第四十八話 お茶会再び

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「ふぉほほ、ナツメちゃんや、元気だったかね?」


「はい、猊下もお変わり無く」


 部屋に着くと教皇猊下が笑みを浮かべながら挨拶をしてきた。今日も白いお髭がとても綺麗だ。しかし、僕の挨拶が気になったのか、教皇猊下は此方をチラチラ見ながら何かを期待した目をしている。これもいつもの事なので本当はどうしてほしいのか分かってるんだけどね。

 まったく、猊下はご自分の立場を理解してるのかなあ? そのまま僕が声を出すのを見つめている。


 ……もう、仕方がないな。


「こんにちは、ツァールトお爺ちゃん」


「はぅあっ!!」


 ここまでがいつものやりとり。ツァールトお爺ちゃんこと教皇猊下が言うことには、僕のあふれるお孫力おまごぢからがお爺ちゃんには何よりの長生きの霊薬となるのだとか。どう見ても心臓が止まっているように見えるのだけど。ガクガク痙攣しているけど大丈夫なのかな……?


「……お前、老人虐待してるのか?」


「違うよ!?」


 人聞きの悪い事いうなよゴリラ! あれはお爺ちゃんの一流のジョーク……ジョークだよね、まだ呻いてるけど。いつもの事だもんね。早く再起動して説明をしてほしいな。このままじゃ秀彦に酷いやつだと思われてしまう。


「……ブハァッ! ハァッハァツ……相変わらず凄まじいお孫力じゃ」


「……猊下、程々にしてください。ナツメ様が困っているでしょう?」


「お前は相変わらずお孫力が低いのう……」


 呆れるアグノスさん、確かにツァールトお爺ちゃんの言動はちょっとへんてこだから、そんな顔になるのも判るけどね。でもお爺ちゃんがアグノスさんを見る目も優しくて、多分娘みたいに思ってるんじゃないのかな? んで僕は孫かー。でもアグノスお母さんとは呼べないからよくわかんない関係になっちゃった。


「ハァハァ……ところでそちらの御方はどなたかな? ずっとナツメちゃんの手を握っておるようじゃが?」


「あ、コイツは僕の親友で秀彦って言います。僕と一緒に向こうの世界から来た聖騎士で、葵先輩の弟です」


「どうもッス。秀彦・武原です」


「うむうむ、なるほど。君がナツメちゃんの幼馴染の聖騎士殿じゃったか。ふぉふぉ……」


 何やら頷きながら秀彦を眺めるお爺ちゃん。ん? こころなしか目が座っているような?


「ヒデヒコ殿。儂はアグノス教の教皇をしておるツァールトと申す。その立場から、ヒデヒコ殿に言いたいことが一つだけ……」


「なんスか?」


「貴様にナツメちゃんはまだまだやれぬわ……ぁ痛っ!」


「もう、バカな事は辞めて下さい」


 !?


 アグノスさん今、ツァールトお爺ちゃんの頭を叩いた!? え、えっ? お爺ちゃんも笑ってるし大丈夫なのかな? えー、最高責任者と聖女様だよね? 不敬罪とかそういうの無いのかな。うーん、きっとそういうのが許されるほどの関係ってことなんだろうな。


 頭を擦りながらアグノスさんに文句を言っているお爺ちゃんの表情を見るに、やっぱりこの二人は親子のような関係なんだなって感じる。


「それで、どうなんじゃ? 御主はナツメちゃんの事をどう思っておるのじゃな?」


「お爺ちゃん! ぼ、僕たちはそんなんじゃ……」


「俺とこいつはただのダチッスよ。そういうんじゃ無いッスね」


「……そ、そうだよね」


 ……うん、そうだね、そうだよね。秀彦からしたら僕はただの親友だもんね。手を繋いでるのも護衛のためだしね。……でも、もしかして、親友ですらなかったらどうしよう。実はずっと一緒にいたから惰性で付き合ってるだけで、本当は僕の事なんてクラスメイトの一人くらいの認識だったらどうしよう。


