第二十二話 スライム?いいえゴブリンです。

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 僕らがこの世界に来て早ニヶ月。訓練も順調にこなし、基礎的なものだけでなく剣術の応用もある程度こなせてきた頃。僕らは練習後にウォルンタースさんに呼び出された。何の為に呼ばれたのかはなんとなく想像がつく。遂にこの時が来たって感じだ、部屋に向かう時、僕の胸はドキドキと高鳴っていた。


「――おまちしておりました、皆様」


 僕らがノックをするとメイド長のコルテーゼさんが出迎えてくれた。通された部屋にはシンプルな調度品と執務机が一つ、そこには鎧を脱いで軍服を纏ったウォルンタースさんが書類とにらめっこをしていた。いつもの練兵場にいるときとは雰囲気が違い、なんとなく仕事の出来るオジサマって感じだ。ちょっとかっこいい。


「ん? ああ、すいません、仕事に没頭していて気が付きませんでした。ようこそいらっしゃいました、アオイ様、ヒデヒコ様、ナツメ様」


「お仕事の邪魔しちゃいましたか?」


「いえいえ、大丈夫ですよ、私もそろそろ休憩したいと思っていましたし、何よりお呼びしたのはこちらですからね。寧ろ慌ただしくて申し訳ありません」


「んで、俺たち呼び出したのは何の話があるんスか?」


 おぉ、ゴリラが敬語だ、ゴリラなりのだけど……。


「そうですね、手早く話してしまいましょう。練兵場での稽古の結果を鑑みまして、先日の会議でいよいよ皆様のレベルをあげようと言う話が上がりました。今日はその説明をしようと思い、みなさんをお呼びしたのです」


 やっぱり。想像していたこととは言え、いよいよかと言う気持ちからワクワクが止まらない。僕ですらこうなんだから先輩はと見てみると、目をキラッキラ輝かせた先輩が興奮気味にウォルンタースさんに詰め寄っていた。


「おぉ、遂にレベル上げだね! やっぱり最初はスライムから行くのかな? かな?」


 スライムと聞いた瞬間一瞬だけ僕の方を見てウォルンタースさんは顔を赤らめる。赤面するオジサマのせいで、僕もあの地獄絵図を思い出してしまい、なんとも言えない気持ちになった。スライムだけは一生戦いたくないんだ、僕は……。


「スライム――そんな危険な魔物の相手はさせられませんよ……」


「あー、スライムヤバイ系の世界軸かー。テケリッリ テケリッリ」


「先輩。さっきから何言ってるんだか全然分からないよ……」


「棗、気にするな、現代日本が生んだ悲しい生き物だあれは」


「最近弟の私に対する扱いが酷いぞ!?」


 テンション上がりっぱなしの先輩は放って置いて、僕らはウォルンタースさんの方に注目する。しかし葵先輩こっち来てから緩みっぱなしだなあ、ずっと地の性格が出続けてるよ。先輩が学園でいつも完璧に被っていた”大和撫子”と謳われたあの猫は、どこへすっ飛んでしまったのか……。


「と、兎に角。明日は朝から移動してゴブリンなどの魔物を狩って頂く事になると思います。皆様の力であれば容易い戦闘の筈ですので、慌てず平常心で挑んで下さい」


「うおおおお、そっちかぁ!! ゴブリンキタァァァァァァッ!!」


「うるせぇ!」


「アイタッ!?」


 結局どんな物でも、名前を知ってるモンスター出るならテンションが上がるらしい。取り敢えず再びテンションマックスになって喚いているので先輩のことは放っておこう。


 明日は早く出かけるみたいだし、説明終わったらまっすぐ部屋に戻って寝よう。ゴブリンに興奮した先輩が、僕に何かを聞いて欲しそうな顔でチラチラ視線を送ってきているけど、無視して部屋に戻ろうっと。



 ――――……



「ナツメ様……」


「ん?」


 部屋に戻るとコルテーゼさんが真剣な顔で僕に話しかけてきた。どうしたんだろう?


「ナツメ様、明日行かれる場所は、ゴブリン程度しか居ない場所とは言え、危険な魔物の領域でございます」


「はい」


 成る程、僕のことを心配してくれてるんだね。こう見えて一応騎士の皆さんとはそれなりに戦える程度には強いんだけどなー僕。やっぱり今の見た目じゃ仕方ないことなのかな。でもコルテーゼさんに心配かけたくないから、素直に従って口答えとかはしないでおこう。


「ですので現地では決してヒデヒコ様から離れませぬようにお気をつけくださいませ」


「はい……は、ん?」


 なんで秀彦?そこは騎士の皆さんとかじゃないのかな?


