第十九話 メイドとは癒やしなのか?

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 ――サンクトゥース練兵所


 敷き詰められた砂を巻き上げ、巨躯が吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ盛大に砂埃が上がりとんでもない爆音がなり響いたが、それを気にする者は最早ここには居ない。あぁ、またかと、良くやる物だと、みな呆れにも似た心境でその爆音をスルーする。皆、この光景には此処数日で慣れてしまっているのだ。


 それでも最初の頃には心配と驚愕で、皆の手が止まったものだが、今ではこの後何が起きるのかを全員が理解しているため、誰一人手を止めないし、声すら上げる事も無い。


 濛々と舞う砂埃の一部が膨らみ、そこから男が飛び出した。男が進むその先には、この展開を予想していたウォルンタースが盾を構え待ち構える。しかし、しっかりと構えをとった王国最強に、男は怯む事なく肉薄した。


「ふっ!!」


 ウォルンタースは体ごとぶつかって来た男を、片手に持った盾で受け止めると、力の方向を後ろに逸しつつ足をかけた。並の騎士であればこのような事をされれば地面を舐めようというものだが。しかし、男は体勢を崩す事すら無くその場に踏み留まると、持っていた練習用の鉄剣を振るった。その斬撃は鋭く、最短距離でウォルンタースの首へ迫ったが、次の瞬間剣の腹をいなされ軌道を大きく逸らし、ウォルンタースの頭上を通過していった。


「くっそ、当たらねえ! どうなってやがる!?」


「いやいや、中々の動きでしたぞヒデヒコ様……しかし」


「……かはっ!?」


 ウォルンタースが言葉を言い切る直前、凄まじい衝撃が秀彦の腹部を襲う。


「攻撃の打ち終わりの戻しが遅いですぞ……」


 再び練兵所に轟音が響き、砂埃が舞う。そして、再現映像のように砂埃の中から秀彦が飛び出した。


「流石に頑丈ですね、動きも鋭いし心も頑強だ。しかし……」


 再び肉薄する秀彦の体に、ウォルンタースの盾はきっちりと照準を定めていた。


(このまま斬りかかってくるなら先程の再現ですぞ……)


 彼の成長に期待し、ウォルンタースの眼光が鋭く光る。しかし、秀彦は先程と同じく体をぶつけウォルンタースの体勢を崩すつもりらしい。ウォルンタースは少々落胆したが、すぐに気持ちを切り替えると、先程と同じく盾を構えた。が、先程のぶつかり合いとは違い、盾に来るはずの衝撃が来ない。


(……ほう。ほうほうほう、そう来ましたか、フフフ!)


 先ほどと同じ様に飛び込んだと見せかけた秀彦は、今度はがむしゃらに突っ込むような事はせず、レベル上げによって上昇した身体能力を活かし、無理やり突進の軌道をずらして来たのだった。その行動に思わずウォルンタースの顔は喜悦に染まる。


(イカンイカン、勝負の最中だと言うのに。笑っていては失礼ですな!)


「っしょ!」


 振り向きざまに剣を振るう秀彦、しかし、ウォルンタースはそれすらも見切り、既に盾を自らの前方に構え直していた。


「いい動きですが、力づくでは私は崩せませんぞ!」


 このまま剣を弾き、ふたたび秀彦に強力な一撃を叩き込もうとするウォルンタース。だが、秀彦の剣を受けた瞬間、ウォルンタースの背筋には寒いものが走った。


(……軽い!?)


 異常を感じた瞬間、その視界が回り、背中を強い衝撃が襲う。


「グハッ!」


 肺の中身を無理やり吐き出され、己が投げられたのだと遅ればせながら理解した。そして、目の前に突きつけられた根の盾ラシーヌ・ブークリエにウォルンタースは自らの敗北を悟る。かの死騎団長トート・モルテに致命傷を与えた神器アーティファクト、これを突きつけられてはどうにもならない。


「……いよっしゃ! ついにウォルンタースさんから一本取れたぜ!」


「参りましたな。いずれはと思っておりましたが、まさかこんなに早く一本取られてしまうとは」


「へへ、まぁ、邪道な不意打ちみたいなもんッスけどね!」


「いえいえ、戦場ではその場にある物全てを利用したものが勝つのです。流石に唯一の武器である剣を手放されるとは思いませんでしたが、考えてみればヒデヒコ様の武器は剣だけではなかったのでしたな。ジュードーと言いましたかな? いやはや、これは中々に厄介な技術ですな」


「へへっ! 何とか三十連敗で記録を止めることが出来たッスね。このまま百連敗位行くかと思ったッスよ」


 負けてもへこたれず、勝った事で増長するでもなく、ただただ自分という壁を乗り越えたことを喜ぶ秀彦にウォルンタースの顔が綻ぶ。


(勇者様方は実に気持ちの良い方々だ。この若さで突然手に入れた力に溺れることもなく、また我らの理不尽な願いにも前向きに応えてくださる。中々に出来ることではない)


