第二十七話 お説教タイムと演目
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「まったく棗きゅんはどれだけお姉ちゃんを心配させれば気が済むのかな?」
「全く持って返す言葉もございません……」
「ナツメ様はもう少しご自身を大事にしてくださいませ」
「粉骨砕身の覚悟を持って務めさせていただきます……」
結局あれから二時間ほど絞られた後、漸く
「――病み上がりのところに申し訳ありませんでした。ですが貴女の事を心配している者がいる事も覚えておいてくださいませ」
「はい」
「もう。本当はお姉ちゃん達も弱ってる棗君にお説教なんかする予定じゃなかったのに。棗くんてば元気いっぱいに反省の色もなしに観劇のお誘いなんてして来るんだもんねえ」
「スイマッセンシタァ!」
返す言葉もなく土下座で平謝りをする。
「とは言え、これ以上は病み上がりの棗くんにも良くないだろうから、お説教はここまでにしようか。ね、コルテーゼさん」
「……はい、それではナツメ様。先程お話されてた旅芸人の演劇ですが、もちろん喜んでご一緒させていただきたいと思います。ですが、ナツメ様のお体も心配ですし、お出かけするのは明日といたしませんか?」
「え? 行ってもいいの?」
「もちろんでございます。幸いここベルウスィアには一週間ほどは滞在することになるそうですので、そのくらいは問題ないと思います」
「ここで物資を買い込んで首都へ向かうんだって。だから少しだけなら観光も出来るらしいよ」
「やった!」
これは嬉しい。旅芸人さん達に直接会うことはできないかも知れないけれど、元気になった姿を見れるだけでも嬉しい。僕にとってあの治療の日々を共に過ごした患者さん達は、一つの病気に挑んだ戦友の様なものなのだ。何の挨拶もできなかった上に元気な姿も見れなかった僕にとって、こんな嬉しい事はない。
「ですがナツメ様。例え
「ア、ハイ。アンゼンダイジ」
「……棗君? 何か隠してない?」
「カクシテナイ ワタシ アンゼン アンシン ウタガウ ヨクナイ」
嫌だな先輩。そんな眼で僕を見るの良くないな。あー楽しみだなぁ。早く明日にならないかな。
さて、僕はダメ元でおっちゃんにも声をかけてこようかな? コルテーゼさんも表情なくして僕を目で追うのやめよう?
――――……
「……昨日は大分絞られたみてえだな」
「お願い僕を癒やして、僕を慰めてよぉ……」
「メン◯ラ女子かお前は。見た目は萎れた電気鼠みたいになってるが……」
次の日、朝食を済ませた僕は、癒やしを求めてゴリラの檻……秀彦の部屋を訪ねていた。部屋を尋ねるなりベッドにダイブして呻く僕に対して、部屋の主はやや不満げだ。
「皆酷いよ~。僕だって頑張ったのにさ。そりゃ、心配はかけちゃったけど」
枕に顔を埋めたまま足をばたつかせる。実際皆に心配されているのは理解してるし凄く嬉しい。だけどそれはそれ、これはこれ。僕の事ちょっとぐらい褒めてくれてもいいじゃないか。
そんな事を考えながら腐っていると、ギシリと音を立てて僕の体が少し沈む。どうやら秀彦が僕の横に座ったらしい。
「まあ、幸せな悩みってやつだな。本気で心配してくれる人がいるってのは」
「分かってるよそんな事。だけど僕だって偶には褒められたいの!」
「お前褒められる事滅多にしねえもんな。数少ないチャンスに褒めてもらえないとは。哀れだな」
「言い過ぎだよ!?」
そんな事言っていると、不意に僕の頭に温かいものが乗せられた。
「……ヒデ?」
何事かと思って体の向きを変えると僕の頭に手を載せた秀彦が見えた。何をするのかと不思議に思っていると、秀彦は乗せた手をワシワシと動かしはじめる。力が強いので頭がグリングリンと揺れるんだが、どうやら頭を撫でてくれているつもりの様だ。もしかして慰めてくれているつもりなのか? 出来ることならもうちょっとsofttouchでお願いしたい。
「色々あったが、俺は今回のお前はよくやったと思ってるぞ。親友として、自分の事みてえに誇らしい。お前はよくやったよ。頑張ったな、棗」
「はぅっ!?」
そう言うと照れくさくなったのか、手を戻してしまう秀彦。頭に乗っていた熱が引いていくのが酷く寂しく感じる。
「多分助かった奴らも同じ気持ちだろうよ。だからまあ、元気を……うおっ!?」
「んっ!」
癒やしが足りないので体勢を変えて秀彦の膝に頭を乗せ、秀彦に催促の視線を送る。秀彦は一瞬驚いた表情を見せたけど、僕の頭にまた手を置きワシャワシャしてくれた。相変わらず首がグリングリンしてるけど、さっきよりは優しくしてくれてる気がする。
揺れる視界に見える秀彦は、僕の方を見ないようにしてるけど耳が赤い。どうやら照れくさいらしい。でもこのくらいのご褒美はあって然るべきだと思うので、僕の気が済むまでは続けていただきたい所である。目を閉じていると凄く安心して眠ってしまいそうになる程気持ちいい。
「――それ、癒やされてるのかい? 首がもげそうな動きをしてるけど」
「うん、確かに揺れるけど、頭撫でられるの好き……って、うおわあああっ!?」
「やっほー、棗きゅぅん。お迎えに来たら良いもの見れちゃったねええ。フヒョホホホ、眼福眼福」
突然かけられた声に眼を開くと目の前には満面の
いまのを見られた!?
