第四十九話 聖遺物
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「理由はの……女神マディス様の聖遺物に関係する話なんじゃ」
話を切り出すと、お爺ちゃんは先程のにこやかな表情ではなく、真剣な表情になっていた。
「
お爺ちゃんは飲んでいた紅茶をソーサーに置くとゆっくりと首を横に振った。
「いや、それも確かにそうなんじゃが、それとは別に各地に散らばる女神由来の聖遺物じゃな。いくつかの都市に存在するんじゃが、それぞれに大変強力な奇跡の力を宿しておる物なのじゃ」
ふむふむ、ひょっとしてセシルがもってた百四十文字制限のアレもそうなのかな? 託宣とは言い難い威厳ゼロの文章が届いていたけれど……
「しかし、その奇跡の力すら女神の聖遺物の持つ本来の力の副次的なものに過ぎないのじゃ」
「ふむふむ?」
「聖遺物の本来の目的、それはの……魔王の力を抑える事にあるのじゃ。」
「!」
なんと、あのTwitt◯rもどきにそんな重要な役目が!? いや、あれがそうなのかはちょっと分からないけど。マディス様がやたらフランクなせいで、あの人の聖遺物ってなんとなく信用できないんだよなあ。
「魔王が強大な力を持ちながらも居城から出てこないのはその為なのじゃ」
「つまり、魔王軍幹部が都市を攻める理由はそれらの奪取、或いは破壊が目的なのですか?」
「流石勇者様、理解がお早い。そして、この大聖堂にもその聖遺物の一つが御座います」
「ほう……」
「この大聖堂を覆う結界にはお気づきですかな? これこそ聖遺物”
なるほど、この結界は女神様の力だったのね。しかもそれほど強固な結界だったなんて。王都の教会にも結界がはってあったけど、きっとアレより強力な物なんだろうな。……邪悪な者を弾く結界が葵先輩を弾かないのは納得いかないなあ。
「どうして魔物は弾かれて人は入れるの?」
「それはねナツメちゃん。人であれば、たとえ髪の毛の色が何色でも、少量の聖属性の魔力を持っているものなんじゃよ。逆に魔物は一切の聖属性の魔力を持っていない。つまり聖属性を全く持たない者は決してこの結界に入ることはできぬようになっているわけじゃな」
「……ん? てことは聖属性の魔力を持っていたら素通りの結界なの?」
「ふぉふぉ、基本的に魔族や魔物は聖なる法力を纏う事はできないから大丈夫じゃよ。例外があるとすればそこの鼠、ナツメちゃんの連れている魔蓄鼠位じゃの」
「魔……蓄?」
「ふぉ、知らずに連れておったのかの? ナツメちゃんの連れているその小さなお友達は、魔蓄鼠と言われる魔物じゃよ。本来は自然界にある魔力を食物から摂取する事で色々な獣害を巻き起こす魔物なんじゃが……」
「ふぇっ!? 獣害? 魔物!?」
え、え、害のある魔物? マウス君が!?
「あ、あの、この子は凄く良い子ですし、人に迷惑もかけません。決して悪い鼠ではなくてですね!」
床でゴロゴロ転がっていたマウス君を拾い上げ、いつでも逃げられるように窓の前に移動する。お爺ちゃんと戦うなんて嫌だけど、マウス君は僕が守って見せる。
「ふぉふぉ、言い方が悪くて驚かせてしまいましたの。大丈夫じゃよ、ナツメちゃん。その魔蓄鼠、マウス君じゃったかな? その子の事はちゃんと報告を受けておる。信じられん事じゃが、ナツメちゃんに懐いておるそうじゃな」
「ほへ……?」
「じゃからそんなに警戒しなくて大丈夫じゃよ。その子も大事なお客さんじゃ」
……ふう、どうやら僕の早とちりだったらしい、お爺ちゃんは一歩も動かずこちらを見て笑みを浮かべている。アグノスさんも立ってはいるけどこちらに寄る気配すら見せてない。葵先輩は席から動かずにお茶を啜っている。――そこで僕はすぐ横に大きな影が差していることに気がついた。
「……秀彦?」
「……んー、まあ念の為な?」
どうやら秀彦は戦闘になる可能性を考慮して、即座に僕をかばうために動いてくれたらしい。――嬉しい、これだけでもすごく胸が暖かくなるのを感じる。友達としてだとしても、僕の事を大切にしてくれてるってことだよね? うう、これだけでこんなに嬉しいなんて、ひょっとして僕はチョロいんだろうか……
……となると先輩が動いてないのは、いざとなったら即座におじいちゃんに攻撃を加えるため……いやいや、まさかね?
