第十話 聖女、孤児院へ行く
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朝、城門前に豪華な送迎馬車がやってきた。乗り込むのは僕とウォルンタースさん。
どうやら今日は教会が運営している孤児院で、シスターに癒やしの術を学びつつ、子どもたちの相手をすることで徳を積むのだそうな。徳を積むって何だろう?
「それじゃあ俺達はいくぜ?棗も頑張れよ」
「うう、棗くぅん、私が居ないからって浮気をしてはいけないよぉ」
「そっちも頑張れよ、お前はタンクなんだからきっと騎士団から得られるものも多いだろ」
「お゛ぅん゛、ナチュラルにスルーするなんて、ちょっと興奮するじゃないか?」
先輩のこのノリは相手すると長引くのでスルー。秀彦と先輩は僕よりひと足早く訓練場に移動した。正直僕一人で別の場所に行くっていうのは不安だけど、一応ウォルンタースさんもついて来てくれるみたいだから身の危険は無いかな?先輩がまだ何か騒いでいたけど秀彦が首根っこ掴んで引きずっていった。なんか勇者になってから先輩の扱いが雑になってるなあ。でも先輩フィジカル特化過ぎて何しても堪えなくなってるから、こっちもついつい雑になっちゃうんだよね、扱いが。あ、盾で殴った……。
「――先輩っ!」
「!」
「先輩も、訓練気をつけてね」
余り蔑ろにしちゃ可哀想だからね。
「な、ななななな、棗きゅううううん!!離せ、離せヒデッッッ!やはり棗君と離れるなんてありえない!私はあっちについて行くぞォォォォッ!!」
「うるせえ、暴れるな、クッソなんちゅうパワーだ、その斧捨てろよ!」
「ギャーギャー!!」
「……うーん、やっぱり言うんじゃなかった」
興奮した先輩は両手の斧でフィジカルUPを図って脱出しようとしているが、そこは流石の
「ふむ、聖騎士ヒデヒコ様は武術の心得があるのですかな?中々に良い動きをされる」
僕の横でウォルンタースさんが感心したような声を上げる。
「そうですよ!ヒデと僕は柔道という武術を修めています。特にあいつの寝技と来たら、僕でも滅多に抜け出すことは出来なかったんですよ」
僕はなんとなく親友が褒められたのが嬉しくなって、興奮気味にまくしたててしまった。
「な、ナツメ様に寝技ですか!?」
「はい、よく上に乗られて、逃げようとするんですけどね、あんな見た目のくせに巧みに絡まるような寝技で攻めてくるもので……ん?……あっ!!」
「か、絡ま、そ、それはなんとも……」
顔を赤くしてなんともバツが悪そうな表情を浮かべてるウォルンタースさんを見て、今の自分の言動を思い返す、今僕は女の子になってるんだった……見た目はともかく……。すまんゴリラ、君の名誉は地に落ちたかもしれない。
「あ、でも僕見た目はほとんど男ですし、アハハ……」
一応フォロー入れておこう。
「そんな事はありませんッッッ!!」
「ひぇっ!?」
突然すごい形相で叫ばれてビクッとなってしまった。どうしたのウォルンタースさん!?
