第二十一話 裸マントの羞恥プレイ

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「おっちゃん。そう言えば旅の予定を聞いてないんだけど、今日は野宿するの?」


 暫く馬車に揺られて疑問に思ったことを尋ねる。国境を超えてから、小さな集落や村をいくつか通過してきたけどそれらに立ち寄る素振りはなく、延々と大道を行く内に今夜の宿が気になったのだ。


「馬~鹿野郎、仮にも皇帝陛下と国賓の勇者共だぞ? ちゃんと一流の宿に泊まるに決まってるだろ」


 相変わらず、皇帝陛下というよりは山賊のボスのようなおっちゃん。身なりは綺麗だけど、そこはかとない蛮族の空気を感じる。


「国賓に対する態度じゃないんだよなあ」


「お互い様だろが! どこの世界にカードで皇帝の身ぐるみ剥ぐ勇者がいるんだ」


 皇帝の悪態を先輩は鼻で笑う。


「おっと、フェアな勝負の結果、暴言を吐くなんて。皇帝陛下ともあろうものが嘆かわしいねぇ……」


「いくらなんでもあんな勝ち方がフェアな訳あるか。この、イカサマ女!」


 二人は先程まで道中の手慰みにカードに興じていた。しかし、数回勝負をする内に二人の間に流れる空気はみるみる剣呑なものへと変わっていく。一戦目、ルールを説明しつつの勝負ゆえにこれはノーコンテスト。皇帝の勝利で終わったが、これはカウントしない。


 二戦目、いかにもビギナーズラックといった感じで先輩が圧勝する。皇帝もこれにはまいったと笑っていた。この時点ではまだ平和で微笑ましい光景。


 三戦目、ビギナーズラックと言ってもありえないだろうという役で先輩が圧勝、皇帝の顔色が変わる。


 四戦目、明らかに空気の変わった皇帝。しかしこれを暴力的な引きで蹴散らす先輩。この時点で皇帝の目は座り、何かを確信したように声が低くなる。


「……お前、やってんな?」


「やってるって何をだい? ふふふ、さあ、チップをくれないか? ルールを覚えたばかりだから忘れない内に次の勝負をしたいんだよ」


「……上等だ、オイタをするにも相手を間違ったぜ? お前」


 五戦目、六戦目、七戦目、八戦目、まるでリプレイを見るかのような内容で圧勝する先輩。もはやイカサマを隠そうともしていない。皇帝の顔からは笑みが消え、先輩は相変わらずヘラヘラ笑っている。掛け金はすでに恐ろしい額になっているが、皇帝は引かない。


「ねえおっちゃん、僕は引き際を弁える事も大事だと思うんだ」


 先程までの凄みはどこへやら、今のおっちゃんは少しだけ鼻声だ……


「うるせぇ、ここまでやられてやめられっか! 絶対にイカサマを見抜いてこのクソ金髪ボコボコにしてやるんだよぉ!!」


「よよよ……ひどいなあ、私は光の勇者様だよぉ? イカサマなんてする訳ないじゃないか? 私が勝てるのは偏に、女神様の加護と棗キュンの愛のおかげだよ?」


「じゃあ負けないのはおかしいよね?」


「あふん、棗きゅんが今日も塩い。でもねぇ、最近はこれもゾクゾクして悪くないと、私は思っているんだよねぇ(ニチャァ」


「おっちゃん頑張れ! 勇者を滅ぼすんだ!」


 ついでにイカサマ見破って腕の二、三本斬り落としてしまえ。

 落とし前じゃぁ!


「おうよ、そろそろお前がやってるイカサマのネタも判りかかってるんだよぉ!! いくぜぇっ!」


 ギラリと猛禽類のような獰猛さ湛えた皇帝。どうやら勝負はここからが本番。イケ、悪魔を滅ぼせ!


