第十五話 闇酒場

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「ようこそ聖都の闇酒場へ。歓迎するぜ、変な仮面の小僧!」


 大きな体に見合った大きな声で、この飲み屋(?)の主人は僕を店に招き入れてくれた。どうやら僕のことを男の子だと思ってくれたらしいので、アメちゃんを使って周りの認識を少しいじらせてもらう。先入観があれば、目の前で発動させたとしても、幻術はその効力を増すからね。周りの皆には僕のフードの下のヘアスタイルがショートヘアに見える幻術をかけさせてもらった。


 フードに隠れて見えていない髪型を勘違いさせる程度の幻術なので、その成功率も極めて高い。僕はフードを外すと店主に促されるままにカウンターの椅子に座った。


 それにしても小僧……小僧か~……

 うん、別に僕は元々男だし、そう言われることには何も違和感がないはずなんだけど……なんだろう、このモヤモヤする感じは。


「で、坊主。何にする?」


「ほえ!?」


「ほぇ!? じゃねえよ。お前、酒場に来たら何か注文するのが筋ってものだろう?」


 あぁ、そうか。確かにそうだ。でも僕お酒は飲んだこと無いからなあ、どうしよう。


「えっと……じゃぁ、ミルクと、あと野菜くずがあったらそれを下さい」


 居酒屋なら野菜くずくらいはあるはず、予定とは違っちゃったけど、目的は達成しておかないとね。


「おいおい、野菜くずなんて食いてえのか? もしかして金がねえのか、小僧。チッ! しかたねえな」


 顔を顰めたマスターが店の奥へと入って行く。暫くすると店の奥からスープとパンとミルクを持ったマスターが現れ、僕の目の前にそれらを音を立てて置いていった。おお、汁が飛び散る、顔も怖いし怒ってるのかな?


「……食え、金はいらねえ」


「へっ!? い、いえそんな、貰えませんよこんな! ヒギッ!?」


 また叩かれた、しかもグーだよ、拳骨だよ! 何なんだこのおじさん、めちゃくちゃ怖いよ! 僕の背が縮んだらどうしてくれるんだ!?


「ガキが変な遠慮してんじゃねえ、ぶち殺すぞ! どっちみち、うちには野菜くずなんてメニューはねえんだ。黙って食え、クソガキ。ぶち殺すぞ!!」


「ひぃ、いただきますぅ!!」


 二回言った! ぶち殺すぞって二回言った! 大事なことなの!? 僕、今までの人生で、他人にぶち殺すって言われたの初めてなのに、この一瞬でもう二回目も聞けちゃったよ!


 慌てて仮面を半分ずらしてパンを口に含み、ミルクを飲む。スープはアツアツなので舌を火傷してしまった。怖さと痛さで涙が出そうだ。


 でも……よくよく考えると。このおじさん顔はすっごい怖いしすぐに頭を拳骨で殴られるけど、僕にご飯を恵んでくれてるんだよねこれ? ……何だかされてる事考えると親切で優しい人の様な気がする? もしかしてこの人、不器用なだけで優しい人なんじゃ……ひぃ!? めっちゃ怖い顔で僕を睨んでる。ヤッパリ怖すぎるよ!


「……うめぇか?」


「ひゃいっ!?」


「うめぇかって聞いてんだ小僧! ぶち殺すぞ!!」


「ひ、ひぃぃっ、三回目!? お、美味しいです! 美味しいですぅ!!」


 怖い、怖い怖い! 凄い怖い!! 声が大きいし体も熊みたいだし、何より顔が怖い。取り敢えず目の前のご飯を食べないと殺されそうな雰囲気があるので、慌ててスープ掬いを口に含む。


 ……ん?


 最初は何が起きてるのか解らず混乱してたから味わう余裕がなかったけど……


 もう一口掬って口に運ぶ。


 ……美味しい。


 具は、少ない野菜に小さいお肉。決して豪華なスープではないんだけど。何だろう、野菜の旨味がギュッと詰まった塩スープ? 独特の甘みとコク、そこに塩漬けされた肉の旨味が合わさって……。


「……本当においしい」


 思わずそう呟いていた。


 ……って違う!


