第二十話 お初にお目にかかります……
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――馬車に揺られながら進行方向を見ると、遠くに聳える荘厳な白亜の塔が見えてきた。一見王城と見間違う程の美しい建造物。窓にはこの世界では割と高級品のガラスが嵌められており、キラキラと陽光を反射している。しかし、塔の上にある鐘楼がこの建物が城ではないという証明になっている。マディス教総本山、セントマディス大聖堂である。
先日、遂にマディス教からの使者が現れ、ようやく聖女一行の受け入れ準備が整ったとの事で、僕らはこうして馬車で大聖堂へ向かっているのだ。
「ほぇぇ~……」
「こらこら棗君、そんな無防備に呆けた表情をする物じゃないよ。唆られて、思わず散らしてしまいそうになるじゃないか?」
「何を!?」
折角の感動を隣の変態が邪魔してくるけど、この建物は本当に凄い。日本に居た時はこんな大きい教会は見た事なかったな。お寺とかは結構見てきたけど、神社仏閣の壮大さとはまた別の魅力があるね。何と言うか重厚な神社仏閣に対して、神聖でありながら華美な美しさが際立つ感じ。取り敢えず隣の変態が僕のお尻を撫で回してなければ、もっと感動に浸れたことは間違いない。
「――驚かれましたか?ナツメ様。とても美しい建物でしょう?」
「はい、殿下!とても素敵な建物ですね。僕、あんな綺麗な建物見たことがありませんよ!」
「ふふ、中に入ったらもっと驚かれると思いますよ? この教会は、世界でも類を見ないほどの美しい内装が有名なのですから」
「本当ですか? うわぁ、楽しみだなあ」
「……棗きゅん、杖で足の甲をぶっ刺すのは流石にお姉ちゃんの骨が可愛そうだと思うの」
ドサクサで接近してきた変態に反撃をしてみたが効果はイマイチのようだ……
「先輩は黙って僕の周り半径一メートルには近づかないで下さい」
「それじゃあ私車外に出なきゃならないよ?」
「勇者なんだから馬より早く走れるんじゃないですか?」
――ちぃっ! 砕けなかったか、流石勇者の防御力……治癒法術かけてあげるから砕けてくれてよかったのに! 本当にこっちに来てからの先輩はテンション高くて困るなあ。何かしょんぼりさせる手段を考えておかないと、そのうち本当に襲われそうで怖い。よし、アメちゃんでなにか出来ないか考えておこう。
「むぅ……棗君が私にだけ冷たい」
「アオイ様、流石に庇って差し上げる言葉が見つかりませんので、もう少しご自重して下さいまし……」
「そうは言うけどねコルテーゼさん、棗きゅんも悪いんだよ。あんなに可愛く私を誘惑してくるんだから、見てよ、あの美味しそうなお尻。あれを目の前に我慢するなんて、まともな精神の人がする事ではないよ!」
「その内、本当に口を聞いてくれなくなっても知りませんよ?」
「うぅっ! それは困るなぁ、でもあんなに誘惑してるんだよぉ? きっと棗くんだって喜んd……はぅっ! すいませんもうしません、それだけはダァメェ! だぁぁめぇ!! ギョワァァァァァッ!?」
僕がアメちゃんを翳し、先輩にだけ見えるように斧を映し出し、その刃と柄の接続部分を振動させると、先輩は嘗ての悪夢を思い出してくれたようで慌てて謝罪してきた。なんだかあっさりと攻略法を見つけてしまって拍子抜けだけど、これでしばらくは大人しくしてくれるかもしれない。まったくこんな事にアメちゃんを使わせないで欲しい。
それにしても、斧の刃が取れる事の何がそんなに恐ろしいのか。普段、不敵な笑みを浮かべてる先輩が、今は生まれたての子鹿のように震えながら、顔を真っ青に染めている。初めは僕を騙すための演技なのかと思ってたけど、どうにもこれは本気で怯えているように見えるね……この”斧愛”は一体何なんだろう。ひょっとして日本に居た頃から集めていたり? ――それはないか、流石に危なすぎるもんね。銃刀法とかあるもんね? 斧ってどういう扱いなのか知らないけど。でも、葵先輩の部屋の押し入れは絶対開けちゃいけないと念を押されまくってたな、まさかね、違うよね……?