「出来ればヒデヒコ様の御手を握って移動されるのが良いと思われます」


 ん? ん~? 何で僕が秀彦の手を握って歩く必要があるんだろ。幼稚園児でもあるまいに。


「――あ、あの、コルテーゼさん?」


「はい?」


「何で僕がヒデヒコと手を握って一緒に居ないと行けないのかな?」


「失礼ながら申し上げます。聖女ナツメ様のその類まれな法力は、流石は聖女様としか言いようのない素質を秘めておられると思います。ですが、それはあくまで法力、その性質は傷を癒やし、魔を払うもの。相手が死霊の類であるなら兎に角、今のナツメ様の法術では生きた魔物には無力で御座います」


「ふむふむ」


 成る程、確かに僕は杖で戦う以外にゴブリンに対抗する手段がない。


「ですので同伴する者たちから大きく離れることは危険です」


「なるほどなるほど、そこまでは理解しましたよ?」


 ここまでは納得、確かに前衛の人達を頼るのは正しいよね。


「ですのでナツメ様の想い人であられるヒデヒコ様の……」


「まてまてまてまて、まって!」


 可怪しい、そこが可怪しい!


「なんですかその想い人ってのは!?」


「はい?」


 コルテーゼさん、何で「何を仰っているのでしょうこの方は?」みたいな顔してるんですか! ひょっとして何かを大きく誤解してないかな?


「違いますよ、僕とヒデは友達です。友人です!!」


「え、ですがナツメ様はいつでもヒデヒコ様の近くに居られますし、組手なども主に彼以外とは行わず、仮に行ったとしても他の殿方には一切体を触らせないで投げ飛ばしていたと聞き及んでおりますが……」


 ちがうちがう、それは騎士の皆さんは投げ技に耐性がなかったから投げ飛ばしていたけど、ヒデ相手だと投げ技だけでは勝てないから色々な技使ってただけだよ!? 別にヒデだけにしか触らせないとかそう言う話じゃないよ!?


「た、確かにヒデと僕は仲は良いけど、それなら葵先輩も一緒でしょうが!」


「へ? 確かにアオイ様ともお仲がよろしいようですが、やはり同性であられるアオイ様にお見せになる笑顔と、ヒデヒコ様とおられる時のナツメ様の笑顔は全く違うものとお見受けいたしますよ?」


「えぇ!?」


 本当に何を言い出してるのこの人は!? 


「ヒデヒコ様とご一緒のときのナツメ様のお顔ときましたら、それはもう春の野に咲く花のように綻んで居られます。私共メイド一同はナツメ様のお気持ちはよく存じておりますし、当然応援をさせて頂く所存でございます。ですから、その様に照れることは無いのですよ? ヒデヒコ様は素晴らしい御方。彼のような勇ましく、力強い男性に惹かれるのは、女性として当然と思われます」


 ほげえ!? コルテーゼさん何を言ってるのさ!? えぇぇ……僕って傍から見るとそう言う風に見えてるの!?


「ご安心下さいませナツメ様、私だけではなく、女王様も騎士や兵士一同も、皆ナツメ様の味方で御座います。確かにかの御方はこういった男女の機微には疎い様にお見受けします。が、ナツメ様であればいつかは必ず振り向いていただけるものと存じます。ですのでこういう時こそ、大いに甘えてお近くに寄り添うことで、男女の仲というものは「まてまてぃー」はい!?」


 まって、何で僕がヒデに片思いしてるみたいな話になってるのさ!というか、百歩譲ってそういう感情があったとしても、僕の方からの片思いというのは聞き捨てならないぞ!そ、そう言うのは女の子の方からグイグイ行っちゃだめでしょ、そんなのは流石にはしたないと思うし、ヒデもそう言う女の子は多分苦手だと思うし……って何を考えているんだ僕は!?


「違いますよ? 僕達は昔から仲が良かっただけで、お互いそう言う気持ちは!!」


「ええ、ええ、解っておりますとも」


「わかってなーーーーい!」


 その、解っておりますよ、素直になれない聖女様はお可愛いですねみたいな顔は止めて!!


「解っておりますよ、素直になれない聖女様はお可愛いですね」


「皆、僕の考えのぞき見てないっ!?」


 コルテーゼさんはそのまま解っておりますよー、と言いながら部屋を出ていってしまった。何なんだよ。僕ってそんなにヒデにベッタリに見えてるのか。


 ……確かにここに来てから一番話しているし、中々勝てないから一生懸命挑んだし、お風呂も一緒に入りたいから一緒に入ってたし。


 ……アレェ!? 僕、ヒデにベッタリじゃない!? それってヒデから見たら相当気持ち悪いんじゃ?


 しかも部屋から出ていったはずのコルテーゼさんがドアから顔だけ見せて、やっとご自分のお気持ちに気が付かれたのですね、解りますよ。みたいな顔してるしっ!!


「ナツメ様、やっとご自分のお気持ちに気が付かれたのですね、解りますよ。初めは驚かれるかもしれませんが、まずはその気持を大事にして下さいませ」


「やっぱり心読んでるのかな!?」


 これは明日から自分の行動に気をつけないと、周りから変な目で見られちゃうな……気をつけよう。

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