第82話 玉座急襲、異変に気付くのは
岩場に偽装されたこの場所には地下道がある。
大公が代々受け継ぐ『鍵』となる魔石を加工したものを差し込む事で開く仕組み。
バルさんが魔石を差し込むと、岩の下部が音も無く消滅し、地面の中へ続く階段が現われる。
「まさかとは思うけど、ここにも妖魔が居る可能性はあるから。引き締めて行きましょう。バル、先導よろしく。」
エレナさんがそう言うと、全員が無言で頷く。
バルさんを先頭に、俺、ジャムカ、エレナさん、ナディア、スカンダの順に穴に入って行く。
先頭のバルさんの位置から2~300mほど先まで、天井がボウっと光っている。その先は真っ暗だ。
最後、スカンダが入った後で、入口がスッと消える。
「大丈夫だ。これで向こうからは侵入出来ない。さぁ、行くぞ。」
階段を下りて行くと、天井の光もそれに合わせて光る。
バルさんが持つ魔石と連動して光る仕組みになっているようだ。便利。
長い長い、長~~~い階段を下り、ようやく通路に出た。
通路は3人が手を伸ばして横並びになれる程の広さで、天井はおよそ3メートルくらい。
走りながら、バルさんの説明が始まる。
「この通路は大体8kmという事になっている。直進ではないが、横道は無いから迷う事は無い。」
確か、走る速さが時速10kmぐらいだったはず。
8kmを時速10kmで走ると……48分?走る速さの感覚がイマイチわからんけど、大体そんな感じか。
「中間点に目印があるから、まずはそこが目標だ。転ばない様に気を付けろよ。」
グネグネと峠のようにうねる地下道。サーキットのヘアピンカーブみたいになってたり高低差があったり。
直進ならもっと早くに着くはずだけど、万が一追われる場合、身を守るためにこんな通路にしてるのかな。
たまに壁の向こうから、深く、低い地鳴りのような【ドドドド……】って音が聞こえる。
「結構、雷が凄いね。向こうの軍は雨と雷に紛れて移動するのか。大変だなぁ。」
「行軍の音を消して動く必要があるからな。でも陽動隊も同じ事だろ。何分経った?」
ジャムカに言われて、時計を見る。
「22分ちょい……もうそんなに経った!?」
「じゃあ、もうそろそろ陽動隊は作戦が始まる頃だな。」
30分経つと、陽動隊が秘密ルートからの侵入を始める。
あと4分で中間点の目印を越えたら、今のペースで問題ない事になる。
「あの天井の光の色が変わってる場所で半分だ。」
ちょっと先の天井の光が緑っぽくなっていた。
越えるタイミングで時計を見ると、23分。
「気持ち早いぐらいか。丁度いいな。この調子で行こう!」
バルさんの言葉が通路に響く。
およそ20分後、何事も無く終点に到着。
終点はただの石壁。端の方に人差し指が入る程度の穴が開いている。
時計を見ると44分。あと16分で突入か。
この石壁の向こうに障害物が無いのは確認済み。
仮に、ここが通行出来ないようになっていたら襲撃は察知されている。
その場合、エレナさんとナディアが魔法で障害物を排除する。
俺の威圧とジャムカ、スカンダの力技で控室を制圧する。
通路から出て右方向に扉。
玉座の間を正面から見て右側の奥に繋がっている。
控室に兵は配置されてない。
でも、居る可能性は否定出来ない。
兵が居る場合、武器を振り回せる程度の人数が配置されている。
恐らく10人前後。その場合は俺の威圧で動きを止める。
動くヤツが居たらスカンダが仕留める。
兵が居ても居なくても、ナディアは玉座の間への扉に罠と施錠が無いか確認。
あれば全解除。
無ければ時間通りに俺が開けて突っ込む。
玉座の間に入ったら、玉座のエング・ジュールを威圧。
エング・ジュールが魔法防壁を張っていたらエレナさんが即解除。
ジャムカとスカンダは玉座のエング・ジュールを背後から攻撃を仕掛ける。
ナディアは控室の扉を魔法で施錠したらすぐにエレナさんと共にバルさんに魔法防壁を掛ける。
俺とバルさんは玉座の間の内部状況を確認しながらエレナさんとナディアを守りつつ、ジャムカとスカンダがエング・ジュールを制圧、もしくは討ち果たすのを待つ。
「30秒前にここを開いて。そこからは待った無しで動くから、何かあったらすぐに声を掛け合って。」
エレナさんの言葉に全員が頷く。10分前。
「バルさん、ちょっとどうでもいい事を聞いてもいい?」
