第十三話 僕の……どう思う?




 結局僕はシスターの声に驚き慌てて仮面をかぶり直したから、その後顔を晒すことはなく夕方まで聖女の修行に勤しんでいた。子供達は口々に綺麗と言っていたが、それで僕が仮面を取ることはなかった。が、なんとなく子供達の言葉に思うところはあったので少しだけ心に引っかるものがあった。


「――……はい、結構です。聖女ナツメ様、流石でございますね、まさか一日で簡単な治癒系聖魔法を一通り習得されるなんて」


「……ふぅ」


 どうやら女神様の加護は伊達ではないらしく、僕の法力適性はとても高かったらしい。ただ、傷を治す練習として、ネズミに傷をつけて治す練習はちょっと見ていて痛々しかったので、城に戻ったら自主練習で早く一人前を目指そうと思う。ネズミさんには申し訳ない気持ちでいっぱいだったので、念入りに、体中健康になるようにと、一所懸命法力を注がせて貰った。


「それでは日も傾いてきましたし、今日はここまでに致しましょうか。ウォルンタース様」


「うむ、ナツメ様お疲れ様でした。それでは私は馬車の用意をしてきますので、ここで暫くお待ち下さい」


 シスターの声にウォルンタースさんが頷き、帰りの支度を始めると、子どもたちからは一斉に不満の声が上がった。


「えぇー、魔女おねえちゃん帰っちゃうの?」


「やだぁー!!」


「こら、貴方達! 魔女お姉ちゃんじゃなくて聖女ナツメ様でしょ!」


 帰りを告げると、子供達がワラワラと群がってくる。今日一日一緒にいて、魔法修練以外はずっと一緒に遊んでいたからすっかり懐かれてしまったようだ。中には泣いている子も居るくらいだ、ちょっと嬉しくて涙腺が緩みそう。


「泣かなくてもまた来るから大丈夫だよ。また新しい紙芝居も作って上げるから泣かないでねー」


 僕がそう言っても中々離れず、足にしがみついて泣いて縋ってくる子も居た。そばかす顔が可愛らしいの赤毛の女の子、たくさんいる子供達の中で一番懐いてくれたミリィちゃんだ。小学校低学年程度の年齢なのだろうか、彼女は妙に僕を気に入ってしまったようで、一日中ローブの裾を掴んで付いてきた。驚いたのは治癒魔法の修練中もずっと傍らでその様子を見ていた事だ。僕がネズミの傷をふさいだりするのを横でずっとニコニコ眺めていた。だからお別れの時間に感極まってしまったんだろう。それによく見ると他の子たちも一様に寂しそうな顔を浮かべている。


「ミリィ、泣かないで。魔女ねえちゃんまた遊びに来るから、ね?」


「うぅ……」


 僕の胸に顔を埋めてイヤイヤと首を横に振るミリィ。ここまで懐かれてしまうと帰らなくてはいけないのに、なんとも言えない気持ちになってしまう。暫く顔を埋めていたミリィだったが、どうやら僕が困ってしまっているのに気がついたようで、目をグシグシこすりながら離れてくれた。そして、僕の顔を見上げると、泣きべそをかきながら僕に信じられないお願いをしてきた。


「魔女お姉ちゃん……」


「うん、なんだい?」


「あのね、最後にお顔みせて?」


 うん?なんで??


 ミリィの言葉を聞いた他の子供達からも、「見せて」コールが巻き起こる。なんだこれは……。


 なんかリザさんもこっち見てうんうん頷いてるし。まあ、一回見られてるから今更見られてもいいけどね。男顔聖女、よっぽど面白かったんだろうなあ。しょうがない、魔女お姉ちゃんが最後に皆を笑わせてあげよう。お姉ちゃん今日は出血大サービスです!


