第四十六話 気がついちゃったんだ
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――今日は久しぶりの外出。嬉しくないわけがない。だから僕は朝からずっとドキドキしていたのだ。髪をセットしながらドキドキしてた。服を選んでドキドキしてた。メイクをしている時も、いつも以上に気合を入れた。出掛けられるのが嬉しくて嬉しくて。でも、鏡に向かっていろいろな表情をチェックしつつ、考えているのは全部アイツの事だった。
……本当は少し前から気がついていた。でも、そんな事はありえないから、あっちゃいけない事だから色々理由を付けて目をそらしていた事実。
だけど、昨日久々に会った時、どうしようもなく気がついてしまった。そもそも、あの手紙のせいで薬にやられてしまった時に確信してたんだ。だって僕は
――僕は、秀彦に恋してる。
気がついてしまってからは本当に困った。今まで通りに話すことが出来ない。顔を見る事も出来ない。今までどうやって秀彦と向き合っていたのか思い出すことも出来ないんだ。けど、手を繋ぐとどうしようもなく幸せで。なのに一緒に居るだけで逃げ出したいほどドキドキして。こんな事、男だった時には無かった。ここまでになる前にフラレていたから。ひょっとしたら、本当の意味で恋を知ったのは今なのかも知れないとすら思う。
でも、僕はこの気持を秀彦に伝えるつもりはない。だって、ずっと友達だった僕に言い寄られても、秀彦が困るだけだって判っているから。顔だって、今は精一杯努力して可愛くなろうとしてるけど、秀彦からしてみれば、ずっとつるんでた男友達の顔だもんね。皆は可愛いって言ってくれるけど、秀彦もそう思ってくれるとは限らない。だから困らせるような事は言いたくないんだ。
――じゃあこの気持を諦める? 冗談じゃない。僕は諦めるなんてちっとも考えてない。僕から言い寄ると迷惑ならば、秀彦をその気にさせれば良いのだ。秀彦が僕の事が好きで、恋人になりたいというのなら何の問題もないからね。だからこの手つなぎ護衛期間中に秀彦に僕の事を見てもらえるように頑張らなきゃ。今の僕は女の子なんだよって。
手を繋ぎながら大通りを歩き、チラチラ秀彦の横顔を見る。こうしてみると秀彦ってごっついけど顔は整ってるんだよね。眉毛とか凄くキリっとしてるし。元々大きかった体も、こっちに来てから更に逞しくなっているし。でも僕の手を握る手は不器用だけど優しくて。少し加減がわからなくて困ってる姿は凄く可愛らしく感じてしまう。
……はっ!?
いけない、ついつい妄想に耽ってしまった。そうじゃないんだ、このデートの間に僕が女の子なんだって秀彦に意識してもらわないといけないんだった!
よぉし、いくぞ! シャオラッ!!
「なぁ「あ、あのっ」うっ……」
か、被ったぁぁぁぁ!! これは気まずい。流石秀彦、ナチュラルに間を外してくるな。そう言えば秀彦って地球に居た頃も、明らかに気がありそうな女の子に言い寄られても全く気がついてなかったもんな。武原姉弟は全然似ていないのに、どちらも恋愛に於いては難攻不落だという話は聞いたことがある。姉は高嶺の花、弟は柔道一直線エイプまたは朴念ゴリラ。
例えば、秀彦に想いを寄せる女子が手作りのお弁当を持ってきたとしても、この朴念ゴリラは礼を言って即座にその場で平らげてしまう。その姿に恋愛的なピンクの雰囲気は皆無。それは動物への餌付けを彷彿とする光景だった。しかし、全ての弁当を美味そうに平らげるので、いつの間にか秀彦に餌を与える女子は結構な数に登っていた気がする。……あれ、アイツ随分モテてないか?
