貰っておけば良かったな。キミキミ、従業員通路に酒はあったかね。」


 ホンっとにコイツは。


「知るか。」


「じゃぁキミ、酒を探すのを手伝ってくれたまえ。」


「何言ってんの?今動いたらマズいだろ。」


「みんな逃げてるから大丈夫だって。ホラ、この機をを逃すなよ。」


 そう言って立ち上がる黒村。

 この場に居なければ、俺が問題行動を起こす心配もないって事か?


 ……いや、それはそれで、ナディア達がすげぇ気になるんだけど……


「愚図愚図すんな。行くぞ。」


 黒村に袖を掴まれ、馬鹿力で強引に連れて行かれる。


「うおっ!ちょっと待てって~~~あぁ!もう!何か言われたらお前の責任だからな!」


「オッケーい。」


 是非も無く最前線から離脱し、従業員通路に移動させられてしまった。




「その者どもを斬り捨てィ!!!」


 ウィルバートが言うや否や、エセルバート達がスラっと剣を抜く。


【御意ッ!!!】


 時代劇かと。

 幸い、伯爵の周りには誰も居なくなったので思う存分剣を振り回せる。

 エセルバートの先手必勝パターン、一気に距離を詰めて薙ぎ払い、斬り上げ、袈裟斬り、二段突き。

 いやー、あの攻撃は速いんだ。全然見えないんだ。


「遅い。」


 エセルバートの高速連撃を躱す伯爵。言うだけの事はある。


 戦闘のさなか近衛隊の皆さんは、ニヤニヤと笑う侯爵と一定の距離を保ちつつ、端に逃げた貴族様達に被害が及ばないように誘導している。

 そしてナイトストーカー隊の面々も、アレクが最前線の矢面に立って貴族の人達を庇ってる。何なの?あの責任感。

 で、その後ろにはメルマナ大公たるバルさん。指示を出して貴族様達を後ろに下げさせている。若いとはいえ、この中でも最上位の身分。無闇に逆らう事は出来ないよな。

 ジャムカとスカンダはバルさんと一緒に、どこから持って来たのか棒を構えて貴族様達をお守りしている。

 最後方にはご婦人、お子様方。セイラがニコニコと対応している。ホント、役割分担がしっかりと出来てるパーティーだわ。


 後ろの方は良く見えないけれど、何だかバコンバコン聞こえているので戦っているんだろう。

 ナディア達、エレナさん、ルカ。4人の事は心配だけど、あんな奴らには負けないだろうという漠然とした気持ちだけはある。でも心配だよ……。


「おい、見てないで探すの手伝えよ。」


 従業員通路の奥にある小部屋から黒村の声が聞こえる。


「うるせぇよ、いい所なんだよ。おっ!エセルバート、今日はグイグイ行くな。何というかヤル気が漲ってるというか……」


「まだ勝てないし。ダメージ入らないし。」


 スルメのゲソ的な、珍味的な物をモシャモシャ喰いながら黒村がイヤな事を言う。


「何だよ、どういう事だよ。」


「序盤はエセルバートが押し気味に行くのな。でも中盤になって第二形態になったらピンチが来る。一度は倒れる。しかし不屈の魂で立ち上がり、何やかんやで活路を見い出し、見事エセルバートは謀反人の伯爵を討ち取る事に成功する訳だ。どうだ、涙ぐましい激アツの展開とは思わないかね。」


 え、何それ。


「伯爵を倒したエセルバートは、そのまま侯爵に何かを言う。ぐぬぬと肩を落とし、変身すること無く軍門に降る侯爵。これによって、軍の内部で未だに燻ぶり続けている不穏な要素を抑える事に成功した。ま、そういう事だ。」


「いやいや……そんなうまく行く訳ないだろう。」


 伯爵の動きが若干固くなった気がする。

 僅かに出来た隙を見逃さず、エセルバートが攻撃の手を強める。

 剣が伯爵の身体に当たってるけど、全く傷がついていない。どうなってんだ。


「ほう、当てて来るか。久しぶりの戦闘行為、やや身体が鈍ってしまったようだな……」


「ほざけ!」


 伯爵は武器を携行していない。

 高速パンチの打撃と鋭い爪の斬撃で、詰めてきたエセルバートを牽制しつつ反撃している。


「お、高級酒発見~。さすがはルージュ侯爵のホテルだな。土産に持って帰ろう。」


 緊張感のカケラも無い。


「勝手に持って行くな。窃盗だぞ。」


「ヘンな所で真面目だよな。じゃあ後でルージュ侯爵にねだるか。」


「随分と馴れ馴れしくないか?レナートさんと会った事あんの?」


「あるぞ。今日で2回目だ。」


「2回目で酒をねだるとか。どこで会ったんだよ。戦場とか?」


「大体そんな感じ。向こうは子供だったから覚えてないかもしれないけど。」


 ん?あれ?


