第二十六話 僕の一人晩餐会
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結局、カローナ様が出ていってからの僕は完全に着せ替え人形と化していた。大興奮のセシルや葵先輩はもちろんの事、コルテーゼさんまで一緒になって……すっごい笑顔ですねコルテーゼさん。
「まぁ~ナツメ様。本当にどんなドレスもお似合いになられますのね」
「いやいや、僕にこんなひらひらの服は……」
「ナツメ君こっちも着て見たまえよ」
葵先輩の手にはスッケスケのヒラヒラが握られている。
「そんなスケスケなのもあるの!?」
「アオイ様、そちらはベビードールで御座います……」
「下着じゃないか!?」
「まあまあ、ぐへへ、アイタッ!?」
どんな時でも葵先輩は
「僕は別にどんなのでも良いですよ。できれば地味な感じにしてほしいくらいです」
「まあ、ナツメ様とんでもない事で御座います。今夜のパーティは貴族諸侯にはじめての顔見せとなります。で、あれば。勇者様方に恥をかかせたとあっては、王家の醜聞にもなります。何より、ナツメ様を侮られる様な事は、私が我慢出来ません」
うう、凄く楽しそうなコルテーゼさんに余り強く反対できない。でも、本当にこんな綺羅びやかなドレスを僕が着るの? 正直服に着られちゃう気がするのだけど。
「それに、ナツメ様がお美しく着飾れば、きっとヒデヒコ様のお心もぐっと掴むことが出来ると思われますよ?」
「――ふーん、ん、ん~~っっ!?」
……コルテーゼさん、今何と!?
「ナツメ様は普段から可憐で非常にお美しいですが、やはり女性と言うものはこう言った服を身にまとってこそ、更に光輝くものも御座います。ヒデヒコ様とナツメ様のお二方は、誰もが羨むほど仲がおよろしいと存じます。ですが、殿方は移り気なものでございます故、ここで一つ、ナツメ様の新たな魅力をお見せになるのも宜しいかと」
「ふぁっ!?」
何を言っているのコルテーゼさん。なんで僕があのゴリラと!? 何かセシルも満足そうに頷いてるし、なんで? セシルは秀彦の事好きだったんじゃないの? せ、先輩は? あ、ムカつく顔で笑ってる……。
「ぼ、僕とヒデはそう言うんじゃ無いですよ!」
「ふふふ、ナツメ様は本当にお可愛い方ですね。普段のお二人を見ていれば誰でも分かる事でしてよ?」
「何も解ってないみたいだよ!?」
何故か僕がどれだけ否定しても、「あらあらまあまあ」とか言うだけで全然信じてもらえない。なんで?
暫く問答していたけど、その間に僕は薄く化粧を施されて髪を結われ、いつの間にかどんどん着飾られていく。流石に化粧させられるのは猛反対したのだけど、動けばひどい顔になると脅されては動くわけにもいかない。もうこうなったら開き直って楽しむのが正解なんだろうか……うう、秀彦笑うだろうな……
僕はもう諦めの心境でみんなの為されるがままにどんどん着飾られていった。
出来れば変な事になってないと良いのだけど……
……――――
結局僕は濃いめの藍色を基調にしたベルラインのドレスを着せられてしまった。こんな落ち着いた色の大人っぽいドレス、僕には似合わないと言ったのだけど、僕の白銀の髪を引き立てつつ、派手にならないようにコーディネイトしたのだとか。髪はアップにしてふわりと編み込まれて居るので、首元が軽いのはちょっとうれしい。
鏡で見た感じ、そんなに変じゃないと思うんだけど、いざ秀彦に見せると思うとちょっと恥ずかしい。ん? 別に秀彦に見せるためのドレスじゃなかった、なんでこんな事考えたんだか。セシルとコルテーゼさんが変な勘違いするから意識しすぎちゃったよ。とにかく貴族の皆さんにお見せして変なことにならない格好なら何でも良いんだ僕は、うん。
「ナツメ様、会場の用意が整ったようですのでご案内いたします」
「あ、はーい」
鏡の前で自分の姿をチェックしていると、コルテーゼさんが呼びに来てくれた。お城のパーティなんてはじめての体験だから緊張するな。一応テーブルマナーは毎日習ってるから大丈夫だとは思うのだけど。
僕はコルテーゼさんの後をついて行き、会場となる扉の前についた。葵先輩と秀彦はもう来ているらしい、勇者組では僕が最後なのだとか。取り敢えず顔見せとは言え、態々一人ずつ紹介する感じではなく、食事をしながら自然と会話をしたりという形のパーティらしい。僕の知ってる貴族の晩餐会とは大分違う印象だ。
「さて、着きました、準備はよろしいですね?」
「は、はい、大丈夫です」
コルテーゼさんが門の前に立つ騎士さんにニ、三言声を掛けると、両開きのドアが騎士さんの手で開かれた。開かれた部屋からは楽しげな音楽が流れ、人々のざわめきと視線が突き刺さった。うう、緊張する。
僕は教わったとおりの正式な礼をしつつ中に入ると、部屋の中を見渡した。誰か知り合いが居ないと不安だ……。
「あ、ウォルンタースさん、今日は凄い豪華な鎧を着てるな。あれって晩餐会仕様とかだったりするのかな? あと、セシルは、葵先輩と何か話してるね。二人ともすごくドレスが似合ってる、二人の周りだけなんだか輝いて見えるみたいだ。普段から美人だけど、やっぱりこういう服装になるとひと味違うね……ん、これ最近どっかで聞いたような? まあ良いや、秀彦はどこだろう?」
ざわざわと賑やかな会場の中、僕は一生懸命に秀彦の姿を探した。秀彦の巨体はすぐに見つかるだろうと探してみると、思った通りすぐに見つけることが出来た。髪をぴっちりとオールバックに整えて、フォーマルなスーツに包まれた秀彦は、いつもの
「あ、あの、ヒデ……」
……ピシッ
おかしい、僕のこめかみに何か血管が浮かんだような気がする。
秀彦はいつものようにモリモリと用意された料理を食べているようだったが、よくよく見るとその料理の皿を綺麗な貴族のお姉さんが達が持っている。ニコニコと秀彦に話しかけるお姉さんたちは、みんな綺麗なドレスや宝石で着飾っており、とても綺麗で華やかだった。
僕は秀彦に近づく足を止め、その様子を観察することにした。
――なんだよ、ずいぶんと嬉しそうじゃないか。まあ、大好きなご飯を、あんな綺麗なお姉さんたちが運んできたら嬉しいのは分かるけどね。ちょっとデレデレし過ぎなんじゃないか? お前そんなナンパな奴じゃなかったろ、こっちの世界に来てちょっと良い気になってるんじゃないか? ぉおん?
