第六十六話 ある老人の後悔
これを書いた当時のギャルはこんな感じだったんですよ……(古
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「ナツメっち、来てくれたんだ。ぅち嬉しぃ」
「……は?」
思わず僕の口からは困惑の言葉が漏れた。いま、僕の目の前にいるのは、粗末な巻頭衣を纏った小柄な老人。シュットアプラー元枢機卿、その人のはずだった。嘗ての豪奢な服装とは違うとはいえ、僕がその顔を見誤る訳はない。
「……ぁ、ゴメンね。この口調、驚くょね? でも、ふざけてぃるゎけでゎないんだ」
シュットアプラーの話によると、あの時僕の洗脳によって乙女心を植え付けられた上に、魔香によって快楽を叩き込まれた時、楔のように女心を打ち込まれてしまったのだと言う。その結果、自然とこのような口調になってしまっているとの事だった。
乙女になった今は入れ歯もいれているため、滑舌がよくなっているのだけど、何故だか言葉は聞き取りにくい……
「こんな事になって皆ゎ驚ぃてぃるみたぃだね。だけどウチはこうなった事で呪縛からとき放たれんだ……」
「……呪縛?」
うつむくシュットアプラー。自然と重い空気が流れ僕も皆も黙りこみ、辺りを静寂が支配した。
――そんな中、最初に口を開いたのはアメ爺ちゃんだった。
「……シュットアプラーよ」
「……ッ! 教皇猊下!?」
「話は聞いている。何故、何故そこまで堕ちた……」
「……」
「儂の知るお前は聖職者の鑑とも言うべき清廉な男であったはずじゃ。少なくとも儂が教皇になる前、手本としていたのはそんなお主の姿じゃった」
「げぃか……」
アメ爺ちゃんの言葉に僕は驚きを隠せなかった。初対面から欲にまみれた行動をとり続け、挙げ句このような監獄にとらわれた人物。そんな印象しか持っていなかった僕らと違い、アメ爺ちゃん、教皇猊下は彼が素晴らしい聖職者だったと言う。そして、まだマディス教に入信して間もなかったアメ爺ちゃんを指導したのは、ここにいるシュットアプラーだったのだそうだ。
「……そんなぉ言葉もったぃなぃです」
うつむくシュットアプラーの目から光るものが地面に堕ちた。これも僕には信じられない光景だった。僕の知る彼は傲慢で欲望に忠実で、自分の利益以外には興味がない人間と言う印象だったからだ。
「ぅちは、酷ぃ事ぉ沢山してしまぃました。最早貴方様の前に立つ資格すらなぃと思ってぃます。それにそのぉ姿、今回の事で、げぃかゎ命を落とされたのでしょぅ? その原因はぅちにあります……」
言葉使いこそふざけた物に聞こえるけど、目の前の老人は、僕の見てきた彼とは明らかに違っていた。今の彼の姿からは心の底からの後悔、そして反省が感じられる。彼はそんな人物だったろうか? 以前会った時、視線を向けられるだけで恐怖と嫌悪を感じた彼と違い、今日の彼はただの小さな老人に見える。
「この姿について気にすることはない。どのみち年齢を考えれば儂の寿命はそう長くはなかったじゃろう。むしろこのような形で彼ら勇者様方の手伝いが出来るのだから、結果としては良いことだと儂は思っておる」
「それでも、ぅちゎ許されざる在任です……」
「それは確かにそうじゃ。貴様の手引きにより、命を落とした者達は少なくない。じゃが、何故そうなったのか、理由を聞かせよ。少なくとも若かりし日の貴様は決して婦女を貶めるような人間ではなかったはずじゃ。いや、枢機卿に任命した当時も、貴様の目は澄んでいたと儂には感じられる」
「……言い訳はしたくぁりません、ぃえ、するべきでゎなぃと、思ってぉります……」
「……アグノス……じゃな?」
「……ッ!?」
目に見えて狼狽するシュットアプラー枢機卿。その顔は図星を突かれた驚きから、わずかに青ざめて見える。
「やはり、いったい何があった?」
震える枢機卿はしばらく沈黙していたけど、ポツリポツリと事のあらましを話し始めた。
話によれば枢機卿を拝命した後、彼はその使命を全うすべく、全力をもって職務を全うしていたらしい。その頃の姿を知るアメ爺ちゃんも相槌をうっていた。しかし、そんな聖職者として一途に邁進していた彼の生活に変化が訪れた。
ある日、教徒達と祈りを済ませ、部屋に戻ろうとした彼に声をかける者がいた。それは、この教会において知らぬ者はいない人物。聖女アグノスであった。
いままで殆ど接点と言うものを持たなかった彼に、花のような微笑みを称えながら話しかけてくるアグノス。清廉な生活をしていた彼と言えど。その美しさには目を見張ったのだと言う。
「始めゎ、アグノスっちも、マディス教の教義とか、そぅいぅ話題を中心に話かけてきてぃたんだけど……」
暫くすると、彼女の話題は、同じ宗教を信仰するもの同士ではなく、男と女の話題。そういうものに変化していった。今までそのような経験のなかった彼が美しい彼女に心を奪われるのは、然程時間を必要とはしなかったと言う。
「孫程も歳の離れた娘に、いま思うと馬鹿だょね。下心もなしにそんな話ぁるわけなぃのに……」
やがて二人は恋人となり、体も重ねるようになっていったのだと言う。少なくとも彼はそう思っていたらしい。始めの内は、何もおかしな事は無く、女性と付き合ったこともなかった彼は幸せの絶頂にあったらしい。
しかし、そんな睦み事の最中に、
今思い返せば異常な状況なのだが、当時の彼はそれを当然のものとして受け入れた。当然、元凶となったアグノスにもその欲望は向けられるのだが、彼女をそれを喜ばしいもののように敢えて受け入れていたらしい。そしてその欲望は、ついにアグノス一人では我慢できず、その矛先を自分の身近な女性達、つまり大聖堂に通う教徒、或いはそこに働く女性達へと向けていった。
幸い彼には大きな権力があり、その気になれば、金を増やすことは容易かった。その金を使い、さらに金を増やし、回りを自分の手の者で埋め、ついにはこの聖都の裏を牛耳る存在となり果てたのだと言う。
あの魔香はそんな日々を送る彼にアグノスが贈ったそうで、今回に限らず、彼女の頼みで色々背後から動いていたのだと言う。その頃には最早罪の意識など無く、アグノスに頼まれるがままに色々暗躍していたそうだ。
「……そのぁとゎ、猊下も知っての通りだょ」
「シュットアプラー……」
「多分、ぁぃっの小飼の手下はまだぃるょ。ナツメっち、猊下、どぅか気を付けて」
信じられない事実を聞かされて僕の頭は混乱する。恐らく、途中からは洗脳状態にあり、良いように操られただけのあわれな老人なのだと言うことがわかる。彼は加害者であるが、同時に被害者なのだ。
……でも!
