第22話 ナディア

 つまらない事を考えながらベッドに横たわっていると、ナディアが正座して、ぺしぺしと自分の足を叩いている。


「何してんの?」


「…アキラ、ここにおすわり。」


 おすわり?あぁ、座れって事かい?

 よっこいしょと呪文を唱えて身体を起こし、ナディアと向かい合って正座。


「何でございましょう。」


「…あした、いずみにいきたい。」


「泉?あぁ、ナディアが生まれた場所ね。うん。予定も無いし、いいよ。」


「…ん。」


 正座のままでぴょんと俺の肩に飛び乗る。器用だな。

 そしていつものように耳を…揉んでる。あら、吸わないのかな?肩に乗れば耳を食うのが定着したので、このパターンは新鮮。


「どっか行きたいって言うの初めてだよね。」


「…たまにはよい。きぶんてんかん。」


「難しい言葉知ってるなぁ…ホント、たまには気分転換も必要だよって…耳たぶ揉まれるの、すっげぇ痛いんで す け ど おおおおぉぉぉぉ………………」


 どこにそんな力があるのかと思うレベルで耳たぶをグリグリとこねくり回す。

 耳ツボててててててこんなに痛たたただだだだだだ


「…ちからいれてない。」


「ウソデスヨ、ナディアサン…それすっげぇグリグリイイイイイィィィィィ!!!」


「…おきゃくさん、こってるね。」


「どこで、そんな、ことばをををおおおお………………」


「…ここが、ええのんか?」


「…………………!!!!」


 声すら出ない。

 小一時間ほど、みっちり悶絶させられた最後、これが真の地獄かと思わせるラストスパートを迎え、モミモミは終わる。

 全身を突き抜ける、激烈な痛みでぐったりしてる俺。失神及び失禁は免れたようだ。危なかった。本当に危なかった…。

 最後のトドメ、俺のほっぺにチュウをするナディアさん。


「…はい、ごほうび。」


「はい………ありがとうございまひた………」


 飴と鞭かと思いながら、意識が遠のいていく。




「めっちゃ身体ラク。」


 最近、起きてもダルかった身体。今朝は嘘のように軽い。こんなにスッキリと目覚めたのは久しぶりかもしれない。

 肩をぐるんぐるん回しても痛くない。背中がバッキバキ、腰もちょっとニブい感じだったけど、それも無い。


 耳ツボマッサージ、こんなに効くんだ…


 効いたのはすごく嬉しいけど…


 もうちょっとマイルドだと助かるな…


「…すぺしゃるめにゅー。」


「おっとナディア、おはよう。」


「…おはよう。どう?」


「すごいわ…めっちゃラク。アレに耐えればこんなになるんだな。ありがとうね~。」


「…ふふふ…ごほうびは、あとでもらう。」


 おおお…ナディアが笑ってる…初めてじゃないか…!

 感情が豊かになってきているのが、すげぇ嬉しい。


「よしよし、何でも言うがいいさ。じゃあ今日は泉だね。」


「…たのしみ。」




 カラっと晴れたお散歩日和。お出掛け準備を終えてお店に降りると、リバルドさんが左腕に包帯を巻いて朝食を作っていた。


「…おはよう。」


「おう、おはよう。今朝は随分と早い時間だな。」


「おはようございます。腕、どうしたんですか?」


「何だ、聞こえなかったか?遅い時間に、例のパーティーが帰って来てな。」


 え、あのリバルドさんに、まさか武器を突きつけたとか?