むむ、何だかムカムカする、なんでだろう。
まあ、モテない仲間だと思ってたゴリラがモテモテになってたら腹も立つってもんだよね、うん。
あ、向こうも僕に気がついたみたいだ、だけどすぐに目を逸しちゃった。なんだよ、別にお姉さんたちとの会瀬の一時を邪魔したりしないよ、バカゴリラ。
頭にきたので僕は近くにある美味しそうな料理をいくつか見繕うと、亜空間から仮面を取り出して隠密を起動する。幸いにも僕に話しかけてくるような酔狂はいなかった事だし、いなくなっても問題はないだろう。テラスにもテーブルと椅子が用意されているし、そちらには余り人が居ないから、そこでやけ食いをしよう。
僕は気を取り直すと、早速好物を皿に盛っていく。ローストチキンにポテトサラダ。おお、これはピザみたいな料理まである。過去にも勇者召喚が行われたとかで、この世界の食文化は元の世界の影響を受けてるみたいなんだよね。むむ、大きなロブスターの鬼殻焼きだ、ご馳走といえばエビは外せないよね。仮面で認識されていないので一匹まるまるいただいていくとしよう。
ふふふ、何だか楽しくなってきたぞ。飲み物は、いくつか種類あるけどどれがいいだろう? この赤いジュースを貰って行こうか……ふふふ。大漁大漁、早速戦利品をもって一人宴を始めようではないか!
「さてさて、いただきますかー。これは凄いごちそうですぞー」
眼の前のテーブルに戦利品を並べると、僕は仮面をしまい、早速好物のエビにかぶり付く。しっかりと火は通っているのに水分を十分に残した海老の身は、僕がかぶり付くと程よい歯ごたえを僕の前歯に伝えながらも歯切れよくその身を弾けさせていく。口いっぱいに頬張り咀嚼すると、噛めば噛むほど味が滲み出し、喉を通して腹に収めるのが勿体無いと思ってしまうほどの美味しさを僕の舌に伝えてきた。味付けはシンプルに塩とレモンのような果物だけなのに、物凄く複雑な旨味を味わえるこのエビ料理は、現代日本で鍛えられた僕の舌にも十分すぎる満足感を与えてくれた。
「ん~、おいひい」
フィンガーボウルで手を清めつつ、次も大好物のローストチキンにかぶり付く。美味しい料理に手は止まらなくなり、夢中で舌鼓を売っていると、テラスに一人の人物が出てくるのが見えた。
「やや、その髪の色は、もしや聖女ナツメ様でしょうか? 何故このような隅の方で食事をされて居るのですか?」
「……ん?」
通りのよい爽やかな声に振り向くと、そこには驚いたような表情で固まるカローナ殿下が立ち尽くしていた。そういえばこの方も宴に参加されると言ってましたのう。それより今はご馳走を堪能したい気分なのだけど。
んー? 殿下は僕の顔を見たまま固まってしまったぞ。なんか既視感があるな……?
「ケ……」
口をパクパクさせているけど、なにを行ってるのかよく分からない。せっかくのイケメンが面白フェイスになってしまっているけど大丈夫かな? 一体どうしたんだろう?
「ケ、ケッケケ……」
「殿下、どうなさったのですか?」
んー、やっぱり何かどっかでこの展開を見たことがあるような?
「ケッコンシテクダサァァァァッァイイイイイ!!」
「ひぇっ!?」
どこかで聞いたような怪鳥の様な声を上げられた殿下に、僕は驚きの悲鳴を上げるのだった。
――――
王兄カローナ。勤勉で人当たりも良く、姿も美しい彼の欠点はその溢れんばかりの好奇心と、もう一つ。
……彼は惚れ安く、衝動で求婚してしまうのだ。
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