「違うっ、そうじゃなくて!」


「なんだ小僧! 俺のスープが美味くねえって言いてえのか? あぁっ!? ぶち殺すぞ!」


 四回目!

 口癖なのそれ!? そんな恐ろしい口癖の人はじめて見たよ!


「ひぇっ! 違うんですー!」


 あ、あの構えは。また拳骨落とされる!! ひぃぃぃ!!


「ま、まって、違うんです、スープはすごく美味しいです! 野菜の美味しさを余すこと無く味わえる素晴らしい料理だとおもいます~」


「……ほう?」


「素材の旨味をあそこまでしっかり出しているのに雑味がないのは、親父さんが凄く丁寧にアクを取ったからなのかなと思うので、このスープは美味しいです、凄く美味しいです。大変結構なお味でございますぅぅ」


 拳骨落とされない為の命乞いと思われるかもしれないけど、スープは本当に美味しいのでそこは正直な感想を言ってみる。あ、親父さんの青筋が消えた! でも顔が怖い、デフォの顔が怖いんだね、この人!


「違うって言うのはスープの味の話ではなくてですね。僕が欲しいのはご飯ではなくて、野菜くずなのです。ええと……」


「あぁっ?」


 ひぃぃぃぃ、怖いよう!! またこめかみに青筋が!


「あ、あのですね、怒らないで聞いてくださいね? これから野菜くずが欲しい理由をお見せしますです、はい。お見せするのは僕の友達でして、何を言ってるかわからないかもしれないんですが、えっと、大変驚かれるかもしれませんが、とても賢くて良い子なので殺したりしないでくださいね?」


「殺すって、何の話だ?」


「お願いですから、約束して下さい!!」


「お、おう……」


 少し大きな声でお願いすると、おじさんのこめかみからまた青筋が消えてくれた。


「では……マウスくん出ておいで」


「チッチュ!」


 僕の声に反応してマウス君が服の中を移動していく。どうやら袖を伝ってカウンターに降りるつもりみたいだね。


「ぁうんっ……」


 ちょっとこそばゆくて変な声が出てしまった、恥ずかしい。だって胸元から袖に抜けていくフワフワだよ?正直、凄くくすぐったい! ……ちょっと人には言えない所通過されたしね!


 ――コホンッ!兎に角、僕の袖からカウンターに出てきたマウスくんは、クリクリと周りを見渡して鼻をひくつかせている。相変わらず愛い奴。やがて挨拶すべき人物がおじさんである事を理解したらしく、マウスくんはおじさんに顔を向けた。


「チッチゥッ!」


「な、こいつは……」


「紹介します、僕の友達のマウスくんです」


「友達って、お前これ、鼠じゃねえか。妙に毛並みが良いから見たことねえ種類の鼠だが」


 顔を引きつらせてはいるけれど、おじさんは約束通りマウスくんに対して暴力を振るわないで居てくれた。ヤッパリこの人顔が鬼のようなだけでいい人な気がする……


「実は僕、この子のご飯を買うために街に出たんですが、お店がなくって困って居たんですよ」


「あー、お前。さては聖都は初めてか。道理で……」


「どういう事ですか?」


「そりゃお前、聖都では夕方以降の出店は許可されてねえからな。夜は祈りの時間だから、外を出歩くのもご法度だ。闇に包まれた夜は不浄のものって意味合いもある」


「えぇっ!?」


 そんな、夕方以降は外にも出れないって、娯楽も少ないこの世界で?


「でも、そしたら飲み屋さんとかは商売にならないんじゃない? 皆昼から飲んでいるの?」


「馬鹿、そもそも酒がご法度だ! 快楽は魂が汚れるって教えだからな。酒、賭け事、夫婦以外の姦淫。全部ご法度。バレれば良くて投獄、悪けりゃその場で斬り捨てだ」


 そう言いながらおじさんは手で首を掻っ切るゼスチャーをする。飲酒だけで最悪死刑? 何だかとんでもない所に来ちゃったぞ……って、あれれあるぇ!?