「何か聞いた事ある……あぁ、アレか。バトンの森で。レナートさんのお父さんと一緒の時だ。妖魔の大群に囲まれた時か。」


「そうそう。あの時は勝手に部下が動いてさぁ。トルジアの恨みだの何だの言ってたけど、要はあいつらストレス発散したいだけなんだよ。腹立ったから全滅させた。」


「そんなんで全滅させるあんたも大概だけどな。」


 そんな話をしていたら、広間から歓声が聞こえて来た。

 おっと見逃した。どれどれ?


 バッキバキに破壊されたテーブルに突っ込んで倒れている伯爵。

 肩で息をして、やや疲労が見えるエセルバート。鎧が部分的にヘコみ、素肌が出ている場所にはかなりの数の切り傷が出来ている。


「おのれ……人間の分際で、この私を本気にさせるなど……」


 エセルバートは人間じゃないし。龍とニンフの子だし。

 伯爵は、エセルバートがウィルバートの子供って事を知らんのか?

 それなのにジャムカやらアレク達の事を把握していたりと、何だか良く分からない情報の掴み方をしてる。

 それか、彼らにとって都合のいい情報を掴まされているのか。


「王命である!命を持って非道を償え!」


 エセルバートが倒れた伯爵の胸を突く。

 その勢いで胸を貫くかと思われたが、僅か数センチの侵入で剣が止まる。


「どうした?突いてみろ。さぁ、早く。」


「くっ……どういう事だ……剣が……」


「私を本気にさせた報いを受けるがいい。」


 伯爵が気を吐くと、金髪が、肌が、徐々に赤黒く染まっていく。

 若干、身体がゴツくなったように見える。

 自分の胸に刺さった剣を掴んでフンッと力を込めると、いとも簡単に剣が粉砕された。

 胸の筋肉がモリモリと動き、刺さっていた剣の破片がカランと落ちる。


「命を持って非道を償いたまえ。」


 伯爵が裏拳でエセルバートを払い除けるとコッチに吹っ飛んできた!!!ちょっと!!!

 俺を巻き込み、二人揃って壁に積まれた木箱に体を打ち付けられる。木箱は空だったようで大破。

 もう……何なの!!!すっげぇ痛いんだけど!!!

 ぶつかる直前にササっと除けた黒村が話し掛けて来る。


「おう、大丈夫か?」


「大丈夫か?じゃねぇよ!何サラっと逃げてんだあんたは!」


「お前じゃねぇよ。そこの人。大丈夫か?」


 そう言ってエセルバートを心配する素振りを見せる。クソが。


「うぅ……」


 裏拳のダメージが思いの他強かったっぽい。

 目を閉じて項垂れている。


「大丈夫か!俺だ、アキラだ。」


 薄く瞼が開くと、力無く笑うエセルバート。


「……おぉ……こんな所に居たか……肝心な所で……やらかした……」


「大丈夫だって。おい黒……なんとかさんよ、あんた回復できねぇの?何か持ってない?」


 さっきくすねた高級酒を開け、グラスに注ぐ。


「気付けだ。飲んどけ。」


「ちょっとあんた!未成年に酒は―――」


「ホンっトに変な所で固いよなオマエ。」


「だってお前、今酒を飲ませたって―――」


 そんな突っ込みを右手で静止するエセルバート。

 俺を見て、黒村を見て、キッと歯を食いしばる。


「……アキラ、俺はまだ……倒れる訳にはいかねぇんだ……」


 グラスを受け取り、ゆっくりと飲み干した直後、眼を見開いてガバっと起き上がる。なんだ!?


「何だコレは……身体が軽い……」


「酒は百薬の長ってな。ホラ、武器も持って行けよ。」


 スッと手渡すのは……日本刀じゃねぇかそれ。

 エセルバートが眼を見開いて驚いている。


「これは……子爵、何故これを!?」


 あぁ、クロナントカ子爵の事は知ってんのね。

 刀を僅かに鞘から抜き、刀身を見つめる。


「そこにあったぞ。ホラ、お仲間が倒される前にさっさと行って討伐して来い。」


 出口の向こうに見えるのは、近衛隊の何人かが伯爵に斬り掛かっている光景。

 伯爵は余裕をかまして攻撃されるがまま。

 全くダメージを与えられていないようで、攻撃を小馬鹿にするように高らかに笑っている。


「笑っていられるのも今のうちだ。」


 そう言うと刀を鞘に納め、低く構える。何だろう、陸上のスタートみたいな姿勢だ。


「アキラ、また後でな。」


「おう。気合いだ気合い。行って来い。」


「位置について。」


 またコイツは余計なことを。

 エセルバートが体勢を整える。わかるんか。


「よーい……………ドンっ!」


 黒村の合図とともに、エセルバートが駆け出したけど速っ!!!