「そも、マウス君は勇者様にダメージを与えるほどの魔物。儂なんぞが退治できるとも思えん。アンデッドならまだしもの?」
「まったく、今のは猊下が悪いですよ。ナツメちゃんを驚かせるなんて。とんだ悪人ですね」
あ、またアグノスさんがお爺ちゃんの頭を叩いた。今度は間違いなく見た!
「ふぉ、じゃから謝ったと言うに。そんなことじゃからお前はいつまでも嫁の貰い手が「……は?」うひょ! そ、そうじゃ!!」
アグノスさんが拳を握ったところでお爺ちゃんは慌てて話題をそらした。笑顔だけど目が笑ってない。
「――マウス君や、言葉はある程度理解しているじゃろ? ちょっと儂の近くに来ておくれ」
「……え?」
「チチチッ!」
マウス君がお爺ちゃんの方に走っていく。前から思ってたけどやっぱり君言葉通じていたんだね!? まあ、いいんだけど。――ってことは僕があの夜、薬の効果で秀彦の名前呼びながら
「……ん、何だお前顔が真っ赤だぞ?」
「ぅわわわ!? な、なんでもないれしゅ!」
「なんで敬語な上に噛んでるんだお前……」
「なんでもない! なんでも無いからぁ!!」
「むう……?」
うぅ……思わず
「ふぉ、これはこれは!」
「!?」
突然大きな声を上げたお爺ちゃんに驚いてそちらをみる。もしかして、僕の今の状態を見抜かれた!? ……と思ったけど違った。お爺ちゃんはマウス君の持ち上げたまま驚いた顔で固まっていた。なんか絵面はとても微笑ましい。
「ど、どうされたのですか猊下!?」
「……ふぁ、いや、すまんすまん。あまりの事に固まってしもうた。しかし、こんな事が……いや、そうであれば大聖堂に入れた説明がつくか」
「それで、何を驚いているのかな猊下? 私としてもその鼠君には何かあるとは感じているので興味があるのだけれどね。出来ればその魔蓄鼠という魔物から説明していただけるかな?」
「おお、そうじゃな。まず、魔蓄鼠を説明いたしましょう。魔蓄鼠はその名の通り、食事をすることで自然界の魔力、とりわけ邪悪なものを溜め込む性質があるのじゃ。故に本来ならその気性は荒く、農作物や家畜、果ては人間にすら危害を加える害獣なのじゃ……」
「それだけ聞くと本当に厄介そうな魔物ですね」
「じゃが、このマウス君が溜め込んでおるのは物凄く純度の高い法力。つまりはナツメちゃんの真っ白な聖属性の魔力を溜め込んでおるわけなのじゃな。これだけ高純度の法力を蓄えている生き物は見たことがない。そこらの聖職者より強い法力を蓄えておるのう」
「つまり、マウス君は食事からではなく、僕が練習で放った治癒術の法力を体にどんどん蓄えていたって訳なのかな?」
「うむ、前例がないのでなんとも言えぬが、そういう事なのじゃろうな。結果、邪を蓄え凶暴化する鼠が、聖を溜め込んでこんなに温厚な生き物になったと言うことじゃろうか? さしずめマウス君は魔物ではなく聖獣と呼ばれるような存在になっているのかもしれぬな」
聖獣。普通の鼠とは思ってなかったけど、まさかそんな事になっていたなんて。僕もマウス君の変化は練習でかけていた治癒術に秘密があるのかと思って、いろんな動物に治癒術をかけてみたんだよね。野良猫とか、野良犬とか、それこそ街にいる鼠なんかにも試してみた。でも、マウス君みたいな変化のある動物はいなかった。あのときは原因が解らなかったけど、マウスくんが魔力を蓄える性質を持った魔物だったからできた事なんだね。
「いずれマウス君をお借りして本格的に調査をしてみたい気もするが。まぁ、ナツメちゃんの大切な家族じゃから無理は言えんのぅ」
僕もマウス君の秘密には興味あるけど、実験動物みたいな扱いはしたくないな。
「それにしても猊下? 私の記憶が確かなら、魔蓄鼠というのはそれほど強力な魔物ではなかったと思うのですが?」
