第四十五話 ゴリラとお出かけ 攻防戦 そして終局へ

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 ……―――― Side 秀彦戸惑う森の紳士




 今の俺の気持ちを端的に説明しよう。


 ……気まずい。



 なんだ、何でこんなに居心地が悪いんだ? 今俺は普通に聖都の大通りを歩いている訳だが、俺の左手には暖かくて柔らかくて小さなものが……要するに棗の手が握られている。


 いや、それ自体は別に良い。まあまあ異常な状況ではあるが、護衛の為という理由もあるので納得がいく。

 問題はその手の主だ。さっきから一言も話さずに歩いている。正直普段は煩いほどのこいつが黙ってるのが非常に恐ろしい。今までこんなに静かな棗を見たことがない。しかも今は身長差があるから、その表情を見る事も出来ない。こいつ、今どんな顔して歩いているんだ? とりあえず、このまま黙って歩くのも気まずいから話しかけてみるか。


「なぁ「あ、あのっ」うっ……」


 被った、思いっきり被った。超気まずい。しかし、声がかぶった瞬間、握られた棗の手にも力が入っていた。どうやら気まずさはお互いに感じてるらしい。困った、完全に声をかけるタイミングを逸してしまった……


 暫くそのまま無言の散歩を続けていると、大通りの先で一人の男がこちらを見て立ち止まった。服装は特に特徴もなく、聖都でよく見る白の貫頭衣をまとっているが、ところどころ盛り上がっている体を見るに、中々に鍛え込まれている。間違いなく戦闘を行う人間の体付きだ。俺は近づいてくる男に対して、僅かに警戒心を抱いた。


「よーぅ、ギミングじゃねえか!」


「んんー?」


 男は笑みを浮かべながら気さくに近寄ってきた。どうやら敵意は無いように見えるが、言っている言葉の意味がわからない。”ギミング”ってなんだ?


「よぉ、キースじゃん! おはよっ」


「!?」


 突然現れた男に棗が反応した。どうやらギミングてのは棗の事らしい。どういう意味のあだ名だよ……二人は拳と腕を「ヘイヘーイ」などと言いながらぶつけ合う。いや、マジでどういう関係だお前ら。楽しそうに挨拶(?)する棗の表情はまるで男だった頃みたいな自然なもので、その顔を見てるとなんか腹のあたりがモヤモヤする。何だこれ……?


「なんだよキース。隊の皆はまだ戻ってないのに一足先に休暇かよ。良い身分だな?」


「違うわ! 俺は俺でちゃんと勤務中だっつの。そもそも俺が聖都に戻ったのはお前のせいだ! それより、そっちのデカイのは誰だ? 手なんか繋いでイチャイチャしてたからまあ関係は察しがつくけどよ? フッヒ」


「な、なぁっ!? 違うし! そ、某はこんなゴリラとイ、イチャイチャなどしておりませぬぞぉ!?」


「何だよその口調は……俺とコイツは全然そういうのじゃないッス。コイツとは幼馴染なんで、お互いに恋愛感情とかそういうのとは無縁ッス。ても護衛のために握ってるだけッス」


 俺の言葉に反応して真っ赤な顔でこっちを睨む棗。何だよ、勘違いしたのはキースって人で、俺は何も悪くねえぞ? 睨むならキースって人にしておけよ。痛ぇ、足踏んできやがった……


 とは言え、棗のダチに悪い印象は持たれたくねえし、自己紹介くらいはしておくか。


「どうも、コイツの幼馴染の武原、あーえっと、秀彦・武原ッス」


「ふむ、幼馴染ってことは、あんたも異世界から来た勇者様のお仲間か? 俺はキース、教会聖騎士テンプルナイトだ。このギミ……聖女ナツメ様とは先日森の行軍で知り合ったんだ」


「よろしくッス。ちなみに勇者葵はおれの姉貴ッスね」


「ほっほう、姉弟か。なる程なる程、言われてみればそこはかとなく……うむ、欠片ほども似てないな!?」


 言いながら一人で爆笑しながら俺の肩をバシバシ叩いてくるキース。なるほど、棗が懐く理由がわかる。このキースという男の裏表がなく雑な感じ、実に棗と気が合いそうだ。俺もこういうやつは嫌いじゃない。