 あんな速さは見た事ないぞ!!!どうなってんだ!!!

 完全に虚を突いたようで、伯爵はエセルバートの事を認識していなかった。


「決まったな。」


 黒村はそう言うけど、俺は全然見えなかった。

 気付いたら刀を振り抜いていた。


「斬ったのか?見えた?」


「ああ。アイツ目覚めたな。」


 伯爵がエセルバートの存在に気付いたのはその直後。


「貴様……いつの間に!!!」


 慌てて体勢を変えようとした瞬間、大きな体がグラっと揺れる。


「あぁっ???」


 下半身の動きに、上半身が付いて行かなかった。

 そのまま上半身だけがバランスを崩して床に転がる。


「何だ!!!どういう事だ!!!」


 コッチが言いたいわ。

 身体が分かれてるのに、普通に喋れるってどういう事だよ。


 何も言わずに、エセルバートが刀を胸の中央に突き立てる。


「ぐううううううっ!!!何故だ!!!何故刺さり込むのだ!!??私に………この私に!!!」


 効いてる効いてる。


「王命である。命を持って非道を償え。」


 さらに刀を押し込むと壮絶な叫び声を上げる伯爵。

 やがて、伯爵の姿がフッと消えた。


 会場がシンと静まり返る。

 ふぅと息を吐き、刀を鞘に納めるエセルバート。


 振り返り、わなわなと震える侯爵に向かって歩みを進める。

 正面に立ち、一言。


「降伏せよ。然らざれば討伐する。」


 攻撃じゃなくて討伐か。その言い回しだと、侯爵を人間じゃなく妖魔として見てるって事だよな。

 侯爵も逆上して変身するかと思ったけど、膝から崩れ落ちた。初めて見たわ。あっさり降伏を受け入れたようで何より。

 あんな圧倒的な力を見せつけられたらね。そりゃ降伏するしかないよね。


 でも黙っていないのが、軍人3人。

 伯爵を斬られた直後は呆然としていたけど、雄叫びと共にエセルバートに襲い掛かって来た。


 近衛隊の人達が応戦しようとするのを制して、エセルバートが一人で迎え撃つ。


 端から見てたらもうびっくりだ。

 ワン・ツー・スリーの3振りで、猛り狂う3体を次々と一刀両断してんだもん。

 あの刀の斬れ具合が半端ないのか、さっき黒村が「目覚めた」とか言ってたヤツなのかはわからんけど。


「見事である!!!」


 あぁ、ココから見えないから存在を忘れてた。

 ウィルバートが高らかにエセルバートを褒め称えた。地鳴りの様に歓喜の雄叫びが響き渡る。

 それに対し一礼で応え、侯爵以下5名を捕縛・連行して会場を後にするエセルバートと近衛隊の皆さん。

 興奮冷めやらぬ会場内に、銀の騎士の事務的なアナウンスが響き渡る。


「静粛に。メルマナ戦勝祝賀会は19時30分より、隣室にて引き続き執り行う。両陛下のご退場に続き、総員退場のうえ隣室に移動せよ。尚、各員の席は本会場と同じ席とする。但し席が変更となる者には別途指示を出す。以上。両陛下ご退場。」


 ウィルバートと王妃様が椅子から立ち上がったらしく、全員敬礼。

 いやもうホントにこの国の人達すごいな。頭の切り替えが早い。

 いや、ここに居る人たちがこのスタイルに慣れてるのか。


 俺は従業員通路の中に居るから誰も見てないと思うけど、とりあえずピシっと突っ立ってる。

 さすがに座ってるのがバレたら、外聞が悪くなっちゃうからな。

 会場の人達が敬礼をやめて移動を始めたので、どうやら両陛下は退場したらしい。


「じゃ、俺は帰るから。」


 何処から持って来たのかバッグに大量の酒をぶっこんで、黒村がホクホク顔で帰り支度をしていた。


「え、何?本当に見届け要員だったの?」


「まぁ、そんな所だ。これ以上長居をするほどヤボじゃない。じゃぁな。ルージュ侯爵によろしく。」


「ちょっと待て。酒か。酒の事か。俺に押し付けんなって!」


「お前のパーティーの奴らにもな。あのコボルトも大事にしてやれよ。」


「何だ?見てたのか?」


「ああ。まぁ……何と言うか……犬耳の半妖は男女問わず半端なく可愛いから安心しろ。」


「犬耳?半妖?何言ってんだ?ルカはコボルトだし。」


「ははは、いつかわかれ。じゃ、またな。お疲れちゃん。」


「……あぁ、お疲れ。またな。」


 踵を返して鼻歌交じりに裏口を歩いて帰って行く黒村。

 ありゃ結婚式の引き出物を持って帰る雰囲気だよ。


 さて、イレギュラーなヤツを見送った事だし、ナディア達、エレナさん、ルカと合流するかな。

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