 うぅ、何だか胸が締め付けられる。こんな事、前なら絶対考えなかったのに。


「ふぉふぉ、これは冗談が過ぎたのう。すまんなナツメちゃんや、そんな顔をしなくても大丈夫じゃよ」


「ふぇっ!?」


「ふふふ、ナツメ様は本当に可愛らしいですね。あと教皇猊下はちょっと反省してくださいね。女神の使徒であるナツメ様にこんな顔をさせた罪は重いですよ。あとで審問会ですね」


「ふぉっ!? ちと罪が重すぎじゃなかろうかの!?」


「え、え!?」


「そうだよぉ、棗きゅぅん。もう、もう、可愛いなあ。そんな不安な顔しなくてもヒデは君のことが大好きだよう。もし好きじゃなかったとしてもお姉ちゃんが秀彦の頭チョチョイと開けていじってあげるから安心して! それにしても棗きゅん、柔らかいしいい香りだにゃあ! お尻もこぶりなのに何でこんなに柔らかいんだい? ふひ、ふひひ」


 何だか秀彦以外の僕を見る視線が生暖かい気がする。あとお尻に生暖かい感触があるのでマウス君をけしかけておいた。大聖堂の結界が少し心配だったけど、どうやらマウス君には効果がなかったみたい。


 ……てことはマウス君は魔物ではないってことだよね? こんなに強くなっちゃってるのに。うーむ、君は一体何者なんだい? スーパー鼠なのかい?


 今も勇者の手の甲を食いちぎらんばかりに噛んでいるけど、明らかに先輩の悲鳴が本物なんだよね。つまりマウス君の咬合力はコボルトウォリアより強い可能性が……いや、流石にそれはないか。


「マウス君、多少の怪我なら僕が治すから徹底的にやっていいからね?」


「ちょっとぉ、棗きゅん。最近お姉ちゃんに厳しすぎないかなぁ!?」


「あ、僕のお姉ちゃんはアグノスお姉ちゃんなんで……」


「あうぁっ!? お姉ちゃんの座をNTRれた!?」


「寝てはいませんよ!」


 もう、本当にこの人は。


「でもただの友人と言う割に、ヒデヒコ様は先程からずっとナツメ様の手を繋いでらっしゃるじゃないですか? それはお互いを想い合っているからではないのですか?」


「そうじゃの、それ故に儂も二人は恋仲なのかと思ったのじゃよ」


「あ、これはコイツがすぐ迷子になるんで握ってるだけッス。いわば拘束ッスね」


「うぅ……」


 そうなのである。ヒデヒコは外に行くときは必ず僕の手を握ってくれている。これはあの日から外に出る時は必ずしてくれるんだ。最初のうちは照れていたけど、もう慣れたみたいで、今はすんなり握ってくれる。僕としてはすごく嬉しいのだけど、何だか僕と手を握るという行為に一切ドキドキもしてもらえてないのが悲しい。


 あと迷子になるから手を繋ぐっていう部分には誰も何も突っ込まないんだね。僕ってそんなにフラフラして見えているんだろうか。割とショック……。


「……うーむ、これは中々じゃのう。冗談を言っている場合ではなかったかもしれん」


「そうですねぇ、これは相当な朴念仁です。あそこまでわかり易い態度を取っているのに全く意識されていませんね。ナツメ様も大変な殿方に惹かれてしまったものですね」


「ただの友達ですから! べ、べつに大変とかそういうのは無いですよ……」


 うぅ、何だか全部バレちゃってるみたいだ。恥ずかしい。あと噛まれているくせにニヤニヤしているそこの勇者に腹が立つ。あまり得意ではないけど、攻撃力UPの術をマウス君にかけておこう。練習にもなるし丁度いい。