「ナツメ様は決して醜くなどありません、その様に自分を貶めるような物言いは止めてください!」
「えぇ……」
「あ、いや、突然大きな声を出して申し訳ない。ナツメ様がその様に思われた原因は私にもあるというのに」
「え、あ、その件は、気にしないでください?」
参ったなあ、女王様もウォルンタースさんも、僕が容姿のこと気にしてるって思ってるみたいでめちゃくちゃフォローしてくる。正直仮面被ってれば問題ないから放って置いてくれると嬉しいのだけど。思い出すと泣きそうになるしなー、これ女の子になった影響だよね。僕は容姿でフラレ続けたけど、今まで泣きそうになったこと無いもんな。
「……はい、こちらこそすいません。そろそろ私達も行きましょうか」
「はい!」
ウォルンタースさんは泣きそうなのを我慢するような、怒ったような、そんな微妙な表情を浮かべていたけど、暫くすると僕に優しく笑ってくれた。ああー、いつまでもこの人達にこんな顔させたくないなあ。でも流石に素顔で歩く勇気は未だ持てないや、ごめんね。ウォルンタースさん。
――――――……
ウォルンタースさんに連れられて来たのは、城から少し離れた場所にある教会。どうやら件の女神様が祀られているらしく、マディス教と言うそうな。女神マディスは本来の名前は他にあるけど、この世界に顕現した際はマディスという女性として受肉したとかなんとか。
「ふむふむ、王都の教会というからには大きいものなのかと思ったらそうでもないんですね?」
「はは、ナツメ様が想像されているのはおそらく大聖堂ですね。そちらにもいずれご案内することになりますが、今日の所はこちらで。ナツメ様としましても突然教皇聖下や大司教猊下とお会いになるのは緊張をなさいますでしょう?」
僕は慌てて首を縦に振る。とんでもないとんでもない。そんな宗教の偉い人に会ったら緊張で死んじゃうよ。……って僕”聖女”だからいずれ会うのは確定なのかな!?
うぉぉぉ、嫌過ぎるぅぅぅ……。
いつ起きるかも分からないことに恐れおののいても仕方ないけど、僕宗教とかそう言うの苦手なんだよなあ……って、僕聖女だったわ。これは覚悟は決めて置いた方が良さそうだ。
僕は少しフードを深めに被ってウォルンタースさんの後ろをちょこちょこ付いていった。身長も大分小さくなってしまったから完全に隠れちゃって前がみえないや。いや違うなこれ、これは僕が元の身長だったとしても隠れちゃいそうだ。単純にウォルンタースさんでかすぎる、肩幅とか、背丈とか、いいなあ、僕もこう言うごっつい体に生まれたかったなあ。
暫く行くと、教会の扉が開いて中からシスター服に身を包んだ若い女性が出てきた。どうやら今日お世話になる人はこの人みたいだね。
「御機嫌よう、騎士団長様。ようこそいらっしゃいました」
「やぁ、シスター。今日はよろしくな」
どうやら知り合いらしい二人は気安い雰囲気で挨拶を交わしている。
「それで騎士団長様?今日は聖女様をお連れになると聞いておりましたが?」
「ん、何を言っている?聖女様だったら私の後ろに……」
ウォルンタースさんがこっちに振り向いてすぐにジト目になる。……あー、バレた。僕が隠密起動してさり気なく隠れているのがバレてしまった。気まずいので視線を逸したけど、頭の上からちょっと怒ったような声が向けられる。
「ナーツーメー様?」
「……あう」
うう、なんかこの体になってから初対面の人と会うのが怖くて仕方なくなっちゃったな。まあでも初対面で姿を消してるのは失礼だな、うん。僕は仕方なく隠者の仮面の隠密を解いて挨拶をする。
仮面から溢れていた魔力が弱まり、何もない空間に僕が現れる。
「こ、こんにちは、僕は……」
「キ、キィィヤアァァァァァァ!?」
突然姿を表した怪しい仮面のローブ姿の闖入者、しかも何も居なかった所に突然湧いて出たのだから彼女の驚きたるや……。恐慌状態に陥った彼女は椅子にへたり込むとその意識を手放してしまった。
「……ナツメ様?」
おぉう、顔は笑ってるけど目が全然笑ってませんねウォルンタースさん、こめかみに血管が浮き出てて怖いです。
「……はい、反省しております。海より深くごめんなさい」
これからは無闇矢鱈と隠密を使うのは控えよう……ごめんね。シスターさん。
……――――サンクトゥース練兵場
「――は、今、棗君が面白いミスを犯したような気配を感じたよ!?」
「何だよ、そのピンポイント且つ気持ちの悪い能力は……」
「ふふふ、どれほど遠く離れていても、棗くんの行動は手に取るように分かるんだよ私は」
「アホなこと言ってないで、素振りしろよ。あと100本終わらねえぞ?」
「うわーん鬼ゴリラ!棗君と会いたいよぅ~~~」
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