僕変なことは言ってなかったよね!?!?!?
「姉貴、趣味も気味も悪いから、音もなく目の前に出てくるのはやめろ。後、棗は落ち着いたら起き上がった時に俺の顔面に頭突きしたことを謝罪しろ?」
「あばばばばば!?」
「落ち着け、人語くらいは話せ。あと姉貴は何の用があって天井から這い出てきたんだ?」
「いやあ。二人のイチャイチャ邪魔する気はなかったから、あのまま覗き見を続けていたかったんだけどねぇ。もう皆出かける準備ができたので呼びに来たって訳なのさ。今日は観劇に行くんだろう?」
「ぼ、僕たちはネチャネチャなんてしてないゾッッッ!!」」
「落ち着け棗。取り乱し過ぎだ」
「おちちちつつつけつけけ、落ち着いているですわよ!? お出かけ、ええ、行きますよ。今ですか? 今ですね?」
大丈夫僕の頭は冷静だ。クールにいこう。
「窓枠に足をかけるな、ここは三階だぞ!?」
「大丈夫、クールにクレバーに行くんだ秀彦」
「おい、このバカなんとかしてくれ!?」
「うーん、ちょっと驚かせ過ぎちゃったかな。秀彦、後は任せるから落ち着いたら一階の食堂に来てくれたまえよ。アデュー」
「姉貴!? 元凶が全責任投げて消えるんじゃねえ!」
「お。おお。お、落ち着くんだ秀彦!」
「お前がな!?」
結局その後出かける準備ができたのは一時間以上経過してからだった。コルテーゼさんに遅れてしまったことを謝り、先輩には無言で杖の一撃を見舞った。直撃で眉間に一撃を貰ってもニヤけている先輩が腹立たしい。こんなに醜悪で不愉快な美人顔という矛盾、なんでこんな物がこの世に存在するのだろう。腹立たしいのでもう一度杖で殴ってから部屋の中に入った。
「――お前らいつもこんな事してるのか?」
「まあ、コイツラは大体こんなもんだ」
部屋にはいると、そこにはすでに出かける準備を終えたコルテーゼさん、グレコさん。そしてどう見ても皇帝どころか貴族にすら見えないほどガラの悪いおっちゃんと護衛の騎士の姿があった。この中にいる誰よりも偉い人なのに、この中で一番育ちが悪そうに見えるのは流石だ。護衛の騎士の人はおっちゃんと同じような服装をしているのに気品があるから不思議である。
「何か失礼なこと考えてねえかお前?」
「ソンナコトナイヨ。ていうかおっちゃんも行くんだ? 誘っては見たけど、皇帝陛下ともなるとそんなものには興味がないとか、危険があるから行けないとかって返答が返ってくると思ってたよ」
「阿呆、こちとら馬車でガタゴト退屈な旅してたんだ。酒以外の娯楽なんざ久しぶりなんだから行くに決まってるだろ。危険に関しては前線より安全な場所なら問題ねえ」
「大雑把だねえ……」
まあ確かにおっちゃんは王国に居たときも場末の酒場で一人晩酌してたものなあ。あのときは護衛の騎士すら付けてなかったので、市井に紛れるのは日常茶飯事なのかも知れない。……それで良いのか帝国。
結局本日の観劇メンバーは総勢六名。思わぬ大所帯になってしまったので、ちゃんと全員で見れるのか心配だ。でも、おっちゃんが言うには多分大丈夫だろうという事だったので、僕らは予定通り観劇に行く事になった。
道中、僕は初めて来る大都市の風景を眺めていた。帝国は魔王との戦闘の最前線と聞いていたので、もっと荒廃した姿を想像していたのだけど、帝国大都市ベルウスィアは中々に栄えている。ただ王国と違って長閑な雰囲気は感じられず、街の至る場所に武器や防具を陳列した店が並んでいた。こうして街の雑踏に耳を澄ませてみても、どこか荒々しい剣呑な雰囲気を感じる。店の呼び込みの声も、王国とは違って殺気立っているのだ。活気があると言い換えても良いのだけど……
