第二十四話 献身の聖女(聖女目線

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 ……―――― 少し時は戻り



「すいっませんでしたぁぁぁぁ!!」


 僕の目の前で華麗な土下座を見せる男性。この村の自警団の青年でトミイさんというらしい。先程馬から降りて村に近づいた僕に槍を突き刺した人だ。咄嗟に神聖なる盾ハイリヒ・シルトで防げたけど、確実に心臓を狙った一撃は殺す気満々の一撃だった。


 敵意がないことを示すために両手も上げながら近づいたのに……


「てっきり呪術をかけるポーズだと思い、つい咄嗟に。申し訳ありませんッッ!!!」


「あ、いえ、驚かせてしまったのはこちらですのでどうぞお気になさらず」


 乗馬をするなら必要だと思って被っていた隠者の仮面ヘルメットが、何故かもの凄い警戒されてしまい、出会い頭の不幸な事故に繋がってしまった。次からはもっと安全安心をアピールしてから接近することにしよう。なお、彼の怒涛の突きを防ぎながらの説得は中々に骨が折れた……


「えっと、誤解は解けましたでしょうか? 私は安心安全な王国の聖女です」


 何とか誤解が解けたのは良いのだけど、今度は怒涛の謝罪ラッシュが始まってしまった。僕の無害アピールが中々通用しない。


「はい、申し訳ありませんでした。呪術s……聖女様。どうか、罰するのは私だけでお許しくださいませ。何卒、他の村の者には寛大なご処置をお願い致します……」


「私は安心安全な聖女ですので誰も罰しません。安心してください、大丈夫です、安全です」


「聖女様、どうかトミイは許してやってくだされ……この婆が責任をとりますゆえ、どうか、どうか……」


「大丈夫です、私は安全な聖女です」


 トミイさんの後ろで腰を抜かしていたお婆さんまで土下座をはじめてしまった。どうにか信用してもらわないと村にはいることすら出来そうもない。


「チゥ~……」


「ナツメちゃんや……とりあえず仮面を外すといいと思うゾイ……」


 懐からマウスくんの責めるような声と、背中に背負ったアメちゃんからおじいちゃんの声(僕にだけ聞こえる版マナーモード)が聞こえたので言われたとおりに仮面を外す。

 するとトミイさんも土下座していたおばあちゃんもあっさりと僕のことを安全聖女だと信じてくれた。やっぱり顔を見せないで挨拶をするのはよくないんだな。僕は気付きを得た。



 ――――……



「――なるほど、つまり聖女様はここの惨状を知らずにいらっしゃった訳ではなく、あえて治療のためにいらっしゃったのですね」


「はい、私はその為の力を女神様から授かっておりますので」


 まるでこの事件のために存在するような女神様のアーティファクト、今日ここで遣わずいつ使うというのか。二人が心配そうにこちらを見ていたのでネタバラシというわけではないけれど、僕はこの守護のローブの能力を説明してあげた。数々の耐性、その中でもとりわけ強力な”耐病(完全遮断)”これがある限り僕にはどんな病気も罹患しないのだと。


 説明を聞いたトミイさん達はそれでも心配そうだったけど、女神様の使徒であるなら大丈夫なのだろうと納得して村の中を案内してくれた。


 僕は一通りの状況の説明を受けた後に、病に臥せってる皆さんの食事等を持って隔離施設となっている村の教会へと向かう。道中村には人影はほとんど無く、まるでゴーストタウンの様になってしまっている。トミイさんの話では村人の殆どが隔離された教会内で今も疫病に苦しめられているのだという。


「ナツメちゃんや、一応説明しておくぞい。病気に対しての治癒は単純に怪我を治すのとはちょっと違う。まずは村人の体力と、損傷してしまった内蔵を治癒しつつ、精密検査デティールエグザミネーションという魔法で検査をするんじゃ」


精密検査デティールエグザミネーション、まだ使ったことがない魔法だね?」


「まあ、治療法が確立している場合は遣わん術じゃからのう。発動自体は難しいものではないのでナツメちゃんなら使えるはずじゃ」


「その魔法を使うと病気を治せるの?」


「いや、病気を治す魔法は治療トリーティングという魔法を使うんじゃが、これは患部へのアプローチを探ってから出ないと効果が薄い特殊な治癒魔法なんじゃ」


「なんだか病気を治すのって大変なんだねえ……」


 話を聴きながら歩を進めると、件の教会が見えてきた。教会には数人外で作業をしている人影見えるけど、敷地内で働いてる人たちは全員罹患者らしい。早く行って仕事を変わってあげなくては。


 教会横にある民家は僕が自由に使って良いという話だったのでそちらに荷物を置き、食料を持って教会敷地内に入っていく。すると作業をしていた人たちが僕に気がついて慌てて止めようとしてきたが、僕が来た理由を説明をすると涙を流して感謝してくれた。


「私が来たからには雑用なども全部私がいたしますので、皆様はどうぞゆっくり養生なさってください」


「しかし、いくらなんでも貴女のような方に雑用などをさせるわけには……」


「大丈夫です。私、こう見えて結構力もありますので! さあ、ご飯を持ってきていますので皆さんも教会の中へ」


「あ、聖女さま!? お待ち下さい!」


 止める彼らの手を摺り抜けて、教会の両開きの扉を開いた。瞬間、僕の眼に飛び込んできたのは地獄のような光景だった。もし、この世界に来たばかりの僕がこの光景を眼にしたなら卒倒していたかも知れない。だけど、僕も伊達や酔狂で治療院に努めていたわけじゃない。血を見るのも苦しむ人を見るのもある程度の耐性はできている。


