第二十八話 観劇

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 ”聖女”タイトルに有る不穏な文字に嫌な予感がする。でもたった数日で劇なんか出来るわけ無いし、何より僕のあれはただの医療行為だからドラマ性とか無いし、違うよね? うん、違う。違うに違いないので違うのだ。


 ……よしっ、気をとり直して列に並ぼう。


 一瞬秀彦の上から下りて自分で歩こうかと思ったが、ごった返す人混みに飲み込まれないように肩に乗り続けることにした。こういう時持つべきは体の巨大な友人であるな。


「こうして肩車してもらうと、男だった頃の視界になったみたいでなんか懐かしいよ」


「……お前男の頃も小さかっただろうが」


「い、今よりは二十五センチも高かったよ!!」


「今幾つだよ……」


「百四十せんち……」


「……そうか」


 やめろ、優しい声をだすな! 逆に辛いだろうが!!

 無言でペシペシと頭を叩いても何も言わないゴリラ。そろそろグーで殴ってやろうかと思っていると、劇場に続く列の外からこちらに向かってくる人影に気がついた。


「ああ、その禍々しくも怪しい仮面。やはり聖女様! 良かった、お目覚めになったのですね!!」


「あ、アイーダさん!」


 小走りで寄りながら手を降っているのは、僕が治療した旅芸人一座の花形。アイーダさんだった。綺麗な赤髪の彼女は、何故か銀色のウィッグ・・・・・・・を被っておられる……Oh


「私達をお救いになられた後、ずっと眼を覚まされなかったので心配しておりました」


 話しかけてきたアイーダさんに、即座に聖女を被り直して対応する。


「その節はご心配をおかけいたしました。私も貴女の無事な姿を見ることができ、非才の身であっても誰かを救えたという事に望外の喜びを感じております」


「お前。猫を被るなら、ロケーションって大事だと思うぞ? 俺の頭上で仮面姿が聖女は、流石に無理があるだろう……」


「何を仰っているのですかヒデゴリラ様」


 僕の正体を速攻でバラそうとする不届き者の頬を引っ張って抗議する。

 ……グギギギギ、頬肉まで筋肉質でつまみ辛い。


「ふふふ、大丈夫ですよ聖女様。聖女様がどの様な御方であっても、私達の感謝の心と尊敬の念は薄れません」


「……アイーダさん」


「あの日。当事者ですら生存を諦めていた中で、貴女様だけが一度も絶望せずに皆を励まし、最後は疫病に勝利されてしまわれた。あのような奇跡を成された貴女様はまさに真の聖女様。いえ、私達にとっては女神様そのもの……」