「何だ?」
「メルマナは公国なんだよね?」
「ああ。そうだよ。」
「これから行くのは、玉座の間だよね。」
「そう。玉座の間だ。」
「王が居ないのに玉座の間なの?」
次いで、エレナさんからの一言。
「本当にどうでもいい……」
するとバルさん。
「いや、エレナ。実はな、それは大公になる者にとっては悩みの種になるんだとよ。」
メルマナ城の築城当時、数百年前らしいけど、当時のフラムロス王が『玉座の間』と名付けたらしい。
王じゃないし『謁見の間』に改名させてくれと上奏も行おうと思ったみたいだけど『王が付けた名前に文句があるんだ』って不遜扱いされるから、そのまま放置したっぽい。
だからと言って放置してたら、今度は別の貴族から「王じゃないのに玉座?ぷぷぷ。」みたいな嫌味を言われる。
どないせえっちゅうんじゃ!ってなる所までが代々大公のテンプレらしい。
なんでそんなに言われるのかメルマナ。
「それなら変えてもいいんじゃないの?ウィルバートは何も言わないでしょ。あいつバカだから。」
「じゃあ、何としても奪還しないとな。」
バルさんがニヤリと笑う。
「じゃあここで支給品ね。」
エレナさんが一人一人に指輪を渡していく。
「エレナさん、コレは?」
「念のため、精神魔法に対する抵抗力が上がる指輪。バル、あんたにはもう一つ、捕縛魔法無効化のも渡しておくから。あんたが捕まったら意味無いから、絶対に捕まったらダメよ。」
エレナさんが強引に押し付ける。
それを指に嵌めながらバルさんが笑う。
「大丈夫だ。絶対に捕まらないさ。絶対にな。アキラ、時間はどうだ。」
「もうすぐ。あと2分。」
最後の5秒からは指で合図して、0と同時に魔石の鍵を差し込んで突入を開始する。
エレナさんが突入前、最後のカウントダウンを始める。
「行くわよ。10、9、8、7、6」
5、
4、
3、
2、
1、
バルさんが魔石を穴に入れた瞬間、目の前の石壁が消えて部屋が現れる。
気合いを入れ、目力を強めて右向きの体勢で部屋に入る。
中には誰も居ない。よし!
すぐにナディアが正面にある玉座の間への扉を確認。
罠無し、鍵ありとの事。
ジャスト1時間のタイミングで解錠と同時に扉を開ける事を確認。
残り20秒。隊列を整える。
10秒。ナディアが魔法を掛け始める。
3、
2、
1、
【ガチャリ……バン!!!】
俺が扉を開けて先行する。続いてジャムカ、スカンダ。
正面、やや左に玉座。誰かが着席しているのを確認。ややビクリと動いた。
無言でスカンダとジャムカが玉座に飛び掛かる。
スカンダは短い曲刀を、ジャムカは杖を勢い良く振り下ろす。
【ガン!!!】
玉座の誰かは座ったまま、ばんざーいの姿勢で二人の一撃を受け止めた。
パヴァーヌ流杖術の濃茶色の杖だ。
すぐにスカンダが突きを入れ、ジャムカは打ち払いのコンビネーションで隙を埋めながら詰めるが、僅かに突きを躱して打ち払いを杖で防ぐ。すぐさまスカンダに突きを返して杖を回し、ジャムカを打ち付ける。
杖の取り回しが速い。これは上手い。
玉座でガンガンやってる間にエレナさんは数歩前へ移動。
バルさんは俺の隣に移動。
ナディアは後方で扉を施錠。
ここで玉座の間の部屋を見渡すが、誰も居ない。
正面扉から陽動隊が入って来ないのを見ると、バルさんが俺に小声で話す。
「マジか。陽動隊が足止め喰らってるのか。」
「来るとしたら、向こうの正面の扉だよな。」
俺が持ち場を離れようとすると、バルさんが声を張って俺の肩をグイと掴む。
「おい!今は動くな!」
「あんたこそ絶対にそこを動くなよ!エレナさん、ナディア、頼んだ。」
二人とアイコンタクトを取り、首肯し合う。
俺がその場から離れた直後、エレナさんとナディアが何かを呟くと、バルさんの指環が白く光る。
靄のような光がバルさんを包み込む。
「これは何の術だ?」
「さっき言ったでしょ。あんたが捕まらないようにするって。ナディア、次行くわよ。」
「ハイ!」
二人が目を閉じて何かを呟くと、バルさんの二つ目の指環が紫色に光り始める。
ここで、バルさんが異変に気付いた。
「ぐうっ!!!これは!!!」
紫色の光がバルさんを照射すると、バルさんの姿が徐々に変化していく。
黒い髪が真っ白く変色し、わさわさと逆立て始める。