「で、でもここはお酒提供してますよね!?」


「おうよ、だから最初にいったろうが、”闇”酒場にようこそってな」


 なんて事だろう、知らなかったとは言え……王都の聖女は今、思いっきり聖都の法を犯しておりますです。どどど、どうしよう。


「う、うう……まさか知らずに法を犯していたとは。ま、まあバレなければどうと言う事はないでしょう!」


「ふむ、そう言う開き直りは嫌いじゃねえぜ、ついでに酒も呑むか坊主?」


「遠慮します!! そんな事より、この子のご飯になりそうな物はありますか? あ、お金はちゃんと払いますので!」


「ふむ、捨てるような野菜くずで良ければただでやるよ、ちょうどそのスープに使ってた野菜クズが大量にあるからな。ちょっと待ってろ」


 そう言いながらまた奥へ引っ込むマスター。うん、この人絶対いい人だね。


 そんな事を考えながらマスターの消えていった方向を見ていると、隣に座っていたお姉さんが話しかけてきた。


「ふふ、いい人でしょ。あの人」


 あうっ、顔に出ていたのかな? お姉さんに心の中を読まれてしまった。って、今仮面かぶってたね僕……


「そんな不思議そうな顔……顔ではないけど顔しなくていいわよ。ここに来る人は大体あの人の風貌に驚いたあと、その優しさに戸惑うものなのよ」


 あー、凄く解る。


「この聖都は確かに暮らしやすい都市ではあるけれど、あまりにも娯楽がなさ過ぎるの。真面目に戒律を守っていたら、普通の人なら息が詰まってしまうわ。あの人はそんな連中のために危険を承知でここを開いてくれているの。ここでお酒が飲めるから、私達みたいなのは良い息抜きができているのよ」


 そう言うものなんだろうか? 僕はまだお酒を飲んだことがないからわからないな。


「……でも坊や、野菜くずを貰ったらすぐに宿に帰ったほうが良いわ。私達は良いけど、あなたは罰せられる覚悟なんて持たずにここに来たのでしょう? もし見つかったら、最低でも鞭打ちと投獄確定よ?」


「ひえっ」


 僕の場合、それプラス都市間の問題に発展しそうな気が……よし、マウスくんのご飯もらったら直ぐに宿に帰れるようにしておこう。僕はパンを頬張るとミルクで一気に流し込み、美味しい野菜スープを……きちんと味わいながら急いで飲み干した。ぷはっ……おかわりが欲しくなるほどおいしい!!


 そして、ちょうどスープを飲み干したタイミングでマスターが奥から戻ってきた。


「おう、食い終わったか坊主。取り敢えず人参のヘタとブロッコリーの芯だ。金は要らねえからとっとと帰れ、次は酒が飲めるようになってから来いよ」


「あ、ありがとうございます!」


 ぶっきらぼうに野菜くずの入った麻袋を放ってくるマスター。相変わらず顔は怖いけど凄く優しい。また来たいけど、もしもの事があったら色々な人に迷惑がかかってしまうから、もうここには来れないんだろうな。


 そう思うと、少し寂しい気がする。今度セシルに、いや、セシルに相談したら卒倒されそうだから、ウェニーお婆ちゃんに相談してみよう。


「それでは皆さん、短い間でしたがお世話になりました!」


「おぅ、もうこんなところに来るんじゃねえぞ!」


「元気でね変な仮面の坊や。ちょっとの間だったけど面白かったわ」


 時間が無いのでマウスくんには野菜くずの袋に直接入ってもらった。中から幸せそうな鳴き声と、野菜をかじる音がする。よかったねマウスくん、好物だらけだ。


「それではさようなら、皆さんもお元気で!」


 酒場の皆さんに手を振り扉に向かおうとしたその時、突然分厚い扉が勢いよく開かれ、数人の白い鎧の騎士がなだれ込んできた。


「全員動くな、抵抗はするな、武器を持っているものは床に置け!!」


 明らかに有効的ではない集団の登場……

 こ、これはもしかしなくてもまずい事態なのでは!?


 聖都に着いて早々、僕はとんでもない事をやらかしてしまったかもしれない……

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