 九戦目~………………十六戦目。


「……おっちゃん、もうやめよう。今ならまだ」


「グ……ギギギ……」


 目を血走らせ、ひたすらに負け続けるおっちゃんに、最早王の風格は残ってなかった。正気を失ったその視線の先には、赤を基調とした豪奢な服に身を包む葵先輩金髪の悪魔の姿。


「うーん、さすが皇帝の装いだ。とてもリッチな気分になるねえ。少々男臭いのが玉に瑕だけどねぇ。嗚呼、くさいくさい。ふふふ、フハハハ」


 対しておっちゃんは、下着姿に赤いマントのみという変質者のような姿になっていた。そう、手持ちのチップをすべて奪われたおっちゃんは、自分の着ている物まで賭け始めたのだ。剣とマントは王の証だとかで、最後まで手放さなかったが、勝ちの目が見えない。このままではおっちゃんが次に失うのはおパンツだ……


「おっちゃん、もうやめよう。次の敗北は誰も幸せにならないよ」


「と、止めるな聖女! 男には引いちゃいけねえときがあるんだ!! 勝負だ勇者!」


「おっちゃぁぁぁぁんっっっ!!!」





 ――結果。おっちゃんはマントと剣を失った。おっちゃんの皇帝としてのプライドは、おっちゃんのおっちゃんがパオンしないようにする理性の前に敗北した。とりあえずマントと王剣は後日先輩の頼みをなんでも聞くという恐ろしい取引で返してもらえる事になったらしい。なんて恐ろしい取引をしたんだこのおっちゃんは。帝国が滅ぶぞ……


 なんだかんだ、先輩も皇帝の王城での狼藉には怒っていたらしい。ここまで容赦がない先輩を見るのは久しぶりだった。なんだかんだ友達想いなんだよねこの人。やりすぎだとは思うけど……



 なお、カードが始まってからずっと寝てた秀彦は、裸マントになったおっちゃんを見てすべてを悟ったらしく、最初の頃の刺々しさを軟化させていた。










 ――――……




 そんなこんなで僕らは今、帝国の大都市ベルウスィアへ向けて馬車を走らせていた。帝都に次ぐ大都市とのことなので、今夜の宿泊先と食事が今から楽しみだ。


「……ん? あれは」


 ――まだ当分街にはつかないと聞いていたのに、乗っている馬車が速度を落としたので何事かと外を見ると、馬車が止まってしまった理由がわかった。まっすぐ伸びる街道に、大量の馬車や旅人が渋滞していたのだ。


「陛下!」


「おう、こりゃなんの騒ぎだ?」


 皇帝の近衛が顔を青くしながら馬車の扉を開き、小声でおっちゃんに何かを報告している。声は小さくて聞き取れないけど、その顔色から尋常ではない何かが起きたのだと察した。


「……陛下、如何なさいましたか?」


 兵士の前なので咄嗟に聖女猫かぶりモードで話しかける。


「む……ちと問題が起きた。申し訳ないが今夜は本当に野宿になるかもしれん」


「なんかあったのか?」


「……ベルウスィアに向かう途中の農村に”疫病吐き”が出たらしい。残念ながらこのまま真っ直ぐベルウスィアに向かうのは難しいかもいれん」


「……疫病吐き?」


 聞き慣れない名前であるけど、どう考えても碌でもない響きであるのはよく分かる。


「魔王軍の生み出した最悪な魔物だ」


「なるほど、魔物が出たからそこに向かうのですね? 野宿となるのも承知いたしました。一刻も早く助けに……」


「いや、農村は見捨てる」


 食い気味に否定の言葉を発する皇帝。一瞬何を言ってるのか解らず思考が停止する。


「”疫病吐き”ってのはそんなに強い魔物なのかい?」


 沈黙をやぶって先輩が質問をする。そんなに恐ろしい魔物なら、尚更僕らは向かうべきなのでは? と僕も思う。


「いや、”疫病吐き”は力も弱く体も小さい魔物だ。正直成人であれば一般市民でも倒すことができる。だが、それが罠なんだ……奴らの血肉、体液に触れたものは死病に侵される」