今更ではあるが、親友が僕と違って随分モテていた事実に衝撃を受ける。しかもいまは何だか胸が締め付けられるような気持ちと怒りがこみ上げてくる。いけないいけない、こんな事では嫌われてしまう。嫉妬なんて良くないぞ、僕。
気持ちを切り替えてまた秀彦と歩く。一言も話せないけど、何だか二人で歩くだけでも幸せになってしまう。我ながら気持ちに気がついた途端これではちょっとどうかと思う。
――その後は偶然会ったキースにからかわれつつも、事前にリサーチしておいた聖都一のデートスポットに到着。まったくキースのせいで色々台無しになる所だった。今度アイツが町中でデートとかしてたら仕返ししておこう。
カフェの中では僕なりに色々背伸び気味に仕掛けてみたのだけど、結局秀彦は終始仏頂面だったので今回の作戦は大失敗だったっぽい。やっぱり慣れないことは中々実を結ばない。それに僕も、女の子の方からいきなり距離を詰めるのは、がっついているようで良くないと思うしね。でも、解っては居るのだけど、僕には焦らざるを得ない理由があるんだ。
その後は、カフェを出て適当に小物なんかを買ったりしながら散歩をした。早くなんとかしなくちゃと思ったのだけど、カフェでの”アーン作戦”の失敗が尾を引いて、あまり大した事は出来なかった。その後も僕がまごまごしている間に、日が傾きだしたので宿に戻ろうという話になってしまう。時間切れ……結局秀彦には全然アピール出来なかった気がする。うぅ……
――宿に戻り扉を開くと、僕の焦りの元凶が満面の笑みで出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、ヒデヒコ様、ナツメ様!」
「おぅ、着いていたのか、トリーシャ。そっちも王都からの移動で疲れてるのに出迎えありがとな!」
「こんにちは、久しぶりだね、トリーシャちゃん」
「はいっ!」
はい! この娘が目下最大のライバル。ヒデヒコ専属メイドのトリーシャちゃん! 気立てが良くて器量よし。猫っぽい見た目と犬っぽい性格の美少女ちゃん、元気いっぱいの14歳。正直同性(?)の僕から見ても凄く可愛らしい女の子。しかも……
「ナツメ様、暫く見ない間にますますお綺麗になられて! でも私もお城に居た頃より自分を磨いてきましたから、明日はとても美味しいお茶を入れて差し上げますよ!」
「ありがとう。僕も今日は外でお菓子を買ってきたから、明日一緒に食べようね」
……性格も凄く良い娘なんだよね。正直勝ち目があるように思えない。思わず秀彦の手をにぎる力が強くなってしまった。でもこの唐変木はそんな事気にもしないで、室内だからお役御免とばかりに僕の手を離してしまう。
「……あぅ」
急に離れてしまった温もりが寂しく感じて思わず声が出てしまった。不思議そうに此方を見る秀彦の視線が恥ずかしくて思わず顔を背けてしまう。あぅぅ、変に思われてないかな?
赤くなって俯いていると、閉めたはずの扉が勢いよく開かれた。
「な・つ・め・きゅぅん! お帰りぃ! お姉ちゃんいなくて寂しかったかい? お姉ちゃんは寂しかったよぉ! 外は寒かったろう? 私がおっぱい揉んであげるからね……痛いっ!!」
おかえりと言いながら何故か外から帰ってきた葵先輩の眉間にアメちゃんを叩き込む。外から来たって事はこの人、昼間も着いて来てたな? 変態滅ぶべし!
杖をカウンターで眉間に全力で突き入れたのに「アイタタ」で済んでる辺り、次は口の中とかを狙ったほうが良いのかもしれない。勇者硬すぎる。
「まったく、葵先輩は相変わらず巌のように硬いですね。お肌も岩石みたいな感じなんですか?」
「ナツメきゅん、お姉ちゃんも偶には傷つく事もあるんだよ?」
遅れてグレコさんとコルテーゼさんも返ってきた、お二人も一緒だったのですね。ジト目で見るとグレコさんは少し申し訳無さそうに苦笑し、コルテーゼさんは心底申し訳無さそうにしている。やはり主犯はこの
「お姉ちゃん心は読めないけど、今凄く傷つく事思われてるのは分かるなー?」
「……相変わらずだな姉貴は。そのうち本当に愛想尽かされっぞ? とりあえず俺は風呂に行くからまた後でな。棗、外出するときは呼べよ?」
「あ、うん。今日はありがとう」
「おう! 気にすんな」
ヒラヒラと手を振りながら部屋に戻る秀彦。トリーシャちゃんもペコリとお辞儀をしてからその後に続く。僕もついて行きたかったけど理由もなくベッタリする訳にもいかないんもんな。やっぱりあの子は強敵だと思う。
「……お風呂か」
よしっ! 良いこと思いついた、早速僕は部屋に戻りクローゼットを開いて服を着替える。この服を再び着る事になるなんてね。捨てずに残しておいてよかった。上から下まで全部装着して姿見でチェック。うん、たぶん似合ってる。
「それではいざ!」
突撃とまいろうか!
……――――Side
ふぅ、この世界に風呂文化があったのは本当に助かる。ここなら誰にも邪魔されずにリラックスが出来るからな。一人になれる空間というものは実はとても重要なんだと最近は思うようになった。部屋だとトリーシャがずっと控えてるんだよな。職務に真面目だから、俺が話しかけない限り一言も発さないけど、そこに人がいるってだけで案外くつろげないもんだ。
「人払いしてもしばらくすると戻ってきちゃうからなあ。結局落ち着かねえんだよな」
「でも部屋に入る前にはノックはするんだろ?」
「そりゃノックはしてくれるけどよ、何ていうかそれでも落ち着かねえんだよ。部屋に女の子が頻繁に来るってのは……」
……俺は今誰と会話した?
