第九話 第一回、ナツメ様御尊顔拝謁計画会議
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奇声を上げて抱きついてきた女王様をなんとか宥めた後、食事は部屋に運んでもらえないかと頼んだところ、最初は渋っていた女王様もなんとか頷いてくれた。多分僕の顔を見たことで事情を察してくれたんだろう。なんか騎士団長さんと二人で凄い勢いで謝ってくれた(流れるような綺麗な土下座、この世界土下座流行ってるの!?)後に、僕の容姿を褒め称えてくれてたけど逆に悲しくなるからやめてほしかったなあ。
でも、この国の偉い人ってのは良い人が多いね。皆さん優しくて、何だか逆に申し訳ない。僕も徐々にこういう事に慣れていかないとな、何だか女の子になっちゃったせいか、こういう事にショック受けやすくなってる気がする。女神よ、我にゴリラハートを与え給え!などと馬鹿なことを考えつつ運ばれた食事を口にする。
しかし……。
「ここのご飯は本当に美味しいね、現代日本で中々食べられないよ、こんな料理……」
見た感じ中世ヨーロッパみたいな文化レベルなのかと思っていたけど、どうも魔法の存在があるために生活水準は非常に高い世界みたいだ。お風呂が一般家庭にも浸透しているってのは本当に驚いた。料理も洗練されていて、驚くほど美味しい。事によると、文化水準は現代の地球と大差がないのかもしれない。少なくとも王宮の食事は、食材、調理法、共に高い水準を満たしている。
「気に入っていただけたのならなによりです」
「いや、本当にコレは美味しい。セシリアは良いもの食べてるのだねぇ」
「がふ、がふっうんめぇ」
そして目の前にはニコニコ笑う女王様とその後ろに控えるメイド長のコルテーゼさん、更には行儀よく食事する金髪大和撫子と、肉も食べられる雑食ゴリラの三人と一匹が見える。ゴリラって一匹って数えるのかな?
「……なんで皆僕の部屋にいるのさ?」
「んぐんぐ、なんでって?」
「君の部屋で食事がしたいって我儘言ったのは棗君だろう?」
「飯は皆で食ったほうが、んぐ、美味い」
「えぇ……?」
なんか僕が悪いみたいな事言い始めたぞ、この姉弟。更にはニコニコしながらこっちを見ている女王様、何気にカオスなこの状況……何なのこれ?
「そんな変な顔をするものじゃないよ棗君、さぁ、この人参グラッセを食べてみたまえ、あーん」
「あーん……って違う!!そう言う話じゃないよ!?ていうか先輩それ嫌いだから僕に食べさせてるでしょ?」
「違うとも、私は君にこの美味しい人参を……あ、いけないよ、いけない!それは駄目だよ、棗君んっ!?それはハンバーグじゃないか!それを取られたら私は、あ、あ、あぁ……」
「何やってんだお前ら……」
とりあえず、冗談を飛ばしているけども、先輩なりに僕の事を気にしてくれたんだろうな。あぁ、そんな死にそうな泣顔しないでよ、ちゃんと僕のハンバーグをあげるから。それにしても女王様は何の用なんだろう?ずっとニコニコと僕の方を見ているような気がするけど。
「さて、お食事をしながらで構いませんので、これからの皆さんの予定を考えましたので聞いてくださいませ」
どうやらコレを言うためにわざわざ女王様自ら来てくださってたらしい……女王様、ひょっとして結構暇なのかな?
「アオイ様、ヒデヒコ様は、我が騎士団の訓練に参加していただき、剣術や武術の基礎を学んで頂ければと思っております。初めはやはり基礎をじっくり学んで頂くことが肝要であるとウォルンタースも言っておりました、宜しいでしょうか?」
「ふむふむ、いきなり実戦でドカーンとレベル上げ、みたいな感じではないのだね?いいよ、私は問題ない」
「モグモグ……」
「そうですね、確かに、勇者様方に潜在するお力は、魔王を打倒しうる素晴らしいものですが、召喚されたばかりの今はそのお力は未だ開花されてはおりません。それ故、レベル上げが強くなる近道に思われるかもしれませんが、まずは私共の騎士団の下、戦闘の基本的なものを学んで頂いた上で、実戦訓練をなさって頂きたいと思います」
「なるほど、なるほど」
「モグモグ……」
「……」
葵先輩は女王様の言葉をしっかりと理解しているらしく、うんうんと頷いている。その横では話を聞いているのか聞いていないのか、首を縦に振るゴリラがモリモリと手を止めずに食事をしていた、もうおかわりは四回目だ。おいゴリラ、お前こっちの世界に来てから、よりゴリラ道を突き進んでないか?
