第二十話 いざ帝国へ

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 ――ゴトゴト


 足元から響く車輪の音に合わせて体がわずかに揺れる。今僕らは帝国へと向かう豪奢な馬車に揺られていた。王都から離れ国境に近づくに連れて舗装された道はなくなり、今は多くの通行人によって踏み固められただけの土の街道を走行している。大きな音を立てて走っているので心配していたが、馬車内の揺れは驚くほど小さく、この世界の生活水準の高さを感じさせる。


「……おい」


 小窓から外を見れば景色が見る見る流れていき、代わりゆく景色を眺めるだけで退屈はしない。馬車とは言え引いている馬は魔物らしく、馬車を引く力は地球の馬車馬とは比べ物にならない。故に見晴らしがよく人気のない道ではかなりの速度で走行できるのだそうだ。


「…………おい」


 遠く街道から離れた場所をなにかの魔物が走行しているのが見える。アレは王都近郊では見たことがない魔物だな。なんていう名前だろう……まだまだこの世界には見たことのないものが溢れていて、外を眺めるだけでも僕の心をワクワクさせてくれる。


「……おい、聞こえてるんだろうが! 無視してんじゃねえぞ!!」


 だというのに僕の目の前にはせっかくの気分を台無しにするしかめっ面のおっさんが座っていた。


「何か御用でしょうか? 皇帝陛下」


 にっこり聖女スマイルで答えてやると、おっちゃんは心底嫌そうに顔をしかめた。


「それだよ、なんだそれ。お前下町住みのガキとかじゃなかったのかよ。なんだ聖女って……まあ着ている服が妙に上等だとは思ったが」


 どうやら先日の僕のサプライズがお気に召さなかったらしく、おっちゃんは出発してからずっと不機嫌そうだ。


 まあ、あのときのおっちゃんの顔は、写真に収めておけば暫く誂うネタになったであろう間抜けなものだったからね。皇帝としてのプライドがいたく傷ついたのだろう。


 セシルをいじめたんだ、少しは嫌な思いをしてもらわなくてはね。いい気味である。


「あとその猫かぶりもやめろ、気色悪い。そのツラでそんな言葉遣いされると調子が狂う」


「何だよ、人の顔をけなすとか、おっちゃん本当に人間ができてねえな? 人の身体的特徴を論って貶すのは最低だぞ?」


「……仮面無しでその言葉遣いってもめちゃくちゃ違和感だな」


「だから人の容姿を貶すなっていってるだろ!」


「容姿は貶してねえよ!?」


 言われたように言葉使いを直してやったのに文句ばっかりだな。やっぱり見捨てるべきだたか? それに僕だって最近はお化粧とか覚えたんだから言うほどひどい顔してないからな……多分。セシルの件といい、おっちゃんはやっぱりもう少し女の扱いというものを身につけるべきだと思う。


「あー、とりあえず何か誤解があるようだから謝っておく。だからそのジト目をやめろ。お前は美しい、これでいいか?」


「ウウー」


「唸るな! 犬かお前は」


「どうどう、棗くん。一応皇帝陛下はそれなりにビップだ。ヤるなら誰も見ていないときにしないと問題になるぞぅ?」


「見られてなくても大問題だわ! クソ、おい聖騎士様よ、コイツラなんとかならねえか……ってあんたが一番やべえ顔でこっち見てやがんな!?」


 助けを求めて秀彦に声をかけるおっちゃん。だけど秀彦もセシルに狼藉を働いたおっちゃんには腹を立てているので味方にはなり得ない。秀彦は女を傷つけるような男が嫌いなのでさもありなん。だけど、この場でおっちゃんをミンチにされては国際問題になってしまうのでフォローはしてあげなきゃだね。


「ヒデ、おっちゃんは顔も性格も悪いし人間として終わってるところもあるけど、悪いやつじゃないからそんな顔しちゃだめだよ?」


「おい聖女。それがフォローのつもりなら、お前こそ人としてどうかしてると思うぞ?」


 なにか不満そうな抗議の声も聞こえてきたけどとりあえずスルー。今はなんとか秀彦に機嫌を直してもらわなくてはならない。 評価が最低限とは言え、これから暫くお世話になる相手なのでずっとギスギスされてはこっちの身がもたないのだ。


 ……とりあえずここに美味しいサンドイッチがあるので食べてみ?

 僕が秀彦の口元にサンドイッチを近づけると、こちらを見もせずにそれを頬張る秀彦ゴリラ。そうかそうか、さてはお前、お腹が空いてるからそんな顔をしてるんだな? どれ、僕がどんどんご飯をあげような? はい、あ~ん……これで機嫌直せ~?


