第十八話 新米メイド ○○○きゅん
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――王族御用達の宿の一室。朝日を浴びながら優雅に紅茶を楽しむ妙齢の女性が一人。その鮮やかな金髪は、朝日そのものかと見紛うばかりに光り輝き、彼女の美しい
メイドは彼女のカップが空になると、不慣れな手付きで紅茶を注いでいく。明らかに経験の少なそうなメイドであったが、そんなメイドの姿を彼女は嬉しそうに眺めていた。
「……どうぞお嬢様」
「ありがとう、君も良ければ一緒にどうだい?」
「……いえ、私は結構で、ひゃんっ!?」
言葉を言い切る前に、メイドは可愛らしい声を上げ、彼女を睨みつける。その理由はもちろん彼女にあった。その手は、小ぶりで可愛らしいメイドの臀部に添えられ、円を描くように動かされていたのだ。燃えるように赤いその双眸はいつの間にやら色欲に濁り、淀んだ光は彼女の美貌を見る見る無価値なものへと変貌させていく。
「小さいのにふにふにと柔らかくて、形も最高だぁ~。うへへ、どうかな? 今夜私と……ヒギィッ!?」
「いい加減にして下さい!!この変態!」
――――…… side 棗
「――ひどいよ棗きゅぅん、女の子の顔面には熱湯ぶっかけちゃメッなんだぞ?」
朝から僕にセクハラをかましていた変態さんが、僕の紅茶アタックをまともに顔面に受けながら元気に怒っている。いざとなったら治癒術あるから多少キツめの反撃をしてみたけど、火傷すらしないんですね……さすが勇者、だんだんその身体能力がバケモノじみて来てるね。
「それに、今日は私のメイドさんとして、何でも言うこと聞いてくれるって約束じゃなかったかね?」
「……うぐぅ」
そうなのである、先日の騒動で迷惑をかけてしまった僕は、お詫びとして今日一日
……今はちょっと後悔している。
「それじゃあ、気を取り直して
「言っておきますけど次セクハラしたら、もう葵先輩とは二度と口聞きませんからね?」
「ぇえっ!? 何でそんな残酷な事を言うんだい? 君と会話が出来なくなるなんて私にはとても耐えられないよ!?」
「セクハラしなきゃ良いんですよっ!」
「あぅぅ……」
なんでそんな泣きそうな顔になってるんだこの人は。さっきのメイドさんって言葉にも、なにかネットリとした欲望のようなものを感じたし。先にクギを刺しておいて良かった。もし、言っておかなかったら何をされた事か……
「……うぅっ、分かったよ。メイドさんや、とりあえずお茶のお代わりを貰えるかい?」
「はい、畏まりましたお嬢様」
そうそう、こう言うのであれば、僕だってちゃんとメイドさんしてあげるんだよ。僕は先程ぶちまけてしまったお茶を布巾で拭き取り、新しいお茶を入れるために厨房に向かった。このお茶を飲んだら殿下達のところに行って、今日の予定を聞かないと。
それに、あの二人にも何かお詫びをしないといけないよね、何をしたら喜んでもらえるのかな?
そんな事を考えながら僕はお茶の準備を終え、先輩の元に向かうのだった。
……――――数十分後
――朝のお茶を楽しみ終え、僕と
「……あの~?」
「……」
「棗きゅぅん、さっきのはね、違うんだよぉ?」
後ろでなにか音が聞こえるけど、取り敢えず食堂に向かおう。コルテーゼさん達を待たせる訳には行かないものね。普段だったらコルテーゼさんは朝から僕達の面倒を見てくれているのだけど、今日は変態の従者を僕がやるという事で、今日一日メイド業を忘れてゆっくりして貰おうという話になっているのだ。
コルテーゼさんは凄く反対していたけど、僕がお願いしたら渋々言うことを聞いてくれた。なんだかんだコルテーゼさんは僕のお願いを聞いてくれるよね。優しいなあ。
「ねぇ~棗きゅぅん、そろそろ許してほしいなあ。おねえちゃん泣いちゃうよぉ?」
あ、食堂に着いた。
「おはようございます!」
「まぁ、おはようございますナツメ様。ふふ、聖女様に給仕服なんてと思いましたが、ナツメ様が着られると給仕服ですらまるでドレスの様に華やかに見えますね!」
「棗くぅん~棗くぅん~」
「おはようございます、ナツメ様、アオイ様、今日もまた一段とお美しいですね」
「もう、殿下はまたそう言う事を。そういう言葉は軽々しく使うものではございませんよ?」
「はは、ナツメ様は今日も手厳しいね」
「なーつめーきゅ~んくぅん」
「グレコ隊長もおはようございます。先日はご迷惑を「なつめきゅ~~ん」あー、もう五月蝿いですね!!」
僕が反応するまでずっとこの鬱陶しい声を上げるようなので仕方なく振り向くと、先輩は花の咲くような笑顔を僕に向けてきた。どうしてこの人はこの状況でこんな顔が出来るのか……