「とにかく、次セクハラしたら百本の斧をただの棒きれにする幻覚見せますからね?」
「そんな、そんな事されたら私はどうにかなってしまうよ!? それだけは許してくれたまえよぉ!!」
「何で罰せられる覚悟決めてるんですか! セクハラしなきゃ大丈夫だって言ってんですよ!!」
「あ、あの、そろそろ大聖堂に付きますので、そろそろ切り替えて下さいますでしょうか?」
「あ、はいっ!」
「うぅ……わかったよぉ」
話に夢中になっていたら、先程まで遠くに聳え立っていた塔がだいぶ大きくなり、もうその下の全容が見える程に近づいていた。近くに来るとさっきまで見えなかった部分もよく見える。大聖堂の窓にはステンドグラスがはめ込まれているらしく、白い壁との対比がとても美しい。建物を取り囲む壁も白いので、遠くからでもステンドグラスの存在感が凄い。
「見て、見て先輩!すっごい綺麗だよ」
「デュフフ、さっきまであんなに怒っていたのに、楽しい事が有るとすぐに機嫌を直してお姉ちゃんを呼んじゃう棗きゅん。グヘヘヘ、可愛いのう……(ニチャァ)」
「ア、アオイ様、とんでもなく顔が邪あk……ゲフン。少々ご表情の方に、お心の程が見えてしまっておりますよ」
「ハッ! いけないいけない、どうにも棗君が可愛らしすぎて真面目モードが続かないね」
「一瞬たりとも存在しなかったモード名、そんな物を発動しているつもりになっておられたのは驚きですが、ナツメ様への悪戯は程々になさいませ」
「は、はぃ~」
また先輩が何かをしたらしく、コルテーゼさんにやんわりと叱られてる。しょうが無い人だなあ。
「もう、先輩は、またコルテーゼさんに迷惑かけて。ほら、早くこっちにおいでよ。一緒に大聖堂見よう?」
「デュフ~~~!! 棗きゅうううん!!」
「ナツメ様も挑発はお止めくださいませ! アオイ様、ステイ!!」
「「ひゃい!?」」
何で僕まで叱られたんだ!? よくわからないけどコルテーゼさんの顔が般若のようになってるので大人しく従っておこう。普段優しい人が怒ると怖いからね……さすがの
「おぉ、確かにこれは凄い。行った事は無いけれど、ヨーロッパの教会もこんな感じだったのかねえ?」
「そうなのかな? 兎に角凄いね。ヒデにも見せてあげたかったなぁ」
あいつはこう言うの見たら何を感じるんだろう? 食べ物じゃないから興味ないかな?
「……ほほう、ヒデヒコ様と」
「ナ、ナツメ様! 役者不足かもしれないですが、ぼ、僕がここにおりますので! ヒデヒコ様がおられなくても、寂しがることは無いですよ?」
なんだか秀彦の名前が出た途端、みんな三者三様に変なリアクションをしてきた。コルテーゼさんは何かを想像しているらしく、ウットリと笑みを浮かべ、殿下はなんだか良く分からないけど慌てた感じで何かを言っている。グレコ隊長は……流石にお仕事中は集中してて全く反応しないね。頼もしい。で、先輩は……なんだその顔は! 整った顔の超美人が笑みを浮かべているのに、こんな不快感を醸し出すことが人間に可能なのか。取り敢えず、馬車の中でよだれを垂らすんじゃない!
