第二十五話 献身の聖女(完結

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 ――翌朝、僕の目を覚ましたのは小鳥の囀りでも優しい朝日でもなく、胸から込み上げた喀血だった。


「ガハッ……ゲホッ!!」


「ナツメちゃん!?」


 慌てたお爺ちゃんの声が聞こえるが、返事をすることも難しい。昨日の嫌な予感はどうやら完全に当たってしまっていたらしい。拙いなこれ、治療に来た僕が発病したなんて知られたら皆を不安にさせてしまう。


「女神……よ、その癒しの手よ……ッゲホ。ゴホッゴホッ、ゲホッ!! 傷つきし……汝が子等に祝福を!中級治癒術ミドルヒール!」


 体を治癒の力が巡り、何とか動ける程度には回復できた。よかった、通常治癒術の効果が思ったより高い。とりあえず動けなくなるようなことはなさそうだ。


「ナツメちゃん……まさか……(自分の危険を顧みず、皆を救うために嘘を?)」


「ち、違うよぉ!? (装備の効果を勘違いしてたせいで感染した間抜けではありませんんん!!)ど、どうやら魔物由来の病気だから何か不思議な力で感染しちゃったのかもだね? だね?」


「なんと……そのようなことが……」


 すいません嘘です! すんなり信じちゃったお爺ちゃんに対する罪悪感が半端じゃない。とは言えお爺ちゃんが信じてくれたとは言えこれで期限は大分早まってしまったのかもしれない。早く決着をつけてしまわないと。とりあえず僕の感染が皆にバレないように仮面を被って顔色とかは誤魔化すとしよう。こういうときもこの仮面相棒はとても役に立ってくれるのでありがたい。


 幸い僕から間接的に感染するリスクを無くすために、トミイさん達とのやり取りは十分な距離を保てているので、物資の受け渡し等に問題はない。動くのはかなり辛いけど、幾つも強化魔法重ねれば、感染に気づかれない程度の動きは出来るはず。


「とりあえず今日からは無言で診察して皆に気取られないようにしないとね(恥ずかしいから)」


「ナツメちゃん……(皆に心配をかけまいとしておるのか)うむ、ワシも全力で補助するぞい」



 ――――……



 その日訪れた仮面をつけた僕に、患者さんたちは少し驚いたよう子供達は泣いて逃げただったけど、これは女神様がくださった霊験あらたかなアーティファクトなのだと説明したら何とか納得してくれた。子供たちから少し距離を取られてしまったのは悲しいけけど……


 納得してもらったところで今日も地味な診察を始める。喋ると咽てしまいそうになるので黙って黙々と診察と治療をしているけど、皆さんも大分弱ってしまっているらしく会話をするのも辛そうなので僕が無言なことに不自然さはない。不謹慎ではあるけどこの状況は僕にとっては少し好都合だった。


 ……それにしてもこの魔力抵抗というのは本当に厄介だ。当初、感染者の中で最も魔力の弱い人にお願いして集中的に精密検査デティールエグザミネーションをかけさせてもらおうと思ったのだけど、困ったことに体の箇所によって抵抗に個人差が存在した。故に個人に集中的な検査を行うのと、色々な人の抵抗の弱いところを検査するのとでどちらが良いという明確な差は見られなかった。


 なので今回は、中級治癒術ミドルヒールを併用して回る都合上、色々な人を診察する形で進めてることにした。


 結局今日も根本原因の発見は出来ず、最後に全員に中級治癒術ミドルヒールと。癒やしの息吹クラル・レスピラシオンを重ねがけして治療を終える。


「ふう……今日は上手くやれたかな……」


 今日はかろうじて僕の発病に気づかれず診察を終えることが出来たけど、寝床として借りている部屋についた瞬間僕は盛大に喀血してしまった。倒れ込んだ後は枕に顔を埋め、あまりの苦しさに涙やら鼻水やらを垂れ流して一人で悶える。


 ……辛い、皆さんはこんな状態で何日も。


 遅々として進まない治療にも文句も言わず、それどころか僕のことを気遣って笑顔まで見せてくれる。力不足と自分も罹患するという迂闊さに涙が出そうになる。だけど、泣いていても何も事態は好転しない。


「泣くな、半分は自業自得だろ。男が泣いて良いのは生まれたときと親が死んだときだけだ!」


 気合を入れろ清川棗。僕なんかより村人の皆さんのほうがずっと苦しんでるんだ。明日は今日より更に気合入れていけ。弱気になるな!


