閑話 混乱ゴリラ

107




 ……―― side 秀彦困惑する森の紳士




「ねえ、ヒデ。見てよ! 地竜だよ、やっぱ大きいね~!」


「お、おう」


「ヒデ、ヒデ、見てよ、アイスクリームだよ。こっちの世界にもあったんだね。買ってあそこに座って一緒に食べよう?」


「お、おぉう……」


 ――困惑。


 今俺の心境を語るのであれば、まさにこの言葉に尽きる。今俺の手を引っ張っているちっこいコイツは誰なんだ!? いや、分かる、頭では分かっている。コイツは親友だ。俺のよく知る友人の清川棗だ。



 …………だよな?



 楽しそうに落ち着き無く、くるくると走り回るのは前から変わらないんだが、なんだろうか。あれだ、口に出してはいけない感想を俺は今、この棗に感じている気がする。正直仮面を被っていてくれて助かる。素顔でこんなはしゃがれたら……いや、何を考えてるんだ。コイツは親友だ。元男。元男なのだ。だめだ、どうしても気持ちが乱れちまう。何か気を紛らわすいい案はないものか……?


 ――そうだ、顔面だ! コイツのクソ禍々しい仮面を見つめるんだ。そうすればオレの心も落ち着くはず。


「む、流石にアイスはこのままじゃ食べられないな、うーん、今は人通りも少ないし、大丈夫だよね?」


「……ん?」


「ぷはっ! やっぱり仮面取ると気持ちいいね。魔法の力であまり蒸れたりはしないんだけど、やっぱり直接吸うと空気が美味しい」


「……ッッ!? ゲフンッゲフンッ!」


 クソっ!! わざとやってんのかコイツ!? なんてタイミングで仮面を外しやがる……仮面を凝視してたせいで真正面から棗の笑顔を見ちまったじゃねえか。いや、別に棗が悪いわけではないんだが。あまりにタイミングが神がかっていたので思わずむせてしまった。


「ん~? なんだよこっち凝視して? あ、こっちの味食べたいの? いいよ、ほらアーン」


「あぁん……!?」


 どうやら棗の顔を凝視していたのを、アイスが欲しくて眺めていると勘違いされたらしい。そこは分かる、だが、その”アーン”というのはなんだ!? しかも差し出されたアイスには、棗の口の跡が付いてる。これは所謂間接的なアレに該当するんじゃねえのか!? なんでこんな事ができるんだ? 俺が意識し過ぎなのか? 男同士の頃はどうだった? コイツとこんな事をしていたか??


「なんだよ変な顔して? いつもはすぐに食うのに。食べたくないのか?」


「い、いつもは?」


「うん?」


「いや、何でも無い。いただこう」


 どうやら以前もこういう事をしていたらしいな、棗が言っているんだからそうなんだろう……とりあえず”アーン”してもらったアイスのお陰で口の中が冷えて少し思考が戻ってきた。確かにこういうやり取りはあった気がする。やっぱり意識しすぎておかしくなっているのは俺の方らしいな、いかんいかん。



 ……

 …………

 ………………いや、”アーン”はした事ねえよな!?




 混乱する俺に対して目の前の親友は、更に畳み掛けるような奇行に及んだ。


「じゃあ僕も一口頂戴! アーン」


「ッッッ……!?」


 目を閉じながら口を開ける棗、嘗て俺はこんな事したか!? したかな? ……してないな! 間違いなくして無い! 断言できる。


「――むぅ、僕のだけ食べてお前のはくれないのかよ?」


「た、確かに、それはイカンな。不義理だな。不公平ヨクナイ」


「アハハなんだよそれ。お前今日おかしいぞ?」


 いや、可怪しいのはお前だ! だが、俺が差し出したアイスを一口食べ、美味しそうに目を細めて笑う棗を見ていると、まともに頭が回らなくなっちまった。確かに今日の俺は可怪しいのかもしれない。


