第二十七話 美丈夫とゴリラと傭兵スカウト
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「ケッコンシテクダサァァァァッァイイイイイ!!」
「ひぇっ!?」
怪鳥の様な叫び声をあげたカローナ殿下は僕の前に跪いた。
――あ、分かったこれリザさんの時に似てるんだ……。
この国の人ってこう言うの多いよね。
「――は、失礼しました、レディ。貴女の余りの美しさに、つい……」
「はぁ……」
うーん流石イケメン、スラスラ流れるように口説いてくる、最初の絶叫は謎だったけども。おっと、口づけはさせないぞ。僕は手を取られないように身構えた。
「殿下は何故こんな所に?」
「んー、大量の料理を持ってテラスに出ていく貴方の後ろ姿が見えたのでね。一人で何をやってるのか気になったんですよ」
あー、隠密解いた瞬間を見られちゃってたのかー。少し迂闊だったなぁ。
「あんな仮面を付けてた小娘に興味を持つなんて、殿下は物好きなのですね」
自分で言うのも何だけど、あんな怪しげな仮面を被った上に挨拶のキスですら全力回避するような女に興味を持つなんて、殿下は変わった人であるらしい。
……所で僕はそろそろ一人晩餐会を再開したいのだけど、いつまでおしゃべり続くのかな? 僕がそわそわし始めると、それに気がついたのか殿下は笑みをもらす。
「良かったら私も相席していいかな? 実は中で食べていると、囲まれてしまって満足に食事も出来ないんだ」
そう言いながら殿下は隠し持っていた料理の皿とワインのボトルを机に並べ始める。成る程、これだけのイケメンだと、貴族の娘さん達が群がってしまうものなのか。
貴族の娘さんに囲まれて……
……ビキビキ
何か嫌な思い出が脳裏を過った。不愉快だ。野生動物がご令嬢方と何をしても僕が知ったことではないよね。よし! ローストビーフを食べよう、そうしよう。……うむ、んまぁい、噛んだ瞬間ふわっと溶けてなくなるような柔らかさだ。全くぱさつかせること無く、上手に火が入ってるね。正直料理はあっちの世界よりこっちの世界のほうが美味しい気がする。肉自体の旨味が違う。魔力とかそう言うものが味に影響してたりして?
もっきゅもっきゅ食べていると殿下がこっちを見つめて微笑んでる。なんだろ? お肉食べたいのかな? なんだ、なんだ、殿下も食いしん坊なんだな、少し親近感わいちゃうね、まったく。遠慮なんてしなくていいのに。
「どうぞ、殿下」
「え?」
「じっと見て居られたので食べたいのかなと?」
「……ハハッ、そう言うつもりじゃなかったんだけど、でもありがたく頂くよ。あーん」
むむ、流石イケメン。皿を出さずに口を開けるとは、まあそれを望むなら入れて差し上げよう。うーん、何だか鳥の餌付けしてるみたいな気持ちだなあ。あーんと口を開ける姿も、整った容姿だと様になるなぁ。
……ゴリラだったらどんな顔になるだろう?
「――ところでナツメ様、こちらの世界には慣れましたか?」
「えぇ、皆さん良くしてくださいますし、何よりご飯が美味しいですから毎日とても楽しいです」
「あちらの世界には未練はないのですか?」
「うーん、未練がないという訳ではないですけど。こちらの世界も楽しいですから」
「そうですか」
僕の返事がお気に召したのか、カローナ殿下はこちらを見つめながら微笑んでいた。凄いな、キラッキラスマイルだ、これがイケメンパワー、貴族令嬢がこんな眼差しで見つめられたら堪らないんだろうな。
「もし、もし貴女がこちらの世界を気に入ってくれたのなら、お願いがあります」
「はい、何でしょうか殿下?」
「魔王との戦いが終わり、世界が平和になっても、僕の横に居てくれませんか?」
「はぁ……?」
うーんと、これは所謂傭兵ってやつのスカウトかな? まだ強くない今だからこそ、周りより先に契約しておこうってことかな。青田買いってやつ? むむむ……
「僕は確かに勇者召喚で呼ばれた人間ですけど、余り身辺警護には向いていないので、先輩か秀彦を誘われたほうが良いと思いますよ?」
「え?」
「僕に出来ることは傷を直したりする事ですからね」
「え、いや、あのですね?」
慌てた様子でカローナ殿下が僕の手を取った。ん、なんだろう?
