第二十九話 アワセヨウ

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 突然響き渡る轟音に、全員の視線が集中した。かく言う僕も今の音には驚き、扉の方に視線を釘付けにされる。暫く観察を続けていたけど、その後は特になにも起きていない。強いて言えば扉の方から聞こえる悪霊の声が少し多い気がする?


「シスター、この教会は悪霊の類を通さない結界が張ってあるのですよね?」


「はい、そうですね。悪霊に限らず邪悪な力を持った者にとって、この教会は近づきにくい物となっております」


「では今の音、かなり大きかったですが問題は無いですか?」


「本来、悪霊はこの様な音を鳴らすことすらできないはずなので、正直正確なことは言えませんが、恐らく問題は無い筈です。結界に阻まれ、声をあげるのが関の山かと。ただ、今扉を揺らした音は原因が判りませんので警戒はしておくのが良いと思います」


 ふむ、悪霊の類いにこの教会の決壊は壊せないし突破も難しいのなら、さっきの音はなんだったんだろう。確かに窓から見える範囲では、悪霊たちがのたくっているけど、こちらに対して何かを出来てはいないように見受けられる。


「シスター、悪霊は具体的にはどの様な攻撃をしてくるものなのですか? 魔法などが使えるのであれば今のような音も鳴らせるのでは?」


「いえ、それはありえません。彼らが使用する死霊術は、基本的に人間の精神を蝕むものです。それに結界がありますので直接攻撃をするのも難しいかと。それに悪霊は基本的に遠隔攻撃の類いはしてきません。彼らは直接接触することで人間の精神に干渉してくるのです」


「ふむ、それではいま外には悪霊以外のモンスターが居るということでしょうか?」


「それも考えづらいかと。いま来ているのは魔王軍不死騎団の尖兵と思われますので、肉体を持ったアンデッドと体を持たない悪霊は行軍速度が違うため、街を襲う不死騎団の行軍はいつでも先触れのように悪霊が大量に押し寄せることから始まります。基本的に彼らは軍を名乗ってはいますが、規則正しい動きなどはせず、ただただ生者への執着のみで動きますので規律の取れた行軍は難しいかと。……もちろん例外はあると思われますが」


「悪霊がなにか物を投げている可能性は?」


「……今外に見えている悪霊たちでは難しいかと。大型の死霊系モンスターには物理干渉する者も居ると聞いたことがありますが、少なくとも私が外で戦っていたときにその様な姿は見えませんでした。大型の悪霊は動きも遅いですからやはり行軍速度は遅いものと思われますし」


「うーん、それじゃあこの場で突然大型の悪霊が発生する可能性は無いですか?」


「……わかりません。少なくとも街中に突然悪霊が湧くという話は聞いたことがありません。彼らは魔素と呼ばれる負の魔力と人の死体が揃った場所に発生すると言われています。街中には生者の気が満ちておりますので、それほどの濃度の魔素は滅多に発生いたしません。魔素と言うものは生ける者と相反する者なのです。ですので街中で生まれるとしても小さな死霊がポツポツ湧く程度の筈なのです……」


 では、今外にいるような小さな悪霊がどうやってあんなに大きな音をならすことが出来たんだろう?少なくともあの音は気のせいとかでは無かった。間違いなくあの扉の向こうに、その音を鳴らすことが出来る存在がいる筈なんだ。原因を放置するのは危険な気がする……


「物理干渉する大型の悪霊はどの様にうまれるのですか?」


「申し訳御座いません。そこまでは判りかねます。大型の悪霊はその存在自体が大変珍しく、過去に目撃されたのも魔王軍の中に数体と言った感じでして。自然に発生した瞬間などは目撃例が無いのです。それに、もしその様な大型の悪霊が混ざっていた場合は、流石に私達の力で対抗は出来ないかと……」


 ふむふむ大型の悪霊が混じっていた場合は僕らの命運が尽きちゃう感じなのかな。怖いから居ないと信じたいけど、考えを放棄しちゃいけないよね。それにきっと時間さえ稼げれば皆が来てくれる筈。僕らは僕らに出来ることを頑張ろう。


「過去、尖兵の悪霊達に大型が混じっていた事は無かったんですか?」


「尖兵に混ざっていたと言うのは話に聞いたことはありませんね。大体大型の死霊が現れるのは、戦局が硬直した時などが多かったようです。恐らく移動速度の遅い大型は、ある程度軍が一ヶ所に足止めされている場合でないと、合流できないのではないかと言われてます」


 シスターの話を纏めると、どうやら大型の悪霊が暴れているわけでもないみたい?

