百話記念閑話 愛しのゴリラにお弁当を

100話記念閑話。前話の続きでは無いですが、時系列的には前回のちょっとあとのお話。


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100!




 ――早朝の厨房、鍋の中ではコトコトと汁物が煮える音。僕はそれを聞きながら鼻歌交じりにネギを刻む。この世界、意外な事なのだが魔導調理道具がかなり発達しており、現代日本で調理をするのと手間がさほど変わらないのだ。更には、過去に居たという異世界人の知識で調味料等もかなりの物が揃っており、ある程度は日本食も再現が出来る。強いて言えば顆粒出汁や化学調味料の類は無いのだが。それ以外の物は探せばかなり見つかる。


転移当初は代用品探しに躍起になっていたが、今は殆どの調味料を発見済みだ。


「化学調味料に関しては、鰹節とかはちゃんとあるから無くても問題ないんだけどね……」


 それに一からちゃんと出汁をとって調理すると、なんとなく料理に気持ちが込められるような気がするので僕は割とこれも気に入っているのだ。おいしくなーれ、おいしくなーれ……


「……よし! 完成!!」


 だし巻き卵にご飯。シャケによく似た魚の塩漬け。それにお味噌汁もどきと白和えもどき。なんでもどきかというと、味噌や豆腐の材料が微妙に日本とは違うから、風味に多少の違いがあるんだよね。これはこれで美味しいから問題ないんだけどね。


「これに浄化ライニグング済生卵をつけまして。じゃーん、聖女謹製和風朝ごはんの完成!」


 朝からなぜこんな事をしてたのかと言いますと。不詳清川棗、実は現在、こ、ここ、こ、恋をしておりまして。業腹ながら片思い中の僕は、そ、その、好きな男の胃袋を掴もうと思っている訳でございます。幸い相手はゴリラのような男なので、餌付けの効果は計り知れません。ひょっとしたらいずれはペットにできるかもしれない。しないけど……


 僕は出来上がった料理をトレイにのせると、三階にある親友の部屋へと向かう。途中構って欲しそうに柱の陰から金髪の何かがこちらを見つめていたけど、今はそれどころではないのでスルーした。無視された事に気がつくと、捨てられた子犬のように鳴いていたけど、どうせストーキングしてくるので今は放っておく。料理が冷えてしまっては台無しなのだ。


 ――ドアの前で深呼吸。前はあいつ・・・に会うのに緊張なんてした事なかったのに。最近は拗らせまくってあいつの顔を直視するのも難しい。僕がまだ男だった頃は、ただのゴリラにしか見えなかったのに。最近ではそのゴリラにドキドキしてしまうのがちょっと悔しい。


「スゥーーーーッ」


 深呼吸をしてからノックをする。トントントン。


「ヒデ、起きてるかー? 餌の時間だぞー」


 中からの反応はない。まだ寝ているのかな? よろしい、ならばノックのオカワリだ!


「おーい、折角御飯作ったんだから開けろゴリラァ! 冷めちゃったら勿体ないだろー。起きろー、ゴリラゴリラー!」


 むぅっ! まだ起きない。何だこのやろう、野生動物のくせに朝が弱いなんてありえないだろ。たるんでいるぞ秀彦三等兵! ここがジャングルだったら死んでいるぞキサマー!


 僕が鬼のようにノックをしていると後ろに気配を感じた。


「おや、ナツメ様」


 突然掛けられた声に振り向くと、そこには新緑を彷彿とする涼やかな緑色の髪をなびかせた麗人、グレコ隊長が立っていた。まだ早朝だと言うのに凛とした佇まいは常に崩れない。改めて陽の光の下で見ると、まさに大人の女性と言った感じで凄く綺麗な人だ、僕は思わず見とれてしまう。僕もいつかはこんな美人さんになれれば良いなと思わず憧れてしまうね。


 ――憧れ、か……僕もすっかり女の子の感覚に慣れてきてしまった気がするな。ちょっと前だったらショックを受けたかもしれない。けど今はもう、こちらの感覚が日常になりつつあると自分でも感じてしまう。