「そう言う意味ではなくてですね、ナツメ様には是非私の「お、こんな所にいやがったか」むむ?」
――――…… side 秀リラ
城でのパーティって言うから結構期待してたんだけど、こりゃあ凄え。出てくる料理全部美味い。このでっかい海老なんか、絶対棗が喜ぶだろうな。しかもどういう訳か、貴族の姉さん達がどんどん料理を持ってきてくれるんだよな。有り難いこった。
「ヒデヒコ様、こちらもどうですか?」
「ヒデヒコ様、こちらの果物もよく熟れてましてよ」
「ぉう、有難うな姉さん達。うん、美味い!」
「キャー」
どうも俺が美味そうに食うものだから、餌付けしてる気持ちにでもなってるみてぇだな? ただ、ちょっと距離が近い、食べるのには邪魔だな。美味いって言うたびに騒がれるのもちょっとおちつかん。お、このローストビーフも美味い。棗も早く来ればいいのにな……っと、扉が開いたぞ、なんだ? 周りが一斉に黙りこくったぞ? 棗の登場じゃねえのか?
「……」
うぉぉぉ、なんだあれ、棗か!?
普段からやたら可愛くなったとは思ってたが、着飾るとアイツあんな風になるのか。驚きすぎて思わず目を逸しちまった。やべえやべえ、ただでさえ、最近棗とはギクシャクしがちだからな。ここは一つ一緒にメシでも……って、居ねえ!? あんな目立つ風貌してるくせにどこ行ったんだ? まさか、この状況でも仮面被ったのか?
「あー、すいませんお姉さん方、おれちょっと用事が出来たんで行ってきます。色々食べさせてくれて有難うござッシタ!」
「そんな、ヒデヒコ様!」
「すんませんっ!」
お姉さん方には悪いけど、やっぱりメシよりダチだよな。いくら姿は消えても彼奴の行動は読める、多分棗の事だからこういう時は料理はしっかり取りつつ人気のない所に移動するはず。どこだ?
暫く探して見たが、全く姿も気配もない。アイツ聖女じゃなくて忍者とかなんじゃねえのか?
ん? よく見たらここってテラスにも出られるのか、外にも椅子とかテーブルが見える……お、居やがった。
あいつ、何で主役の一人なのに外で飯食ってるんだよ。って、棗の他にもう一人いるな、貴族か?
……とんでもなくイケメンだな。誰だ?
ふむ、何を話しているのかわからないが、何やらローストビーフを食べさせたりしてんな。なんだ、別にあいつが何をしてても気にしないが、随分仲よさげだな。
……なんかモヤモヤするな。
邪魔しないように立ち去ろうかと思ったが、なんとなく気に食わないので俺は二人に声をかけることにした。
――――「お、こんな所にいやがったか」
よし、なるべく自然に乱入だ!
――――……
むむ、
「なんだよゴリラ、なんか用?」
「う、何か機嫌悪いなお前……」
僕が話しかけるとまた目を逸してる、なんだよ、失礼なやつだな。お嬢様方とは楽しそうにしてたくせにその態度は何だコノヤロウ。
「やぁ、貴方が聖騎士ヒデヒコ様ですか? はじめまして、噂に違わず凄く大きいですね」
「あんたは?」
「失礼、僕の名前はカローナ=ジョゼア・ド・リヤル・タージュ。セシリアの兄です」
「ふむ……カローナ様で良いっすか?」
「はい、宜しくおねがいします」
さてはこいつ、名前覚えきれなかったな……。
「で、カローナ様はなんでそいつの手を握っているんです?」
「あ……」
そう言えば手を握られたままだった、ちょっと恥ずかしい。僕は殿下から手を離そうとしたけど、殿下がそれを許してくれなかった。
「え……?」
「これは失礼、ヒデヒコ様。貴方様とお話をしたい気持ちもあるのですが。失礼ながら、今はちょっとナツメ様と大事な話をしているので、出来れば席を外してもらえますでしょうか?」
「ん?」
なんだろう? 二人の雰囲気、少し剣呑じゃないかい?
「すいませんね、俺もそいつにちょっと用事があるんですよ?」
「それは一体どんなご用事で?」
え、え、なんでそんな睨み合ってるのこの二人。
「棗の好きそうな料理があったんでね、ちょっと食わせてやりたいなって思って探してたんスよ。こいつ昔から海老が好きだったんで」
そう言いながら僕の手を殿下から奪う。なんだよ、お前手でっかいな。
「それなら心配無用。その料理ならすでに彼女は先程食べていましたよっと!」
うぉ!? 今度は殿下に手を取り返された。こちらは華奢で綺麗な指をしているね。
「そもそもカローナ様はなんでこいつの手を握っているんですか?」
またゴリラに手を握られる。
「僕は彼女に大事な話をしているところなんだ!」
また殿下に手をとられる。
何だ何だ、大岡裁きでもやるつもりなのか?