「我々は女神マディス様に、いえ、貴方方にもっと感謝をせねばなりませんな……」


「ん、何か言ったッスか?」


「……いえ。所でヒデヒコ様、体の方はまだ大丈夫ですかな?」


「おう、当たり前ッスよ! このまま連勝させてもらうッスよ!!」


「ふふ、その意気や良しです。ですが……ここから、このウォルンタースに心の隙は一切無いものと思っていただきたい。ヒデヒコ様、お覚悟を!」


「上等、行くぜ!」


 ――再び練兵所には轟音が鳴り響く。騎士たちは大暴れするバケモノ二人を遠くから引きつった顔で眺めるのだった。




 ……―――― side 秀彦負けゴリラ




 ……おお、痛ぇ。


 ウォルンタースのおやっさん、マジ半端じゃねえなありゃ。聞いた話じゃそろそろレベル? とかクラス補正? とか言うやつのお陰で、身体能力自体は俺のほうが高くなってる筈なんだけどなあ。


 ……全っ然勝てねえ。勝てる気がしねえ。


 あの後俺は、十回程ウォルンタースさんに挑んだんだが、結局勝てたのはあの一回だけだった。バケモノか、あの人は。あの人居るんなら俺ら要らねえんじゃねえか?


 ――あー、でもなんとなく姉貴なら勝つ気もする、あれは邪道の王様だからな。時々変な動きするし。あと邪道と言えば、俺とやる時の棗だが……流石に身体能力の差で無理かな。


 そう言えばあいつ、元気してっかな? どういう訳かあいつは昔からトラブル体質だからな、どうせスラム街か何かに紛れ込んで、関わる必要もなかった揉め事に巻き込まれて、そのまま暴れて牢屋入りとか……は、流石に無ぇか。そこまで馬鹿じゃねえよな、アイツも。聖女様が牢屋入りとか大問題だろ。


「――ヒデヒコ様? 先程から難しい顔で黙っておいでですが、どうかされたのですか?」


「……ん?」


 おっと、ついつい考え込んじまって無言になってたみたいだな。俺付きのメイド、トリーシャが不安げにこっちを見ている。


「いや、ちょっと考え事してた、すまんなトリーシャ」


「……もしかして、ナツメ様の事を考えていらしたのですか?」


「な、何いってんだトリーシャ。なんで俺があんな馬鹿の事を考えなきゃならねえんだよ」


 すげえ勘だな、これが優秀なメイドってやつか!

 ま、まあ、図星を点かれて焦ったが、考えてみたら何も焦る必要はなかったな、うん。

 しかし、アイツとこんなに長い事会わないのは初めての事だから、いつもより多めにアイツの事考えたりはしてる気もするな。だけどそれだけだ。別に何もおかしくないだろ。多分。


 それに棗のやつが女になってから、俺もよくわからない事になる事があるからな。このくらい距離があっと丁度いい気がする。


「……むぅ、またナツメ様の事を考えておられますね?」


「ちげーよ!」


 横を見るとトリーシャが可愛らしい顔を膨らませてジト目でこっちを見ている。どうにもこの娘は棗の話になるとちょっと不機嫌になるような気がすんだよな。それ以外は完璧なメイドさんなんだが。棗のやつ、トリーシャに何かしたのかね?


 それにしても、城住まいに専属のメイドさんか、凄ぇ事になったよなー。昔ダチが言ってたな「男の幸せってのはな、可愛らしいメイドさんに尽くされる事なんだよ。これに勝る天国はないぜ。お前もメイド喫茶に行って見ろよ? すげぇ癒やされるぞ~」って……この状況が正にそれだな。ふむ……。




 ……うーん、メイドさんねえ、可愛いとは思うけど、幸せとか癒やしって感じは良く解らんな。そもそも、服が変わった位で何かが変わるのか? フリフリしてて面白いとは思うが。


 暫くそのままトリーシャを眺めていたら、不意に彼女と目が合った。彼女は驚いたような表情を浮かべ、、何か慌てたように視線を彷徨わせた後、何か意を決したような表情で俺の手を取った。


「あ、あの、ヒデヒコ様。わ、私に何でも申し付けてくださいましね? 私何でも、何でも致しますから。ヒデヒコ様に尽くしますから!!」


「ん? おう。ありがとな! 頼りにしてるぜ!!」


 頼もしい事を言ってくれるトリーシャの頭をワシャワシャ撫でてやる。どうやらこの国の人も、可愛い子供達にはこうやってあげる習慣があるらしい。俺はちゃんと調べたんだ。どっかの鉄砲玉聖女とは違うんだぜ。ちなみに棗の頭撫でたら、髪の毛が乱れるって噛みつかれたな、アイツの心は荒んでる。見ろ、トリーシャなんてこんなに気持ちよさそうにしてるじゃねえか。