「そんな顔するな。ちょっとあいつらも頭に血が上っただけだ。武器は使ってないから安心しろ。」


「マジですか…全く気付かずで失礼しました…。」


「居なくて正解だったぞ?巻き込まれると、アイツらと話も出来なくなるかもしれなかったからな。」


 どれほどの乱闘だったのか。多人数パーティーvs単独ソロで、包帯で済むとかどんだけの人なのか。


「利き腕は使っていないから、まぁ問題ない。」


 リバルドさんの力量は底が知れない。


「おはよ~。昨日は私も参戦しようか悩んだんだよね~。」


「オマエは陰からコッソリ覗いてただけだろう。」


「おはようございます。アミュさんは見てたんですか?」


「大きい声で怒鳴ってるんだもん。ケンカは嫌~い。」


「何だかんだといい事言って、最後だけ締めたのはオマエだろう。」


「だって、ご近所迷惑じゃない?」


 ご近所は森の動物たちです。


「まぁ、とりあえずは収まったからいいでしょ。それでアキラくん、お願いがあるんだけど。」


「何ですか?」


「あの子らに、報奨金を持ってってくれない?これは依頼にしちゃうから。銀貨5枚出しちゃうよ。」


「え。報奨金って、俺ももらった…?」


 ズシリと詰まった金袋。金貨100枚100万円。


「いやいやいやいや、そんな高額を持ち歩くのは…。」


「どこに住んでいるのか教えるから、よろしく頼む。顔を合わせるいい機会だろう。」


 そっか、例の兄弟に会う口実。そこまで考えてやってくれたの?


「わかりました、ただ午前中はちょっと出かける予定がありますので、午後からでも大丈夫ですか?」


「ああ、別に今日じゃなくても明日でも問題はない。」


「了解です。それでは今日か明日、タイミングを見て届けますね。」


「ありがとね~。そしたら、ご飯食べたら依頼書とブツを渡すからね。」


 本日の朝食はモーニングセット。ナディアはリンゴとみかんの盛り合わせとフルーツミックスジュース。


「うまそう!うまそう!いただきます!!」


「…うまそう!いただきます!」




 リバルドさんが、お昼用におにぎりと軽くつまめるおかず、リンゴを1玉持たせてくれた。いつもありがとうございます。

 あと、アミュさんが書いた依頼書を渡される。


・お届け物

 ここによろしくー【銀貨5枚】

 (1)ジャムカ→フォレア村 南のほうのアパート2階

 (2)バル&スカンダ→ライナちゃんのお店

 (3)アレク&セイラ→迷いの森 北のほうのログハウス

 流音亭 ギルドマスター アミュ


「ジャムカはアキラくん連れてきた人。バルとスカンダはライナちゃんの彼氏と友達、アレクとセイラが例の兄弟ね。」


「居場所がざっくりしてますねー。」


 南のほう、北のほう。なかなか難易度が高い依頼書ではないでしょうか。


「大丈夫だいじょぶ~!地図も書いたよ。」


「これもざっくりしてますねー。」


「まぁ、行けばわかるから。はい、例のブツ。」


 ドスドスドスドスドスと袋を5つ。これでごひゃくまんえん。ひえ~~~。


「壮観ですね…。」


「そう?上級妖魔とか倒したらこんなもんよ?」


「そうなんですね…とりあえず午前中は持ち歩かないで、届けに行くタイミングで人数分ずつ持ちたいんですけど、それでもいいですか?」


「うん、じゃあ持っていくときは声をかけてね。」


「了解しました。それでは出掛けてきますね。」


「…いってきます。」


「はーい!気を付けてね~!悪いヤツに捕まるんじゃないよ!?妖魔とか魔獣が出たらすぐに逃げるんだよ!?」


「…はーい。」


 保護者のような声かけのアミュさん。

 今日はナディアはカバンの中に入らないで、肩に乗ったまま行くみたい。たまにはそれも良し。

 さて、泉に向けてまいりますか。




 ライナさんの家を越えてちょっと歩き、目印のヘンな形の木のあたりを左に曲がり、森の中へ。

 そこからしばらく歩くと、上の泉が見えてきた。


 相変わらずキレイな色の泉の周りは、小動物と小鳥の憩いの場になっていた。

 あれから枯れることもなく、水量も問題ないみたいだな。それが何より。


「…したにいこう。」


「オッケー、じゃあ下の泉を見に行こうかね。」


 上の泉からの流れを辿って行けば、すぐに着く着く~って、なんじゃこりゃ!