「女神よ、その癒しの手よ……ゴホッ、傷つきし汝が子等に祝福を!中級治癒術ミドルヒール!!」


 咽ながらも無理やり詠唱し、自分の治療を終える。痛みが引いた後はあっさりと僕の意識は闇に沈んでいった。




 ――翌朝、今日も喀血で眼を覚ます。この痛みにはいつまで経っても慣れない。眠った瞬間の記憶もないし、その後夢すら見なかったので全く眠った気がしない。


 ……だけど気合と気力だけは十分回復した。


「女神よ、その癒しの手よ、傷つきし汝が子等に祝福を!中級治癒術ミドルヒール!!」


 咽ないように詠唱するのも慣れたもの。汚れを浄化ライニグングしたら仮面を被って準備完了。

 今日もバレないように黙々と治療を施していく。時々咽そうになるたび、無詠唱で治癒しつつ、血は飲み込みながら。


 よ、よし、いい感じ。今日もこのまま……


 うまく行っている、そんな弛緩した気持ちが油断を読んだのか、それは突発的に起こってしまった。咽そうになる体を無理に押さえつける。何とか平静を装うが、咳の間隔がどんどん短く、そして強くなっていく。だめだ、早く中級治癒術ミドルヒールを……


「ゴフッ……!!」


 あー……


「ゲホッ、ゲホッゴホ!!」


 はい、やってしまいました。盛大な喀血。皆が僕を見てます。そんな目で見ないでください、たしかに治療に来て罹患するなんて格好悪いけど僕もうっかりしてただけなんです。慌てて中級治癒術ミドルヒール浄化ライニグングを使ったけど、流石にごまかせてない。皆さんの視線が痛い。体も痛いけど……


「聖女様!? なんで、病気は伝染らないって!」


「ゲホッ……ごめんなさい、ちょっと思い違いと言いますか、思ったより病気が強かったと申しましょうか……」


「そんなことより休んでください! ああ、いつからこんな……」


 せっかく浄化をかけたのに、喋ったせいでまた喀血してしまい皆を心配させてしまった。


「えへへ、ちょっと格好悪いところを見せてしまいましたね。すいません、助けに来て自分まで罹患してしまうなんて、聖女失格ですね。でも安心してください、皆さんのことは私が必ず治してみせますので……」


「何言ってるんですか!!」


 突然の大きな声に驚いてそちらを見ると、いつもは大人しい女性、たしかトミイさんのお姉さんのダリアさんが涙を流して僕を見つめていた。その顔は怒っているような泣いているようななんとも言えない表情を浮かべている。


「カッコ悪いなどと言わないでください。貴女はこんなことになる危険を犯してまで……なんでこんな名も無い農村に……」


「いや、それは伝染らない自信があったもので……」


 これは本当。もしリスクがあっても何とかしたいとは思っただろうけど、多分”耐性(中)”だって解ってたら僕はここには来れなかったと思う。なので命を顧みずとかそんな格好いいヤツだとは思わないでほしんだけど……


「嘘はもうおやめください、実際貴女はこうして死病に罹ってしまっているじゃないですか! 全て解っています。貴女は周囲の反対を押しのけるために敢えてそのような嘘を吐かれたのですね……」


「ち、違っ……ゲホッゲホッ!!」


 否定しようとしたタイミングで再び喀血。ちょっとタイミングゥ!? 慌てて治療したけど僕が咽ている間に皆の眼が全て解っていますみたいな色を湛えている。違う、違うんです、そこのお婆ちゃん、僕を拝むのを止めてください!!


