第十八話 酔っ払いと商談と
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結局、僕らの乱入により会談は一時中断。セシルが言う事にはガラスが割れてしまったのは興奮した皇帝が食器を倒しただけで、皇帝が直接セシルに狼藉を働いたわけではないらしい。とりあえず、乱入早々客に向かってに斧を投げつけた先輩よりは理性的だったわけだ。当てないように投げたと言っていたけど、おっちゃんが避けてなかったら頭カチ割れてたよね? 僕が非常識な斧蛮族に非難の視線を送ると、斧蛮族は何を勘違いしたのか体をくねらせ始めた。
「――んんん? おいおい、何か言いたそうな目で見つめてくれるじゃないか棗きゅうん? 欲情しているのかい? そんな目で見つめないでおくれよ、今は下着の替えは持っていないのだからぁ……まあ、君が欲情してないとしても私はしてきちゃったからもう止まる気はないけどねぇ。さぁ、お姉ちゃんと一緒にお手洗いに行こうか?」
非難失敗。どうやら斧蛮族が発情してしまったようだ。まあ、放って置けばそのうち正気に戻るだろう、こういう時は無視をするに限る。あまりにひどいようなら秀彦が止めてくれるだろうしね。我関せずと茶菓子を貪っているようだけど僕は信じているぞ?
……さて、そんな事より僕はセシルへ気になっていたことを質問することにする。
「それでセシル、皇帝はなんて言ってきたの? 窓から見ていたけど、初めから友好的とは言えない振る舞いだったよね。帝国って魔王軍と対抗する仲間のはずでしょ。いつもあんな感じなの?」
「ええ。我々王国と帝国は、魔王の驚異に対抗する同盟国でございます。ですが、この度はあちらの要求をそのまま飲むわけにいかず、少々国家間の空気が剣呑なものになっておりました。あのような振る舞いをされたのは、そういった背景によるものでございます」
「ふぅん、その要望ってなんなのかな?」
「端的に申しますと、帝国国境への勇者様方の派遣依頼といったところですね」
「クゥン……ナツメきゅんがとうとうリアクションすらくれない……」
ええい、しがみ付くな、あつくるしい。
「派遣依頼って、こちらの助力を請うのにあんな高圧的な態度だったの?」
「そう、ですね。皇帝陛下の粗暴な振る舞いにはいくつかの理由がございますが、理由の一つといたしまして帝国の成り立ちも関係しております」
「成り立ち……」
「北の帝国エアガイツは新興国でございまして。近年まで彼の地に大国はなく、数多くの小国が存在するのみでございました。常に小規模の戦が絶えない土地で御座いましたが、エアガイツ帝国が台頭し、武力も以ってたった数年で一つの国としてまとめ上げました。その歴史は浅く、現皇帝で三代目となります」
「親子三代ってのはそんなに短い? 国としては短いだろうけど、それでも百年位は経ってるのではないの?」
「帝国は魔族の領域と隣り合わせですので、国内平定後も戦火が絶ないのでございます。更には皇帝が武威を示すことを誉とされますので、王族と言えど前線に立つ事を躊躇われません。先代王妃は齢十三で現皇帝を出産されておりますが、それから十年後には魔物の手にかかり命を失われております。後妻となった第二王妃はまだご存命ですが、先代皇帝も今より五年前に戦場にて命を落とされております」
「……ここと魔族の領域の境界である帝国はそれほど状況に差があるってことか?」
「いいえ、秀彦様。王国に比べ帝国への魔物の侵略は確かに激しいですが、被害の大きさは別の要因がございます」
「別の?」
「はい。北の地では何代にも渡る戦に於いて、人々の傷を癒やす治癒術士の存在を非常に重宝しておりました」
僕の方をちらりと見たあと声を低くするセシル。
「ですので非戦闘員として戦に参加する治癒術士は、暗黙の了解で攻撃をしないルールのようなものが御座いました。ですが初代エアガイツ皇帝が現れた時、その戦闘様式に大きな変化が起きました。彼の皇帝はそのタブーを敢えて破り、一気にその領土を広げていきました」
「つまり、皇帝は治癒術士も兵士も区別なく全員……」