 僕は隠者の仮面に手をかけ、意を決してこれを外した。


「ほらミリィ、魔女お姉ちゃんが魔女お兄ちゃんになっちゃったぞぉ?」


 しかし、大きくウケを取れると思った男顔公開は、いまいち想像していたリアクションをもらえなかった。


「……やっぱり魔女おねえちゃんきれい」


 ミリィはにっこり笑ってそう言った。


 周りを見ても笑ってる子供はおらず、シスターはまたしても謎の奇声をあげていた……なんで?


 ――不思議に思いつつも外に目を向けると、ウォルンタースさんが迎えに来てくれていたので馬車に乗り込む。ミリィもシスターも他の子供達も、いつまでも姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。次に来るときはもっと面白い新しい紙芝居をやってあげよう。ガタゴト揺られながらそんなことを考えていた。


 それに最後のみんなの反応も……


「…… 一日目のお勤めお疲れ様でした、ナツメ様。子供達との触れ合いはどうでしたかな?」


「んぅ?」


 なんだろう?ウォルンタースさんの表情が硬い。


「そうですね、皆とてもいい子で可愛かったですね。また是非行きたいと思います」


 ニコリと微笑みながらそういったつもりだけど考えてみたら仮面被って居るんだった……。 そう言えばミリィは僕の顔を綺麗だと言ってくれたなあ。あの子は優しいから色々察してくれたのかもしれない。


「その、子供達も言っておりましたが、私もナツメ様のお顔はお美しいと思っております。ですので……」


「ありがとうございます、ウォルンタースさん。でも僕はもう気にしてませんから、あまり御自分を責めないでください」


 んぉぉ!?ウォルンタースさんがすごい顔している。小声で「違うのです、違うのです……」とか言ってるけどどう言う事なんだろう。うーん、まさかと思うけどミリィやウォルンタースさんが言うように僕の顔はそんなに変なものではないんだろうか?


 そんな事を考えていると大きな城門が見えてきた。


 ――そうだ、こういう時は僕に気を使わないやつに相談すれば良いんだ。


「さ、ナツメ様着きましたぞ」


 ウォルンタースさんが手をとって僕を降ろしてくれる、こういうところは流石の騎士団長様だね、とても紳士だ。馬車の停泊所には既にコルテーゼさんが控えていてくれて、うやうやしくお辞儀をしてくれていた。


「ただいま戻りましたコルテーゼさん!」


「お帰りなさいませナツメ様、アオイ様とヒデヒコ様もお待ちで御座います。こちらへどうぞ」


 お、秀彦達ももう戻っているのか、丁度いいや。


「こういうのはヒデに聞くに限るよね!」


 問題解決方法を思いついた僕は、足取り軽く城に戻っていった。




 ……―――― side ゴリラ




 騎士との合同練習は、思ったよりきつくて楽しい。俺らは女神様の加護? とかがあるって聞いてたから、てっきりこう、なんて言うんだ? 姉貴が言うところのチート? ってやつなのかと思ってたんだけど、案外騎士の皆さん方の実力は凄かった。特に副団長さんには全然歯が立たなかったものなあ。


 とは言えこっちも素人ではないから、普通の騎士の皆さんには何とか勝つことも出来たけどな。


 まあ副団長さんが言うことには、魔物を狩るようになったら一気に俺たちのほうが強くなってしまうって話だったけど、しばらくはここで騎士の基本を学ぶって話だったからな。当分の間はこのキツイ訓練が楽しめるんだろうさ。自分が力をつけることが実感できるような修行は俺の望むところだ。これからのことを考えると思わず顔が緩んでしまう。


「お前は本当にこう言うの好きだねえ、ヒデ」


「そう言う姉貴は、学園アイドルとか言われてる割には斧振り回すの上手かったな……」


 正直姉貴の二刀流はメチャクチャなのに、ちゃんと騎士の皆さんに通用していた。これで学園一のアイドルとか言われていたんだから不思議でしょうがねえ。アイドル然とした美少女って言うならどっちかってぇと、棗のヤツのほうが……。