「そうじゃな、自然界にいる魔蓄鼠は確かに弱い。それは食物から得られる魔力が微々たるものであるからなのじゃろう。加えて、自然界で彼らに攻撃的ではない魔力を浴びせるものなどいないからのう。ここまでの魔力を蓄える機会はないのじゃろうて」
「それを僕が治癒術の練習で沢山浴びせたから……」
「左様、魔蓄鼠の潜在能力を開花させたんじゃな。このまま注ぎ続ければ何処まで化けるかわからんのう。込められた魔力がナツメちゃんの物であるせいか、はたまた元々の気性なのか、このマウス君は随分と大人しい性格をしているようじゃから心配はしておらんがの」
お爺ちゃんの説明を聞きながら例の熊のポーズになるマウス君。今日はいつも以上にキリッとドヤ顔だ。うーん意図せずとんでもない事をしてしまったんだろうか? 下手したら勇者にダメージ与えることが可能な小型の魔物を生み出していたところだよね? 危ない危ない。マウス君が良い子で本当に良かった。戻ってきたマウス君の頬ずりを受けながらしみじみ思う。
それと同時に、この情報、魔族にバレたらちょっと恐ろしい事になるんじゃなかろうか? ――あ、でも、邪とか闇とか言われる、所謂”魔族の魔法”ってどういう物なんだろう? 法術みたいな効果の魔法もあるのかな?
「この情報は暫くは秘匿しておくのが良かろうて。――さて、話がそれてしまったが、聖遺物の話に戻るとしよう」
「そう言えばそんな話だったスね」
うん、僕も忘れてた。
「うむ、今回ナツメちゃん等が調査に赴いてくれた
「――そうね、今回の異常繁殖には不明な点が多いわ。本来なら繁殖期にいくつかの条件が重なる事で起こる非常に珍しい現象よ。しかし、今回の異常繁殖はコボルトの繁殖期と全く時期が合っていない。こんな時期に異常繁殖が起こるなんて通常ではありえないわ」
「今回のこれは人為的、もとい魔族の影がちらついておるように思うのじゃ」
「ふむ。とは言え、異常繁殖が起こったとしてその聖遺物を破壊したり盗み出したりなんて事が出来るものなのかな?」
葵先輩はお爺ちゃんの言う魔族関与の話には少し懐疑的らしい。僕も葵先輩と同意見だ。仮にコボルトの群れが襲ってきたとして、町中に侵入は出来るかもしれない。でも、そこまでだ。大聖堂には結界がある以上、コボルトたちにここを攻め落とす事ができるとは思えない。
「仮に強力な魔族が魔物の群れを率いてきたとしても、
「うーん」
なんだろう、なんかそう言われると確かになにかが引っかかる。でも、お爺ちゃんの言う通りだとするなら、コボルトが何匹で押し寄せても問題は無いってことだよね?
「まあ、攻めて来たら迎え撃てばいいだけッスよね? 一匹も街に入れなければいい」
「ふふ、その通りですね。案外そのようなシンプルな答えこそが正解なのかもしれません」
「ふぉ、これは頼もしい事じゃな。ささ、お茶が冷めてしまいますぞ。召し上がって下さい」
「いただきます」
僕と秀彦は勧められた席につき紅茶をいただく。……美味しい。すごくホッとする味だ。結局お爺ちゃんはその後は聖遺物の話をしなかった。答えの出ない会話を続ける必要がなかったのもあるけれど、魔王の力を抑える聖遺物の情報は、僕等やアグノス様にですら詳しく伝える事はできないのも理由らしい。
一瞬重苦しい空気が流れてしまったけれど、その後はお茶会を楽しく過ごす事ができた。お爺ちゃんのお話はとてもためになるものが多く、それでいて楽しい話が多い。お爺ちゃんとしても、大勢の前での演説ではなく、こういった少人数でのお話というのは新鮮で楽しいらしい。時々アグノス様に頭を叩かられながら、とても楽しかった。
とても、とても楽しかったんだ。
その時までは。
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