 現代アートと化していた謎の枯れ木が、もさもさと葉をつけた立派な木になってる…しかも、この木って、確か―――――


『クスノキですよ。』


「ナディア?今、何か言った?」


『ようやくちゃんとお話ができますね。』


「え、どういう事?ナディア?」


 俺の肩に居るナディアの身体がふわりと浮いて、泉の中に消えていく。


「お!おい!ちょっと!!!」


『大丈夫ですよ、私は…ナディアはここにいますよ。』


 泉の水面がさざ波を打ち、太陽光の乱反射で輝きを増す。

 あまりの眩しさに目がくらむ。


「何だよコレ!ナディア!大丈夫か!!」


『もう大丈夫。さぁ、ゆっくりと目を開いてくださいね…。』


 言われるがまま、ゆっくりと目を開ける。

 泉の中に居たのは、ほんのり紫がかった長く艶やかな黒髪を持ち、黒々とした大きな瞳に、強い意志を感じさせる眉尻がやや上がった細めの眉。

 艶めく唇は薄紅を引いたようで、華やかながら落ち着いた印象がある。

 奇麗な人、というのはこういう事を言うんだろうな、と思ったが―――――


「ちょっと!何で裸なんですか!誰ですか!」


 そーっと見てごらんって言われて、そーっと見たら全裸の美女が微笑んでるとか、ガン見したい気持ちと、キャーって言いながら指の隙間からガン見したい気持ち、これら煩悩を全て振り払って、後ろ向いて見ないようにするしかない!何言ってんだかわからん!


 俺の人生の中では有り得ないシチュエーション。


 見たいけど!


 見たいけど!


 ……照れる!


『入浴を共にいたしましたのに。』


 ちょっとスネたようなテレた感じ!好き!違う!


「そんなエロイ事したい!違う!してません!よッ!!」


『うふふ、そういう所もまた、お可愛らしい…ほら、衣を纏いましたので、見返ってくださいね…。』


 ふィ~、何なんだよこの状況…と振り返ると、やたら薄い布を軽く巻いた感じの美しい女性。

 背の高さは俺よりもやや低いくらいで、すらりとしたやや細身の肢体。

 まぁ…隠れてるから良し。見ても問題ない。濡れ透け。


「あの、どなたですか?」


 めっちゃ目が泳いでる。はず。まともに見られん。濡れ透け。

 こんなドッキドキの状況で相手を舐めるように見れる奴の気が知れん。うらやましい。


『ナディアと、名前をつけていただきました。あなたに。』


 そのキレイな人は、自分をナディアと名乗った。

 俺が名付けってことは、そうなんだろうけど、でも。


「どういう事?」


『あなたに付き従っている妖精は、私です。あなたと共に過ごしたい、私の心そのものです。』


「…ぶんしん。」


 目の前に、ナディア(小)が出てきた。

 いつもと同じ、ちみっ子だ。頭の草がふよふよ揺れている。


「じゃあ…ナディアの…本体?いや本体ってのもおかしな話だけど…。」


『もう少しだけ、泉のそばにお寄りください…。』


「泉の近くに?あぁ、うん。」


 俺が泉の縁に立つと、ぱしゃりと水面を蹴って俺に抱き付く。

 何が起こっているのか全然わからん。固まる。腰が引ける。


『…やっと、あなたに触れられることが…嬉しくて嬉しくて…もうほんの少し、このままで…。』


 絶賛大混乱中の俺の頭。

 なんだか良く分からない事になっていると思いながら、ものすごくキレイな人にぎゅ~っと抱きしめられ、いつものナディアがほっぺにチュウをしまくる、飴と飴状態で、しばしの間俺は幸福だった。




 もう濡れてもいいやと思って、泉の中で座って話すことにした。

 下の泉の水温はほんのり暖かく、中に入っていると、とても気持ち良い。

 小さい方のナディアはいつものように耳を食い、大きい方のナディアさんは俺をバックハグで抱き締めている。時間よ止まれ。


『私は、あなたに命を救っていただいたのです。』


「それって確か、ラッキーちゃんが喋ってた事なのかなぁ。ボンヤリと覚えてるのが、娘を見守ってくれという事なんだよね。」


『この古木には、妖精が宿っていました。古木の記憶を辿ると、ある日泉が枯渇し、激しい落雷によって同族の木々は悉く焼死し、最後に残った古木の妖精は、残る生命の大半を使って宿主となる動物に憑依し、泉の再湧出のために尽力しました。』