「まってまって、アイーダさん。恥ずかしい、そこまで褒められると恥ずかしいよ!?」


「ふふ、それが聖女様のありのままのお姿なのですね。どうぞ私共の前では気を張らずに楽になさってください」


 流石役者さん、褒め方が大げさすぎる。仮面をしてなかったら真っ赤な顔を晒してしまっていただろう。照れ隠しに秀彦の顔を全力で伸ばしてしまったのは不可抗力と言える。


「それで、聖女様は何故このような場所に?」


「何って劇場に並んでるんだから、劇を見に来たんですよ?」


「え?」


「え?」


 何故か僕の言葉に固まるアイーダさん。


「……な」


「な?」


「なんで一般の列に並んでるんですかぁぁぁ!?」


「ヒェッ!?」


 突然大声で叫ぶアイーダさんに皆の視線が集まる。


「聖女様、少々ここでお待ちに……いえ、私に付いて来てください。お連れの方もご一緒にどうぞ」


「は、はい!」


 凄い勢いで押し切られ、僕らはアイーダさんの後に付いていく(秀彦が)。なんだか注目されているようですこし怖い。


「なるべく目立ちたくないんだけどなあ……」


「お前その仮面付けてそれはないだろ……あ、隠密能力付いてるんだっけか? その仮面」


「そうだね、だから街中では結構つけっぱなしなんだ。でも、ここまで注目されちゃうと意味ないみたいだね」


「一旦見つかると大男に肩車された呪術師棗きゅんは眼を引くからねぇ……」


「呪術師じゃないですぅ!」


「ふふ、私も初めて見たときは恐ろしく感じましたね」


「アイーダさんまで!?」


「ですが、今では私を助けて下さった仮面として、神々しさすら感じております」


「アイーダさん」


 流石、旅芸人さんはセンスが良い。斧狂いの先輩とは違うね。


「まあ仮面がなくても棗きゅんは眼を引いちゃうのだろうけども……」


 後ろで先輩が小声で何かを言っていたけど、上機嫌になった僕の耳にはよく聞こえなかった。こうして善行を積んでいけば、この仮面の良さが世界に浸透して仮面ブームもあるかもしれない。





 ――しばらく歩き劇場前につくと、アイーダさんは正面玄関の警備員に二、三、声をかけた。警備員が頷くと戻ってきたアイーダさんは僕らを招いて劇場の中に入れてくれた。行列に並ぶ人々の熱い視線を感じながら建物内に優先的に入るのはなんとも言えない複雑な気分だ。


 そして、案内に従いたどり着いたそこは二階から舞台を一望できる個室、所謂VIPルームだった。


「それでは皆様、ここから我らの劇をご観覧ください」


「凄い。こんな良い部屋、本当に良いんですか?」


「もちろんです。寧ろ恩人である聖女様方を一般席に案内したとあっては、私が仲間から吊るし上げられてしまいます」


 通された部屋の見事さに、先輩も秀彦も感嘆の声を上げる。惚ける僕らの横で、この国のトップである皇帝ゴロツキも感心したように部屋を見渡していた。


「ほう、中々の部屋だな。ぶっちゃけ帝都の劇場よりも建物の質がいい」


「そうなんだ? 帝都ってボロいの?」


「ふざけんな。建て替えが多いから実用的でシンプルなだけだ。防衛戦に関しては世界で一番堅牢な都市だぞ。敬え。ベルウスィアは比較的安全な位置にあるからな。帝都と違って魔物の襲撃とかを気にする必要が少ねえんだよ」


 なるほど、そうなるとここは帝国で一番華やかな場所なのかも知れない。そんな場所に人を招くことが出来るなんて、アイーダさんって凄い人なんだな……


「それでは皆様、どうぞごゆるりと。聖女様には後で改めてご挨拶をさせていただきたく思いますので、どうぞ劇が終わった後もここでお待ちくださいませ」


「解りました、楽しみにしてますね。頑張ってください!」


「……はい! それでは」


 アイーダさんが退出したのち、サービスで出された葡萄の頬張りながら過ごしていると、いよいよ劇が始まった。演目”献身の聖女”どうやら嫌な予感は大当たり。献身の聖女は疫病と戦う僕を百万倍美化した内容だった。


 ――正直、自分の話だと思わずに見る分には物凄く面白い。よくこの短期間でここまでのものをと思ってしまう。


「すげえなこれは。演出とかの迫力は現代日本以上だろ。魔法があるとこうも迫力が出るもんか」


 そう、音も光も魔法でやりたい放題なこちらの世界の劇は大迫力だった。その上で役者さんの演技も素晴らしく、グイグイ劇の世界観にのめり込んでしまう。しかし、完全に没入する前に、横で酒を煽る無粋なおっちゃんの声が僕を現実へ引き戻す。


「しかし、あの聖女は流石に盛りすぎじゃねえか? 高潔で清楚すぎるだろ。お前も見習ったほうが良いんじゃねえか? 仮面のぉ?」


「うるさいな、僕が一番分かってるよ!!」


 失礼なおっちゃんに言われるまでもなく、アイーダさんの演じる聖女は素晴らしかった。正直「実はあの聖女のモデルは僕なんですよ~」なんていう勇気はとても持てそうにない。