「なんか、治安はあんまり良くなさそうだね?」
「あ? まあ、王国しか知らねえならそう感じるか。確かに戦いが身近だからな、王国よりは血の気が多い連中が多いな。だがまあ、エルフの国ティリアや獣人の国ベスティアと比べりゃまだマシな方だぞ?」
「あー……」
僕の脳裏に長い耳をした美しい友達の顔が浮かぶ。確かにテュッセが治める国は少し荒っぽそうだ。獣人ってのも見たことはないけど、多分動物的で荒々しい人が多いのかも知れないな。それと同列に語られるエルフって……
「特にエルフはヤベエぞ……奴等の街に行くときはフル装備で武器は常に抜いておけ。お前の場合は強化魔法を絶やすなよ。でないとエルフの喧嘩に巻き込まれて事故死とかになりかねんからな」
「あ、エルフのほうがヤバイのね……それは、うん……そうかも……」
僕の脳裏に長い耳をした凶暴な友達の顔が浮かぶ。
「――皆様、到着いたしました」
「ほう、これは中々の物だねえ。建物も立派だが……人混みが凄いね」
先輩が驚きの声を上げたけど僕も驚いた。旅芸人というから精々大きめのテントみたいな規模のものを想像していたのだけど。案内されてたどり着いたそこは、とても立派な劇場だった。
「え、旅芸人ってこんな立派な場所で公演するものなの??」
「そうか、お前は知らなかったのか。お前が助けた旅芸人は帝国ではかなり名の売れてる連中だぞ」
「それにしたって、こんな大きな場所で公演するような人数じゃなかったよね?」
「あの村に立ち寄っていたのはあの一座の全員じゃねえよ。裏方連中は先行してベルウスィアに到着してたが、演者の中の数名が道中立ち寄った村であの騒ぎに巻き込まれたらしい。こっちじゃ一大事件として随分話題になってたらしいぜ」
「そうなんだ、それにしても凄い人だかりだね」
これじゃあ皆さんに会いに行くどころか、今日の演目を確認することもできそうにない。
「まあ挨拶は夜になってからだな。それにしても人気の公演とは言えこの人だかりは異常だな。なんかあったのか?」
「聞いた話では、噂の新作がついに完成したとかで、今日がその初公演だそうですね」
「初公演か。運が良かったと見るか、タイミングが悪かったと見るか。悩ましいところだねえ」
「せめて題目だけでも見たいけど、何も見えないなあ」
何とか人垣の隙間から見えないものかと悪戦苦闘していると、突然の浮遊感の後に僕の視界が一気に高度を増した。
「わわ!?」
「棗、これで見えるだろ」
「ヒ、ヒデ!?」
どうやら今の浮遊感は秀彦が僕を担ぎ上げた為に感じたものらしい。今は肩車の形に背負われているので少し恥ずかしい。
「こ、こんな事、僕以外の女の子には絶対しちゃ駄目だぞ。セクハラだぞ!?」
「あたりまえだバカ。こんな事お前以外にするかよ! 今回だけの特別だ」
「ほ、ほぉん。ぼ、僕だけ、特別ね。そ、それならまあいいんだけどね?」
「そんなことより、題目ってのはそこからみえるのか?」
「お、そうだった。ありがとな秀彦。 ……えーと、見えた見え……た?」
確かに見えた。だけどその題目を見た瞬間血の気が引いていく。
「どうした? なんか変な感じの題目なのか?」
「え、え~と」
震えながら何度も見返したけど、そこに書いてある文字は目の錯覚などではなかった。そこには達筆な文字で大きくこう書かれている。
”本邦初公開!! 歌劇 献身の聖女!”
……と。
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