「おはようございます、グレコさん!」


「はい、おはようございます。ナツメ様、ヒデヒコ様にご用でしたら今日はこちらにはいらっしゃいませんよ」


「え、そうなんですか……」


 グレコさんの話によれば、秀彦は朝早くから教会聖騎士団の訓練所で、騎士団の皆さんの稽古をしているらしいとの事。なので今日は夜までこちらの宿には帰ってこないらしい。


 ――仕方ないな、そういう事なら。


「……何品か増やしてお弁当にしてこよう。それじゃあグレコさん、またね」


「はい、行ってらっしゃいませ、ナツメ様」


 僕は来た道を急いで戻って、今作った朝ごはんをお弁当にアレンジすることにした。




「……ふふ、あんなに急いで。ナツメ様は本当にヒデヒコ様がお好きなのですねえ」


 後ろでグレコさんが何かを言っていたような気がしたけど、献立を考えながら走り去った僕の耳には殆ど聞き取ることはできなかった。



 ……――――



 結局、生卵を卵焼きに作り変えて、更に唐揚げを増やして箱に盛る。ブロッコリーやプチトマトで色合いを整え、更にご飯をおにぎりにして、先程の出汁に使った鰹節でおかかを作ったりしてたら、大分時間がかかってしまった。お味噌汁は保温機能つきの水筒に入れておく。これで準備完了。


「それではみなさん行ってきます。」


「あ、お待ちくださいナツメ様、ただいま護衛のものを……」


 後ろが慌ただしいけど今はそれどころじゃない、それにどうせ僕にはストーカーが付いているので、護衛なんかいなくても身の危険は無いのだ。今も後ろからネットリとした視線と舌舐めずりが聞こえるもん……身の危険、無いよね? 無いと思いたい……なるべく人目の多い道を選ぼう。


 僕はお弁当の入った包を二つ持って、一人(?)で聖都の大通りを進む。数日前まで教皇崩御の悲しみに街全体が沈んでいたけど、今は活気を取り戻しつつあるみたい。こころなしか、聖都に来た頃よりにぎやかなぐらいだ。アメじいちゃんが言うには、警備の最高責任者であるリーデルさんになにか心境の変化を感じたとの事。真面目一辺倒で融通のきかなかった彼には、いい変化だったのではないかとアメじいちゃんは笑っていた。


 だけど、僕に対しては相変わらず厳しい視線を向けてくるような気がするのだけどね。あの人とは出会いが最悪だったから仕方ないね、何れは打ち解けられるといいのだけど。そんな事を漏らしたら、グレコさんが「それだけが原因ではないような気がしますが……」と、言っていた。解せぬ……


 ――そんな事を考えているうちに、僕は教会聖騎士団本部にたどり着いた。確か訓練場は本部の裏にあったはずだけど、無断で入っちゃまずいよね。早速門の近くで警備をしている騎士さんに挨拶をする。


「ごめんくださいー」


「ん、どなたですか……て、聖女様!?」


「あ、こんにちは!」


 挨拶をすると、一人の騎士が僕に気がついてくれた。この人は森の遠征には居なかった人だな。はじめまして。一応向こうは僕の事を知っていてくれたようなので安心した。でも、何故か目が泳いでいて少し落ち着きが無い、今日は仮面はつけてないから怖く無いはずなんだけどな? でも他に人は見当たらないので、この人に色々聞いてみよう。


「あの~、ヒデ……聖騎士秀彦はこちらにおりますでしょうか?」


「あ、は、はいい! ヒデヒコ様なら奥に見えますあちらの訓練場にて、我々に稽古をつけてくださっております!」


「ご丁寧にお教えいただき、ありがとうございます。それではお仕事頑張って下さいね」


「あひ、光栄でございます。粉骨砕身の覚悟で職務に望みます!!」


 ペコリとお辞儀をしてお礼を言うと、騎士さんは何度も何度もお辞儀を返してくれた。まるでメタルバンドのライブ客みたいになっているけど大丈夫だろうか?