「そぉいっ!!」


「うぉわ、ヒデ!?いきなり壁に頭を叩きつけるなんて……ヨガか!?」


「な、なんでもねぇ、ていうかヨガでもねえ。気にすんな」


 うぅ、俺は今何を考えた。あいつが女になってから調子狂うわ……男の頃はどんなツラしてても気になんなかったけど、女になってからのアレ・・は何なんだ、反則だろう。しかもそんな自分に無自覚なのが糞だ。姉貴とか女王様とか騎士団長さんとかはあいつの仮面外そうとしてるみてぇだけど、正直俺は今のあいつの顔まともに見るのにしばらく時間が欲しい。正直あの仮面はありがてえ。


「……ーぃ、おーい、秀彦ゴリラー」


「ウッヒョオォォォォゥ!ナッツメキュゥゥゥン!!!!」


「ふぎゅぅっ!?」


  噂をすればなんとやら、振り向けば棗が姉貴の胸部装甲に埋もれていた。


 ……と、珍しいな、あの不気味な仮面外してやがる。


「よぉ、棗。そっちも今帰りか?」


「もがっ、先輩放して、は・な・し・て!」


 一応声を掛けるが棗はそれどころでは無いようで、姉貴をベチベチ叩いていて俺の声は届いていないようだ。


「はぁぁぁー、棗キュゥゥン、かわいいでちゅねかわいいでちゅね、お勤めご苦労ちゃまぁ。フヘへ♪ クンカクンカ、ほわぁ~棗君成分が鼻から、かぐわしい、ゲヘヘ……ゴフゥッ!?」


 おぉ、内側からまっすぐ刺さるようなレバーブロー。こっち来てから狙いがシャープになってやがる。あいつ腕を上げてるな……じゃなかった。


「んで、棗、わざわざ遠くから声かけてきたってことはなにか用があるんじゃないのか?」


「ん、そうだ!そうだった、ヒデに聞きたいことがあるんだよ」


 口からキラキラしたものを出しながら崩れ落ちる姉貴に目もくれずこっちを見つめる棗。本当に姉貴に対してのみ容赦なく酷いなこいつ……。


「あのな、もしかしてなんだけどさ……」


「あん?」


「もしかして僕って可愛いのか?」


「はぁっ!?」


「!!」


 輝くような笑みを浮かべてこっちに顔を向ける姉貴、不安そうに見上げてくる親友、そしていつの間にか柱の陰からこちらを見つめる女王、騎士、メイドの三人。おい、お前らいつからそこに居た!?


「なぁ、教えてくれよ。こんな事、お前にしか聞けないんだよ」


「う、うぅっ……」


 やめろ棗、そんな目でこっちをみるんじゃねぇ!くっそ、何だドキドキしやがる……いやいやいや!?


 ……姉貴、なんだそのツラァ!! 口からなんか垂れてるくせに! 女王様達ももう隠れても居ないし。何だ、何だこの状況は!?


「……ぅ、うんとだな、お前の顔はあれだ」


「……うんうん」


「あー、前と変わんねえよ」


「……そっか、そうだよな、ありがとうなヒデ、変なこと聞いた」


 ちょっと小さくなった声でそう答えると棗は再びあの仮面を被っちまった。


 ……まて、姉貴、待て。仕方ねえだろ今のは!? 何で斧を振りかぶってやがる……ぁぁぁぁぁっ!?


「ちょ、先輩!?」


「棗くんは黙ってて、このゴリラにはお仕置きが必要なの!!」


「だからって斧で殴っちゃだめだよ!? って、ウォルンタースさん……え、女王様? 何で棍棒を振り上げて??」


「止めないで下さいませ! 私もこの秀彦様朴念仁には少々お灸が必要であると考えます!!」


「うぉぉ……」


 俺が悪いのはわかるんだが、どうもコイツラは棗の事になるとおかしくなっていると思うんだ。今のは俺は悪く無ぇぇぇっ!!


 ……そんなことを考えている内に俺の思考はブラックアウトしていった。

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