僕の問にセシルが頷く。
「……結果その戦術は帝国の領土統一を加速させ、戦の終息を迎えるに至りました。非情とも言える戦術は、皮肉なことに犠牲者の数を減らすことには成功しました……ですが北の大地の治癒術士はその人数を激減させてしまったと聞き及んでおります」
「魔族との戦いじゃなく、人間同士でそんな馬鹿なことしたってのか?」
「当時はまだ魔王の封印が今より安定していたので、魔族の侵略は殆どありませんでした……それに当時それで戦死者が減った事実がある以上、私達も皇帝を愚かと非難することは出来ません」
確かに、魔王との戦いを予想できなかったのなら、その皇帝の行いはおかしな事ではないのかもしれない……でも。
「それで……まさか治癒術使える人間が減っちゃったから棗くんをよこせなんて馬鹿なことを帝国は言っているのかい?」
「その通りです。もちろんそのような要求を飲むわけには行きませんので、再三送られてきました書状もお断りいたしました……結果、先程のような状況になってしまった次第なのでございます」
「でもさ、最前線で戦っている帝国で傷を治療する人がいないのは問題だよね?」
「はい、ですので我々といたしましても治癒術士の派遣は吝かではございませんが。現状、帝国のやり方を鑑みますと、女神の使徒であられるナツメ様はもちろんの事、王国の治癒術士も安易に派遣する訳にはいかず……」
なるほど。まあ、あんな乱暴な皇帝の治める国に人材派遣はできないか。いきなり騎士様に蹴り入れるような皇帝だもんなあ。
でも、あのおっちゃん、昨日飲み屋で会ったおっちゃんだよね? だとしたら話の分からない人ではないと思うんだよなあ。かと言ってどうやらセシルは僕らを直接皇帝と話させるつもりはなさそうだし……うーん……
……よし! 今夜もう一度、あの飲み屋にいってみますか。
……――そんなわけで
「……てなわけでよぉ、おっちゃんはそこでやっちまったわけなんよ」
「ほうほう」
皇帝を探して夜の街にくり出した僕は、先日の飲み屋で管を巻く酔っ払いと対面していた。いればラッキー位の感覚で訪れた先日の酒場、ドアを開けるなり目の前の酔っぱらいに声をかけられた。どうやらすでに相当に飲んでいるらしく、吐く息は酒臭く、目は充血しつつ胡乱げに垂れている。うむ、一発で発見できるとはラッキーだけど近寄りたくない雰囲気だ。
しかし、目の前のおっちゃんが帝国のトップ、皇帝陛下であるとは。
声や顔はたしかに本人で間違いないのだけど、まとってる雰囲気が違いすぎる。ヘラヘラと手招きをする姿は、一仕事終えて晩酌で悪酔いをする肉体労働者といった雰囲気だ。
「おいぃ、きいてっかぁ、お嬢ちゃん。おっちゃんは今困っているんだぞぉ?」
「はいはい、聞いてますよ。はいお酒どうぞ」
「おっとっと、こりゃ気が利くね。体はちっこいし、おっかない顔面だけど、お嬢ちゃんはいい女だ~」
「これ仮面だからね? で、仕事……なにか失敗しちゃったの?」
どうやら
良いのか帝国。外交の情報がお酒でボロボロ漏れているぞ……
「――んで。結局おっちゃんは、はるばる北の国から王国まできたのに、折角の商売相手に喧嘩売っちゃったって事なの?」
「け、喧嘩売ったわけじゃねえよ。そこはなんつうか、あれよ。文化の違いから来る誤解ってやつよ。こっちは悪気ないコミュニケーションのつもりなんだがな?」
そんなことを言いつつも少しバツの悪そうなおっちゃん。僕がじっと見つめると(とは言え仮面であるが)目をそむけつつ酒をちびちび舐める。
「どんな事したの?」
「いや、まあそのな?」
……おっちゃん。昼間のあれは、悪気ないコミュニケーションとは言えないだろう。
「……どんな事したの?」
「いや、そんな大したことは……」
「…………どんな事、し・た・の?」
僕の問に露骨に視線を彷徨わせるおっちゃん。何が文化の違いだ。ちゃんと悪い事した自覚あるんじゃないか……
僕に問い詰められたおっちゃんの首はすでに限界まで逸らされており、体勢的には最早酒を飲めるようにはみえない。そんな体勢担ったって話すまで見つめ続けるぞ?
