第十四話 探検 仮面聖女マン
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宿についた僕は急いで部屋に入ると、コルテーゼさんに頼んで人払いをしてもらった。一応部屋の前にはグレコ隊長が居るらしいけど部屋の外であれば何の問題もない。要は部屋の中を見られなければ良いだけだからね。流石にこれからする事を見られるのはあまりよろしくないだろうから……
僕は荷物を下ろすと急いで机に向かい、胸元から小さな友達を出してあげた。出てきて暫くは鼻をヒクつかせながら周りの様子を眺めていたけど、危険は無い事が解ると僕の方に向き直して「チッチュ!」と小さく挨拶をする。つぶらな瞳とフワフワな毛並みが今日も愛らしい。丸一日ぼくの服の中に居たけれど、その毛並みのフワフワは保たれていたらしい。僕が指で撫でると、嬉しそうにお腹を見せてきた。愛い奴め……
「今日はごめんね、マウス君。僕の服の中は狭かっただろう?」
みんなには内緒で連れてきていたので、大っぴらに持ち歩くことが出来なかった為、今回の道中マウス君はずっと僕の服の中に隠れてもらっていたのだ。この事を知っているのは葵先輩だけなので、他の人に知られるわけにはいかない。あとでマウス君の隠れ家を見つけられると良いのだけど。王都に居た時みたいにミニ小屋を作って住まわせたいけど、今回はどれだけ移動があるか分からないんだよねえ。この宿も多分、一時的に泊まるだけだろうし。
「それで申し訳ないのだけど、しばらく色々な所に出掛ける時は、また僕の服に隠れて貰うことになりそうなんだ。ごめんね?」
「チュゥッチッチ!!」
まるで気にするなと言わんばかりに、僕の手に頬擦りしてくれるマウス君。……君、絶対言葉通じてるよね?
とりあえずスーパーネズミなマウス君のスペックについては置いといて、旅の間ちゃんとしたご飯をあげられなかった(時々ばれないようにあげてはいたけれど)から、マウス君のご飯を買いに行かないとね。
ちなみにマウス君はチーズや肉よりも穀物や野菜の方が好きらしく、特にニンジンとブロッコリーには目がない。ニンジンとブロッコリーを与えた時の一生懸命頬袋を膨らませる様は、マウス君三大可愛いに数えられるほどだ。出来ればこのどちらか、又は両方を頂きたい所ではあるのだけど。
扉の前にグレコさん居るから厨房に行きづらいな。
……そうだ、ここは一つ。
「シュワッチ!!」
変身、仮面聖女マン!!
「よし、これで直接町に買い出しに行こう。マウス君行くよ!」
「チッチュウ!!」
僕の呼び掛けに答えて腕を伝って胸元に収まるマウス君……君、絶対言葉(省略)。それでは早速”隠密”発動。
「いざ、夜の街へ!」
「チッチ♪」
僕は音が鳴らないように気を付けながら窓を開き、肉体強化魔法をかけると隣の家の屋根へ飛び移り、徐々に低い場所へ飛び移りながら移動する。程なく道の上に降り立つ僕。我ながら脱出術も板に付いてきたな、見張りの人にも気づかれていないようだし。
(……でも、これ帰りどうしようかな)
上から降りるのはわりと簡単だったけれど、帰るべき僕の部屋を見上げると、地上三階、護衛付き。実に難攻不落のお部屋が見える。
「まあ、帰りの事は帰り考えよう!」
「ヂュゥ……」
何か呆れられたような気がするけど大丈夫。マウス君は鼠だからね、そんなこと思うわけがないよ、うん。
とりあえず足早に昼間見た繁華街へと向かう。道順は昼間馬車の中から確かめておいたので、方向はこちらであっているはず。
……しかし、それほど進まないうちに僕は街の違和感に気がついた。
(誰も道を歩いていない?)
確かに現代日本と比べればこの世界の夜は早い、日本と違って24時間営行のコンビニなどがある訳もない。しかし、少なくとも王都ではこのくらいの時間であれば酒場も開いていたし、物売りの姿もちらほらあったものだ。
だが、昼間はそれなりに賑わっていた大通りも今は店の一つすら出ていない。考えてみればこの聖都に来てからは酒場のような建物も見た覚えがない。食事処や屋台は多く見かけたけれど、どれも所謂酒場の雰囲気ではなかった。
民家からは明かりが漏れてはいるけど、やっぱり酒場の雰囲気のある店はない。昼間営業していた食事処も軒並み閉店しているようだ。偶に人とすれ違うけど、それは全員白い鎧を着た騎士だった。いや、町の巡回してるから憲兵さんなのかな? でもその割りには装備が物々しいような……とにかくそれ以外の人とは一切すれ違いもしない。
「……ん?」
その時、僕の魔力探知に微力な魔力の群れが引っ掛かった。
――これは複数の人の魔力? 誰も歩いていないこの街で、どこに向かっているのかな? 魔力の強さからさっきの憲兵さん達とは違う集団だと思うし。民家の中にいるにしては人数が多すぎるし、みんなどこかに向かって目的をもって移動している気がする。
(さてさて、怪しさ爆発な感じもするけれど、凄く気になるな。仮面あるし行っても大丈夫かな?)
