第二話 路地裏の出会い
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――それは昼食も済ませ食後の散歩を二人で楽しみつつ、偶には行ったことのない道から城に帰ろうというちょっとした好奇心から路地裏に足を踏み入れた時だった。
「……そこな
「ん?」
突然聞こえた可愛らしい声に振り向くと、頭まですっぽりとフードを被った小さい人影が見えた。声から察するに多分小さな女の子。こんな場所に一人でいるのは珍しい。小さな体を限界まで反らせたようなポーズで仁王立ちしており、顔は見えないのにどんな表情をしているのかが分かるような気がする。
どうやら誰かに話しかけているようだけど、今は”デート”の最中なので気にせず元の方向へと進み出す。
「おい、短耳の番! 我を無視するな。おい、おーい?」
なにやら騒がしいな。”たんじのつがい”さんと言う人も意地悪していないでちゃんと構ってあげればいいのに。どうも進行方向が一緒なのか、女の子の声はずっと後ろから付いてくるので気になってしまうのだ。
「むむむ、これ程迄徹底的に無視されるとは。我の長き人生に於いても稀に見る酷い仕打ち。もしや我の物言いがよくないのか? そう言えば我らの話す王国公用語は尊大かつ無礼な言い回しが多いとも聞くのう? とは言え我の知る王国公用語はこれだけであるしな……」
何やらブツブツ言ってるけど、どうしたんだろう? 秀彦も少し気になっているのかチラチラと後ろを見ている。僕も後ろを確認してみると、どうにも様子が可怪しい。てっきり”たんじのつがい”と呼ばれる人と彼女の二人がついてきていると思ったのに、見渡した限りこの場所にいるのは僕らと彼女だけなのだ。
……これはひょっとすると?
「――おい、あんた。もしかして俺らに話しかけているのか?」
「おお! ようやく振り向いたか。どうやら男の方は見た目によらず察しが良いようじゃな。うむ、うむ。このまま無視を続けられたら、流石の我もちょっと涙目になるところじゃったぞ」
どうやら”たんじのつがい”というのは僕らの事を指していたらしい。初めて聞く言葉だけど、どこかの方言なんだろうか?
取り敢えず僕らに用があるようなので彼女のことを観察してみる。顔は見えないけど声や体型からして小学生か中学生くらいの年齢の女の子かな? その見た目と裏腹に言葉遣いはなんとも尊大な感じで違和感を覚えるけど。
「”たんじ”ってのは俺らの事なのか?」
「うむ、我は貴様ら短耳の呼び名をそれ以外に知らぬゆえ使った。その言葉を使ったことに他意はない。それ以外にも不快に思う表現があるかもしれぬが、それは我らの方言のようなものと知れ。そして許せ」
なんとも物凄い言葉遣いで喋る娘だ。こんな偉そうな言い回し聞いたこともない。
「なんで僕らの呼び名が”たんじ”なの?」
「む、貴様らひょっとして我らの事を知らぬのか? 我らと貴様らには交流こそ殆どないが、我らが使う言葉としては有名なものだと思うておったがの?」
なんだろう、僕は彼女の言葉に違和感を感じた。彼女は僕らと自分は違うものというのを前提に話している気がする。見たところどう見ても人間に見えるのだけど?
「ふむ、田舎に住んでおる短耳であれば、我らの存在を知らぬという事もあり得るのかのう? 大方ここ最近王都にきたお上りさんと言ったところか。まあ、よい。見せたほうが早かろう」
そんな事をつぶやきながら彼女は頭をスッポリと覆うフードを外し、その素顔を晒す。その瞬間僕は息をのむ事になった。
「この通り我は長耳じゃ。短耳からはエルフなどと呼ばれることもあるのう。呼び名は知らずとも流石に存在くらいは知っておるじゃろ?」
フードを外すことで現れた姿は幼いながらも現実感の無いほどに整った顔だった。すっと通った鼻梁、深い海を思わせる碧眼。風に流れる絹糸の様な金髪。そして彼女の言う”耳長”と”短耳”の意味もわかった。彼女の顔の両側に生える耳は、僕らのものより遥かに長くツンとしている。
エルフ……初めて見る幻想的な美少女は、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら僕らを睥睨した。その姿はやっぱり凄く偉そうだ。
「でも、凄く綺麗……」