「ん~、おいしかった。それじゃあそろそろ行こうか」


「……ぉう」


 食べ終わるとすぐに仮面を被り直す棗。最初の頃は不気味で苦手な仮面だったが、こうなってくると救世主に見えてくるから不思議だ。禍々しさを纏った棗を見ていると、どこかに行ってしまっていた思考力が戻ってくる。


 しかし、アイスを食うだけでこんなに精神を削られたのは初めてだ。肉塊とか死神女と戦ったときでもここまでの疲労感はなかった。ひょっとして、この仮面のせいで呪いでもかけられているんじゃないか? まあ女神のアーティファクトだからそんなことは無い筈なんだが。


 ――それから多少ギクシャクしつつも、なんとか棗を連れて大通りを歩いていく。復興途中の街には露店が立ち並び、聖都とは思えない雑多とした雰囲気を醸し出していた。正直今の雰囲気は王都とさほど違いがあるようには思えない。


「なんだか俺が聞いてたのとはだいぶ違ってるな~。聖都ってのは静かで硬っ苦しい所って聞いてたんだけどな」


「うーん、僕が来た時はそんな雰囲気だったけどね。なんか規律規律でギスギスした感じってのかな?」


「ほう~、それなら俺はいいタイミングでこっちに来れたって事かね? 俺ぁ、あまり硬いのは苦手だからなぁ」


「そうだなあ、秀彦だったら何かの拍子に逮捕されてたかもだね」


「いやいや、さすがの俺でもそれはねえよ。いくら何でも勇者パーティが逮捕は最悪だろ。そんな醜聞流れたらやばすぎるぜ?」


「アハハー、ソウダネー」


 まあ勇者一行が逮捕とかはありえない話だが、今の状況を喜ぶのは少し不謹慎だったかもしれねえな。聖都を襲った悲劇を想えば喜んで良い事じゃなかった。犠牲者は少なかったとはいえ、騎士には何人か犠牲者がでているしな。


 ――今回、棗が居なければ助からなかった怪我人はかなりの数だったと聞く。襲撃を退けた後、自身も疲れ果てていたにも拘らず、不眠不休でひたすら治療を続けていた棗は、まさに聖女と呼ぶにふさわしい活躍をしていた。


 まあ、両手に串焼きを持っている今の姿からは想像も出来なえけどな。仮面を上にずらしてモグモグしてる姿は奇妙な姿の妖怪にも見えてくる。


「ん? なんだよ。いま失礼なこと考えてなかったか?」


「……いや、なんでもねえよ」


「ふーん、変な奴だな。串焼き欲しいのか?」


「別にそう言うつもりじゃなかったが、くれるならくれ」


「なんだ、結局もらうのかよ。まあ良いや、はい、はんぶんこ」


 そう言うと棗は手に持っていた袋を半分寄越してきた。一体何本食べるつもりだったのか。


「んふふ~」


「んだよ、突然変な笑い声だして」


「なんかさ、こうやってヒデと買い食いしてるの、懐かしいなって。ふふふ」


「そうかぁ?」


 何が嬉しいのかよくわからないが棗は上機嫌で串焼きを食べている。顔が見えないのに、全身から上機嫌な雰囲気が伝わってくるから不思議だ。しばらくそんな会話をしつつ歩いていくと、今まで歩いてきた道とは明らかに人の密度が違う場所についた。どうやらここが目的の劇場のようだが、これは少々人が多すぎるな。


「――おい棗、お前こういう場所だとすぐ迷子になるから手繋……」


 隣を見ると既に棗の姿はなく、棗が持っていた串焼きの袋だけが落ちていた。


「一瞬で迷子になりやがったなあの野郎!!」


 信じられねえ、一瞬目を離しただけで人混みに飲まれやがったあのバカ。いや、あんな小さい体格だから仕方ないのか。一応仮面を被っているから一見して女ってわかりにくいとは思うが、これはまずい。聖都でそうそう問題が起こるとも思わないが、急いで見つけねえとな。俺は急ぎ辺りを見回した。