 きっとすごい真面目な騎士さんなんだろうな。顔が真っ赤だからひょっとしたら風邪でもひいていたのかもしれない。それでも職務に励むと言うのはすごい責任感だ。


 だけどあまり無理はしてほしくないな。周りの人にうつしてしまうかもしれないし、なにより彼自身になにかがあっては取り返しがつかない。


 取り敢えず僕は心のなかで騎士さんの無事を祈りつつ、言われた施設へと歩いていった。近づくにつれて訓練場特有の、怒号や金属のぶつかり合う音が聞こえてくる。その中に僕も良く聞き慣れた声が混じってるのがわかり、自然と小走りになってしまった。


 分厚い引き戸を開けると、中の熱気が溢れ出し、先程までかすかに聞こえていたものがはっきりと耳朶を震わせる。嘗て柔道部だった頃に感じた熱気。忘れてかけていたの頃の記憶が少しよみがえった。


「――よぉし、良い動きだったぞ! もう一本だ。来い!」


「は、はい!!」


 部屋の中、そこには秀彦と、秀彦を囲む数人の騎士、そして地面に大の字でのびるキースの姿が見えた。ヘミングさんはまだ奮闘している辺り、キースのへっぽこさが際立っている。リーデル団長を助けた勇姿はどこに行ってしまったのか?


 ――しかし、こうして改めてみると、ヘミングさんは教会騎士団のなかでは割りと動きが良い方みたいだ。あの時入れ替わるのはキースにしておいた方が全体の戦力的にはよかったのかもしれない。ごめんねヘミングさん。


 そんな事を考えているうちにも状況はどんどん変化していく。具体的には次々騎士団の面々が秀彦に伸されていくのだ。突き出される剣をいなし、時に投げを放ち、時に盾で弾き、蹴りや体当たりの体術も駆使しながら、なだれ込む屈強な男たちを次々地面に沈めていく。激しい運動で汗や埃にまみれているけれど、僕にはそんな姿さえも綺麗に見えてしまった。


 ――いつもはどこか抜けてて、ガサツで、学校に居た頃は何を考えてるのか解らない脳筋ゴリラなんて言われていた。だけど、僕は知っている。

 思っている事を言葉にするのが苦手で、直感で行動に移すから誤解されているけれど、秀彦はいつだって周りの人の事を気にかけて、自分がやるべき事を黙々と行う真面目な奴なのだ。


 今だって、先輩と違ってファンタジー世界に興味のなかった秀彦は、女神様の願いも、王国の頼みも聞く義務はなかった筈なんだ。なのに秀彦は戦っている。先輩や、この世界の人の為に。あんなに強くなるまで一言も文句も言わず、ひたすらに努力をした。いくら僕らが女神様の加護を持っているとはいえ、あそこまでの戦闘技術を身に付けるのは、並大抵の努力ではなかったはずだ。だって僕らは只の日本人高校生だったのだから。


 ――まあ、何故か先輩は最初からめちゃくちゃ強かった気もするけど。あの人の事だから、たぶん日本で猫被ってた時からこっそりどこかで斧を振ってたに違いない。本当によく化けの皮が剥がれなかったな……


 その後も、復活したキースや、他の隊員を相手に、圧倒し続ける秀彦。僕はその姿に暫し見とれ、ボーっと眺めていた。正直、ものすごくかっこいい。胸がドキドキして顔が熱くなってしまった。うっかりすると変な声が出そうになってしまう。……そのせいで、吹き飛ばされてきたヘミングに対して反応が遅れてしまったのはまさに僕の不注意だったと言える。


「キャアッ!?」


「ッどうした!?」


「いてて……て、聖女様!?」


 間抜けにもヘミングの直撃を受けた僕は、ヘミングの巨体に押し潰されてしまう形になってしまい、訓練場の固い床に叩きつけられてしまった。



 ……頭を打った僕は、そのまま気が遠くなっていく。




 ……あ、お弁当が。

 

 暗くなっていく僕の視界の端に、床に転がる二つの包みが見えた。





 ……――――




 ――目を覚ますと、まず僕の眼に飛び込んできたのは見知らぬ白い天井。


 ――そして横からは魔獣の呻き声のような低く唸る声……秀彦のイビキが……ってお前かい!!