「うむ、うむ。なかなかによい反応じゃ。悪くないぞ、短耳の娘よ」
僕は突然目の前に現れたあまりにも現実離れした美少女に息を飲み、しばらく思考が止まってしまっていた。だけど、僕の横に立つ
「……んで、お嬢ちゃんは俺らに何の用なんだ?」
うお、秀彦。お前こんな美少女を見ても全く動じないのか? すごいな。
「むむ、男の方は我の美貌に全く動じぬのか。つまらんな」
「ん~。まあ所謂”美少女”とやらにはいささか免疫があるんだわ。
「?」
二人の会話はちゃんとは聞こえなかったけど、秀彦が僕を見てきたので僕も見つめ返す。首を傾げていると何故か呆れたような顔をされた。何だよこのやろう。
「……ふむ、なんとなくじゃが貴様らの関係がわかった気がするぞ。そして短耳の男よ、忠告してやろう。其奴は多分厄介な女じゃぞ。所謂鈍感というやつじゃ」
「鈍感っていうかまあ、こっちにも色々複雑な事情があるんだわ。んで、俺たちの話はどうでもいい。もう一度聞くぞ。嬢ちゃんは誰で、俺達に何の用だ?」
「おぉ、そうじゃったそうじゃった。呼び止めたのは他でもない。我は今困っておる。貴様ら我を案内せよ」
「随分偉そうなガキだな。人にものを頼む態度ってものを親に習わなかったのか?」
「……うーむ、言葉の壁というものは難しいものだな。貴様らに誤解なく意思を伝えることすらできぬとは」
秀彦に言われて気がついたけれど、確かにこの娘の尊大な態度は普通だったら嫌悪感を抱くものなのかもしれない。でも、言われるまで気が付かなかったのは、彼女の言葉遣いとは裏腹に僕らを蔑むような感情を感じられなかったから。
「気に触ったのなら謝ろう。許すがいい。この言葉遣いは、我が国に伝わる短耳の言葉がこうあるだけなので悪気がある訳ではないのじゃ。それとのう、偉そうなのは仕方がない事じゃ。若者が年長者を敬うのは当然の事であるからな?」
「はぁ?」
「長耳を知らぬ故、我の姿で判断する浅慮さを我は許そう。我らは貴様ら短耳とは体の造りや寿命が違う。我という存在は短耳が及ぶことが出来るような齢ではないのだ。なので敬うがよいぞ」
「――つまりあれか?嬢ちゃんは俺達よりも歳上なので偉そうにするのは当たり前と、そう言いたいわけか?」
「そうじゃ。故に敬い我を案内せ……フギィッ!?」
「……あ」
薄い胸を貼るようにふんぞり返って居た女の子の頭頂部にごついゲンコツが落とされた。加減はしているんだろうけどなかなかに痛そうな音がしたぞ。
「一応聞くけどなんで殴った?」
「こんな小さい頃から目上の者に生意気な口を聞いていては禄な大人にならん! 更に年上などと嘘まで吐いて。一つ嘘をつけば、その後は嘘を付き続ける大人になるからな。叱ってでもやめさせなきゃならん」
「嘘ではないわこの馬鹿者め! 蛮族め! 原始人めぇ!! 我が貴様より歳上なのは本当の事じゃ! 嘘などついておら……やめよ! 握りこぶしをつくるでない!」
涙目になって後ずさる長耳の女の子。確かにあの言葉遣いはどうかと思うけど、流石にやりすぎだ。僕は二人の間に入ると女の子の頭に手を添えて
「ぉおっ!? 小娘貴様! これは
「!」
先程まで涙目になりながら頭を撫でいた姿からは見た目通りの少女という印象しか受けなかったけど、僕が使っている法術をすぐに見抜いた? 無詠唱なんて知ってる人は滅多に居ないはずなのに? 僕は俄然彼女に興味を惹かれた。
――でも、今はそれよりやるべきことがあるよね。
僕はちゃんと女の子のタンコブが引っ込んだのを確認してから秀彦を睨みつけた。
「……秀彦。この娘に謝って!」
「あ? 今のはそいつのためを思ってだな……」
「こんな小さな子の頭殴るなんて酷いよ。謝って!」
「お、おう」
この昭和生まれの如き時代錯誤なゴリラに謝らせるのが先だ。秀彦は良いやつだけど、少しこういう脳筋な部分があるからね。子供にゲンコツを落とすなんて許しちゃいけない。
「あー、その、なんだ。ちとやりすぎた。すまん」
「うぬう。童をしつけるのは年長者の勤めでもある。流石にゲンコツを見舞うのはやりすぎじゃと思うが、あまり気にするな。我は怒ってはいない、故に貴様の蛮行をすべて許そう」
良かった良かった、いきなり殴られるなんて体験をして怖かったかもしれなかったけど。女の子は秀彦の方に歩み寄っていった。仲直りの握手でもするのかな?
