第十七話 森の手紙

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 いきなり初日からやらかしてしまったけれど取り敢えず大きな問題にはならず、僕は宿に戻ることが出来た。今回の一件は僕の軽率な行動で、コルテーゼさん達に心配をかけてしまったので反省しなくては。まさか泣いてくれるほど僕の事を心配してくれるなんて。嬉しいけどちょっとだけ照れくさい。


 ちなみに、僕と一緒に捕まった人達はあのまま数日間の炭鉱強制労働の罰を受けるだけで済むらしい。禁酒法の様な法があるとは言え、それほど重い罪ではないのかな?いや、数日間っていうのがどれほどかにもよるか、炭鉱って言うのもかなり危険な職場だしね。


 でも、もしもあそこで僕が変に抵抗していたら、下手をすると労働奴隷落ちもあり得たのだと凄く叱られた。止めてくれたおじさんには感謝だ。それにおじさん達は僕の無罪も訴えてくれたらしい。もしそれがなかったら、前代未聞の炭鉱送り聖女となっていたと、殿下がこめかみを押さえながら教えてくれた。


 うう、ごめんなさい。


 そんなこんなもあり、宿に戻れたのはずいぶん遅い時間になってしまった。でも、あの赤い髪の騎士が僕の正体に気がついてなかったらもっと手間取っただろうとの事。


 ……やっぱりバレてたー。


「兎に角、ナツメ様には暫く謹慎していただきますからね。これからは窓の外にも見張りを立たせますのでそのおつもりで!」


「は、はひぃ!」


 うーん、普段優しい人が怒ると怖い。


「安心してくださいコルテーゼさん! これからは私が一秒も欠かさず棗きゅんを見張っているから。もはや棗きゅんにはプライベートなんて欠片程も存在しない事を約束しよう!」


「真面目な顔で犯罪予告しないで!?」


 普段から変態の人は、何があっても変態で怖いね!!




 ――――……




 部屋に戻り扉を開くと、僕は着替える事もせずにベッドへとダイブした。程よい弾力が僕を受け止め、そのまま睡魔が押し寄せてくる。はしたない? 許しておくれ、今日は本当に疲れたんだよぉ……


「ふぃ~、疲れたよぉ……」


「チッチ!」


 まあ、この疲れは自業自得ではあるんだけどね。でもボヤキぐらいは許して欲しい。僕がベッドへダイブすると、手に持った革袋からマウス君が出てきて心配そうに僕の顔を覗き込んできた。


「……ふぅ、そんな顔しないで。僕は大丈夫だよ~、マウス君。おじさんがくれた野菜は美味しかったかい?」


「チッチュウッ!」


 うむうむ、元気そうで何より。どうやらあの野菜くずもお気に召してくれたみたいだ。指先でマウスくんを転がし、ふかふかのお腹を指でムニムニと擦る。マウスくんは僕とのスキンシップが好きらしく、こうやって構って上げると物凄く気持ちよさそうな顔をしてくれる……ような気がする。


 あまりにもよい手触りに、僕の疲れ切った精神がみるみる癒やされていく。マウス君は心のメインヒーラーだね!


 暫くマウスくんのフカフカのお腹を堪能しているとふいに小さな物音が聞こえた気がした。


 ……コツッ。


「ん、今なにか?」


 ……コツッ、コツッ!


 どうやら気のせいじゃない。何だろう、硬いものを叩くような音、どこから?


 ――断続する小さな音は、どうやら僕の後ろから聞こえてくるような気がする。


「……窓?」


 注意深く耳を済ませると、小さな音はカーテンの向こうから聞こえているようだ。僕は少し警戒しつつカーテンを掴み、一気に捲りあげた。


 果たして、窓の外には一羽の鳥が止まっていた。その胸元には何か光るものがあるらしく、暗闇の中にくっきりとその姿が浮かび上がっている。僕が気がついたことが判ると、窓を突くのを止めて大人しくこちらを見つめて居るのだけど、この鳥は一体何なんだろう?


 暫く見つめ合っていると、鳥は「クケェ~」と少し間の抜けた声を上げつつくちばしを上に向け、自らの首元を露出させてきた。


「んんっ?」


 そこには淡い光を放つ手紙が括り付けてあった。


 ……あ、これって!


 僕が急いで窓を開けると、鳥は慣れた感じで室内に入ってきた。僕はその首に手をかけると首から手紙を取り外した。鳥は僕が手紙を手にしたのを確認すると、先程の間の抜けた鳴き声をもう一声上げてから飛び立っていく。


 これは多分あれだね、あれだよね! なんだよ、面倒臭がって絶対よこさないだろうと思ったのに、初日に合わせて送ってくるなんて、あいつ。


 ……ふふっ、ふふふっ!