「い……いい加減にしてくださーい!!」
突然の大声に二人共びっくりしてるけど、さっきから僕のことなんだと思ってるんだ二人共!もう怒ったから言わせてもらうぞ!
「もう、二人共さっきから何なんですか。騒ぎを聞きつけてギャラリーまで出来てるじゃないか恥ずかしい! そもそも何だよ秀彦は、さっきから僕の姿を見ようともしないし。折角のドレスでパーティなんだからもっとこう……もっと、なんだか良く分かんないけどあるだろ?」
うぅ、何だかわからないモヤモヤがまた湧いてくる!
「うっ……」
たじろぐゴリラに勝ち誇る殿下、でも僕が言いたいことは終わってないぞ!
「殿下も殿下です。僕を傭兵に雇いたいのは分かるけど、さっきも言ったとおり、傭兵なら僕よりヒデとか葵先輩がお薦めですし、こんな初対面で手を握るような人とは僕は上手にお仕事出来る自信はありません!」
「いや、それは誤解で……」
言い訳は見苦しいですよ殿下!
「二人共ちょっと頭を冷やして下さい、僕は葵先輩とご飯食べてきます!」
流石に言い過ぎたかなと思ったけど、僕だってこんな注目を受けちゃったんだから二人には反省してもらわないと。僕は勝ち誇った表情で笑う先輩と、死んだ魚みたいな目をしたセシルがいる辺りに移動して食事を再開した。せっかくの美味しい料理が台無しだよ!
「ウヒヒヒッ、モテモテだねぇ、棗きゅぅん?」
「何言ってるのさ先輩、そう言うのじゃないよ」
「すいませんナツメ様、兄はその、優秀な人ではあるのですが、少し女性関係になると病気持ちで御座いまして」
ふむふむ、病気持ち? 何のことだろう。
「殿下は何かご病気を患っておいでなのですか?何だか僕に魔王退治した後、殿下の傭兵にならないかって誘いだったと思うんですけど」
「あれぇ?そんな仕事のはなしだったのかい?」
「意外ですね。失礼ですが、兄は何と言っておりましたか?」
「うーんと確か、「魔王との戦いが終わり、世界が平和になっても、僕の横に居てくれませんか?」って言ってましたねー」
「うーわ……棗きゅぅん、君そう言う所あるよね」
「ふ、ふふふ……これは、流石に少しだけ兄に同情いたしますね」
僕の言葉を聞くと先輩は呆れた顔を、セシルは爆笑しながら何かをわかったような物言いをする。なんだなんだ?
「とりあえあえず棗君、男どもは置いておいて、こっちで一緒にケーキを食べよう。ここのケーキは絶品だよ?」
「はーい」
うん、美味しい、嫌な気持ちになった時は甘いものに限るね。フワフワと甘いケーキを食べていると、さっきまであった嫌な気持ちがみるみる溶けていく気がする。
「はぁー、これはヒデヒコ様は苦労されますね」
今度はセシルにまで呆れられた。でもケーキが美味しいからどうでもいいや。
ようやくパーティも楽しくなってきたので、セシルからいろんな人に紹介をしてもらって、この後はとても楽しく過ごせた。今度はウェニーお婆ちゃんも一緒に来れたら良いなあ。優しい人達に囲まれて美味しい料理を食べていると、本当に幸せな気持ちになるよ。
――だけど僕は解ってなかったんだ。ここは魔王軍が進軍をしている異世界で、平和な場所ではなかったんだって事を。
幸せで平和な時間を終わらせたのは、突如会場に入ってきた慌ただしい兵士の人の報告だった。
「陛下、ご報告がございます」
「なんですか?申しなさい」
「は、突如北壁に不死騎団の本隊が現れ、北門防衛騎士団と交戦を開始。何とか応戦いたしましたが、不死騎団長トート・モルテの姿も確認されております」
不死騎団長トート・モルテ。
この名前が上がった瞬間、会場の空気がガラリと変わった。何だろう凄く怖い。
「遂に彼女が……。それで、北壁はどれほど持ちそうですか?」
「それが……」
セシルの問に対して、兵士の顔がゆがむ。何かとんでもないことが起こって居るような気がする。
「北壁はすでに陥落。不死騎団の先行部隊はすでに王都へ向けて進行をしております」
今度こそ、会場の空気が変わった、それほどの事が起こっているのだと、それだけは僕にも分かった。
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