「――だからって……だからって、貴方がした事は許せないよ!」
頭では理解したけど感情が止められなかった。
「僕は未遂だったから、まだこの場に立っていられる。でも、それでも貴方の顔を見るだけで震えるんだ! なら、実際に酷いことをされた人たちは? 彼女達の心には一生消えない傷が残るんだよ!」
こんな事を言っても何にもならないのはわかっている。だけど、彼を責める事を僕は止める事ができなかった。
「――ゎかってるょナツメっち。だから貴女を呼んだんだ」
「……え?」
「ぅちの被害にぁった人物で、ぅちの前に立てる貴女だから。ぅちを裁いてほしかったんだ……」
真っ直ぐ僕の目を見つめ、そう呟くシュットアプラーの言葉に嘘は感じられなかった。
「こんな事になって、心が女になったから……ううん、そうでなくとも、ぅちがしてしまった事、それがどれだけ罪深ぃか、いまは理解るょ。謝ったって意味がないことも。ぅちが持っていた私財は全て彼女達のために使って貰ぇるらしいから。後はぅちを裁いてもらうだけ。勿論そんな事で許されるなんて思ってなぃけどね」
「……そんなの、僕に言われても困る」
正直、ここに来たら、この外道を糾弾して罪を償わせようと思っていた。お前がした事がいかに罪深いか、それを教えてやろうと息巻いていたんだ。だけど、いざ対面してみれば、そこには心の底から罪を悔い、許される事すら望まない一人の老人がいた。
「――償いは、自分で考えろよ。僕からは何もないよ。僕は実質被害にはあっていないしね」
「……」
「マディス教に死刑と終身刑はないと聞いてる。だからこれからどうするかお前が決めなよ……お前の罪の償いに、僕を巻き込むなよ!」
つい声が荒くなってしまう。こんなの僕にはどうすれば良いのかなんて判らないよ。
頭が混乱して、気がつくと僕の目からは涙がポロポロを溢れてしまっていた。恥ずかしいから止めたいのだけど、どういう感情から溢れているのかすら判らないせいで涙を止めることもできない。
「うー、うーー!!」
もう言葉を話すこともできなくなった僕の肩に大きな手が乗せられた。振り向くと秀彦が何も言わずに僕の事を見つめている。僕は感極まって、声だして泣きながら秀彦にしがみついて、その胸に顔を埋める。
秀彦は何も言わず僕を受け入れてくれた。涙が服に染み込んでしまう事を少し申し訳なく思うけど、僕の背中を優しく撫でてくれている大きな手に、混乱した頭がゆっくり癒されていくのを感じる。
「――さて、その辺でお開きにしてもらおうシュットアプラー。本当は何かがあれば、即座に貴方を叩き斬ろうと考えていたんだけど、当てが外れたね」
そういいながら小型の斧をとりだしくるくると回しながら先輩が近づいてくる。シュットアブラーと面会すると聞いて駆けつけてくれたんだね。
「貴方の罪は許しがたい。だけど、その償いをしたいのであれば、これから先の人生、全てをその事につぎ込むことだね。私の棗君をそんな事に巻き込まないで貰おう」
「――そぅ……だね。ゴメンねナツメっち」
そういうと彼は黙り混み、顔をうつむかせてしまった。
「ぁとこれだけは……魔王軍は決して力押しだけではなぃって事。ぉぼえてぉぃて。ぅちもそうだけど、魔王軍に与してぃる自覚のなぃ敵は少なくなぃとぉもう……」
シュットアプラーの忠告に、まだ僕は答えることができなかった。しゃくりあげる僕の代わりに先輩が答えてくれた。
「……承知した。さ、棗君。もう帰ろうね?」
先輩に促され、僕らが帰りの支度を始めようとしたとき。長く沈黙していたアメ爺ちゃんが口を開いた。
「――ナツメちゃんや、申し訳ないのじゃが今晩一晩、儂をこの愚か者のもとに置いていってくれんか?」
「……え?」
「回収は牢番に言って後日宿の方に届けさせておくれ」
「……う、うん、わかったよ」
僕はアメちゃんを壁に立て掛け、秀彦達と一緒に出口に向かって歩き始めた。牢から離れ、二人の声が明瞭に聞き取れなくなったあたりで、背後では一人の老人の泣き声が響いていた。
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