第六十五話 復興と聖女のあれ

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「私に良い考えがある」


 ――言われた時は胡散臭さも感じたけど。なるほど、最近使っていなかったので忘れていたよ。これなら確かになんの問題もない。さすが先輩、ヤバイこと考えている時以外は心強いね。今僕は、マディス教徒の皆さんと一緒に復興作業を行っている。力の要りそうな作業をしている人たちには筋力強化法術をかけ。怪我をした人がいれば即座に治癒。継続的に疲労回復術をかけて回り、僕自身も瓦礫をどけたり、木材を運んだりと、まさに八面六臂の活躍だ! エヘンッ!


「おぅ、だれかハンマー取ってくれ!」


「はぁい!」


「おう、お嬢ちゃんありが……ひっ!?」


「おい、誰か、治癒術かけてくれ! 怪我しちまった!!」


「はいはーい下級治癒術ヒール!!」


「おぅ、ありがとうな嬢ちゃ……ひぇっ!?」


 さぁ、どんどんお仕事をこなすよ! 次はなにかな?


「誰か~、子供達の面倒見てくれないかい?」


「任せてください!」


「「「ビェェェェェ!?」」」






「……おい、姉貴」


「な、なにかな? 秀彦」


「この惨状、責任とれるのか?」


「うーん、棗君がここまで張り切ってしまうとは思わなかったからね。流石の私もこれほどのカオスは想像してなかったな……」


 ――遠くで先輩と秀彦がこちらを見ながらなにか話してるようだけど、子供達の泣き声が大きくてよく聞こえない。


 まぁ、二人の相手をしている場合ではないよね。今は目の前の子供達を笑顔にしてあげるのが先決。きっと昨日の事を思い出しちゃったんだね? 子供達は逃げるように後ずさりながら泣き顔を浮かべている。大丈夫、怖く無いよー、お姉ちゃんが遊んであげますからねー。あ、こら、ちょっと、なんで逃げるの? 追いかけっこがしたいのかな? それなら僕も負けないぞ、全力で追いかけて……


「いい加減にしろ」


「いたいっ!?」


 子供達と遊んでいたら突然の暴力が僕の頭部を襲う。振り向くとそこには呆れ顔の秀彦野性動物が立っていた。


「なにするんだよゴリラ!」


「何すんだよじゃねえ。子供と遊ぶなら、そのおぞましい仮面を外せ! 子供らが恐怖通り越して引き付け起こしてるじゃねえか!!」


「な、なんだと!? そんなはずない。なぁ、みんな。お姉ちゃんの事怖く無いよね?」


「「「ビェェェェェ、化け物がシャベッタアァァァアァァァ!!」」」


 ば、化け物!? 怯えきった子供達の視線は、本気の恐怖に彩られていた。


「正体隠して手伝えとはいったが、子供にその恐ろしい顔で近づくな」


 がーん……王都の子供達には大人気の魔女お姉ちゃんが。この聖都では怖がられてしまうとは……これがカルチャーショックと言うものなのか……


「子供好きの君にはショックかも知れないけど、今回は紙芝居もないからね。その仮面で彼らと遊ぶのは難しいだろうね。とりあえず今日は復興作業に従事するのが正解だ、子供達とは復興が終わってからゆっくり遊んであげれば良いじゃないか?」


「う、うぅ。魔女おねえちゃんは悪い魔女じゃないのに……」


 とても悲しいことだけど、今日のところはは大人しく退散しよう。魔女お姉ちゃんは子供達を怖がらせるのは不本意なのだ。そんなことを考えていると、早速目の前で木材を運ぶお兄さんたちを見つけた。大人の皆さんなら僕の事を受け入れてくれるよね。


「お兄さん、僕も手伝いますよ!」


「おう、悪いね、それじゃあこの木材を向こうの教会に……うわ、顔怖っ!?」


「ひどい!!」


 子供達だけでなく、お兄さんたちまで!?


「いや、何でショック受けてるのか知らんが、お前のその仮面本当に恐ろしいからな? 何故かお前が気に入ってるみたいだから今まで黙っていたけど。正直、夜中に見かけたら問答無用で殴るぞ、俺なら……」


「く、秀彦お前もか!?」


 いままで意識してなかったけど、どうやら僕の隠者の仮面は、一部の人には恐怖を与えるデザインだったらしい。僕的にはかっこいいデザインだと思って被っていたのでちょっとショックを受ける。けど、顔が怖いのと仕事効率は関係ないからね。どんどんお仕事して、みんなにもこの仮面のよさを解ってもらおう。


「なにかあったら言ってください、僕がお手伝いしますよー」


 僕が声をあげると何人もの人が返事をくれた。僕は順番にそれらのお仕事を手伝っていく。


「おう、それじゃあ、これよろしk……うわ、怖い!?」


 倒れ付している人がいれば治癒魔法をかけてあげる。


「ありがとうお嬢ちゃん、お陰で怪我が……ひぇ、怖い!?」


 僕の働きをみて、声をかけてくれる人もいた。


「お嬢ちゃんこっちも手伝……やっぱり結構です! 怖い!!!」



 ……ねえ、みんなひどくない?