「さて、そろそろ門に到着いたします。お巫山戯はここまでに願います。さぁナツメ様は聖女然としていてくださいませ。アオイ様は……えぇ、よくぞ一瞬でそこまで表情を変えられますね」
「私は猫かぶりには、とても精通しているからね。棗君とは年季と覚悟が違うのだよ」
「別に威張れたもんじゃないでしょ!」
「ナツメ様!」
「うぅ……はい、承知しております。私もこの日の為に教育を受けておりますから。セシリア女王陛下に恥をかかせるようなことは致しません。コルテーゼ、どうか安心していて下さいね?」
僕が聖女モードになると、漸くコルテーゼさんの表情が普段のものに戻ってくれた、殿下はなんか鼻を押さえながら上を向いている。治癒法術かけてあげたほうがいいかな?
「結構でございます、素晴らしいですよ、聖女ナツメ様」
「……何か白々しくてやだなあこれ」
お城で練習しまくったけど、どうしても慣れないんだよねえこの口調。
「その割に、声のトーンまで変えてノリノリじゃないかね?」
「セシルの顔にドロ塗るわけにはいかないからね。そりゃ僕だって頑張るよ」
僕がムンっと胸を張り、ガッツポーズを取ると、コルテーゼさんと殿下がちょっと残念そうな苦笑を浮かべた。
「ナツメ様、そのポーズも大変愛らしくてよろしいと思いますが、くれぐれも大聖堂内ではしないでくださいね?」
「あう……」
うぅ、咄嗟に地がでてしまった、やっぱり先輩ほど上手に切り替えるには年季が足りないらしい、大聖堂ではなるべく大人しくしておこう。
そうこうしている内にグレコ隊長が名乗りを上げ、門番さんの検閲を受けた後僕らを乗せた馬車は大聖堂の外門をくぐる。
門を通過した瞬間、僕は何かを通り抜けたような違和感を感じた。王都の教会みたいに結界が張ってあるのかもしれない。もしそうだとしたら、僕でも感じるくらいの結界という事だから、王都の教会より更に強力な結界なのかもしれない。流石大聖堂、魔物は絶対に中に入れなさそうだ。
……念の為マウス君は連れてこない方がいいかもだね。ネズミだけど。
やがて大聖堂の入り口前に近づき馬車が停車する。大聖堂に近づいた時に窓は閉められてしまっていたので、外がどうなってるのか今一判りにくい。ドキドキしながら待っていると、グレコ隊長が馬車のドアを開いた。まずはコルテーゼさんが降り、続いて殿下が降りる。人々の小さなざわめきが聞こえる。
「それでは次は私かな」
二人が降りたのを見計らって葵先輩が降りると、今度は大きな歓声が上がるのが聞こえた。どうやらかなりの人が外にいるらしい。そう言えばここは街が丸々敬虔なマディス教徒の人たちなんだった。こう言う時は、町中の人が押し寄せているのかもしれない。さて、それじゃあ僕も降りようかな。
馬車から降りようとすると、先に降りていた殿下が僕の手を取ってエスコートしてくれた。流石イケメン、こう言う事をサラっとできちゃうんだなあ。もしゴリラがここにいたらどうだったかな?多分真っ先に降りた気がするな。それで、僕の事エスコートなんてしないで、馬鹿みたいに大聖堂眺めて「でけぇなあ」とか言うんだろうな。ふふ……。
そんな事を考えながら馬車を降りた瞬間、地響きが起き、空気が震えた。
――いや、違う、これ歓声だ、びっくりしつつも周りを見渡すと、信じられない数の白い服の人達が、僕を見て歓声を上げていた。道の両端には白銀の鎧を騎士様、その後ろには物凄い数の白い服の……多分信者さん? そして、その道の先、大聖堂の入り口の前には二人の人影が、片方は綺麗な銀髪の妙齢の女性。サファイアのような青い瞳でこちらに向けて笑みを浮かべている。びっくりするぐらいの美人さんだ。
もう一人は……ゲゲッ!?
「お待ちしておりました、聖女様、勇者様、カローナ王兄殿下。遠いところご足労頂き、誠にありがとうございます」
僕らの前に跪き、慇懃に礼をする男性。赤いサラサラの髪の毛に涼し気な青い瞳……。
「
……あの日、酒場で僕を逮捕した青年が、苦虫を噛み潰したような顔をしながら立っていた。
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