「ぁう、そうじゃ、ないんでぅ・・・はぅ、でもちょっと幸せ……」


「はは、トリーシャは頭撫でられるの好きか、いいぞ、して欲しかったら何時でも言えよな!」


「うぅ、ヒデヒコ様のタラシ朴念仁……」


 顔を真赤にしたトリーシャがうつむきながら何かをブツブツいってるけど全然聞き取れねえや。と、そうこうしてる間に俺の部屋の前に着いた。元々メイドなんかに縁がなかった俺は、部屋の中では一人が良いと言ってあるので、トリーシャとはここで一旦お別れだ。まあ魔法のベル鳴らすと飛んでくるんだけどな。あれって、どうなってんだろうな?


「よっし、そんじゃまたなトリーシャ、風呂は三十分後に行くから用意しておいてくれ」


「は、はい、畏まりました、ヒデヒコ様!」


 良い返事だ、本当にこの娘は働き者で良いやつだな。ダチが言ってたメイドのいる幸せってのはこういう部分なんだろうかねえ? まあいいや、部屋に入ろう。





 ――ドアを開けると俺はすぐに部屋に違和感を感じた。窓の外から何かがコツコツ音を立てているのだ。



「なんだ……?」


 警戒しつつカーテンを開けると、そこには見覚えのある小鳥が手紙を咥えて立っていた。


「おいおい、もう返事届いたのかよ、早すぎねえか? ハハッ」


 なんだよ、意外と筆まめだなあいつ!

 へ、別に嬉しいわけじゃねえけど、筆まめな棗とか、想像したらなんとなく顔が緩んじまった。


 鳥は手紙を机の上に置くと、すぐに飛び立ってしまった。あれ、これって返事送るときはどうすりゃいいんだ? まぁ後でセシルにでも聞いてみよう。


 さて、それで手紙だが。今日は訓練の後だから疲れてるし、確認するのは明日でもいいかと思ったが、これだけ早く返信してきた親友のためだ、今日中に見るのも吝かではないな、うむ。


 一応、前衛職の俺にも手紙を起動するくらいの魔力は備わっているんだ、早速開いてみよう。


 俺は机に腰掛けると、その手紙に魔力を流し込んでいった。しばらくすると手紙が光り輝き、よく見慣れたアイツの……アイツの……なぁっ!?


「よぅ、元気かゴリラ? 僕は元気だぞ! こっちは特に問題もなく、今は優雅にホテル住まいだ。何の問題もなかったぞ? 本当だ。しっかし、いきなり手紙くれるなんて、お前意外と筆まめなんだな。ひょっとしてお前、僕が居なくて寂しかったんじゃないだろうな?ヒヒヒッ」


「……」


「所でどうだ、今日の僕の格好! メイドさんの服だぞ、お前メイドさん好きみたいだからな! 折角の手紙だし……と、特別に今日は僕もメイド服を着てやったぞ!」


 な、なんて格好してやがる! 俺の目の前で馬鹿がなにか言ってるが、それどころじゃない。顔が熱くなって、息苦しい。何だこれは、あいつ、手紙に呪詛でも入れてきたんじゃねえだろうな?


「そうだ、せっかくだからメイドさんっぽい事してみるか。て言っても、手紙越しだしな……おお、そうだ!」


 なんだ、頭が回って無いが、何と無く馬鹿が馬鹿な事しそうな気がするぞ!? 何する気だ?


「……秀彦様、ご息災であらせられますか? お手紙、有難うございました。棗は幸せ者でございますね。とても嬉しゅうございます」


「……ブッホ!?」


 なんだ!?なんだこれは!?


「今はお側に居られません。ですが、棗は離れていても、秀彦様の幸せをお祈りしております」


「グハッ!?」


「ププッ、なんてな! どうだ? メイドらしかったか? 聖女訓練のおかげでこんな口調もお手の物なんだぜ!」


 どうだ? じゃねえぞこの馬鹿! なんだ今のは、なんだか心臓に悪すぎたぞ今のは……。


「それじゃ、また何かあったら手紙書くなー。お前も偶には手紙くれよな! そんじゃ、バイバイ」


 バイバイじゃねえぞ、何だ今のは。おい、ダチ公! メイドの癒やし要素ってのはどこだ? 俺はいま心不全になりかけたぞ。やべえだろこの手紙。何の呪いがかかってんだ! ふざけるな。



 ……しかし、トリーシャが来るまでまだ時間があるからな、今度は覚悟決めてから、もう一回見てみよう。一応親友からの手紙だしな……うん。






 ――数十分後、俺は意識を失っていたらしく、慌てたトリーシャに叩き起こされた。あの手紙ヤバイ。次はもっと気をつけて見よう。




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