「だ、誰だ!?」


 いきなり現れた僕に驚いた誰かがそう叫ぶが、その声に力がない。事態は僕が想像していた以上に切迫しているようだった。


「女神よ、その癒しの手よ、傷つきし汝が子等に祝福を!中級治癒術ミドルヒール


 挨拶より先にまずは全力の治癒魔法を放つ。これがどんな名乗りよりも僕の存在を理解してもらえるものだと信じて。


「皆さん、おまたせいたしました! 私は王都サンクトゥースから来ました、清川棗ともうします。一応王国では聖女をやらせていただいております」


 手短に自己紹介をしつつ、汚れてしまったシーツなどを浄化していく。


「マウス君、ネズミと大きい虫の駆除をお願い。湧いてしまっている小さい虫は僕が洗浄するから!」


「チ、チュウッッ!!」


 僕の懐から飛び出したマウスくんがそこら中に湧いてしまっている小動物を排除していく。排除の仕方は少々衝撃映像だったりするので僕は敢えてそちらを見ないように患者さんを一人ずつ浄化していった。


 浄化ライニグングで浄化した後も患者さんの吐血跡や吐瀉物などに取り憑いていた虫がポロポロと床に落ちている。生き物を消し去る力は浄化にはないためだ。僕はそれをアメちゃん教皇の術で焼き切っていく。


 僕自身は治癒系とサポート系の魔法しか使うことはできないけれど、教皇だったおじいちゃんはある程度の下位攻撃魔法を操ることが出来る。魔物の相手をできるほどの威力は出せないけれど、虫を駆除するくらいなら容易い。喰らえ摂氏六十℃アタック!


 これをどんどん乾いた布で集めては外に運んでいく。まずは環境、人が弱ってしまうのは何も体力や痛みだけが原因ではないのだ。


「洗浄せよ浄化ライニグング!」


 浄化の魔法で汚れを落とし、湯を沸かし、温めた布を皆に配っていく。浄化の魔法は汚れを落とせる便利な魔法ではあるけれど、やっぱり温かい布で体を拭いたりしたときのような爽快感はない。今はまず、皆さんに生きたいという気力を持ってもらうことが肝要なのだ。


 やがて教会内を完全に清掃しきり、全員に食事を配った時には日が傾きかけていた。


 さて、ここからが本番。心配していた精密検査デティールエグザミネーションの魔法は、初めての試みだったけど問題なく行使することが出来た。


 ……でも


「おじいちゃん、これって……」


「うむ、そうやって少しずつ場所を変えながら、ひたすらに全身を精査するんじゃ」


 この精密検査デティールエグザミネーションという魔法、想像以上に根気が必要だ。少しずつ少しずつ、体の中を輪切りのように把握し、異常のある箇所を調べていく。異常があった場合は魔力的な反応が返ってくるのでそこに病巣がある訳なのだけど、これが疫病吐きのものとは限らない。その人が元々持っていた持病などにも反応をしてしまうからだ。


 更に、この他人の体の中を探るという魔法は、相手の魔力に強く干渉してしまう。特に大きな魔力を持たない一般的な村人相手であってもかなりの抵抗だ。他人の体を傷つけずに魔力干渉するというのはかなりにキツイ作業なのだ。


「なるほど、疫病吐きが不治の病だった理由って……」


「うむ、精密検査デティールエグザミネーションをする前に術者が罹患してしまうためじゃろうな。確実に死に至る病を治療するために命をかける治癒術師はおるまいて。いや、国がそれを許さんじゃろうな。治癒術師はそれだけ貴重なんじゃよ」


「なるほど、でも僕なら病気に罹ることはないから」


「うむ、時間はかかるが、確実に治せる事じゃろう。がんばるぞい、ナツメちゃん!」


 少し気が遠くなるけど、皆を助けられると思うと僕も気力が湧いてくる。よし、虱潰しに調べ上げて、必ず治し切ってやるからな!! 覚悟しろよ疫病吐き!



 ――次の日からも毎日雑用と精密検査の日々が続く。相変わらず精密検査デティールエグザミネーションは色々な患部に反応してしまうのでそれがノイズとなって中々病原にたどり着くことが出来ない。流石にすこし疲れて来た。


 けれど、朝ここを尋ねる際に見る一晩で体調を崩してしまう皆さん。苦しみながらも僕を待ってくれているその姿をみると、弱音なんて吐いてられない。

 よし、弱音を吐いてられない。気合を入れて今日もがんばるぞ! その日も僕は全力で皆さんを癒やし続けた。




 ――だけど。その夜、変化が起きた。



「……ケホッ」


「……ナツメちゃん?」


 あれ、少し熱っぽい気がする? なんで?


「ナツメちゃんまさか疫病吐きの……」

 

 いやいやいや、何を言いますか、おじいちゃん。僕にはこの耐病完全遮断のローブが……


 ――――――――――

 ”守護のローブ”


 耐毒(完全遮断)

 耐病(中)

 耐刃(小)

 耐炎(強)


 スキル


 空調制御


 このローブを身に着けている人物はいかなる気温下に於いても快適に過ごすことができる。


 ――――――――――


 見なさいこの強耐性の数々。中でも病気に対しての完全……

 この耐病……ん? 耐……どく? あれ……中?


 あっるぇぇぇぇ!?


「ナツメちゃん……?」


「い、いやいやいや、なんでもないよぉ。おじいちゃん、明日もがんばなきゃだから僕はもう寝るね!」


「う、うむ……」


 やっば~、僕ひょっとしてまたなんかやっちゃってますよねこれぇ?


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