「そしてナツメ様……」
「はい」
「ナツメ様の神聖力は徳を積まれることが肝要でございます。そこで……」
――――――side セシリア アオイ ヒデヒコ ウォルンタース
時は遡り、棗が意識を取り戻す少し前。棗の眠る部屋の片隅で、男女が円卓を囲んでいた。
「第一回、ナツメ様御尊顔拝謁計画会議を開きます」
「うぉー!」
パチパチとまばらな拍手の中、顔を紅潮させたセシリアが鼻息荒く拳を握っている。
「まず、この会の趣旨を説明いたします!ずばり、この会議の目標は、お顔を隠されようとするナツメ様に自信を持って頂き、その御尊顔を隠されることの無い様にして頂く事にあります!」
「いやいや、いやいやいやいや、セシリアよ。魔王が攻めて来るとかそう言う時に、こんな事やってる場合じゃないだろ?」
「おや、ヒデ。珍しくまともな事を言うじゃないか?こちらの世界で毒素にでも中てられてしまったのかい?」
「なんで俺がまともな事言ったら異常みたいなノリになってるんだよ……」
心底心配そうな表情を浮かべる姉に憤慨する秀彦だったが、どうにも姉は真剣にそう思っているらしく、心底心外そうな秀彦の表情にもまったく動じない。
「ヒデヒコ様、この件は非常に重要な事でございます」
「ほう?その心は?」
「まず第一に、ナツメ様は今、私と騎士団長の反応のせいで大変傷ついていらっしゃいます」
「ふむ、風呂場と部屋で顔見たときに固まっちまったってやつだな?」
「はい、ナツメ様がご自身を醜い姿であると仰られておりましたもので、そういった心構えでお顔を拝見した所、その、あまりにも可憐でお美しいお顔でらっしゃったので、その、思わず思考が止まってしまい……騎士団を束ねる身でありながら、この様な醜態。面目次第もございません!」
「騎士団長、その点に関しましては私も同罪です。私も同じ様にナツメ様のお美しさに驚き、大変失礼な態度をとってしまいました」
二人は心底後悔をしているようで、その顔色は重く沈んでいた。
「どちらにせよ、ナツメ様がご自身の美貌に気がついていらっしゃらないのは大問題でございます。ナツメ様の美しさは、冬の朝、何者にも侵されぬ新雪のような白い御髪に、同じく透き通ってしまうのではないかと言うほど白く儚げなお肌と、文句のつけようのない美しさを備えていらっしゃいます。更にその瞳はアメジストの加護を受け、本物のアメジストですら霞んでしまうほどの輝きを湛えてらっしゃいますし、楚々とした佇まいは、野に咲く嫋やかな花のように可憐でございます。麗しいその唇が開けば、天井を思わせる鈴の音の様なお声が耳朶を震わせ、それを聞くだけで私は、私は……」
「いやいや、止まれ止まれ!セシリア怖えよ!?」
うっとりとした表情でマシンガンの様に棗を褒めちぎるセシリアに秀彦は戦慄する。まともだと思っていた女王が見せる狂気は、ゴリラハートの持ち主ですら恐怖を感じるものだった。更にその横では、葵がうんうんと首を縦に振りながらセシリアの称賛を聞き入っていた。女王の狂気に触れ、実の姉の狂気に触れ、ゴリラハートは二度目の敗北を喫する。
「マジで怖え、俺は地獄にでも落ちたのか?」
「まぁまぁ、ヒデヒコ様。陛下の暴走は行き過ぎではございますが、それほど外れた意見というわけでは御座いません。ナツメ様のコンプレックスには何か理由がお有りなのでしょうか?」
セシリアが暴走を止め、ウォルンタースが引き継いで質問を投げかけたが、葵と秀彦は何と答えれば良いのか困惑し押し黙る。
まさか、彼は男であったと言うわけにもいかない、そんな事を言えば適当な嘘をついたと思われるのが関の山だった。
「ナツメ様の誤解を解けねば、彼女は我々に不信感を抱いたままになってしまうと思われます。現に、私が固まってしまった後、彼女に誤解なのだと伝えた際、ナツメ様は寂しそうに笑って「大丈夫ですよ」とおっしゃってらっしゃいました」
