第十六話 聖女だからじゃない
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――皆さんこんばんは、王都サンクトゥースより派遣されました聖女ナツメでございます。はい、魔王を打倒し、世界に希望を齎すことを使命としております。ですからもちろん、国の代表として恥ずかしくない立ち振舞をせねばなりません。当然その行動は教会にいる全ての信徒たちの模範となる事を要求されております。
「そこの小僧、お前も杖から手を離して地面に伏せろ。抵抗は許さん」
はい、両手を頭に乗せて正座させられているこの姿は、とてもとても聖都の賓客である聖女としての姿とは言えませんよね、ワカッテマス……うぅ、赤い髪の騎士の方にめっちゃ睨まれてる。
多分この人が一番偉い人なのかな? 少し他の人とは雰囲気が違う。と、言いますか、一人だけヘルメット脱いでるしね、出来る男オーラがすごい。赤いサラサラの髪に涼し気な青い瞳がギャップの、凄いイケメンさんだねえ。この人にだけは僕の素顔を見られちゃいけない気がする。だって、多分ただの隊長さんとかじゃない気がするもん。雰囲気が只者じゃないと思うんだ……
「お、おい、その小僧は……グフッ!」
多分僕を庇おうと、おじさんが声を上げた瞬間、赤髪の隊長さん(?)が剣の鞘の部分でおじさんの腹部を強打した。それだけでおじさんの巨体が一瞬中に浮き、そのまま床を転げて近くの椅子に当たってようやく止まった。ちょっと声を上げたぐらいでなんて事を!
「貴様に発言を許した覚えはない! 勝手な事をするな」
「酷い! おじさん大丈夫!?」
僕がおじさんの元に駆け寄ろうとすると、赤髪の騎士は音もなく僕とおじさんの間に割って入った。
「……貴様にも許可などしていないぞ」
「ヒッ!?」
赤髪の騎士は何の感情も籠もらない声と瞳を僕に向けると、おじさんにした様に鞘に収まった剣を振りかぶった。僕は思わず目をつぶって衝撃に備える。……しかし、その衝撃はいつまでも経っても訪れなかった。
「ぐ……ぬッ……!」
「おじ……さん?」
恐る恐る目を開いた僕の目の前には、苦痛に顔を歪めるおじさんの顔があった。
「おい、この餓鬼は酒なんて飲んじゃいねえ。ここには迷い込んだだけだ、罪もねえ餓鬼を殴るのはあんた方の仕事じゃねえはずだろ!」
僕に振り降ろされる筈だった剣を右肩で受け、激痛に顔を顰めながらもおじさんは僕をかばってくれていた。口から流れる赤い筋が痛々しい。
「……それを決めるのは貴様ではない、この場に居た以上、今現在そいつも容疑者であるに事に違いはない。子供だからと見逃すわけには行かぬ。退け」
そう言いながら騎士は再び剣を振りかぶる。それを見てもおじさんは動かない。彼はまだ僕を庇い続けて殴られ続けるつもりだ。そんな事……
「させない! 神よ、かの者を守り給え
「ぬ!?」
白い光がおじさんを包み、騎士の剣を弾き返した。法術を使えば僕の正体がバレてしまうかもしれないけど、構うもんか!
「おじさん大丈夫?
「小僧……お前一体?」
本当は、問題とか起こしちゃいけないと思うんだけど、ここまで庇ってもらって何もしないんじゃ男(?)が廃る! 僕はアメちゃんを拾い上げると、騎士たちに向けて構えた。
「……貴様、更に罪を重ねるのか。これ以上は見逃せんぞ?」
騎士の手が剣の柄にかかる、どうやら僕の行動で本気にさせてしまったらしい。でも、僕はもうおじさん達を見捨てられない……やるなら全力で抵抗してやる!
「――こぉの馬鹿ガキ!!」
「ひぎっ!?」
一触即発の雰囲気に、全神経を騎士に向けていた僕の頭に、本日何度目になるのかも分からない拳骨の衝撃が落とされた。
「バカなこと考えるんじゃねえ! ここで手向かってどうする」
「はぅう……」
だからってまた叩かなくても、今度こそ背が縮んだ気がする……涙目で睨む僕におじさんは凄く怖い顔で忠告する。
「酒のんだ位だったら数日間牢にぶち込まれて労働と鞭打ち程度で済むが、騎士に手向かったならこの場で斬り捨てられるぞ、この馬鹿!」
「ふん、見た目によらず、その男のほうが理知的のようだな。その男の言う通りだ。これ以上無駄に罪を重ねるな」
うぅ……ここで僕が暴れても何も解決しない所か、皆の罪状まで重くなっちゃうのか、それはまずい。
「貴様が禁酒法を破ったか否かは調べれば解る。貴様らは黙って大人しく縛に付け、そうすればこれ以上の面倒はない」
男の号令で一斉に騎士達が店内に居た人達を縛りはじめる。見ると誰もが抵抗をしていない、皆それがどういう結末生むのかを理解しているんだ。僕は浅はかな自分の行動が恥ずかしくなる。流石に色々理解したので、僕も抵抗すること無く両手を縛られた。が、赤髪の騎士は僕の方へ近づくと、乱暴にフードを掴んだ。
「痛い!」
なんだよ、これ以上何もしないって言ってたくせに!
