閑話 ある頂点を極めし者
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――side ???
――私は常に思うでち。
群れの頂点として立つ以上、遍く全ての仲間は我が群れの民、すべからくこれを庇護すべし。私の双肩にこの群れの安寧がかかっているのでち。それ故、私は常に高みを目指し、この体をいじめ抜くことすら吝かではないのでち。私は、日課となる朝の修行に集中する。私自身大分強くなったと思うでちが、この
「
私に向け、光って傷が塞がるやつを放つ雌。この雌の名前はナツメ。以前傷を負った私を癒やし、私に食事を提供してくれるこの群れのナンバー2でち。すごく良い奴で、私はこの雌の事を気に入っているし、この雌も私を好きでいてくれているでち。私が最も守りたいと思う仲間でち。ずっと一緒にいたいでち。
私たちが日課の修行をしていると、おもむろに部屋のドアが開かれ、なんといったかな? 森にいるでかくて黒い猿の仲間のような雄が入ってきたでち。
「お、やってんな。相変わらず意味わからんスピードで走ってるなそのネズ公」
「あ、おはよう秀彦!! でもネズ公じゃないよ、マウス君だよ!!」
「その名前もどうかと思うんだがなあ……」
先程まで真剣な目で私に向かって傷の塞がる光るやつを飛ばしていたナツメの顔が一変、まるでカリフラワーのように綺麗に輝いたでち。カリフラワーというのはこの世で一番美味しいご飯のことでち。白くて艶々しててとっても綺麗で、私はナツメの次にカリフラワーが好きでち。まあ、とりあえずそれだけ良い笑顔なんでち。みてるだけで私も嬉しくなってくるのでナツメの笑顔はいいものでちねえ。
この雄は、ナツメの
なんですぐにでもこの雄の種をねだらないのかが理解できないでちねえ。私が見た限り、この雄の種を狙っている雌は他にもいるんでちよねえ。まあ、雄は子を孕むわけではないのでゆっくりしていても奪われるということはないと思うでちけど。ハーレムで最初に子を成すのはナンバー2であるナツメがふさわしいと思うんでち。なので、いつも必死に二人をくっつけようと私が奮闘するはめになるんでちよね。
「ん、どうしたの? マウス君? 僕と秀彦の間をグルグルとまわって。ふふ、そんなに体こすりつけたらくすぐったいよ」
「なんだ? 棗にあまえてんのか? んお、今度は俺か? はは、可愛いなこいつ」
「チチッチチチ!」
むう、二匹ともどうにも察しが悪いでち。私が二人にフェロモンをこすりつけているのに一向に発情した感じがない。早く交尾をしてもらわないと、私が安心して眠ることが出来ないでち。もしかして、まだ子を為せる年齢ではないんでち? 彼ら大型二足鼠の生体は私にはイマイチ把握しきれていないんでちよねえ。
「チチッチチチ(早く交尾をするんでちよ)!」
「何言ってんのかね?」
「ふふ、きっとマウス君も秀彦におはよう、いい朝だねっていってるんだよ」
「……ッ!? お、おぅ!」
「ん? どうかしたの、秀彦? 急に顔を背けて」
上目使いに首をかしげるナツメに見つめられた雄が急に挙動不審になったでち。
ふむー、ひょっとして私のお陰で発情したでち? これは期待ができるのかもしれないでちね。朝から良い仕事をしてしまったかもしれねえでち。だけど、そんなよい雰囲気は長くは続かなかったでち。
「おっはよ~~う、いい朝だね。なんだなんだあ、朝練かい? いいねいいねえ、朝日を浴びながら汗ばむナツメきゅん! う~む、眼福眼福! デュフフコポォ」
「おはよう、先輩は今日もちょっと気持ち悪いね?」
「ああん、いきなり辛辣なご挨拶、有難うございます! 有難うございます!! それでは朝食代わりに棗きゅんの輝く汗で塩分補給を……アイタッ!?」
折角ナツメが交尾の準備をしていたというのに! いつもいつも空気を読まず邪魔をするこの雌は、うちの群れ唯一の超問題児アオイ。この雌が邪魔をしなければ、我が群れはすぐに数を何倍にも増やせるというのに。ナツメとヒデヒコが発情すると、大体この雌が邪魔をするんでち! 繁殖を邪魔するやつはスレイぷにるに蹴られて粉砕されるがいいでち!! 基本的に見かけ次第排除することにしているのでちが、厄介な事にこの雌は異常に硬いでち。だからこの牝に躾をするときは、私も全力で噛みつくことにしているんでち。喰らうでち!!
「だ、だめだよ、マウス君、甘噛ストップ! 幾ら先輩がド畜生でも痛いことはしちゃダメなんだよ!!」
「私の知ってる甘噛とちがうよ!? 金色になってるよね? 明らかに喰い千切ろうとしてるよね!? ホゲェッ、この動きは、デスロール!?」
く、私の全力の顎力を以てしても出血させるだけで限界でちか化け物め。この問題児をなんとかせねば、番いの誕生の邪魔となってしまうでち。それは群れの頂点として看過できないでち、いずれ解らせる必要があるでちねえ。更なる力を得なくては……でち。
「な、なんでこの子、私にだけこんな仕打ちなのぉ!? おねえちゃんなにも悪いことしてないのにぃ!!」
「まあ、姉貴はこいつに限らず、どんな動物にも嫌われるし、平常運転なんじゃねえか?」
「魂が汚れてるんだよ、先輩は」
「あうあうあう……」
涙目で噛まれた箇所を擦っているけど、既に傷が塞がって血も止まっているでち。恐ろしい雌でち、こいつは多分トロールの血をひいてるでち。ボスとして可愛いナツメに良くない影響のあるこの雌を、いつまでものさばらせる訳にはいかないのでち。私が最も大事にしているナツメの為にも次は……千切るでち!
