第十四話 情緒不安定
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結局、女王様と先輩に懇願されて、僕の仮面はなるべく使用を禁止されてしまった。愛着が湧いてきていたので少しさびし気もする。
「結局の所、顔を隠して暮らすってのは信用を置けないって事だもんね」
「外す理由はそれが原因じゃねえと思うけどな。とりあえず
「うん? 何を言いたいんだ?」
「そうかー、分かんないか」
「言いたいことあるなら言えよ? 変なやつだな」
「変なのは……」
突然僕の視界は真っ暗になり、全身をタオルでぐるぐるに巻かれていく。
「お前だこの痴女!! 男湯に当たり前に入ってきてるんじゃねえええええ!!!」
「もごぉ!?」
そのままゴリラは僕を小脇に抱えて外に走り始めた。
「おいぃ、姉貴!! このナチュラル痴女、ちゃんと見張っておけぇ!!」
「えぇっ!? 棗君またそっちに行っちゃったのかい?」
遠くから葵先輩の声が響き、僕は簀巻きのまま受け渡される。どうやら僕の
「もう、もうもう、棗きゅんは照れやさんだにゃぁ。今や女同士なんだから、私達はお風呂で抱きついたりおっぱい揉んだり、キャッキャウフフする必要があるのだよ」
「もがぁもががっ!?」
「うへへへ、私がじっくりたっぷりねぶりあげるように、隅々まで洗ってあげるからねえ~、グヘヘグヘヘ……」
「もがぁぁぁ!?」
た、助けて秀彦……秀彦ぉっ!?
僕の悲鳴は秀彦に届くことはなく、女湯の湯気の中へと溶けていった……。
……――――
「……むくれるなよ、棗」
「……」
「お肌ツヤッツヤになったじゃねえか?」
「……ッッ!!」
「痛え!? 無言でなぐってくるんじゃねえよ!」
僕を
「痛え! 悪かったよ、でもな、お前はもう
「ふぐぅっ」
「!?」
”女になった。”秀彦のそんな言葉を聞いた瞬間、僕の目頭が熱くなって思わずポロポロと涙がこぼれてしまった。何だこれは、僕はこんな、人前で泣いたりはしなかったはずだ。なんだよこれ、止めようと思ってるのに涙が勝手に……。体が女の子になって、心も弱くなってしまったのか。
訳が分からない、何で、こんな……。
「お、おいおい、何だよ、何で泣くんだよ」
「五月蝿いゴリラ、僕は泣いてなんかない!」
「ぇえ……」
思わず大きな声を上げてしまった。動揺する秀彦が見える。
うぅ、我ながらメチャクチャだ、ごめん秀彦、訳解んないよな。でも、僕もわけがわかんないんだ。
我慢しようと思ったら余計に涙が止まらなくなって、情けなくて、何だか悔しくて、もうどうすれば良いのか分からなくなった時、僕の頭に温かい何かが触れた。
「……その、なんだ、こんな事になって落ち着けってのも難しいだろうけどな。なるべく落ち着いて聞け?」
頭に乗ってたのは秀彦の手の平だった。いつもならこんな事されたら気持ち悪いと思うものだけど、何故か今はこの大きくて暖かい手にホッとする。ゆっくり撫でてくれる手に、僕の涙は徐々に減っていった。
「俺もつい強く言っちまったけどな、お前が女になって戸惑ってるんだよ」
秀彦は不器用に頭をなでながら、一所懸命言葉を選んで僕に話しかける。普段ガサツだけど、こういう時は本当に優しい良いやつだ。
「多分な、お前はいきなり性別が変わっちまって、心と体のバランスがめちゃくちゃになっちまってるんだ」
「……」
「だからよ、感情とかも制御できなくなってるんだと思うんだよ。だから恥ずかしがらずに今は泣くだけ泣いちまえ、幸い今は俺しか居ねえからな」
秀彦は僕の頭を子供のようにくしゃくしゃに撫で回したあと、髪の毛を整えてくれた。
「……あ」
そして髪を整えたら手を離した。頭から暖かな手が居なくなってしまった事に思わず声が出てしまって顔に熱があつまる。
……ただ、さっきまでと違って心が落ち着いた。
「……ヒデ」
「ん?」
「……ごめん、あと、ありがとう」
「おうっ!」