僕は念のためアメちゃんをしっかり握ると、その魔力の集まりのある場所へと歩を進めた。どうやらその集団は目的地についたようで移動を止めていた。
大通りを外れ、寂れた小道を行き、さらに路地に入り、入り組んだ道をどんどん進むと、やがて建物の色が真っ白では無い区画に出た。月の光でもくっきり見える白い町並みとの対比で、そこから先は非常に恐ろしい場所に感じられ、僕の足が止まる。
ここは、スラムみたいな場所なのかな? どう見ても粗末な作りの建物が立ち並び、窓以外からも光が漏れている。一見真っ白な美しい町並みの聖都も、やっぱり裏の顔みたいなものがあるって事なのかな。
ここから先に一人で行くのは少し危険すぎるだろうか? でも、僕もあれから随分修行をしたし、一般の人には遅れを取らないと思うんだよね。それに、僕が感じた魔力の集団は目の前の建物、その薄く開かれた扉の先にある地下に続く階段の下から感じるし。目の前に目的地があるのに引き返すのは趣味じゃないしな……
「うーん、よし、決めた! 虎穴入らずんば虎児を得ずだね、行こうマウス君! ひょっとしたらなにか食べ物あるかもしれないし」
「チチュゥゥ……」
うぅ、ものすごく低くて不満そうな鳴き声だ、襟元を引っ張って覗き込むとクリクリのつぶらな瞳がぼくを見上げている。その表情から不満そうなオーラが出ているけど、そんなかわいい顔で睨んでもかわいいだけだぞ!
僕はマウス君を服の上から一撫ですると、音を立てないように階段を降りて行った。まあ音が鳴らないのは僕の忍び足が上手なせいではなく隠密のお陰なんだけどね。
しばらく進むと真っ暗な階段の奥にとても頑丈そうな、皮張りの扉が見えてきた。軽く触ってみると、とても頑丈で、こんなところに不似合いなほど立派な扉なのがわかる。
――さて、この扉の向こうに件の集団がいるのは間違いないようだけど、どうしたものかな。隠密使ってこっそり開けたら行けるものなのかな? それとも見つかっちゃう? 音を鳴らさなければ仮面の隠密が破られるとは思えないんだけど、ちょっと不安だな。どうしよう……。
……うーん、ダメだ。好奇心の方が勝っちゃうな。よし、いざとなったらアメちゃん全力で使って幻惑かまして逃げてしまおう、そうしよう。
(と、言う訳で、お邪魔しまーす)
僕が扉を押し開くと、ドアの動きに会わせコロンコロンと金属がぶつかる音が鳴り響く。正式な呼び名は知らないけど、所謂”鳴子”、喫茶店の入り口とかにありそうなあれだ。
予想外の音に僕が固まっていると、室内に居た数人の男女が驚いた顔をしてこちらを見つめていた。
あ、不味い、明らかに僕を見てる。流石に鳴子鳴らして扉開いて侵入してきた僕は、仮面の隠密と言えど庇いきれなかったらしい。ここは開き直って……。
「こ、今晩はー」
恐る恐る挨拶すると、室内の男女がビクッと反応した。しかし、誰一人僕に挨拶を返してはくれない。うう、少し恐ろしい。
しばらく無言で見つめあっていると、部屋の奥から一番大きな体躯をした男が無言でこちらに向かって歩いてきた。僕はいつでも動けるように身構えると、アメちゃんにいつでも発動可能なように魔力を注ぎ込む。これで男が害意をもって行動した瞬間に僕の幻術がこの部屋を覆い……。
「ドアを閉めろ、このバカ坊主!」
「あいたっ!?」
殺気も悪意も無く近づいてきた大男は、僕の後ろの扉を閉めつつ僕の頭を叩いてきた。こっちを害する目的の攻撃ではなかったせいで、本来害意に゙反応する筈のアメちゃんの自動防御も発動せず僕の頭にたんこぶが出来た。
……これ本当に害意無いの、アメちゃん?
「坊主、何でこんな所に来やがった? 見たところお前この街の人間じゃねえだろ?」
扉を閉めた大男は僕に大声で怒鳴り付けた。そして部屋の中にいた複数の男女も僕に注目している。その表情からはどう言った感情を僕に向けているのかは読み取ることができない。緊張で背中を嫌な汗が伝わるのを感じる。そして、無言で僕を囲む男女の手には、怪しく輝く…………ジョッキが握られていた。
「ん……?」
良く見ると大男は腰にサロンのようなものを巻いており、室内にはいくつかのテーブル、そして湯気をたてた料理と空になったジョッキ、あるいは並々と液体のはいったジョッキが並んでいる。
「ん、んー……?」
「まぁ、いきなり扉が開いた時は、遂に教会騎士共に見つかったかと思ったが。坊主みたいにちっこいのが騎士な訳はねえからな。大方道に迷ったかなんかしたんだろ? だが、他の街ではこんな裏街道に入るんじゃねえぞ坊主。危ねえからな?」
そう言うと大男は呵呵と笑い奥へと歩いていく。そして奥のカウンターに入ると大きな声でこう言った。
「ようこそ聖都の闇酒場へ、歓迎するぜ、変な仮面の小僧!」
……どうやら僕は隠れ家的なお店にたどり着いてしまったらしい。
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