「死病……」


「そうだ、だが奴らの見た目は野犬のようなものなので、魔物退治に慣れた兵士でもなければそれが”疫病吐き”であることに気がつくのは難しい。本来前線で疫病吐きが出没した場合は、遠くから魔法で焼き尽くすことで対応するんだが、今回は最悪だ。小さな農村では野犬が暴れてるとしか思われないので即座に退治されたのだろう」


「だったら尚更助けに行かないとだめじゃないか!」


「疫病吐きが現れたのは二日前だったそうだ。あの死病ははじめは普通の風邪のような症状が出る。その段階でも接触した人間は次々に罹患するが、大体の人間は軽度の風邪を移されたとしか感じないので、普段通りの行動を取ってしまう」


 ……魔物自体は簡単に殺されて疫病をばらまく。更に初期症状に自覚がなくどんどん罹患者を増やしていく。その作為的な悪意に気が付きゾッとする。まさに人を大量に殺すことだけを考えて生み出されたような魔物、いや兵器と言ってもいいかもしれない。


「変化が起きるのは個人差はあるが二日目だ。全身に回った病は、内側から宿主を破壊し始める。全身から出血しながら突然悶え苦しむ姿を見て初めて気がつくんだ。これは風邪ではないと」


「治療法はないのですか?」


「……ない。というか治療ができねえ。感染力が強すぎる。一度広がってしまったら隔離して病人ごと燃やすしかない。農村の規模ではおそらく村のほとんどの人間が罹患している。今からできることはない。それどころか、行けば我々も数日の命だ」


「出血が始まったあとはすぐに亡くなってしまうのですか?」


「いや、この病のたちが悪い所は、出血が始まり全身に激痛が走るようになると、そこからの進行は緩やかになる。つまりその後は悶え苦しみながら一週間以上は生き続けなくちゃならなくなる」


「……なるほど、まだ猶予はあるという事ですね。解りました、では私が一人で向かいましょう」


「はぁ!?」


「棗くん!?」


 僕の言葉に皇帝は固まり、先輩と秀彦が驚きの声をあげる。


「あのなぁ、俺の話を聞いてなかったんですかねえ聖女様よ?」


 僕の言葉の意味を理解したせいか皇帝の表情は鋭く硬い。解ってる、おっちゃんだって農村を見捨てたくて見捨てるわけじゃないって。本当は断腸の思いで吐いた言葉だろうって。だからこんな小娘に軽く否定されたら腹も立つだろう。


 だけど……


「安心しろよおっちゃん、これは僕の得意な領域だ。任せろよ、全員助けて見せる」


「巫山戯るな! 助ける前にお前も死ぬって言ってるんだ!! 治癒術を自分にもかけるつもりかも知れねえが。自らを治療しながら治療方を探すなんてな、そんな馬鹿げた賭けに乗るわけにはいかねえんだよ」


「僕のアーティファクト”守護のローブ”は毒や病気に対しての絶対・・耐性をもってる。僕だったら自分は病気にならずに患者さんの治療法を探せる。賭けじゃない、勝算あっての話だ!!」


「……本当か?」


「だから行かせてよ、必ず助けるし、必ず戻ってくるから」


 僕の懇願におっちゃんの眉間のシワが深くなっていく。立場的には認められない。でも村人を見捨てたくない。そんな葛藤が見て取れる。


 だけど暫く悩んだ後に深くため息をつくと、ようやく首を縦に振ってくれた。


「信じて……いいんだな?」


「もちろん」


「よし、分かった。お前にすべて任せよう。どうか、うちの国民を助けてやってくれ。おい、道案内と道中の護衛に四人、聖女様にお付けしろ!」


「はっ!!」


「あと聖女様よ!」


「なに、おっちゃん?」


「お前の聖女面はずれてんぞ!」


「はっ!?」


 しまった、僕の素を見た近衛騎士様方が視線を外して肩を震わせている……


 こんなはずでは~……



















――――――――――

 ”守護のローブ”


 耐毒(完全遮断)

 耐刃(小)

 耐炎(強)




 耐病(中)




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