 ……――――




 ――それから数時間、日が傾き辺りを夕日が照らすまで僕らは復興作業に勤しんだ。最初は怖がっていた人々も僕が一生懸命働く姿をみて、徐々に警戒を解いていった。今では仮面の姉ちゃんという愛称でちょっとした人気者になっていた。


 ふふ、どんなもんだ!


「やっとみんなにもこの仮面のよさが伝わったようで何よりだよ!」


「いや、別にその仮面の良さが伝わった訳ではないと思うぞ?」


 横では無粋なゴリラがなにかを言っているが、僕には皆の気持ちが解っているので無問題だ。


 いま、僕は秀彦と二人で行動をしていた。先輩は聖女の僕程でないにしても顔が知れてしまっていたため、通常の復興作業をする事ができず一緒に行動することを断念したためだ。いまは大聖堂内のゴタゴタを沈めるために動いているカローナ殿下の護衛を兼ねて一緒に行動している。


 秀彦は聖都に来てまだ間もないのであまり顔を知られていない為、一緒に行動する事になんの問題もないのだった。力仕事は秀彦が、そのサポートを僕が行うことで、作業がどんどん進んでいく。二人でなにかをすること自体久しぶりなので、ちょっと不謹慎かもしれないけど少し楽しい。


 調子にのってどんどん復興を進めていったら、最後の方は拍手や喝采まで飛んでいた。僕らの力は戦うだけではなく、こういうことにも使えると思うと、なんだか少し嬉しくなってしまうね。


「――あ、聖女様、ヒデヒコ様、こちらにおいででしたか」


「ん?」


 突然かけられた声に振り向くと、そこには見覚えのある騎士が立っていた。たしかリーデル団長の部下の人だ。息を切らせているところを見ると、どうやらずっと僕らを探していたようだ。


「僕らになにかご用ですか?」


「は、実はとある人物が聖女様に話があるとの事で、団長に聖女様をお連れするよう言われて参った次第であります」


「とある人物……?」


 誰だろう、この聖都に知り合いなんて殆ど居ないはずなんだけど? まあ、とりあえず呼ばれているなら会いにいってみようかな? 秀彦と一緒ならこの間みたいに誘拐されたりって事もないだろうし。


 そんな軽い気持ちでいた僕だったけど、直後、呼び出している人物の名前を聞いて氷ついた。


「元枢機卿、シュットアプラーが意識を取り戻し、聖女様に伝えたい旨があるとの事でございます……聖女様?」


 僕の脳裏にあの邪悪な笑みが浮かび、自然と体を震えが襲ってきた。あのときの記憶が甦ってきて正直怖い。未遂に終わったから良かったものの、僕はあのとき危うく……大切なものを失うところだったのだから。


「おい、大丈夫か?」


 だけど、一瞬だけふらついた僕の体を、後ろから大きな手が支えてくれた。添えられた手から伝わる暖かさが、僕の恐怖心を溶かしていくのを感じる。


「ありがとう、秀彦。大丈夫、なんでもないよ」


 そう、なんでもない。いまの僕には秀彦がついている。二人だったらどんな状況でも怖くなんてない。いつかは決着をつけなくてはならない問題だと思っていたんだ。向こうがご指名ならいってやろうじゃないか!


「すぐに向かいます。案内をお願いできますか?」


「あの、その、大丈夫でしょうか? 団長からは、聖女様が断られた場合は、無理にお連れする必要はないと言われておりますが?」


 どうやらさっきの態度で心配をかけてしまったみたいだ。


「大丈夫です、一瞬狼狽えましたがもう問題ありませんよ。僕には心強い仲間がいますからね」


 秀彦の方を向きながらいうと、僕の視線に気がついた秀彦が笑みを返してくれた。


「なるほど、そういう事でしたら、是非、ご協力をお願い致します」


「はい、任せてください」


 ぼくは胸をはり、堂々と騎士の後をついていった。

 今はもう枢機卿の事なんてなにも怖くないけど、一応保険として秀彦の手をしっかりと握っていた。これはまあ、あれだよ。枢機卿なんて怖くないけれど、迷子になっちゃうのは怖いからね、それは仕方ないよね。秀彦もなにも言わずに握り返してくれたから、僕の意思は伝わっているはずだよ。うん。


 ――しばらく進むと、大聖堂程ではないが、巨大な建物が見えてきた。どうやらあれが罪人を収容する施設であるらしい。日が暮れ始めた聖都にあって、白く巨大なそれは不気味な存在感を放っていた。


「こちらでございます」


「……」


 騎士に案内され、通された部屋は、一般の牢獄の奥。この施設の最奥にある厳重な警備の場所だった。光も殆どない暗い牢が並び、何もなくとも身がすくむような、瘴気とも呼べる雰囲気が立ち込める場所。その奥に、明かりのついた独房が、ポツリと見えて来る。うずくまる小柄な人影に、僕の胸がドキリとは跳ねた。


「……枢機卿、シュットアプラー?」


 僕の呟きに小さな人影が反応した。

 ゆっくりと視線を僕に向けたその人は、にこりと笑みを浮かべると、信じられない一言で僕を迎えたのだった。


「ナツメっち。来てくれたんだ。ウチぅれしぃ」


 ……は?


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