 うぅ、でも何かがドアにぶつかっては居るんだよなあ。物凄く気になるけど扉の横には窓がないので外が見れない。

 

「魔女おねえちゃん……」


 僕が堂々巡りの思考に沈んでいると、僕の服の裾を小さな手が握っている。そちらを見ると、ミリィが不安げな瞳で僕を見つめていた。


 いけない、僕が不安な顔してどうするんだ。取り敢えずシスターが大丈夫だというのだからそれを信じよう。


「ミリィ大丈夫だよ。もし何かあっても魔女お姉ちゃんがおばけなんてすぐやっつけちゃうからね!」


「……うん!」


 気休めではあるけど、子供達を安心させるためにやせ我慢の笑顔をみせる。大丈夫、いざとなったら僕の身に代えても皆のことだけは守りきってみせるからね。僕が自信満々に宣言したおかげで、さっきまで怯えてた子供達に笑顔が浮かんだ、皆にしがみつかれてしまったから少し窮屈だけど、それで安心してもらえるなら安いもんだ。


 とは言え、音の原因は気になるから、取り敢えずそれだけでも調べておかなくちゃね。


「シスター、どこか扉の外を見れる窓などはありませんか?」


「そうですね、二階の部屋からなら、扉を直接見ることは出来ませんが、取り敢えず何が起こっているのかは確認できるかもしれませ……キャァッ!?」


 シスターの言葉を遮るように再び振動と轟音が扉から響く。何か大きな物がぶつかったような音だ。やっぱりこのままじっとしているのは危険だ。原因を調べなくては。


「シスター、子供達をお任せします。僕は二階から何が起こっているのかを確認してきます」


「は、はい!」


 僕はしがみつく子供達の頭を一人ずつ撫でてから優しく引き離し、アメちゃんを強く握る。僕の力で何が出来るかわからないけど、悪霊が原因ならその原因を排除できるかもしれないからね。大丈夫、ヒデ達が来てくれるまで持ちこたえて見せる。




 二階に上がると確かに教会の前面を見下ろせる大きめの窓が嵌った部屋があった。僕は念の為仮面をかぶり隠密を発動すると、窓の外を観察してみる。


「あれは……」


 ドアを鳴らしていた物の正体はすぐに見ることが出来た。玄関の前には大きな岩や木が散らばっており、何者かがそれを投げつけたのであろうという事が見て取れたからだ。


 しかし、投げつけた犯人が判らない。外を見回した限り、先程シスターが言っていたような巨大な悪霊の姿は認められなかったからだ。ただ、悪霊の数が多い。ここに来るまでに見た悪霊達とは違い、重なりあって蠢く姿はまるで一つの生き物の様だった。


 そして悪霊たちは教会の結界にへばりつきながら怨嗟の声をあげていた。結界に阻まれ、こちらには来れていないようだけど、その悍ましい光景は生きているものの本能に訴えるような嫌悪感と恐怖を与えてくる。例え安全な場所にいるとは言え、この光景を見続けるのは怖い。


「ツライ、イタイヨ……」


「シニタクナカッタ。ナンデワタシガ」


 ん? 悪霊達の言葉、さっきまで呻いているようにしか聞こえなかったのに、今は何を言っているのか理解できる様な気がする。


「カナシイ イタイヨ サムイ」


 間違いない、少し聞き取り辛いけど、間違いなく聞き取れてる……なんで?