 筆まめとは思えないアイツの事を考えていたら自然と顔に笑みが浮かんでしまった。


 べ、別に凄く嬉しいって訳じゃないけどね。らしくない事するから笑っちゃっただけだからね。


 ま、まあ、今日は疲れちゃってるから別に確認するのは明日でも良いけど、折角あいつが今日に合わせて送ってくれたんだ、今日だけ特別に今すぐ見るのも吝かではないな、うん。


 僕は急いで机に移動すると、その上に手紙を置いて表面に描かれた魔法陣に法力を流していった。思った通り、魔力に反応した手紙は僕のよく知る森の紳士の映像を映し出した。


「ん、あーあー、これでいいのか? あーテステス」


 ふふっ、使い慣れてないから出だしからグダグダじゃないか。相変わらずごっつい顔だなあ。


「――よっし、映ってるみたいだな。よぅ棗! 元気か? ……っていうのも変な話か、別にお前が出発してからそんなに時間が経ってる訳じゃ無ぇもんな」


 そりゃそうだよ、こんなに直ぐに連絡よこすなんて。体は大きいのに寂しがり屋なのか? まぁ、いつも一緒に居たから、秀彦が隣にいないのには僕もちょっと違和感あるけどね。


「まぁ、お前のことだから、どうせ何かやらかしてる頃だとは思うが、なんかやらかしたら反省して謝ったあとは元気出せよ! お前は割と凹むと長いからな」


 ……お前も僕のことストーキングしてるんじゃないよな? 何でそんな見てきたように的確な事言ってるんだ。


「俺の方は今はウォルンタースさんと特訓しまくってるぜ。お前が帰ってくる頃には隔絶した実力差と言うやつを見せてやるからな。楽しみにしていろ」


 ぬぅ、ウォルンタースさんとの特訓。僕もそう言うのがやりたかったな。折角聖都に来たから聖女の訓練所とか無いのかな。聖女虎の穴最終奥義、アルティメット聖女ファイナルビックバンアタック! みたいな技を覚えられるとか。

……あるいは生者も溶かす程の反魂術とか? 聖女ビーム!! 今度ウェニーお婆ちゃんに相談してみようかな?


「お前、今の話聞いて対抗心燃えて来てんだろ? でも無駄だぜ、俺はガンガン修行してお前に差をつけるからな。まあお前が聖女ビームとかばかみたいな必殺技でも覚えたら勝てるかわかんねえけどな、はっは!」


 お前、本当に今ここ覗いてないよな?


「まぁ、そう怒るな。怒ってるかしらねえけど、まぁ怒ってんだろ多分。俺もこの間の襲撃では色々反省してるんだ。お前にあそこまでの怪我をさせちまった事、タンクとしてだけじゃなく、親友としてすげえ後悔してんだよ」


 あ、あれは僕が暴走した結果だから、別にお前が責任感じる事じゃないよゴリラ。真面目なやつだな。


「――次は絶対、お前を守ってみせる。必ずだ」


 ……ひぅっ!?


 映像の秀彦は凄い真面目な顔でまっすぐこちらを見つめている。そんな真剣な目で見られたら、め、目線が離せない。い、一体、ななな、何を言い出してんだこいつは! あ、あわ、あわわ!? 顔が熱い。


「……ま」


「……様ー!」


 何故か僕の心拍に起こった状態異常にパニックになっていると、手紙から秀彦の物ではない何かが聞こえてきた。


「……デヒコ様」


 ……ぬぬっ?


 僕の熱くなっていた顔がスッと冷めていくのを感じる。


「ヒデヒコ様ぁー」


「む、トリーシャか。どうした?」


「あ、ヒデヒコ様! こちらにいらっしゃったのですね! もう、今日は午後からお茶をご一緒してくださると言っておられたでは無いですか? トリーシャはずっと準備をしてお部屋で待っていたのですよ?」


「あ、そう言えばそうだった! すまんすまん。悪い、棗。そう言うことだから今日はここで切るぞ。お互いやれる事全力でやって、次に会った時どっちがより成長したか見せ合おうぜ!」


「もう、ヒデヒコ様! 早くして下さいまし~」


「わかったわかった、それじゃあな、またそのうち手紙送るz……(ヒュン)」


 映像のゴリラが別れを告げ終わる前に手紙の放つ光が消える。


 ……(ビキビキビキ)


 あれれー、おっかしいなぁー? 何だろう、親友からの手紙でこんなに腹たつことなんてあるんだなー。

 トリーシャさんもメイドさんなら手紙の録音中だって配慮できないのかなー? かな?


 ――あ、何だろう今ならゴリラを蒸発させる法術を編み出せそうだぞ?


「よっし、修行だ、修行あるのみだ。僕はあの男をボコボコにするために体を鍛えるぞ!! 親友として負けていられないからな! 親友として!!」


「まぁまぁ、そんなに怒るなよ棗君。あいつも悪気はないんだよ。そんなに怒ってたら可愛い顔が台無しだ、ほら笑って?」


「怒ってないし、なんで当たり前のように僕の部屋にいるんだよ!!」


 あー、もう、僕この姉弟嫌いだなッッ! やっぱりこの姉弟蒸発しないかな!!


「チッチュウ~……」


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