「……しかし、こうして作られた物語としてでも、ナツメ様の活躍を見られるというのは良いものですね」


 うっとりと劇を見つめるコルテーゼさん。だけど、とんでもない誤解がある様なので訂正はしておく。


「コルテーゼさん、あれは僕のようで僕じゃないよ。僕あんなに聖女してないからね!?」


「聖女するってどんな言葉だよ」


「まあ確かに棗君は感染のリスクの無い状態だったからね。あの聖女みたいに我が身を省みずってのはちょっと違うねぇ」


「……あ!」


「安全が確約されてるとはいえあれだけの献身、とても常人に出来るものではありません。私、年甲斐もなく涙が……ご立派ですよナツメ様」


「あ、う……あ」


 ――劇は進みいよいよクライマックスが近づく。音楽が徐々に不穏な空気を演出し、僕はこの後の展開を思い出し青ざめる。



 ”今すぐにここから逃げなくては”



 僕の脳内の警告音がマックスで鳴り響く。


「ふむ、なんだか不穏な空気だね? ここからどういうクライマックスを迎えるのかな。 ……ん? 棗くんどうしたんだい?」


 こっそり脱出しようとしているところを先輩に見つかってしまった。だけどグズグズしている暇はない。このままではあの人間ポンプ芸喀血シーンで全てがバレてしまう!


「あ、あの。僕トイレいってきます!!」


「えぇ、こんなタイミングでかい?」


 先輩が何かを言いかけたその時。ついに音楽が最高潮を迎る。そしてライトアップされる壇上で、聖女様が儚くも喀血し、自らも感染してしまったことを晒してしまう。どよめく観客、中には悲鳴を上げている女性までいる。それを見たコルテーゼさんや先輩の表情が固まった。僕の心臓も止まりそうだ、だが動け僕の足!!


「それじゃあ僕はこれで!!」


 返事を待たず無詠唱で強化をかけて全力で部屋から飛び出す僕。後ろからは僕の名前を呼ぶ先輩とコルテーゼさんの絶叫に近い大声が聞こえる。だが、止まらない!

 不意をついて稼いだ距離をフルに利用すべく、僕は即座に仮面の能力”隠密”を発動した。先輩たちの視界から消えた以上、発動した隠密は十全にその力を発揮する。これなら先輩のストーキングからも僕を守ってくれるはずだ。


「今のうちに何処かに隠れないと……」


 このまま逃走をしても逃げ切れる気がしないので、適当な部屋の扉を開き中に転げ込んだ。とりあえず息を整えて、この後をどう切り抜けるかの言い訳を考える。冴え渡る明晰な頭脳が僕の窮地を救うべく高速で最適解を弾き出す。


「……この物語はフィクションです、実際の人物団体とは関係ありません作戦でいくか」


 そんな事を考えていると、部屋の奥から物音が聞こえてきた。しまった、どうやらこの部屋は無人ではなかったらしい。ここで悲鳴などをあげられるのは非常に拙い!!


「あ、すいません僕はその。怪しい者ではないのですが、す、すぐ出ていきますのでどうか大声は出さないでもらっていいですか? なにもしないですから」


「……」


「あ、仮面! 仮面とりますね、へへ、ほら人畜無害な顔です。怪しい者じゃありません」


 聖女スマイルで害意のなさもアピール!


「…………」

 

 しかし、奥から出てきた人物は何も声を発さない。

 恐る恐る顔を見ると、その人物は落ち着いた雰囲気の女性だった。こちらを見る眼に険しさがないので、何とかこのまま匿ってもらえないか交渉を試みることにする。


「その、もしご迷惑でなければ、もうしばらくここで匿って頂いてもいいですか? 厚かましいこと時は重々承知しておりますが……」 


 どうにか匿ってもらおうと話しかけるも、女性は相変わらず一言も話さない。


「あ、あのぉ。できましたら何かお返事いただけないでしょうか~。あ、名前も名乗らずすいません。僕は棗っていいます」


 いつまでも声を発さない女性。僕が名乗ると再び少し驚いた顔を浮かべると、机の上から紙とペンをとりサラサラとなにかを書いて僕に見せてきた。そこには。




 ”はじめましてナツメ様。もしや貴女は聖女様ですか?”


 と、書かれていた。


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