耳は尖り、横に大きく張り出す。真っ赤に光る眼が、エレナさんとナディアを睨みつける。
「おのれえええぇぇぇ!!!図ったなアアアァァァ!!!」
真っ白な顔に頬まで裂けた大きな口。
牙を剥き出しにして絶叫する様は、怒りを露わにしている証拠だ。
猛り狂うバルさんだった何かは、真っ白な猿のような姿に変身……いや、化けの皮が剥がれた。
移動しようとしているが、完全に足が固定されているのか動かせない。
それならばと両腕を振り回して白い靄の光を振り払おうとするが、何か薄い膜のような物が張り巡らされているようで、ぶん殴る力を完全に吸収しているように見える。
「無駄よ。大人しくしてなさい。」
エレナさんの冷静な突っ込みに、益々猛る白い猿。
「小娘如きがアアアァァァ!!!」
小娘って。時代がかった罵声を浴びせ掛けている。
二人と一匹の方に戻る。
「エレナさん、ナディア、大丈夫?」
軽く汗ばみ、呼吸を整えている二人。
「まぁね。もう大丈夫。あ~~~!疲れた!!!」
「はい、私も大丈夫です。」
玉座を見ると、ジャムカとスカンダが玉座の人と戦いを続けている。
演武でもしているかのような、流れるような立ち回りだ。
そして横を見ると、未だに殴る動作を止めずに、光の中でもがき続けている。
「もうその辺でいいんじゃないですか?カズマさん。」
ようやく殴る動作を止めたエング・フェインが、俺をジッと睨みつける。
ハァ~~~、と深い溜息をつく。
「楠木くん、久しぶりだな。まさかコッチで会えるとはね。」
「ご無沙汰してます……って、そんなに経って無いですよね。向こうとは随分とお姿が変わられたようですけど、お元気そうで何よりです。」
「……今、そんな事を言うか?本当に楠木くんは変わってるヤツだな。」
「そうですか?カズマさんだって変わってるじゃないですか。見た目的な意味で。」
「よくこんな状況でそんな軽口叩けるな。ははは……何処で気付いたんだ?」
ギロリと、赤い眼を光らせてエング・フェインが睨む。
「それは企業秘密ですよ。」
「教えてくれないか?後学のために。」
「コンプライアンス的な意味で、謹んで遠慮させていただきます。」
そんなくだらない会話をしていると、玉座の間の正面扉が開く。
「いやぁ~~~っはっはっはっはっ!!!諸君!!!調子はどうだい!!!」
紫のアフロヘアーに紫のサングラス。
臍まで開いた白いラメ入りのドレスシャツに、上下ともに紫のスパンコールで装飾されたうるさいスーツ。
先の尖った紫のツヤツヤエナメル靴と、艶のある生地の白いマフラーを首に下げた、ド派手な男が両腕を広げてテンション高く、高笑いしながら入って来た。
「あぁ、お疲れ様です。」
そういて軽く頭を下げると、玉座の間の中央で俺に向かってビシィ!!!と小さな紫の玉が付いた指揮棒的な物を突き付ける。
「薄い!!!相ッ変わらずリアクションが薄いよアキラは!!!」
「もっと!!!君の激情を!!!」
「熱く!!!情熱的に!!!表現するんだよ!!!」
「そうでなければ!!!」
「この!!!アーレイスク・フィオレトヴィー・プレオブラジェンスキーには!!!」
「響かないんだよオオオォォォ!!!」
いちいちポーズを変えながら、暑苦しく、ウザく喋るこの人と初めて会ったのは昨日の夜。
紫の騎士アーレイスクさん。爵位と姓は長すぎて覚えられなかった。
朱の騎士のサラさんに豚と罵倒されたその人である。
「それとそこの3人!!!まだ遊んでんのかい!!!???ヤメ!!!」
キンキンキンキンやってた玉座の3人がウザそうにアーレイスクさんを見ながら、戦いを中断する。
玉座に座る人が立ち上がると、エング・フェインが眼を見開き、驚きのあまり声が出ない様子。
「カズマさん、そんなに驚きます?」
俺が尋ねると、ようやく声を吐き出す。
「楠木くん、何で……」
振り返り、こちらに来るその人がエング・フェインの目の前に立つ。
「椅子変えた?尻が落ち着かないんだけど。」
軽口を叩きながらも、眼差しだけは真剣にエング・フェインを正面から見据える。
メルマナ公国バルセート・アルト・メルマナ大公。
バルさんがついに、帰るべきところに帰って来た。
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