「そう、雷で皆死んだって言ってた。落雷で火事が起こって延焼したという事なのかな。」


『ですが古木は、死に至ります。朽ち果てる最後の力で私を土に遺します。いつか泉が湧き、私が生まれて古木に新たな命を宿す日を願って。』


「それで、俺が上の泉を掘って、こっちに流れ込んできて、復活できるようになったって感じか…。じゃあ、ラッキーちゃんに憑依した妖精は、それを見届けられたって事なのかなぁ。」


『恐らくそのように思います。満願成就して悔いは無かったと、私は思います。』


「そうか、憑依が解けたから、その後はワンワン言ってたのか…。」


『私が目覚めた直後ですね。目の前の何かに吸い付いて、夢中で生命の素を吸い続けました。大きな何かに守られているような、優しく、温かいもので満たされました。』


「あー、それ俺の指ね。めっちゃ吸われた。生命の素っていうのは俺には分からないけど、それで気絶したのか~。」


『倒れるまで吸ってしまいましたね…あの時は本当に申し訳ありません。その記憶はあります。あなたの生命の素と泉の水によって、朽ちた古木は新たな生命を宿しました。これからは大地に根を張り、ゆっくりと命を育んでいきます。』


 むぎゅ~っとする力が強くなる。背中に当たってる。幸せな気持ちになるアレが。

 マジか。ただ単に穴掘って水出しただけなのに。こんな事されちゃっていいのか。


「ちょっと質問いいです?」


『何なりと…。』


「ちっちゃい妖精のナディアが今も俺の耳をひたすら吸ってますけど、どんな意味があるのかな。」


『何かのお役に立ちたいと思い、疲労の素を吸い取っている事ですね。初めてお会いした次の日、加減がわからずに生命の素を強く吸ってしまい、また気を失わせてしまいました…。あと、ほんのちょっと…甘えさせていただきたい気持ちが出ちゃいまして…。』


 くそう!


 かわいいなこの人!いや、人じゃないけど!


「あと、もう一ついいです?」


『何でも、お聞きください。』


「お風呂の成分を変える事なんて、出来たりします?」


『昨日のお話ですね。えぇ、私は木と水を司る妖精ですので、変える事ができます。それで、先ほども申しましたが、ちょっとお湯の成分を変えて…入浴中のあなたの元に…。』


 マ ジ か


「じゃあ、寝コケてたときの感触って…。」


 コクリと頷いてぎゅーってしてきた!ぎゅーって!


 ぎゅーって!


 何だこの甘々タイム。ヤバイんじゃないか俺。モテ期来たの?

 それとも死ぬの?死んじゃうの?

 こんな出来事が起こったことが人生で一度も無い、非モテ人間なのに!


 …ダメだ、興奮しすぎた。

 こんな時だからこそ、ちょっと落ちつかなきゃダメだ。


「そ、そういえば昨日の耳ツボマッサージ、すっごい効いたよ!今朝の身体の軽さは本当に、何年、いや何十年ぶりかの最高の目覚めだったよ~。」


『お役に立てて何よりです。そういえば、まだご褒美をいただいてませんでしたね。今、いただいちゃってもいいですか?』


「うん、じゃあご褒美はどうしようかなぁ、何がいい?」


 そう声をかけたとき、バックハグでピッタリ密着していた身体が離れ、俺の正面に座りなおした。

 目が合った。少し微笑んだ大きな瞳。あ、すげぇカワイイ…と思った。目が離せない。

 そっと手を取り合う。ほんの少しだけ、きゅっと握り返した。

 艶を増した、薄紅の唇が近づいてくる。互いに目を閉じ、ゆっくりと唇が重なる。




「これは俺がご褒美もらったようなものだなぁ。」


『私は今…幸せな気持ちで満ち溢れています…。』




 この世界に来て、まさかこんな事が起こるなんて思ってもいなかった。

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