「……やはり聖属性の髪。あの男が
あぅ、何かがバレちゃった!? しまったー、僕の髪の認識を狂わせる幻術は、お店に居た人たちにかけたものだから、騎士の人達には僕の長い髪が見えちゃってるんだ。
取り敢えずもう抵抗をする気もないので僕はみなさんと一緒に連行される事になってしまった。どうしよう、来て早々大問題だぞこれは……。
……――――
今晩は皆さん、僕聖女。今牢屋の中にいるの……。
薄暗い石造りの部屋に、小さな窓、いかにもな作りの牢屋です。格子のハマった小窓からは綺麗なお月様が見えます。今日は三日月なんだね!今は仮面を外しているので夜風が当たって気持ちいいです。
「ナツメ様、目を逸らして呆けた振りをするのはお止めくださいまし」
「ア……ハイッ」
今僕の目の前には笑顔のコルテーゼさんが立っていた。後ろには葵先輩も立っている。二人共満面の笑みなのが恐ろしい。三人で牢屋の中に居る訳なんだけど、この二人は捕縛されて連れて来られた訳ではない。
「ナツメ様、私共はなるべくナツメ様が窮屈な思いを為さらぬよう、最大限努力を致して来たつもりで御座います」
「……はい」
「お人払いをされた時も、私共はナツメ様を信用してそのお言葉に従いました」
ぉ、おぅ、普段優しい人が怒ると怖い。笑顔なのにプレッシャーが凄い……
「そのナツメ様が何故、この様な場所におられるのでしょうか?」
「あぅあぅ……」
ここここ、怖い、どうしよう、まともに目を見ることもできない。ずっと無言の先輩も怖い。
「その、王家に迷惑をかける様な事をしてしまった事につきましては、大変申し訳ありませんでした。反省しております……」
「ナツメ様ッ!!」
「ひゃいっ!?」
今まで聞いたこともないようなコルテーゼさんの大きな声。見上げるとコルテーゼさんの表情は笑顔ではなく、怒りに染まっていた……当たり前か、僕は王家の顔に泥を塗ったようなものだものなぁ。
「私はそのようなことを言っているのではありません。いえ、それはそれで大問題ですから反省はしていただきますが、私が怒っているのは、今回のナツメ様の危険な行為についてでございます!」
「……」
「一人で護衛もつけず夜の街に出向かれるなど、もしもの事があったらどうなさるおつもりだったのですか!!」
「うう、ごめんなさい。魔王軍との戦いがあるのに、聖女として軽率な行動でした……」
僕が謝ると、コルテーゼさんの表情が更に強張った。
「ナツメ様、失礼いたします!」
「えっ!?」
パシンッ!!
乾いた音が牢内に響き、僕の頬が熱く熱を持つ。あれ、僕コルテーゼさんに平手打ちされた!?
「何を言っておられるのですか貴女は!私は
「……ッ!!」
「ナツメ様はご自身のことに頓着が無さ過ぎでございます。どうか、ご理解くださいませ。私共は、聖女ナツメ様では無く、ナツメ様の事が好きなので御座います、心配なので御座います!」
気がつけば、コルテーゼさんの目には涙が浮かんでいた。ああ、僕は馬鹿だ、こんな人に心配をかけてしまって……きっと牢屋に囚われてると聞いてから物凄く心配をかけてしまっていたに違いない。いや、もしかすると、僕の脱走に気がついてずっと探していてくれていたのかもしれない。
「ごめ、んなさい……ごめんなさいコルテーゼざん……」
コルテーゼさんに抱きしめられながら、いつの間にか僕の目にも熱いものが溢れてた。
「まったく、君は変な所がワンパク過ぎて目が離せないね。最近やりすぎちゃったからストーキングを自重した途端に逮捕されちゃうなんて。お姉ちゃんも流石にちょっと焦ったよ……無事で良かった」
「……ごべんなさい」
軽く斧の柄で頭をコツンとされたけど、葵先輩は僕の頭をなでて、ハンカチで顔を拭いてくれた。
「まぁ、今回の事は、この聖都の裏の顔を教えていなかった私共の落ち度で御座います。清廉潔白に見える聖都にも裏の顔があり、それを取り締まる法が存在することをお伝えしておくべきでした。それとナツメ様に手を上げた罰も御座いますので、後ほど纏めてお仕置きをお受けいたします」
「いえいえいえ、罰なんてとんでもないです。今回の事は僕が全部悪かったので」
「そうだねぇ、棗きゅんには帰ったらちょっときつめのお仕置きをするから覚悟するといいよ?」
「ひぃっ!?」
「ふふふ、グレコ隊長や殿下も大層心配されておりましたから、お覚悟を決めてくださいましね」
うわーん、二人がまた最初の笑顔に戻ってる……
震える僕を、革袋から顔だけだしたマウス君が見つめていた。
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