 ……あ。



 ――――――――――


 ”隠者の仮面”


 耐呪(強)

 呪詛返し(強)

 警戒

 隠密 


 スキル 口寄せ


 死者との会・・・・・話ができる・・・・


 ――――――――――


 この仮面のスキルか! 念の為装備した隠密用だったけど、想定外にこの状況にあってたみたいだ。


 とはいえ、聞き取れたからとはいえ現状を変えられる情報は得られそうにない。なんだかとりとめの無い怨嗟の声ってだけで、あまり意味のある言葉を発してないぞ、こいつら……


「トオレナイ メノマエ イルノニ イキテル タクサン イルノニ」


「アワセル マタ アワセル モウイチド モウイチド」


 ん? さっきまでと違って悪霊同士が会話をはじめてる? どうも会話のような事をしているのは悪霊が密集して真っ黒になっている辺りからから多く聞こえてくる。あまりの密度で一体一体の境もわからなくなっているけどあれはどうなっているんだろう?


「アー ワセヨウ アワセヨウ」


 悪霊の一人がアワセヨウと言い始めてから、その周りにいた悪霊たちにもアワセヨウの声が伝播していく。アワセヨウ……合わせよう?


 ゾワッ……


 何だろう、凄く良くないことが起こっている気がする。


「アワセヨウ アワセヨウ」


「アワセテ ヤブロウ」


「シネバイイ ミンナ シネバイイ」


 ゆっくりゆっくりと悪霊達が集まり、その密度を上げていく。あれは、あれはなんだ?


 寄り添うように集まった悪霊は、やがてつぶやくことを止め密集していく。見る見るうちに濃度を上げた悪霊たちはより濃い黒に染まっていき、やがて少しずつその境界を失っていく。


「あれは、まさか融合してる?」


 境界を失った悪霊達は、まるで一体の腕のような形を取り始め、そこに生えていた街路樹を引き抜いた。


「いけない!」


 あんな物がぶつかったら、今度こそ扉が持たないかもしれない!

 僕は慌てて踵を返し、下の階に居るシスターたちに危険を伝えようとした。しかし、部屋を出た所で大きな音が鳴り響き、扉が砕かれる音が鳴り響いた。扉が失われると同時に結界に穴が開いてしまったのが感じられる。


「シスター! みんな!!」


「キャアアァァァァァァッ!?」


 部屋を出た先は吹き抜けになっており下階の礼拝堂を見下ろすことが出来る。そこには突き破られた扉の破片と、悲鳴をあげる子供達の姿が見えた。


「みんな二階に上がって! 早く」


「は、はい、みんな逃げるよ」


 扉が破られ、パニックになるかと思ったけど、シスターが即座にみんなに声をかけ、二階に上がってきてくれた。これなら、何とかまだ凌げる。

おばあちゃん、早速この杖使わせてもらうね!


 僕はアメちゃんを掲げると全力で法力を注ぎ込み、その力を開放した。


 ――――――――――


 紫石の宿り木アメテュトゥス・ウィスクム


 幻術

 幻術強化

 魔力増幅

 精神強化


 スキル 幻術展開


 世界樹の枝に幻を司る守護石アメジストをはめ込まれた神杖。

 術者の意思により幻術を展開することが出来る。紫の瞳を持つものにしか発動することは出来ず、またその適性により術の強度は変化する。


 ――――――――――


 みんなが二階に上がった瞬間に、悪霊の認識から二階をまるごと隠蔽する幻術を展開した。アメジストに強い親和性を持っている僕の幻術は、相手の精神に強く干渉するらしいので恐らく悪霊にも効果があるはず。


 おばあちゃん有難う。アメちゃん早速役に立ってくれました!


 みんなは何が起こったか解っていないようだったけど、僕が何かしたのは理解してくれたみたい。悪霊は扉を潜ると僕らを探しているのか階下をウロウロし始めた。動きが遅いお陰で、僕らが二階に避難したのは見られていなかったみたいだ。僕たちは息を飲み、見つからないように身を寄せ合うのだった。

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