(じ~~)
「うぅ……」
(じ~~~~)
「……」
「ねえ、そんな体勢で無理に飲むくらいなら僕の方見て白状しろよおっちゃん」
「ぬ……ぐぅ」
意地でもそのまましらばっくれようとしていたおっちゃん。だけど、流石に体勢が辛くなったのか、観念してグラスを戻すと僕の方に向き直りか細い声でつぶやいた。
「……商売相手を蹴りました」
「……おっちゃんは馬鹿なの?」
――――大体何があったかは把握していたけど、改めて聞くと改めてその蛮行に呆れ果てる。黙って話を聞いていると、僕らが見てない場所でもまあ暴れてる暴れてる。正直ドン引きである。
「おっちゃんは商売相手と商談をする為にこの国に来たんだよね?」
「……ぉう」
「それなのに暴力ふるって相手を脅すって……おっちゃんの頭には何が詰まっているのかな? かに味噌? 米糠?」
「そ、そうはいうけどな。おっちゃんの
「そんなこと言って商談流れたらダメでしょ。おっちゃんアホだから知らないかもしれないけど、商談ってのはまとまらなきゃ意味ないんだよ?」
「それぐらいわかってるわ! 正直……俺もあそこまでやるつもりはなかったんだ。ただ、平和な王国でヌクヌクしてる奴らの弛んだ空気見てたらついよ。とは言え悪いのはこっちだってのもわかってる。だからどうしようかと悩んでるんじゃねえか……」
どうやら本気で後悔しているらしく頭を抱える姿に昼間の覇気があふれる暴君の面影はない。しょぼしょぼと酒を飲む姿には哀愁が漂っている……
「おっちゃんがどこから来たか知らないけどさ。今は世界中が魔王軍の脅威にさらされてるんだから、王国だってそんなヌクヌクしてるわけ無いじゃん。緩んだ空気なんて無いと思うけど?」
「いいや、ゆるゆるだ。幸せと言い換えても良い。こんな事嬢ちゃんに言っても仕方ねえことだがな。おっちゃんの故郷では、朝起きたら街一つ焼けてなくなってるなんて事も珍しくねえんだわ。そんなところに住んでる身から見ると、
そう言うとおっちゃんは苛立ちを飲み込むように一気にグラスの中身を呷った。その表情は先程までのしょぼくれたものではなくなっており、鋭くなった眼光は、仮面を通して僕の目を睨みつけるかのようだった。
「確かに、我々はものを頼む立場ではある。実際助けを借りに来たのだ! だが、我々が崩れれば、今我々が味わっている地獄はここにもやってくる。そうなれば悲惨な目に合うのは誰だ。なんの罪もない弱き民草だ」
だいぶ酔いが回っているのか、おっちゃんは商談とぼかすことも忘れ語気を強めていく。少々話が支離滅裂で前後が繋がっていないけど、一々話を合わせるのが面倒くさくなっていたので丁度いい。
「こちらとしても初めから高圧的な態度を取ろうとしていた訳ではない。過去、何度も使者を遣り、下手に出たりもした!」
「ちゃんと穏便に済ませようとしたのに無下に断られて、だからおっちゃんは暴れてしまったと?」
「その通りだ! もちろんそれで俺の取った行動を全て正当化するつもりなど毛頭ない! だが、せめて聖女だけでも派遣してくれたなら、戦線での犠牲も激減するだろうに。あの女王ときたら危険な前線に勇者たちを送る事には慎重を期さねばならぬなどと!」
「――聖女?」
ほしいのは葵先輩ではなく僕なの? 思わず聞き返すとおっちゃんは一気に酔が醒め、自分がとんでもないことを口走っていたことに気がついてしまったようだった。
「……あ!? あー、あーーー! す、すまん。酔い過ぎて変なこと言っちまった。い、いまのは何でもねえ。忘れてくれ。そうだ、あれだ! 俺は劇作家もしてるから酔うと妄想が口から垂れ流しになるんだ……」
慌てて取り繕っているけど、流石にあそこまで言ってしまったら、誤魔化すのは苦しいのでは?
……いや、あんな話を素面で信じるようなやつ、
「……おっちゃん、聖女が必要なの?」
「いやいや、さっきのは冒険譚の一節でな――」
「真面目に答えて、聖女の力が必要なの?」
「……お前さん」
僕の態度に巫山戯ているわけではない空気を感じたのか、おっちゃんも真剣な表情で頷く。こんな仮面をつけた怪しい娘にでも縋りたいほど、帝国は大変な状況と言う事なのかもしれない。
「……ああ、必要だ。すぐにでも」
おっちゃんは、帝国は……お城の人たちに酷いこともしたけれど、戦争で治癒術士も殺してしまったけど、それらは褒められたことではないのかもしれないけれど。誰かが真剣に困っていて、
「解った。それじゃあ明日、またその商談相手を訪ねてみてよ。今度はちゃんと礼儀正しくね」
「……へ?」
おっちゃんは呆気にとられた顔で僕を見つめている。そうだよね僕みたいな得体のしれないやつにこんな事言われても困っちゃうよね。でも……
「僕がなんとかしてやっからさ!」
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