「チチチ!」
「もう、しょうがないなあマウス君は。おいでー、そんなのじゃなくてごはん食べに行こう?」
「ナツメきゅぅん、しょうがないなあで済ませちゃダメなダメージなんだよぅ……あとその子、私を見るときだけ猛獣の目してない?」
「うるさいですね。先輩は朝から変態行為を慎むようにしてくださいね?」
「あうあうあう、無表情&敬語でいうのはヤメテほしいんだにゃあ~……」
「俺が居ない間にセクハラのステージ上がってやがるな」
「セクハラじゃないよぉ、これは愛情表……」
「葵さん?」
「ひぎぃッ!? やめてぇ、他人行儀にならないでぇ!?」
アオイはとても信用できないでちけど、このヒデヒコという雄は信用がおけるでち。私がいない時にナツメを任せられるのはこの雄しかいないと私は思うでち。今はその気が無いみたいでちけど、いつか一緒にアオイに噛みついて欲しいところでちねえ。
――まあ、その前に。アオイを上回る愚か者が今日もお出ましみたいでちけどね……。
「――チチッ、チチチッ!」
「あ、ちょっとマウス君!?」
私を呼び止めるナツメの制止を振り切って私は駆け抜ける。本気になった私の早さについてこれる仲間はこの群れにはいないので、必然、私は部屋のそとへと飛び出すことに成功したでち。今は悠長にごはんを食べている場合では無くなったでちからねえ。
「マウス君~、勝手にいろんな所行っちゃダメだよ~! もどって~!!」
すまないでちナツメ、だけど私は群れのボスなんでち。そばで守るだけが群れの頂点の仕事ではないのでち。私は先程感じた嫌な気配に向かって疾走した。
――side ?????
「……潜入成功、これより任務を遂行する」
いまいましい聖遺物を失った聖都。新たに坊主どもが結界を張ったようだが、トート様の仰る通り、その脆弱性は以前の結界とは比べ物にならない。確かに主要都市を守る結界だけあって、その頑強さは大したものではある。しかし、それは強力な魔力をもった個体や、災害のような魔物の襲撃のみを想定したものだった。
ゴブリンやコボルトといった通常の魔物程度は騎士が駆逐すればよいなどという甘い考えなのだろうか? 或いは強力な結界と小物を寄せ付けぬ結界を両立する力がないのか? 或はその両方か。
愚か、実に愚か。人間を殺すのに岩を溶かすほどの炎が必要か? 町を流す大洪水が? 大地を引き裂く地震でも起こすのか? 否、そんなものは必要ない。人はそのような事をせずとも容易く死ぬ。
例えば、一滴の劇毒。それをほんの少し血液に混ぜれば、それだけで人は死ぬのだ。熊を素手で屠るほどの武勇を誇る大男も、蜂の群れに刺されれば死ぬ。つまり彼らは身近な
とはいえあの勇者や聖騎士が相手では、非力な私の力で傷をつけるのは恐らく無理だ。やつらの肉体の加護を突破する膂力は俺にはない。せっかくの毒針も刺さらねば意味がない。
――だが、聖女ならどうか?
聞けば、かの聖女はあのトート様の呪術すら跳ね返したとの事だ。が、恐らくそれは彼女自身の力ではなく、身に纏った女神由来の装備によるものだろうとトート様は仰っておられた。あの時点の聖女の実力であの反呪はありえぬと。つまり、それらを身に付けていないタイミングでこの毒を仕込む事ができれば……
「非力な俺でも……いや、非力な俺だからこそ。あの聖女ナツメを殺せるのだ」
――愚かなり魔の者よ
その時俺の耳に俺のものではない声が聞こえた。バカな!? 俺の侵入に気がついただと!? しかも俺が接近に気がつかないなど……
焦る俺の目に金色の毛が映る。バカな、金色の毛は勇者の……いや、人間がこの様な場所に入れる訳がない!! それにこの声は耳ではなく直接……
――天網恢恢疎にして漏らさず、貴様のような悪鬼が何を企もうとも、ナツメを害することなど叶わぬでち。
滅びよ魔の者
次の瞬間目映い閃光が走り、腰から上を失った俺の胴体が崩れ落ちるのが見えた。
……それは
……俺が
最後にみた
……
…………
―― side マウス君
――ふう、侵入者を排除した私は一息ついてから、倒した魔物をきれいに平らげたでち。狩った獲物は残さずいただくのが野生の礼儀なんでち。……実はあまりお肉はたべたくないんでちけどねえ。奪った命は自らの糧とするのも頂点の勤めといえるのでち。うう、不味いでち……
それにしても二足大型鼠の皆は呑気でちねえ。どうもナツメはこのような手合いに狙われやすいようで、こういう奴がよく来るんでち。どうせならアオイを襲ってほしいでち。どうせあいつは負けないと思うでちけど。
皆が気づいてくれないから、こいう手合いが来る度に私が駆除しているのでちけど、その数がいっこうに減らないんでちよねえ。だけど不安にさせるのもかわいそうなので、ナツメはこの事は知らない方がいいでちねえ。私の一番の望みは、ナツメの安寧でちからねえ。ふふふッチ。
――さあ、今日も一日群れを守りながらナツメと沢山遊びにいくでちかねー。楽しみでちー!
――ん? そこまで愛しているのになぜ番いにならないのかって?
何言ってるんでち、牝は牝と番いにならないんでちよ? 知らないんでちか??
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