 すぐに訂正をしたいのだけど、一回咽てしまったので今喋るとまた喀血しそう……


「とにかく聖女様はご自分の治療にご専念なさってください。それが私共全員の願いです」


 自分の治療と言われましても、この病気の治し方はまだ、寝ていても治るものではないわけですし……自分の治療?


「……あ!」


「どうなさいました?」


 今回治療の最大のネックは魔法抵抗で他人の体を診ることが出来なかったからだった。


「お爺ちゃん……」


「なんじゃ?」


「過去に死に至る規模の疫病に自分が罹患しながら治療した治癒術師って存在した?」


「いや、治癒術師は非常に稀有な存在じゃ。基本的に疫病が蔓延する場所などには決して出向かん。治癒術師の主な仕事は傷の治療と感染力のない病の治療じゃな……あ」


「そう、他人の体で弾かれる検査魔法なら自分にかければ良い! 精密検査デティールエグザミネーション!!」


 術式が発動し法力が全身を駆け巡った。全く阻まれることなく全身を覆った法力は、僕の体の状態をつぶさに僕の脳に叩き込んでくる。その情報量は今までの比ではなく目眩を起こしそうになるが、それよりも何よりも、患部を特定した喜びが僕の脳を駆け巡る!


「よし! 見つけた! 治療トリーティング!!! &中級治癒術ミドルヒール!」


 今まで感じていた全ての痛みが消えていく。まるで水中から上がった時に大きく息を吸ったときのような爽快感。


「皆さんこちらに来てください! すぐにこの病気を駆逐します!!」


 やり方さえ解ってしまえばこちらのもの、状態の酷い人や子供から順に次々治療していく。なぜ僕が耐性見落としなどというミスを演じていたと思う? 全てはこのための伏線だったのだぁ! わはは!!


「わはは!! 計算通ぉぉぉり!!!」


「ナツメちゃん、猫がベロンしちゃってるぞい……」


「チチュウ……」


 結局調子に乗った僕は、意外と消費量が多かった治療トリーティングの乱発で法力切れ寸前まで疲労してしまった……まさか病の強さと消費法力が変動するなんて。できれば先に言ってほしかったよ、お爺ちゃん……ゼェ……ヒュぅ~……




 ――――……




「さて、後は治療完了の狼煙を上げたら任務終了……と」


「チウ~……」


 横でお腹を大きく膨らませたマウス君も満足げに鳴き声を上げている。マウス君も今回は大活躍だったね。活躍する勇姿があまりにも衝撃的すぎたけれど。


「でも今回は流石にもう駄目かとおもっちゃったよ」


「うむ、ナツメちゃんのウッカリが発覚したときは寿命が縮んだぞい。ワシ寿命無いけども」


「ごめんってば。でも皆に心配かけちゃうから、僕が感染っちゃったのは内緒にしてね」


「まったく、本来ならコッテリ絞ってもらいたいところじゃが、今回は頑張っておったからのう。ワシは何も見なかったことにしてやるわい」


「ありがと、おじいちゃん。大好き!」


「ふぉっふぉっふぉ」


 連日の治療でフラフラだけど、これがこの村で最後のお仕事。


 治療完了の狼煙を上げる。


 僕は立ち上る煙を眺めながら皆の笑顔を思い出していた。自警団のトミイさん。一番酷い状態だったのに何も言わず僕を応援してくれたカイルさん。自分も感染しているのに雑用を手伝ってくれていたサルーンさん。旅の途中偶然居合わせた為に巻き込まれてしまった旅芸人の方々。僕の事を心配して怒ってくれたダリアさん。辛いのに最後まで頑張った子供たち。


「本当に、本当に……皆を守れてよか……た」


 狼煙を上げ終えた時緊張の糸が切れ、僕はその場で気を失うように眠りについてしまった。

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