第二十八話 孤児院

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 不死騎団の進軍、今まで僕たちがこの世界に来て数ヶ月。余りにも平和だったために、頭では解っているつもりだったが忘れかけていた”驚異”が遂にその姿を現した。先程まで楽しげにしていた貴族たちも、慌てた様子で色々な指示を飛ばしたり避難をしたりし始めていた。


 僕らはと言えば、いまいち状況が理解できず、取り敢えずセシルの指示を待っていた。騒ぎが起こってからしばらくすると、ウォルンタースさんと近衛騎士の方々が会場に入ってきた。


「お待たせいたしました陛下。現在城壁の防御結界を展開いたしました。非番であった騎士も今こちらに集結しているところで御座います」


「ご苦労騎士団長。ナツメ様、アオイ様、ヒデヒコ様、お三方は騎士団長について避難をして下さいませ」


 ん? 避難?


「ちょっとセシル? 私達は魔王軍と戦うために呼ばれたんでしょう? だったら……」


「いえ、魔王軍の侵攻が想定よりあまりに早すぎました。特に今向かってきているのは不死騎団。死霊やアンデットで編成されるこの軍には、現在のアオイ様とヒデヒコ様の攻撃が通用いたしません。かといってナツメ様御一人ではあまりにも危険すぎます」


 そんなに危険な集団がここに迫っているのか。僕はこちらの世界に来て初めて恐怖を感じる。それと同時に戦うと言うことがどう言うことなのかを理解した気もする。今ここにある空気こそが生きるための戦いの空気なのだ。回りを見渡せば僕の見知った顔ばかり、先日のゴブリン退治はなんの大義もなかったから気後れしてしまってたが、僕は皆を守るためなら頑張るつもりだ。


「ご安心下さい。後少しレベルが上がれば皆様の力はこの様な軍に後れを取るようなものでは御座いません。それに城内であれば結界が御座いますので、先行してやってくるであろう悪霊のたぐいは中に入ることも出来ないはずです」


「なるほど、取り敢えず騎士団で対処可能ということなんだな?」


「……城内は完璧に守れると思います。不死騎団長の動きがよくわかっておりませんが、彼女は生身の体。この短期間で王都まで来れるとは思えません」


「街はどうなのかな?」


 先輩の問にセシルの顔が陰る。え、どういう事なの?


「街にも当然騎士団が向かいますが、相手は死霊。完全に守り切るのは難しいかと。特に郊外にある建物は、我々より死霊が先にたどり着いてしまう可能性も御座いますので、犠牲者はある程度出てしまうでしょう」


「郊……外……?」


 郊外にある建物と言えば、僕の脳裏に過ったのは孤児院。あそこは割と王都の外周に近い。


「セシル……孤児院は、子供達はどうなるの!?」


「……シスターリザは優秀ですので、もしかしたら騎士団がたどり着くまで持つかもしれませんが、子供達を全員守り切るのは難しいかもしれません……」


「ッッッ……!?」


 それを聞いた僕の頭は真っ白になった。僕は半ば無意識に仮面を取り出すと、即座に隠密を起動する。


「いけません、ナツメ様!? ウォルンタース、ナツメ様をお止めして!!」


 悲鳴に近いセシルの声が響き渡る。でも、ごめん。ここで安全に待っていたら孤児院のみんなが危ないなんて、そんなの許せるわけがない。隠密を全力で展開した僕は即座にドレスの上から守護のローブを纏い、僕の部屋へと走る。


 流石に隠密を起動した状態の僕を捕捉出来る人は居なかったおかげで、僕は部屋に置いてあったアメちゃんを回収することができた。すぐさま外に向かおうとしたが、行動を読まれていたようで、廊下にはウォルンタースさんや秀彦達がこちらに向かって走っているのが見えた。葵先輩も何時になく真剣な表情だ。カローナ様もいる。このまま廊下を通るのは難しい。


 僕は窓を開け放つと身体強化をかけて飛び降りた。結構な高さがあったけど、上がった身体能力を駆使して上手く受け身の要領で着地。即座に孤児院へ走る。馬で向かうほど早くは走れないけど、身体強化で上昇した今の僕の足はそれなりに早いはず。


 幸い城門は避難民を受け入れている最中だったため開け放たれており、僕は難なく潜り抜けることが出来た。しかし、門を出た時僕の目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。城壁の外には結界が張られており、それは薄い光の膜となっているのでよく分かる。城門に向かう大通りにも結界があるようで、そこには避難民のみなさんがひしめき合っていた。だが、それ以外の場所、街のいたるところに黒い霞のようなものが纏わり付いていた。


「これが、不死騎団の死霊……」


 どうやら僕の隠密はこいつらにも通じているらしく、僕に襲いかかってくることはない。でも近くに寄ると声が聞こえてきて気持ちが悪い。これは隠者の仮面のスキルによる物なのか? 外してみないとわからないけど、この状況でそれは自殺行為だ。路地裏とかには倒れ伏している人達も見受けられた。すでに魔力を感じないことから、彼らはすでに事切れてしまっているらしい。弔ってあげたいけど、今は急がなくては。


 路地裏の人達がこの状況ということは、孤児院も今大変な状況のはず。怒号が上がり、後ろの方で騎士団と死霊が戦闘を開始したのが分かる。ここは任せて僕は更に走る。道中襲われてる人達を何人か助けつつ、何とか孤児院が見えるところまで来た僕は悲鳴を上げそうになった。


 すでに教会には大量の死霊が取り付き、孤児院は完全に呑まれてしまっていた。教会の入り口では、断続的に光る何かが見えるので、恐らくシスターが奮闘しているのだろう。


「間に合って……お願い!」


 身体能力を揚げているとは言え、流石に息が切れる。足もパンパンだ。でも止まらない、止まれない。子供達の顔が僕の脳裏をよぎる。シスターが奮闘してるとは言え、みんなが無事とは限らないのだから。