「僕はさっき言いましたよね? セクハラしたら二度と口きかないって!!」
「うぅ、はい……」
今度は一転、しょげた子犬のような顔になる。百面相で、折角の美人が台無しだ。
「それでそれを言った五分後、貴女は僕に何をしましたか?」
「その、可愛らしい二つの膨らみが視界の端に見えましたので……」
「アオイ様、許可も得ずに胸を触られたのですか、それは流石に……」
「一瞬で服を剥ぎ取って先端に吸い付きました」
「――想像を絶する変態だった!?」
先輩の奇行を想像し、呆れ顔を向けたグレコ隊長だったが、想像を遥かに上回ってきた変態の独白にあごが外れんばかりに驚いている。然もありなん、僕も流石にアレには驚きを通り越して恐怖を感じたものだ。眉間にアメちゃんを突き立てても中々離れない様は、最早そう言うモンスターなのではないかと思わせ、僕の心胆を寒からしめた。
「アレはその、魔が差したと言いますか、その……棗きゅんがね? 可愛すぎてね?」
「何の言い訳にもなってません! メイドごっこはもう終わりです! コルテーゼさん、今日の予定はなんですか?」
「は、はい。本日はまだ教会からの返答が御座いませんので宿で待機となります」
「わかりました、それでは僕は手紙の返信をしますので部屋には誰も入らないでくださいね」
「か、畏まりました」
(……むふふ、甘いにゃあ棗きゅんは、こんな宿のセキュリティなど、葵お姉ちゃんにかかれば……)
「言っておきますが、僕は全力魔力探査をしつつ、結界も張って侵入者がいないか確かめますので、少しでも怪しい気配を感じたら今後一切口をききませんからね?
「ひゃ、ひゃぃぃ!!」
全力の殺気を込めて睨みつけて僕は部屋へと小走りで戻った。葵先輩もあれだけ言っておけば流石に一時間位は大人しくするでしょ……多分。
……―――― side コルテーゼ
ナツメ様が出ていかれて、私は少しため息を吐きながらアオイ様に語りかけました。
「まったくアオイ様は、ナツメ様がお可愛いのは解りますが、あまりからかい過ぎると本気で嫌われてしまいますよ?」
「あはは、そうだね、今日はちょっとやり過ぎてしまったよ。メイド姿の棗君があまりにも可愛らしくてねぇ」
いつも良くも悪くも快活なアオイ様が、今日は本当に反省をされているらしく、珍しく沈んだ表情をされておられます。この方も普段はご聡明で、私共使用人にも分け隔てなくお優しい素晴らしい方ですのに、どうもナツメ様やヒデヒコ様とご一緒になられるとハメを外してしまわれるようですね。それが彼女なりの”甘え”方なのでしょうが。
「まあ、棗君のメイド姿も見れたし、今日はそれで良しとしようかねぇ」
「そうやってわざとナツメ様を怒らせて、ナツメ様の罪悪感を薄れさせて差し上げたのですね?」
「ん、んー? コルテーゼさん、それは買いかぶりというものだよ」
「まあ、アオイ様はそうおっしゃいますよね」
「まいったにゃぁ、私はそう言う恥ずかしい事を言われるとムズムズしてしまうんだよ」
そう言いながらナツメ様の出ていかれた扉を見つめるアオイ様の横顔は、正に慈愛に満ちた母親のような、そんな表情で御座いました。その表情で素直に慰めて差し上げれば、ナツメ様ももっと素直にアオイ様に甘えてくださると思うのですけどね。
「まぁ、九割はメイド棗君を愛でたい欲望のままに行動しただけだからね、本当にそんな高尚な話ではないんだよ」
ふふ、まあそう言うことにしておきましょう。お耳が赤くなられているようですが、そこには触れないのがメイドの嗜みで御座いましょうから……ただ。
「一つだけ不思議なので御座いますが、先日の事があったとはいえ、ナツメ様がよくぞあのような服を着てくださいましたね?」
「んー?」
「――あ、それは僕も疑問に思っていたんだ。知り合ってまだそれほどの時をご一緒したわけでは無いけれど、ナツメ様は基本的に女性らしい服を着るのを嫌がるよね? 何度かドレスを着るのを嫌がる彼女を見た事があるよ」
「寝間着にしましても、ネグリジェよりも少年っぽいデザインのパジャマを好まれますし、最近までは下着も……その」
私と殿下の言葉を聞いたアオイ様は途端にその表情をニヤニヤとしたものに変えられ、それは嬉しそうにお笑いになられました。
「……くふふ、メイド服を提案したのはね、今の棗君なら必ず食いつくと思ったからなんだよねえ」
なんでしょう、どうやらアオイ様には何かが解っておられるようですが、私共には訳が分からず殿下とグレコ隊長と三人揃って、笑うアオイ様を不思議そうに眺める事となりました。
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