いつも見慣れた満面のゴリラスマイルに心が落ち着くのを感じる。本当にさっきまではどうかしてた。もう大丈夫だ。
「よっし、変なところ見せちゃったな、もう大丈夫」
照れくさいけど、まあこいつだけしか見られてないから大丈夫、こいつはあんな事ぐらいで僕を変な目で見たりしないからな。豪快に笑う秀彦の顔を見ていると、なんだか胸の中が暖かくなるような気がする。ふと横を見ると視界の端で、葵先輩とセシリア女王が笑顔でうなずいて……。
「ギィェェェェェッ!!!」
「棗君、どうしたんだい!?突然怪鳥のような声をあげて!」
「いや、何しれっと現れてるんだよ……あとセシリア女王はなんで鼻血だしてるんだよ」
「グフッ、い、いえ、朝から尊いものを、ありがとうございました」
「意味分かんねえよ」
鼻血を垂らしながら何故かサムズ・アップする女王、いや、そんなことより今のを見られていた!?青ざめた顔で葵先輩を見ると、うわぁなんてムカつく笑顔でこっち見てるんだ……。
「ヒ、ヒデ、ご飯、行こう……」
「お、おう」
一刻も早くこの状況から逃げ出したい、そう思い僕は秀彦を連れて食堂へと移動する。慈しむような笑顔を浮かべながら無言でついてくる先輩はウザったいので昨日覚えた岩壁の結界に閉じ込めておいた。後ろからなにか悲鳴が聞こえるけどもう知らない。
「おい、あれって空気穴的なものはあるのか?」
「あ……」
ごめん葵先輩、慌てて戻ったら白目を向いていた……。
――――……
とりあえず今日は昨日と違って僕も二人と一緒に訓練をするらしい。やっぱり治癒術を扱う身としても、護身術ぐらいは出来ないと不味いらしい。それにパーティというのは連携を取れないとどうにもならないらしいから、週に一回孤児院に行く時以外は僕も練兵所で一緒に訓練をする。
「さて、アオイ様。ヒデヒコ様は昨日もなさっているので説明不要かと思いますが、ナツメ様は今日が初めてですので説明をいたします」
「はい」
「基本的に訓練は午前中に基礎、昼食の後には実戦形式の訓練となります」
午前の基礎は、まず棒や木剣を使って色々な武器の使い方や素振り、足運びを学び、その中で適正のある道を探すみたい。 だけど、僕達の場合女神の
「つまり俺は盾と剣、姉貴は両手に斧って訳なんだけど、姉貴の戦術は正直我流過ぎてどうにもならないらしい」
「うへへぇ、褒めるなよぉ照れるぜぃ!」
「褒めてねえよ!?」
顔を赤くして秀彦をバシバシ殴る葵先輩、何で照れてるんだこの人は。しかも腰に下げた斧の影響ですごい打撃音になっている、秀彦も鎧を着ているから平気そうだけど、これ僕がやられたら死ぬんじゃなかろうか?
「……と、ん? そうなると僕は何をすれば良いんだろう?」
「お前はー、柔道じゃねえの?」
「ええ? 柔道とかあるの、この世界。だったら嬉しいなあ」
「ああ、ナツメ様には杖術を学んでいただくことになると思います。流石にその細腕で体術は無理でしょうから」
「……むむむっ?」
何だと? 僕の細腕で柔道が出来ないだとう?それは聞き捨てならないぞウォルンタースさん。
「出来ないかどうかは僕の柔道を見てから決めてもらえませんか?」
「むむ、いかが致しました、ナツメ様?」
幾らウォルンタースさんでも僕の柔道を見ないで、僕には体術は無理なんて言わせないぞ。こちとら物心ついた頃から柔道一筋で頑張ってきたんだ。
「あ、あちゃ~……」
「あー、これは棗君、変なスイッチ入っちゃったかなぁ?」
こめかみを押さえる秀彦に苦笑いを浮かべる葵先輩。そして、状況が見えず狼狽えるウォルンタースさん。
普段僕は、何を言われてもあまり頭に来たりはしない、でも、柔道だけは譲れないぞ。男らしくないって言われてからずっと鍛えに鍛えてきた僕の柔道だけは。
「僕の体術が役に立たないかは、実際に見てから判断してください!」
鼻息荒く、僕はウォルンタースさんに戦線布告をするのだった。
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