 しかし、小柄な棗はこういった場所では完全に埋もれてしまう。そういえば棗と都心に遊びに行った時は大抵いつもこの展開だった。そして、探しているうちに棗がナンパされている場面にでくわすのだ。逆ナンではなく普通にナンパされているのが本人には不服で理解不能だったようだが。


 今は仮面をしているから大丈夫だと思うが、逆に以前と違って中身は完全な女だからな。早くみつけねえと。


 宛があるわけじゃないが、立ち止まっていても仕方がない。棗の名前もここでは呼ぶわけには行かない。自分の迂闊さに腹が立つが、今はそんな下らない事を考える時間も惜しい。


 人混みをかき分けどんどん進む。すると、とある民家の横に複数の男が誰かを囲んでいるのが目に入った、そして隙間から見える服装には見覚えがある。


「やっぱり、絡まれてやがったか!」


 ある意味いつもどおりの光景だってのに、何だか頭が真っ白になった俺はその男たちをかき分けると棗の肩を抱き寄せて男たちを睨む。


「俺の連れになにか用か?」


「――秀彦!?」


「もう大丈夫だ棗。悪かったな、大丈夫か?」


 見たところ棗に外傷はない、一応ホッとしたが、こいつらは棗に何をした? 俺は棗を庇うように立ちながら男たちを牽制する。


 しかし、男たちは俺に凄むでもなく、その凶悪な顔に満面の笑みを浮かべた。


「なんだ、嬢ちゃん! どうやら無事に合流できたみてえだなあ? ガハハ」


「……ん?」


「あんちゃんが迷子になったっていうその子のツレかい? 気をつけなきゃだめだぜ? ガハハ」


「ん、ん??」


「どうやら無事合流できたみてえだから俺たちは行くぜ。にいちゃん、今度は逸れちゃだめだぜ? ガハハ」


「あ、あの、秀彦。肩……」


 んん~? なんだ? この男達は棗に絡んでいたナンパ野郎共じゃないのか?


「ひょっとしてあんた等、コイツのこと助けてくれていたのか?」


「おう、そんなちっこいのが変なお面被ってウロウロしてたから目立っててな」


「聖都は安全な街だが、今は俺らみたいなのが結構入ってきてるからなあ」


「その言い方じゃ俺らが悪人見てえじゃねえか。俺らは善良な大工だぜ?」


「その顔で言われても説得力がねえよ」


「「「違いねえ! ガハハ!」」」


「あの、ヒデ……肩、あの、近いよぅ……」


 なんてこった、どうやら俺の早とちりだったみてえだ。この人らは見た目は厳つい感じだけど、どうやら親切心で棗を助けてくれていたらしい。今も顔だけ見たら凶悪犯にしか見えないんだが。


「すいません、なんか俺勘違いしていたッス」


「ああ、いいよいいよ。俺らこんなだからなあ?」


「おう、そんなもん慣れっこよ! それじゃあな嬢ちゃん、あんちゃん。気をつけていくんだぜ」


「あ、あう、あう、あう」


 そう言うと大工のおっさんたちは手を振りながら立ち去っていく。人は見かけによらねえな、失礼なことを言ってしまった。これは反省しなきゃだな。


「あの、あの、秀彦!!」


「……ん?」


「肩、手……離してぇ……」


「ん、おお、悪い悪い。お前が絡まれてると思ってついな。暑苦しかったか」


 どうやら無意識に強く掴んでしまっていたらしく、棗がフラフラになってしまっていた。道に迷っていたせいで疲れたのもあるのかもしれない。俺は棗を休ませるために辺りを見回したが、いい場所が見当たらなかったので棗を抱きかかえて運ぶことにした。