 どうやら僕はあのまま意識を失ってしまって医務室に運び込まれてしまったらしい。ということは、横にいるゴリラは僕の事をずっと看病してくれていたのかな? だとしたら嬉しさもあるけど、ちょっと申し訳ない気持ちにもなる。


「ゴリラさん、ゴリラさん。ひょっとして練習を切り上げて、僕を看病してくれたのかい?」


 指で鼻の頭をつんつんするとむずがるように嫌がるゴリラ。


「――ふふ、こうやって眠っている時は、まるで子供の頃みたいな顔してんだなお前……」


 なにか良い夢を見ているのかな? いつもどこか不機嫌そうに眉間に皺を寄せている顔ではなく、どこか間の抜けた表情になっている。つんつん突っついたりほっぺたをムニムニすると一々反応があるのが可愛らしい。僕は嬉しくなって、しばらく秀彦の顔を弄っていた。


「…………おい、何してるんだお前」


「わひゃいっ!?」


 面白くてついつい弄りすぎてしまったらしい。あんなに可愛い顔だったゴリラが、まるでゴリラのような形相のゴリラになっていた。


「い、いやー、よく寝てたから、ひょっとして死んでるのかなって思ってね……ははは」


「――馬鹿、死んでたのはお前だ。ぐったりしやがって、マジで焦ったぞ」


「あ、あはは……」


 いかんいかん、僕の不注意で心配をかけてしまったらしい。僕は素直に非を認めて秀彦に謝った。どうやら訓練の方も切り上げたわけではなく、僕を医務室に運んだあとはきちっと訓練再開していたとの事で、僕はすこしだけホッとした。


 ――訓練終了後は、すぐに僕の元に来てくれたらしいけど、疲れていたのでそのまま眠ってしまったらしい。ふふ、そうかー。すぐに来てくれたのかー。ふふ、ふふふ……



 ……

 …………

 ………………!


 あ、そうだ。お弁当!! ここに来た目的を忘れてた! ……そう言えばヘミングさんに潰されたとき手放してぐちゃぐちゃになっちゃったんだった。


思い出してショボくれていると、僕の視界の端に、見覚えのある包みが置いてあった。


 あれは……


「あ、それな。中身めちゃくちゃだったけど俺に持ってきてくれた弁当だろ? ありがたく昼飯にいただいたぜ?」


「え……でも落としちゃったのに」


「まあぐちゃぐちゃではあったけどな。幸い箱から飛び出してた訳じゃないから遠慮なくいただいたぜ。ありがとな!」


「食べたの!?」


「当たり前だろ? 見た目はともかく、めちゃくちゃ美味かったぜ?」


「……そっか、そっか美味しかったか」


 そっか、ちゃんと食べてもらえたんだ、よかった。

 朝から空回りして。遙々こんな所まで来たあげくに潰されて、お弁当もひっくり返しちゃって散々な目に遭った。


 ――だけど、秀彦の笑う顔で全部救われた気がする。ありがとう、秀彦。


 でも……


「……あれって僕の分も入ってたんだけど?」


「な、なにぃ!?」


「あーあ、僕は朝からなにも食べずに作ってきたのになあ~」


「……う」


 僕の言葉にうろたえる秀彦。本気で申し訳なさそうにしちゃっている。

 ふふっふ、馬鹿だなあ、ほんとうに怒ってるわけないのに。僕はベッドから起き上がるとくるりと秀彦の方を向いて笑いかける。


「ま、いいよ。もう夕方だからどうせ腹減ってるだろ? 晩御飯食べにいこうぜ!」


「……お、おうっ! そうしよう」


「もちろんヒデの奢りな!」


「お、ぅおう……」


 僕は、一瞬微妙な表情になった秀彦の手をとって椅子から引っ張りあげた。秀彦はなんとも言えない顔をしていたけど、僕の手を優しく握り返してくれる。その暖かさを感じるだけで僕の心が幸せでいっぱいになっていくのがわかった。


 色々あった日だったけど、今日はとてもいい日になりそうだ。今日の夕飯は奢ってもらえるようなので、お礼に今度またお弁当を持ってきてやろう。僕はそんなことを考えながら、いつもよりちょっとだけ秀彦との距離を近めに歩いていった。


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