「やっと着いた!!」


 たどり着いた教会の入り口は正に地獄絵図だった。逃げおくれた人達が倒れ伏し、入口付近に大量に転がっている。建物自体は悪霊を弾く特性があるのか、まとわりつく死霊達は中に入れずに居るようだけど、入り口だけはそう言うわけにはいかないようで、シスターリザが一人奮闘していた。扉を何とか閉めようとしている辺り、閉めることさえ出来れば籠城出来るのかもしれない。でも人手が足りてない。死霊を滅しながらではシスターは動けず、他の町人の皆さんでは、扉に近づくことすら出来ていない。


「シスター危ない!! 天光エクラ・リュミエール


 アメちゃんを翳し、法力を放つ。今正にシスターに襲いかかろうとしていた死霊は、僕の放った光に飲み込まれ、崩れ去っていった。


「は、え!? ナツメ様?」


「シスター無事でしたか!?」


「な、何故ここに!?」


「話は後です! 取り敢えず中へ」


 入り口付近にいた死霊をまとめてなぎ払い、そのまま教会の中へ入りつつ扉を閉める。良かった、中には結構な数の街の人達と一緒に孤児院のみんなの姿もあった。


「魔女おねえちゃん!」


 僕の姿を認め、泣きそうになりながらミリィがしがみついて来た。僕はミリィの体温を感じながら、間に合った事に心の底から安堵する。


「ナツメ様、城に居るはずの貴方がなぜここに?」


「ハァハァ、街が死霊に襲われたと聞いて、居ても立ってもいられず、抜け出してきちゃいました。死霊相手なら僕も役に立てると思って……」


「なんて事をなさるのですか!!!」


 僕の話を聞いたシスターは今まで見たこともないほどに激昂した。


「貴女は、貴女様方は人類の希望なのです。それがこの様な危険な真似を! 貴女はご自身の重要性をまるでご理解しておられない!!」


「あう……」


 うぅ、解ってはいたけどやっぱり怒られてしまった。でも僕は、それでも、大好きなみんなが死んじゃうのは我慢できなかったんだ。


「シスター、魔女お姉ちゃんをいじめないで!」


 僕が顔を俯かせていると、ミリィが僕とシスターの間に入ってかばってくれた。精一杯広げた手足が可愛らしいが、今はそれどころではない。こんなな小さい子に庇ってもらうなんて、嬉しいけど気を引き締めねば。ごめんねミリィ。


「有難うミリィ。でもね、魔女お姉ちゃんは悪いことをしちゃったから叱られなきゃいけないの。だからシスターを許してあげて?」


「うぅ~……」


 僕の言葉に一応納得してくれたミリィだったけど、まだ何か言いたいらしく、不満げにうめいている。本当にゴメンね。


「……まったく、これじゃあ私が悪者みたいになっちゃってるじゃないですか」


「ご免なさいシスター……」


「もう、仕方のない方ですね、ナツメ様は。でも……」


 ふわりと何か温かいものに包まれ顔を上げると、シスターが僕を抱きしめていた。


「有難うございます。先程は助かりました。本音を言えばもうだめかと思っていたんです。貴方のおかげで少しだけ希望が持てました」


「シスター……」


「取り敢えず、この教会の中にいれば暫くは問題ないと思いますが、それでも油断は出来ません。これからの事を考えますと、ナツメ様、貴方の戦力も頼らせていただくことになると思います」


「……もちろん、僕はそのためにここまで来たので」


「有難うございます」


 先程までの怒った表情ではなく、今は真剣な顔になったシスター。良かった、僕の独断は決して無駄ではなかったらしい。


「ですが、いざとなったらナツメ様は私達を見捨ててお逃げくださいね。ここまで来れたという事は、ナツメ様にはそのすべがあるはず」


「そ、それは……」


「それが最低条件です。それが出来ないのでしたら、私達はナツメ様のお力をお借りすることは出来ません」


「……はい」


 とても納得は出来ないけど、シスターの目には譲れない意思の光が宿っているように思えた。きっと、ここにいる全員が危険にさらされても、勇者召喚で呼ばれた聖女の僕を失うわけにはいかないって事なんだろう。出来ればそんな状況にはならないでほしいけど、もしそうなったら僕は……どうすれば良いんだろう。


「そんな顔をなさらないで下さい。厳しいことを申しましたが、要は騎士団到着まで籠城できればいいだけの話なのです。つまり、何もなければここに居るだけで大丈夫なのですよ」


「成る程、この教会は死霊達が侵入できない堅牢な砦って感じなんですね?」


「左様でございます!」


 そんなシスターの言葉を聞いた僕はミリィに促されて子供達の元に向かうことにした。子供達は僕の姿を見ると皆笑顔になってくれた。これだけでも僕はここに来てよかったと思う。


「魔女おねえちゃん、今日はいつもよりきれーなのねー」


「お化粧してるー、すごーい」


 あ、そう言えば今日の僕はお城で特殊メイクを施されてるんだった。汗とかかいちゃったけど崩れてないみたいだね。流石魔法の世界、化粧品の性能もすごいや。


「みんなー、魔女おねえちゃんが来たからにはおばけなんかみんなやっつけちゃうからね。安心してね」


「わーい!」


 僕の言葉に子供達から歓声があがる、このまま何もなければその内ウォルンタースさん達が来てくれるはず。僕に出来ることはこの子達を安心させてあげることだけだ。


 僕は子供達を励ましつつこのまま何も起こらないことを祈っていた。しかし、そんな願いは次の瞬間響き渡った大きな音によって遮られる。


 巨大な何者かが、教会の扉にぶつかる音が響き始めたのだ。


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