「暑苦しいかもしれねえけど少し我慢しろよ?」


「ヒャァッ!?」


 抱きかかえた棗は妙に大人しい、それだけ疲れているという事なんだろう。


「近っ、ちかい。大丈夫だから、自分であるけるからぁ……」


「無理すんな、体フニャフニャじゃねえか。全然力がはいってねえ」


「しょ、しょれは秀彦のせい……」


「いいから黙ってろ、舌噛むぞ」


「はぅぅっ」


 とりあえず公園に戻り、体に全く力が入らない棗を休ませた。そのまましばらくベンチで休んでいるとある程度元気になったようだったが、その頃にはもう夕日が俺たちを照らしていた。どうやら一連のドタバタのせいで、時間がだいぶ経過してしまっていたらしい。


 棗は体調が悪かった上に人通りも少なくなってきたので今は仮面を外している。そのお陰で、棗の表情が沈んでいるのがわかった。


 一体何をそんなにしょぼくれているのかと思っていると、俯いた棗が申し訳無さそうに話しかけてきた。


「……ごめん、折角のお出かけだったのに。お芝居みれなかったね」


「そうだなあ。でも、まあ。散歩しながら露店回っただけだったけど、俺は結構楽しかったぜ?」


「……本当?」


「ああ」


 実際、二人で遊びに行くのも久しぶりだったしな。なんだか前とは色々なものが変っちまったけど。それでも棗と一緒にいるのは楽しい。


「えへへ、よかった」


「なあ、そのチケットって今日しか使えないのか?」


「ううん、しばらくの間は毎日公演があるからまだ使えるはずだよ?」


「そっか。それじゃあまた日を改めて見に行けばいいだろ」


「いいの?」


「あたりまえだろ?」


「そっか……そっかぁ。えへへ」


 どうやら後日改めてだと、俺が付き合ってくれないと思っていたらしいな。また一緒に行こうと言ったら嬉しそうにヘラっと笑う。夕日に照らされたその顔は、元男だと分かっていても、思わず可愛いと感じてしまった。


 ……いや、何を考えてるんだ俺は、この感情はイカンだろ。


「……ねぇ、ヒデ」


「あん?」


「今日は付き合ってくれてありがとうね」


「おう、気にすんな。俺も楽しかったからな」


「うん、僕も楽しかった。だからこれはその御礼ね」


「あ?」


 




 ……チュッ




「……」


「えへへ、これからも一生懸命女の子になるから。僕をずっと見ててくれよな!」


「……は? はぁぁぁぁぁぁっ!?」


 何だ今のほっぺたに触れた柔らかいのは!?


「お、お前今……」


「さ、帰ろう秀彦!(僕だけドキドキたのは不公平だからな)これでおあいこだ! にししっ」


「待てこら! お前今俺に何をした!?」


 何があいこなのか問いただそうとすると、棗は仮面を被りスキルの力で姿を消してしまった。言ってる言葉も後半は小さすぎて聞き取れなかったしなんなんだ。それに、今のは……俺の勘違いでなければ……!? いやいやいや、そんなはずはねえだろ!? いや、だがしかし!?


 結局俺はしばらくその場で凍りつき、夕食の時間が遅れてしまった為に皆から叱られてしまった。更に、一日に二回も迷子になった男という不名誉なレッテルを貼られる事となった。全ては俺と目を合わせようともしない親友バカが悪いと思うのだが。実に理不尽な話だと思う。


 まあ、いつもの悪戯なんだろう。かなり悪質だったが。そのうち仕返しはさせてもらうけど、今日のところは飯食ってとっとと寝てしまおう。


 寝れるかなあ……?







 ――――…… side 棗



 後日、一緒に見に行った劇の内容は、先日の僕ら絡みの騒動を脚色したものだった。僕がヒロインでリーデル団長が主人公。悪の枢機卿や、なぞの肉塊から僕を救ったリーデル団長。そして二人の間にはいつしか絆が生まれ……みたいな内容でなんだか照れくさかったけどすごく面白い劇だった。


 ――尚、劇を見た後の秀彦は妙に不機嫌でイライラしていた。きっとずっと座ってたから退屈だったんだろう。いい歳をして落ち着きのないやつだ。仕方ないな、今度はもっと体を動かすデートに誘ってみよう。いつか僕の事、ちゃんと女の子として見てもらえるようにがんばるぞ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る