第二十六話 おらは死んじまっただ

136




 ――たゆたう。何もない白い空間を。


  ゆら

    ゆら

 ゆら


「……ちゃん」


   ゆら

 ゆら


「……ツメ……ん」


「……ん?」


 ゆら 

  ゆら


「ナツメちゃ~ん?」


 なんだろう、誰かが呼んでる気がする。


「ナツメちゃん、そっち行っちゃうのは駄目ですよ?」


 う~ん、僕はまだ寝ていたいのになぁ。


「ナツメちゃん~? そっち行くと死んじゃうからあまり良くないと思いますよ?」


 うるさいな~、良いよ今日は眠いからちょっと死んで……し……シ……死ぬ!?


「何事って、うわぁぁぁぁぁ!?」


 なんか流されてる? なんで?

 

「こっちこっち、こっちですよ~」


 間延びした軽い声に導かれ必死に泳ぐ(?)

 泳いでるのこれ?


「そうそう、もうちょっとですよ~」


 全然緊迫感が無い声を頼りに何とか進む。今まさに生きるか死ぬかという場面だけど、僕を導く声にだけ危機感が足りていない。本当に信じて良いんだろうか?


「疑っちゃだめだめです。私は安心安全。完全な味方だから大丈夫ですよ~」


「この上なく怪しいこと言い始めた!?」


 だけど今はこの声だけが頼りではある。僕は疑心暗鬼に囚われつつも、とりあえず声の方に全力で向かった。やがて真っ白だった空間に薄っすらと声の主の姿が浮き上がり、見る見るその存在感を増していった。


「女神サマ!?」


「はーいナツメちゃんの守護霊アグノスさんですよ!」


「霊じゃないよね!? あとここはどこ?」


「ここは私のお部屋だけど、さっきまでナツメちゃんが居たのは三途の川ですね」


「こっちにも三途の川あるんだ!?」


 うふふと笑いながら現れたののは、僕らをこの世界に導いたあの女神様だった。


「ちゃんと戻ってこれてよかったわ。あのまま流されてたらこちらでの人生終えて地球に転生しちゃってたもの」


「それは危なかった、危なかったかな? うん、多分危なかった。助けてくれてありがとう女神様!」


「いいのですよ、会いたかったから魔力切れで弱ったナツメちゃんを仮死状態にしたのは私ですから。加減が難しいのですよねこれ。うふふ」


「殺◯犯は意外な人物だったね!?」


 とんでもないカミングアウトをしてくる女神様。でも考えてみたら僕が女の子にされたのもこの人が原因だったな。うん、今後の対処は最大限の警戒心を持っていくことにしよう。最初にあったときより大分砕けた印象を受けるけど、神託の文章を見てもこちらが素なのだと思わされる。多分駄目なタイプの神様だ。


「あーん、そんな事言わないでください。私悲しいわ」


「言ってません、心読まないでください」


「塩いですね、ナツメちゃんが塩対応なのが悲しい。でもこういうのも悪くないわ……」


「神様なのに先輩から悪影響受けるの止めてもらえますかね!? それで、今日はどんなご用があって呼び出したんですか?」


「あー、そうね、そうでした! 今回はナツメちゃん凄く頑張ったので、ご褒美をあげようかと思ったのです」


 ご褒美! 神様からの!? これには期待をしてしまう。一体何がもらえるのかな?


「でもアーティファクトをぽんぽん上げるのはだめですから、ナツメちゃんに良い縁があるように運命をちょちょいっと太くしてあげますね」


「縁?」


「そうです。きっとナツメちゃんの助けになってくれる出会い。そういった小さな縁を結び易くしてあげます。そもそも何の縁もない場合は無意味なことになるのだけど……」


「随分ふわふわしたご褒美ですね?」


「そうでもないですよ? 初回お試しで今回だけは帝国領の縁のヒントを……あらぁ」


「あらぁ?」


「もう時間みたいですね。お仕事に戻らなくては。それではまた会いましょうねナツメちゃん~」


「また肝心なところが聞けてないんですけど!?」


「あらあら、えーっとね、なんだったかしら。そうそう帝国領の~――――……」





 ――――……



 


「結局ヒントは聞けないんかいッッッ!!」


「うおっ!?」


 女神様に叫んだつもりがどうやら現実世界に戻っていたらしく、僕の顔を覗き込んでいたゴリラさんを驚かせてしまった。


「あれ、ここは……?」


「……まずはごめんなさいって言うのが頭突きをかました相手に対する礼儀だと思うぞ」


「あいだだだ、ごめんなさい、ごめんなさい! 謝るから頭を握りつぶすの止めて!?」


「……たくっ!」


 ぐええ、起きぬけに小顔マッサージ(Very Hard)を食らい、すっかり目が覚めると同時に現実感が帰ってきた。ここは見覚えのない部屋だった。皆が隔離されてた教会でもないし、僕が寝泊まりしてた古民家でもない。何より窓の外から聞こえる喧騒は、あの農村のような規模の街にはなかったものだと思う。


 僕は乱れてしまった髪の毛を直しながら、最後の記憶をたどる。全員の快癒を確認した後に、急に目眩を感じて……それから……何とか気合で狼煙を上げて……うん?


