第二十五話 パンデミック

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 今日は城をあげてのパーティとの事で、朝からお城が慌ただしい。僕は邪魔にならないように隠密を発動しながら場内をウロウロしていた。特に厨房は凄く慌ただしくて見ているだけで楽しかったな。飾り付けなんかも見ていると楽しくて、ついつい時間がすぎるのを忘れてしまっていた。


 それにしても何故かメイドさんが沢山走り回っているね、何かを探しているようだけどどうしたんだろう。居候の身としましては、この辺で一つお役に立つ所をアピールでもしておきますか。


 僕は仮面を外すと亜空間に送り、近くでキョロキョロしていたメイドさんに話しかけた。


「メイドさん、どうかしたんですか? 何かお探しなら僕も手伝いますよ」


 突然現れた僕にメイドさんは驚いてしまったようだけど、この分はお役に立つことで相殺させてもらうとしよう。さあ、何でも聞いて下さい。失せ物探しは法力でって、法力の本にも書いてあったからね!


「イ……」


「い?」


「イタァァァァアァァッァァァァッァァ!!!!!」


「ひえっ!?」


 僕を見た瞬間、ものすごい形相でメイドさんが走ってきた。怖い、怖い、なになに!?


「ニゲナイデクダサイマセェェェェェッ!!!」


「うひゃあぁ」


 何故か逃げた先の通路からもワラワラメイドさんが湧いてきた。え、なんなの!?何かパンデミックなゾンビのあれなの? 知らない間に僕また別の世界に旅だった!?


「ナツメサマァァァッァ」


「ニゲナイデクダサイマシィィィィッ!!」


 何か口々に叫んでるけど聞き取れない、怖いよぅ!?


 必死にメイドさんの手を躱しながら走っていると眼の前に野生のゴリラ、違った、秀彦が現れた。良かった、やっと味方に会えた。僕はあふれる安堵と共に秀彦の体に飛び込むように抱きついた。


「助けてヒデ、助けてー」


「お前何やってんだ?」


 呆れたような顔をしたゴリラ。でも僕は絶対の味方であるゴリラにしがみついたことで安心しきっていた。しかし、僕のそんな信頼をこのゴリラは簡単に踏みにじった。


 事もあろうにこのゴリラは、僕の体を持ち上げると、メイドさん達亡者の群れに向かって僕を放り投げたのだ。ポスンとコルテーゼさんに抱きとめられた僕にゴリラは呆れたような視線を向ける。


「こ、このゴリラ、裏切ったな! お前もゾンビだったのか!?」


「意味分かんねえ事で騒ぐなバカ、メイドさん達を困らせるんじゃねえよ」


 く、やっぱりこいつは野生動物だったんだ、心なんか通じ合え無いんだ!


「有難うございます、ヒデヒコ様。危うく間に合わないところで御座いました。さ、ナツメ様私共と一緒に参りましょう」


「グヘヘ、もちろん私もいるよぉ、楽しみだねえナツメきゅぅぅぅん?」


「うわぁ、変態変態が増えた!!」


「酷いな君は!?」


 騒ぐ僕を、女性とは思えない力でしっかりと抱き上げたまま、コルテーゼさんはスタスタ歩いて行く。僕は一体どこに連行されるんだろう!?



 ――――…… 



 メイドさん達に拉致(?)された僕は自室のベッドの上に連れて行かれたのち、少々お待ち下さいというコルテーゼさんの言葉に従い、ベッドの上にちょこんと腰掛けていた。一人でいるのは不安なので仮面の隠密はONにしたまま。


 暫く経つと、僕の部屋にノックの音が鳴り響いた。コルテーゼさんが叩くノックより、少々力強い気がする。


「あれ、可怪しいな?ここに居ると聞いたのだけど。あのー、聖女ナツメ様? こちらにいらっしゃいますか?」


 誰だろう? 聞いた事の無い声だな。若くてよく通る声の男性だ。うーん、知らない人だけど居留守は失礼だよね。


「はい、何か御用でしょうか?」


 僕が返事をすると、ドアの向こうから嬉しそうな気配を感じる。


「おぉ、聖女ナツメ様、何とお美しいお声。失礼、私この城の主、セシリア=ジョゼア・ド・リヤル=サンクトゥースの兄、カローナ=ジョゼア・ド・リヤル=タージュと申します」


「ひぇ、女王様のお兄様!? その様な方が、な、何の御用でしょうか?」


 おぉう、面識のないメッチャ偉い人だ、どうしようどうしよう、今はコルテーゼさんも居ないし。僕だけだと無礼討ちとかされかねないのでは!?