 どうやらサンドイッチがお気に召したらしいゴリラの口に機関車の石炭よろしくどんどんサンドイッチを焚べていくと、先程まで鬼のような形相だったゴリラ顔に森の紳士らしい穏やかさと知性が戻ってきた気がした。気の所為か少し顔が赤いような気もする? 血糖値があがったのか?



 ――暫く餌付けをしていると、おっちゃんは呆れ顔で深いため息を吐く。


「……よし、俺はもう何も突っ込まんぞ。お前らとの付き合いは短いが、どんな連中なのかはよくわかった。もう勝手にしてくれ。俺はもう知らん」


「おやぁ、解ってくれるかい? 私も弟と棗くんにはいつも手を焼いていてねえ」


 ヤレヤレといった感じで両手を挙げる葵先輩。


「お前が一番ヤベエんだよ、斧女」


 そこは同意。


「おやおや、おやおやおや? 皇帝陛下は私にも暴言を吐くのかい? そんなことだと折角機嫌を直した私の弟がまたご機嫌斜めになってしまうよ? 棗くんだって女の子を傷つけるような男は嫌いだよねえ?


 ……ヒデ? お姉ちゃんのためには怒ってくれないのかい? 棗きゅぅん、棗きゅんは、お姉ちゃんのために怒ってくれるよねぇ?」


 とりあえずうざ絡みモードスイッチが入ってしまった先輩を無視する。


 泣きながら僕とヒデの膝の上に乗ってくる先輩。ぐねぐねとのたうつように僕らの膝の上に寝そべろうとする様は、綺麗な見た目をしているのに信じられないほどにうざったい。本人は「にゃんにゃん」言っているので猫のつもりかもしれないが、どちらかと言うと釣り上げられて糸を切ろうとしているウツボに見える。


 そういえば今回の遠征には僕ら三人全員で参加をしている。聖都と違い帝国の場合、距離的に近いというのもあるけれど、魔王軍の行軍は主に帝国側からの進軍となるので、今回は僕ら三人全員で帝都に行くことはリスクは少ないらしい。護衛には今回もグレコさんの隊が当たってくれている。王都の守備はウォルンタースさんの率いる騎士団で事足りるとのこと。


 馬車の小窓から外を見れば、馬車の横にピタリと並走するグレコ隊の皆さんの勇ましい騎乗姿が見える。前回の遠征で共闘したグレコさんが今回も付いてきてくれたのはとても頼もしい。


「さて、そろそろ関所だ。そこを過ぎたら帝国領になる」


 暫く外を眺めていた皇帝が、先程までとは違う真剣味を帯びた声でつぶやく。


「正直、国境付近はともかく、前線付近は王国のゆるい雰囲気とは違う。現地についたら弛緩した空気は出してくれるなよ?」


 馬車の中の温度が少し下がったような感覚。これが皇帝としてのおっちゃんの顔。だけど僕だって帝国に行くと決めたときから覚悟は決めている。僕は迷わず自分の覚悟を言葉にした。


「もちろんだよ、僕だって遊びに来たわけじゃない。僕が来たからには、もう誰も死なせたりしない」


 おっちゃんお目を真っ直ぐに見つめながら断言すると、おっちゃんは一瞬だけ目を見開くとすぐに悪そうな笑顔を浮かべながら肩を震わせる。


「なんだよ、真剣に返したのに笑うことないだろ?」


「いや、すまん。別にお前の事を笑ったんじゃねえんだ……クハハ」


 そう言いつつも笑い続けるおっちゃん。なんだよ、僕は何も面白いこといってないぞ?







 ……―――― side 皇帝ジークムンド




 正直なところ俺は戸惑っていた。こちらから請うた事とはいえ、勇者一行は想像以上に若かった。成人したばかりか、下手すればそれよりも下だろう。道中も緊張した素振りもなくワイワイキャーキャーと騒ぐ姿からは、とても戦場を生き抜ける雰囲気は感じられなかった。


 ……だが。

 ――

 ――――……


「もちろんだよ、僕だって遊びに来たわけじゃない。僕が来たからには誰も死なせない」



 一応の釘を刺すつもりで投げかけた俺の言葉。それに対しての返答には正直驚いた。迷いのない瞳。若さゆえの蛮勇ではない。色々なものを背負い、覚悟を決めたものの瞳。


 それは俺が戦場で最も信頼する奴らの眼だった。


 なるほど、これが女神が世界を救うべく遣わせた神の使徒。俺は自分の浅はかさを恥じるとともに、この三人が来てくれるのであればあるいはと思わずにはいれなかった。


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