「あれ、記憶がない。僕、狼煙を上げてからどうしたんだっけ? あ痛ッ!?」


 記憶を辿っていると、ヒデの拳骨(soft)が下りてきた。痛い、何するんだ! 記憶が抜けていくじゃないか! 恨みがましく秀彦を睨むと、心底呆れた表情でため息をつかれた。


「阿呆。お前狼煙上げてそのまま気を失ってたせいで死にかけてたんだぞ」


「え゛っ!?」


 ははっ、そんな死にかけたなんて大げさな……


「お前気を失った拍子に焚き火に倒れ込んでたからな? 何故か火傷はしてなかったみてえだけど、発見した光景を見てコルテーゼさんは失神して、流石の姉貴も真っ青な顔で焦ってたからな」


「Oh……」


 死にかけどころか、普通なら死んでたっぽい。

 ――――――――――

 ”守護のローブ”


 耐毒(完全遮断)

 耐病(中)

 耐刃(小)

 耐炎(強)


 スキル


 空調制御


 このローブを身に着けている人物はいかなる気温下に於いても快適に過ごすことができる。


 ――――――――――


 ありがとう”耐炎(強)”君……”耐病(中)”のヤツと違って君は優秀だな。これが(中)だったら今頃ロースト棗になって村人たちの快癒祝のメインディッシュになっていた事だろう……


「……ヒデも心配した?」


「当たり前だ。あんなセルフ火葬見て慌てねえ奴がいるか」


「……ごめんね?」


「う……まあ、それだけ頑張ったって事だからな。無事だったならノーカンだろ。お説教はあると思うけどな」


 そう言うと秀彦は僕の頭を優しく撫でてくれた。手と力が強いので僕の頭が前後左右にグリングリン揺れる。


「あうあう、先輩とコルテーゼさん怒ってた?」


「そりゃもう、覚悟はしておいた方が良いぞ。危険はないからと送り出したのに結局死にかけてたんだからな。特にコルテーゼさんは、目覚めた瞬間に無事だったお前に泣きながらしがみついてたからな、相当怒ってるぞ」


「うへぇ……」


 僕が来たる不幸な時間を想像し始めた時、ドアの向こうから足音が聞こえてきた。


 すわっ! まさかコルテーゼしゃん!?


「ヒデヒコ様、ナツメ様のご様子は如何ですか?」


 声の主を見た時僕は安心感から大きなため息を吐いた。

 扉を開けたのは緑髪ハーフエルフの騎士、グレコさんだった。彼女は僕の姿を見ると一瞬だけ驚いた表情を浮かべた後、柔らかい笑みを浮かべる。相変わらず夏の草原のように爽やかな美人さんだ。


「ナツメ様、良かった。まるで死んでしまわれたように眠り続けておられたので心配いたしました」


「ごめんなさいグレコさん。ご心配をおかけしました」


「まったく、貴女は相変わらず無茶ばかりで護衛としましては胃が痛いですよ」


「あう~」


「ふふ……」


 冗談めかして笑ってくれてるけど、実際護衛としては僕みたいなのを護るのは大変なんだろうと反省する。


「そんな顔はなさらないでください。結果として貴女が成した事は尊いのです。ですが、出来れば次からは焚き火の中で寝るのは止めて頂きたいですけどね。ふふふ」


「それは僕も二度としたくないですよ! ……ところで、ここはどこなんですか?」


「ここはベルウスィアの宿だぜ、お前が寝てる間に移動した。覚えてるだろ、本来初日に留まるはずだった大都市だ」


「――ベルウスィア、そっか。それじゃあ僕は、カイルさんやダリアさん達にきちんとお別れを言えなかったんだね。残念だな」


「まあ、そうだな。でもお前に助けられた旅芸人の一座なら、一緒にベルウスィアに来てるぜ?」


「本当! じゃあ後で挨拶に行ってもいいかな?」


「良いんじゃねえか? しばらくはここで滞在して何か新作の劇を披露するって言ってたからな。後で皆で見物に行くのも良いかもしれねえな」


「じゃあ晩ごはん食べたら見に行こう! 僕、先輩とコルテーゼさんにも声かけてくるね。あ、おっちゃんも来るかな? ついでに誘ってやるかー!」


「あ、おい待て! あーあ、行っちまった。アイツついさっき話してた内容も忘れてんのかね……」


「それはどういう……あー……」


 ――勢いよく部屋を出ていった僕を待っていたのは、コルテーゼさんの愛のムチお説教だった……そうだった。焚き火で居眠りの件を忘れてた……


 辛い……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る