 あわあわと室内をウロウロしていると、ドアの向こうから小さく笑い声が聞こえてきた。


「落ち着いて下さい聖女様、私共に貴方様を害する気持ちは御座いません。今日はただご挨拶にと参った次第で御座います。どうかこのドアを開いてはいただけないでしょうか?」


「え、あ、はいぃ~」


 どうやら悪い人ではなさそうだし僕は慌ててドアを開く。扉を開くとそこには、セシルにどことなく似た雰囲気をもった、茶色い髪の貴族然とした美男子が立っていた。おぉ、凄いイケメンだ。彼は一瞬目を見開きなにかに驚いたような顔をしたけど、すぐに優しそうな笑みを浮かべると僕に向かって跪いた。


「これは聖女様、扉を開いてくださり有難うございます、改めまして、私はカローナ=ジョゼア・ド・リヤル。タージュ。どうかカローナと気軽にお呼び下さい。王兄と言う立場では御座いますが、基本的には騎士と同じ様な事をしております」


「はい、あの、僕はナツメ・キヨカワです。えっと聖女をやっております、です」


 おぉ、心の準備をしてなかったので変な敬語を発してしまった。あ、仮面も付けたままだ、それでこの人一瞬驚いた顔してたのね。でも、それでも一瞬で態度を戻せる辺り、この人中々凄い人だな。


「今宵は勇者様方の歓迎と貴族への紹介のパーティが御座いますので、その場でのご挨拶をとも思ったのですが。どうせなら噂の勇者様方を近くで見たいという理由で罷り越した次第で御座います」


 そう言いながら自然な流れで僕の手を取ると僕の手の甲に口を近づけて、ってうぉーい!!


 咄嗟に手を引いて身構えてしまった。あー、やってしまった、これって物凄く無礼な行動だったのではー!?


 手にキスをされそうになって咄嗟に構えてしまった僕は、このまま無礼討ちにされるのではないかと脂汗をダラダラ流していたが、カローナ殿下は一瞬だけ驚いた顔をした後、すぐに優しく微笑むと、逆に僕に対して頭を下げてくれた。


「これは失礼、聖女ナツメ様。ナツメ様の故郷ではこういった挨拶はなさらないのですね。不躾な行動を謝罪させて下さい」


「あ、いや、こちらこそご免なさい」


 こんな無礼な仮面女にも爽やかな対応、これがイケメンと言うやつか。恐ろしい……。


「それでは、そろそろナツメ様もご用意があると思いますので今日の所はこの辺りでお暇致します。これからよろしくおねがいしますよ、聖女ナツメ様」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。カローナ殿下」


 何の御用だったのか分からないけど何だかいい人そうだったな。ところで僕のご用意ってなんだろ?

 そんな事を考えていると、カローナ殿下と入れ違いでコルテーゼさん達が戻ってきた。ん? コルテーゼさんたちが何かを手に持ってるぞ、それに物凄い笑顔で、え、何でセシルと葵先輩も笑顔なの? え、え……ナニカ イヤナヨカンガスル。


「さぁ、ナツメ様、今夜のパーティのために沢山のドレスをご用意致しましたよ!」


「グヘヘッ棗きゅんに似合いそうな可愛いのを取り揃えたよぉぉぉっ!」


「わ、私も微力ながらナツメ様を磨き上げるのに尽力させていただきます!」


「いや……僕はこのままの格好で「「「駄目です(でございます)」」」ヒェッ!?」


 どうやら僕はこのままおもちゃにされる運命から逃れることは出来ないらしい……。






 ――――…… side カローナ


「……うぉぉぉ、びっくりした!!」


 何!? あの仮面……凄い可憐な声が聞こえたからどんな美少女が出てくるかと思ったら、危うく失神しかけたー! でも、受け答えを見た限りいい人そうだったし、今夜お顔を拝見するのが楽しみかもな。あとは勇者様と聖騎士様か、どちらに会いに行こうかな。


「やっぱり異世界からいらっしゃっただけあって勇者様方ってのは面白いね。よっし、次は勇者様御本人に挨拶に行こう。どこにいるのかなっと」




 王兄カローナ。勤勉で人当たりも良く、姿も美しい彼の欠点はその溢れんばかりの好奇心と、もう一つ……

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