「汝が秘めし力、開放せよ開放せよ。解き放たれしはあるべき姿。内に秘めたる獣を解き放て剛力開放アコルダールフォルサ!」


「チッチウウウウ!!」


 僕から放たれた法術でマウス君の毛が逆立ち、シッポが真っ直ぐに伸びる! 金色に輝くマウス君が、こころなしか一回り大きく見える気がする。よし、初めて使った法術だけどうまく行ったみたいだぞ! 効果は抜群だ。


「――ほう、ナツメちゃんは聖女なのに強化術の方も中々の腕前じゃな。普通、付与術の類は聖女の管轄ではないのじゃがの」


「凄いですね、私でもこんなに強力な強化付与なんてできませんよ……」


 アグノスさんとお爺ちゃんが僕の強化術を褒めてくれている。実はこれ秘奥の心得で色々いじってるだけで、本来はそんなに上手な強化できてないんだよね。なのでちょっとズルをしてるみたいで、余り褒められる過ぎるとちょっと気が引ける。


「いだだだだだ!? ちょっと、すんごい痛い痛いよ!? もげるもげちゃうぅぅぅっっ! おねえちゃんのお肉がもげちゃうよぉ!? 誰か助けてくださぁい!! ねぇ? 女の子がこんなに痛がってるんだよぉ!? 誰か構ってよぉ!?」


「……凄えな、姉貴。聖都に来てまだそんなに経ってないのに、既に全員からこんな扱いなんだな。誰一人心配してねえじゃねえか。逆に怖えわ」


「この状況で冷静に姉のピンチを実況してるお前にお姉ちゃんはドン引きだよ!?」


「まあまあ、そんな事はどうでも良いので、そろそろお茶にしましょう。余り時間が経つとせっかくのお茶が冷めてしまうからの」


「そんな事ぉっ!?」


 騒ぐ葵変態変態をおいておいて、元々ここに来た目的通りお茶を勧めてくれるお爺ちゃん。そろそろ涙目が本気の色を帯びてきた葵先輩が可愛そうになってきたので、マウス君に合図を送って僕の方に帰還させる。さて、治癒術は「ありがとうナツメきゅん! お礼にチュウしてあげるね! あ、痛い、杖でグリグリらめぇ」もう少し反省してもらってからかけるとしようかな。何だかまだ余裕ありそうだし……。


 騒ぐ先輩を無視して席に着く。するとお爺ちゃんが僕らの繋いだ手をじっと見ていることに気がついた。


「――その手を繋ぐ護衛じゃがな。儂としてもそれを見て安心したわい。ヒデヒコ殿が来てくれて本当に良かった」


「え?」


 さっきまでのおふざけの雰囲気ではない。至極真面目な雰囲気。その理由はすぐに思い当たった。


 そっか、そうだよね。お爺ちゃんはそりゃ知ってるよね。


「シュットアプラー大司教の事、誠に申し訳なかった。まさか大司教ともあろう者があのような真似をしでかしていようとは。気が付かなんだ己の不明を恥じるばかりじゃ……」


「教皇猊下……」


 おじいちゃんの顔はとても辛そうに歪んでいる。さっきまでのお巫山戯も、この罪悪感の裏返しの空元気だったのかも知れない。横に寄り添ってお爺ちゃんの肩を撫でるアグノスさんの表情も辛そうだ。


「本来なら女神の使徒であるナツメちゃんの身を危険に晒した罪を償うために、マディス教最高位にある儂は責任を取って引退せねばならぬ所じゃが、実はそうもいかぬ事情があるのじゃ」


「……後継者の問題ですか? 今回の事件では大司教も一人減ってしまったし」


「いや、それもあるが、そうではないのじゃ。そしてそれは、ナツメちゃんや、アオイ殿、そしてヒデヒコ殿にも関係のある話じゃ」


 カチャリカチャリとお茶を入れる音だけが響く。それほどツァールトお爺ちゃんの纏う雰囲気が変わっていた。


「理由はの……女神マディス様の聖遺物に関係する話なんじゃ」


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