「じゃが、
「がっは!?」
「!?」
笑みを浮かべつつ秀彦に近づいた女の子は差し出していた方の手とは逆の方の拳を握り、それを秀彦のみぞおちめがけて叩き込んだ。突然光り輝いた彼女の拳は秀彦のみぞおちを貫き、爆音とともに魔力を放出する。直後、秀彦の体は水平に吹き飛び、いくつかの木箱や樽を粉砕しつつ壁に叩きつけられた。
「いまのは無詠唱攻撃魔法……まさか
「ふむ、秘奥の心得を知っておるということは。娘よ、やはり貴様はウェネーフィカの小娘の弟子かなにかであるな?」
「なんでウェニーおばあちゃんの事を知って……て、小娘!?」
「先程の法術を見ればすぐ分かる。貴様が小娘の言っていた異世界より呼び出された聖女であるとな。道に迷って困っておったが、思わぬところで目的の相手に巡り合うとは。なかなかに都合の良い話であるが、手間は省けたのう。ところで短耳の娘よ、貴様の番を癒やしてやらんのか?」
「そ、そうだ秀彦! 大丈夫?」
あまりの光景に頭がついていかずフリーズしていたけど、女の子の言葉で秀彦のことを思い出す。
……よかった自分で起き上がって埃を払ってる。大きな怪我は無いみたい。
「……っ、いってぇ。お前いくらなんでもゲンコツのお返しでこれは破壊力ありすぎだろうが」
「なんと喋りおったか!? 命を失わぬよう手加減はしたが、今の一撃はそれなりの威力で放ったのじゃがな。まさか意識すら失わぬとは。貴様なかなかに化け物だの?」
「ふざけんな、全力で防御したのに肋イキかけたぞ。棗、わりぃが早く回復くれ」
「う、うん」
僕が近づき手をかざそうとすると、秀彦はおもむろにシャツをたくし上げた。
「な、ななな。いきなりなにを!?」
「ん、ああそうか、法術ってやつで治療する場合は服は着たままで良いのか」
そ、そうか。治療のために脱いだのね。なるほどなるほど。しかし、秀彦の体を見るのも久しぶりだな。前はよくお風呂とか一緒に入ってたのに。
それにしても、前々から鍛えられていたけど、今はなんというか筋肉に凄みを感じる。前よりも野性的と言うかなんというか、これは凄く……ゴクリ。
「棗?」
「ひゃ、ひゃい! 大丈夫れしゅ。でも、やりやすいかも知れないのでこのままでお願いしましゅ!」
「お、おう? なぜ敬語?」
ふああ、見た目カッチカチそうなのに意外と柔らかいのか……ふむふむ。これが戦う男の色気というものなのか……
「おい、そこ触る必要あるのか?」
「あ、あひゃぁ!? えっと、触診ってやつだよこれは。決してやましい気持ちで触ってるんじゃないカラネ? それじゃあ治療治療っと。女神よ、その癒しの手よ、傷つきし汝が子等に祝福を!
「使ってる法術が我の時とエライ差じゃの!?」
法術の光に包まれ、紫色になっていた肌の色が戻っていく。どうやら痛みも引いたようで、秀彦はすぐに服を直してしまった。あう……もうちょっと触っていたかった。その……医療的な意味でね!
「ふむ、
「なんだじゃありません!」
「ぬぁ!? 何事じゃ、突然大きな声を出して!?」
「駄目でしょ! 突然あんな攻撃魔法を町中で発動させちゃ! 秀彦だったからこの程度で済んだけど、普通の人なら大ケガしてたよ?」
「そ、それはそやつが先に……それにいざとなればお主の回復も……」
「むー」
僕から目をそらしつつ言い訳を始める女の子。おろおろする姿は見た目相応に幼く可愛らしい。だけど、いくら可愛くてもあんな強力な魔法を人に向けたことを許しちゃいけない。
「謝って!」
「そ、そも、年長者であるワシの頭をそやつが……」
「謝りなさい!」
「う、うぅ……」
じっと目を逸らさず彼女を見つめる。彼女自身恐らくはやり過ぎた自覚はあるんだろう。しばらく見つめていると彼女はバツが悪くなったのか、突然僕らから遠ざかるように走り出した。
「く、くそう、覚えておれ! 我はなんにも悪くないからの! 絶対あやまらんからのー!!」
「あ!」
まるで悪役の捨てぜりふのようなものを吐きつつ脱兎のごとく逃げていく女の子。止める間もなく走り去る彼女を僕らは呆然と眺めていた。
「……結局なんだったんだあれは?」
「さ、さあ。何だかウェニーおばあちゃんの事を知っているみたいだったけど」
「てか、あいつ迷子だったんじゃないか? なんだか路地裏のほうに走っていったけど大丈夫なのか?」
「……あ」
そういえば案内をゆるすとか色々言ってたっけ。あんまりに態度が大きかったので今一わからなかったけど、彼女はひょっとしたら……ひょっとしなくても迷子だったのか。
「大変だ、すぐに後を追おう。いくら治安が良い王都とはいっても裏路地は危険だものね」
「いや、どちらかというとチンピラどもの身が危ない気がするけどな。さっきの一撃、王宮の騎士より大分ヤバかったぞ?」
「とにかく追いかけよう!」
何やらとんでもないトラブルに見舞われそうな予感を抱きながら、僕らは彼女の後を追って路地裏に駆け込んだ。
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