「そういうもんかね、まあいいや。背中流してやるからこっち来いよ」
気のせいじゃないなこれ。一人しか居ない筈の風呂場に随分と可愛らしい声が聞こえる。いや、可愛らしいじゃねえ、俺はこの声の主を知っている気がする、まさかと思うが……ちらりと入口の方を見ると、見慣れた白銀の頭が視界の端に見えた。
「お前ぇぇ! 前に水着で一緒に風呂はいって、気まずくなったの忘れたのか鳥頭ぁ!!」
「うわぁ、お湯をかけるな、桶を投げるな!! ちゃんと服は着てるから!」
「なんだ、それならそうと最初に言え。いや、そもそも人の入浴に忍び込むなって話なんだが」
なんだ、一応服は着てるのか。成長したじゃねえか?
しかし、一体何を思って入ってきたんだろう。そもそも棗は、今日一度も目を合わさないほど不機嫌だったんじゃないのかよ? それが何でこんな事を?
まあいいや、とりあえず服着てるならちゃんと顔を見て話すとしよう。そんな事を思いながら声の方を向き、俺はピシリと固まる。
そこには見慣れぬ可愛らしい服、所謂メイド服を着てうずくまる棗の姿があった。いつぞやの手紙のときに見たメイド服だ。問題なのは、先程投げつけた桶やお湯のせいで、コイツがびしょびしょに濡れてしまっているという事だ。
棗の着ているメイド服は、お湯に濡れて生地が張り付いてしまっていた。その為、体の線がくっきりと分かる上に、薄い部分は透けて肌色が見えてしまっている。
「うぉぉぉ、ぜんっぜん大丈夫じゃねえ! 早く出ていけ!!」
「なんだよ! 折角人が、今日付き合って貰ったお礼に背中でも流してやろうと思って来てやったのに! 良いからこっち来いよ!」
ほれ、はよ来い言わんばかりに風呂椅子をポンポン叩きながら、石鹸とカイメンを使ってブクブク泡を立てている。そのドヤ顔が軽く苛立たしい。何でコイツはいつもいつもこう……はぁ、もう悩むのは辞めた。とっとと満足してもらって帰ってもらおう。丁度あのカイメンでは背中は洗いにくくて困っていたところだ。
ため息を吐きながら風呂釜から上がると、棗は何だか目を見開いて真っ赤になっていた。俯いてはいるけど、チラチラと遠慮がちに此方を見ている。目線が少し下の方なのが気になるがまあ良いや。
「ほら、出てやったぞ。折角だからよろしく頼むわ」
「オ、オゥッ!」
なんだそのオットセイみたいな鳴き声は。とりあえず挙動は可怪しいが、ちゃんと背中を流してくれるらしい。中々絶妙な力加減で背中を擦られる、意外と気持ちがいいな。
「……背中大きいなお前」
「ん? でかくて洗いにくいか?」
「ち、違うよ。ただ、凄く大きいなって思っただけ……頑張ってるんだね、逞しくなってる」
「そっか?」
あんまり前と変わらないと思うんだけどな? 棗は随分念入りに背中を洗ってくれた。時々カイメンではなく手でも擦ってくれる念の入れよう……ん、手でやる意味ってあるのか?
「よ、これで背中はおしまい!」
ポンっと両肩を叩かれる。
「おぅ、ありがとうな! なかなか気持ちよかったぜ」
「う、うん、喜んでもらえてよかった。それじゃあ……」
「ん?」
「次は前を……」
「前は自分でヤルわ! この痴女!!」
「え、あ、そうだよね、あはは」
何をとち狂ったのか前に回り込もうとしやがったのでツッコミを入れる。どうも昨日から棗の挙動が可怪しい。そもそもなんでメイドの格好してるんだコイツは。髪型まで態々セットし直して。正直似合いすぎてて直視できん。早く出ていって欲しいんだが。
「ま、まだなにかあるのか?」
「うん、やっぱり一緒に入りたい。僕ちょっと水着に」
「やめろマジで、出てけ!」
折角収まってた痴女ムーブが、何故か復活してやがる! 俺は棗の肌色をなるべく見ないように心がけつつ風呂から放り出した。こいつ、ある意味では姉貴よりたちが悪い。
「ふふふ、まったく、棗君はどうしちゃったのかねえ? まあ見ている分には可愛くていいんだけど。秀彦は理由が分かるかい?」
振り向くと全裸の姉貴が優雅に風呂に入っていた。訂正しよう、姉貴よりたちが悪い人間なんて居ない。
「なんで姉貴までいやがる! 出ていけこの元祖痴女!!」
「おおっと、全裸の美少女に触れるつもりかい?」
「姉貴の全裸に何も感じるわけねえだろ!!」
どうせ大したダメージにならねえだろうからせいぜい派手に吹っ飛べ!! 俺は扉を開いて姉貴を全裸のまま肩車で放り出した。そのまま仁王立ちをして姉貴の次の動きに警戒して居ると、頭から床に刺さった姉貴の横に、顔を真赤にしながら顔を抑えるトリーシャと棗がへたり込んでいた。二人共指の隙間があいてるぞ、何を見てやがる。
「おれの安住の地はもうトイレだけなのか……」
魔王軍にやられる前に俺はストレスで死ぬのかもしれん……
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