「一応先程アオイ様に少し説明を聞いておりますが、それだけであそこまで自信を無くされてしまう物なのでしょうか?」
「ふむ……」
「ナツメ様は聖女様でらっしゃる。そのお心は清廉且つ、とてもお優しい。その為、私達の無礼を許して下さいましたが、恐らくそのお心は冷え切ってしまっておられると思われます。そしてこれはとても重要な事案であると私は危惧いたします。お互いの信頼というものは何よりも強い武器となる、しかし、逆もまた然り。私はそう考えております。これは決して、私がナツメ様のお美しい御尊顔を常に拝みたいという邪な欲求がある訳ではなく、飽くまで、飽くまで、女王としての責務を果たしたいと思っている訳で御座いまして。ああ、でも決してナツメ様のお顔を見たくないという話ではなくてですね、叶うならば肖像画などを描かせて頂いて、部屋に飾って……いえ、絵などで表現できるほど、あの御方の美しさは安くない、そう、いっそ私と同じ部屋に……」
「止まれ止まれ!!また怖え事言ってるぞお前!?」
「……はっ!私とした事がつい」
「お前の棗リスペクトは何なんだよ。今日会ったばかりで怖えよ……」
「申し訳ありません、女王様は立場上”お友達”がおりませぬ故、初めて対等な関係を結べそうな方が、とても美しかった事で舞い上がっておられるので御座います。”ボッチ”故の暴走と、大目に見て頂ければ幸いで御座います」
「ちょ、騎士団長っ!?」
「……うーん、気持ちは分かるんだけどね。棗君はあれで結構頑固者だからねえ、私達が棗君キャワウィ☆って言っても信じてもらえるかどうか……」
「信じてもらえないのは姉貴の普段の行いのせいもあるだろうが……」
「む、私は日頃からドビュっと溢れ出る棗君への愛が、どうにも我慢出来ずに先っちょから出てしまってるだけだと言うのに……」
「気色悪い表現を止めろ
クネクネと動きながら頬を赤らめつつも、そこはかとなく下品な言葉を吐く姉にゾッとする秀彦。この姉は昔から棗に対して偏執的な愛を語って憚らない。しかし、その愛が行き過ぎ且つ偏執的すぎるために、棗は質の悪い冗談だと思っている。
しかも、葵本人は棗が幸せであるなら何でも良いようで、棗の告白なども常に応援しているようだった。その為、益々普段の愛の告白は嘘だと思われているのは少し不憫であるのだが、本人は全く気にしていない。正直な所、秀彦にとって武原葵と言う人物は実の姉ながら、まったくもって理解不能な生き物なのであった。
「そうだ、ヒデ。君が棗君に”綺麗だよ”って言いたまえよ」
「はぁっ!?」
「秀彦から言われたなら棗君も信じるかもしれないじゃないか?親友なんだし。それに秀彦だっていつも「あいつ女だったらモテモテなのに哀れだよなあ」って言ってるじゃないか、自分の部屋で」
「なんで俺が誰も居ない部屋で呟いた独り言を知ってるんだアンタは!?」
「ふふーふ、お姉ちゃんは弟のことも大好きなので、盗聴盗撮なんでも、アイタッ!?」
「変態なだけじゃなくて、犯罪に手を染めていたか、この馬鹿姉!!」
「冗談、冗談だよ弟よ!その振り上げた巨大な盾をしまってくれたまえ?この呟きは偶然聞こえちゃっただけだから、いや、本当にね?」
「姉貴のそれは冗談に聞こえねえんだよ!!」
「まあコップを壁に当ててはいたのだけど」
「それが犯罪だ!!」
「アイタッ!?」
「あ、あの……」
「ん?」
過激などつき漫才をする姉弟に怯えつつもセシリアが小さな声を上げて挙手する。
「あの、ナツメ様の修行の手伝いにもなる上に、ナツメ様に自信を持ってもらうのに、ぴったりな案があるのですが……」
「「なんと?」」
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