「それで、お二人はこれから何処に行くんだ?」


「俺は護衛ッスから、何処に行くかは聞いてないんスよね。棗、何処に行くつもりなんだ?」


「あ、ぅえっ!? 何処にって。え、えっと、えっと……」


 うーん、歯切れが悪い。何処に行くか決めてないわけじゃなかろうに。普段からわりとポンコツな棗だが、今日のコイツは格別にポンコツだな。何だかチラチラと店を見ているが、口から言語が出てねえ。


 暫くオロオロしている棗だったが、その視線でキースは何かを察したような笑みを浮かべた。


「ん、んー? あー、そっかお前さてはあの店……」


「あ、アー!! キース、お前仕事中だろ? 呼び止めてゴメンなー。バイバイさようなら。さっさと居なくなれ! 疾く失せろ!! 秀彦、行こう。まずはご飯食べに行こう!」


「お、おう?」


 なんだ!? 急に静かだと思ったら急に早口になったぞ!?


「じゃあなキース!」


「おう、頑張れよギミング!」


「が、頑張るとか無いし!!」


 何だかよくわからないが、二人の間には何かが通じているように感じる。何だかこのキースってやつを相手にする棗は、まるで学校に居たときみたいな印象を受けるな。そっか、こっちでもいいダチを見つけたんだな。良いことだ、うん……


 俺は棗に手を引かれるままにどんどん大通りを進んでいく。キースはそんな俺達が見えなくなるまで手を振っていてくれた、いいヤツだな。何だか顔はニヤけているけど。 




 ――――……




「――ふぅ、どうやらお邪魔をしちまったみたいだな。しかし驚いたぜ。あのギミングがあんな幸せそうな顔して男と歩いているなんてなぁ。一瞬誰だか分かんないくらいに可愛い顔してたなアイツ。頑張れよ、後で根掘り葉掘り聞かせてもらうからな。フヒヒ……」




 ――――……







「……なぁ、本当にここに入るのか?」


「……」


 俺は今、棗に引っ張られて連れてこられた店の前に立っている。入った事のない店だが、ひと目で分かる。ここは所謂お洒落な”かふぇ”ってやつだ。棗は兎も角、俺の場違い感が半端じゃねえ。


「し、仕方ないだろ。聖都は基本的に禁欲禁欲の街で、娯楽施設らしい物は基本的に何もないんだ。ここが一番話題の、その……ごにょごにょ……なんだよ」


「んー、何言ってるか聞こえねえよ。人に説明するときは大きな声でちゃんと言え。まあ俺は飯が美味いなら文句はねえがな」


「そ、それは大丈夫だよ。ちゃんと前評判で美味しいってのは調べてあるから」


「ならよし!」


「偉そうだな、お前……」


 うーん、しかし、この店は何というか……


「客が男女のペアばっかりだな? 何だか入るのが躊躇われる客層だぜ?」


「ワ、ワーホントダネ。メズラシイコトアルネー? ミナキョウダイカナー?」


「何だその一昔前のエセ中国人みたいな話し方は」


「と、とにかく。店の前で立ち止まってても仕方ないだろ。迷惑だから店内に入るよ!」


「お、おう」


 相変わらずこっちを見ようともせずにグイグイ手を引く棗。顔がよく見えないから機嫌が良いのか悪いのかもよくわからん。声で判断しようかとも思ったんだが、なんか普段より声が高いっていうか、上ずってると言うか。聞いたことない感じでこれまたよくわからん。そんな事を考えている間に店内まで手を引かれて入ってしまった。店員さんの元気な挨拶が店内に響く。


「――いらっしゃいませ!」


 聖都の人にしては珍しく、模様のある貫頭衣を来た女の子が出迎えてくれた。どうやら聖都ではウェイトレスといえど、基本は白の貫頭衣を着るものらしい。そう言えば棗が着ている服もデザインは可愛らしいが白を基調としている。俺だけが白く無い服を来ているので非常に目立ってしまっている気がして居心地が悪い。


 なるほど、色付きの服を着ている人間はよそ者ですって言ってるようなものなんだな。


「お二人様ですね! 丁度今窓際のお席があきましたので、すぐにご案内いたしますね」


 案内されるままについて行くと、通された先には個室があり、中には異様なものが置いてあった。いや、モノとしては至って普通の物なんだが……。


「こ、これは……」


「はい、こちらが当店自慢の名物、カップルソファでございます!」


「か、かっぷるそふぁッッ!?」


「ちなみにこちらのカップル席は割引などのサービスも御座いますのでお得です!」


「お得ったって、おい棗! お前からも……」


「お、お得なら仕方ないね! す、座ろうよヒデ」


「なぁっ!?」


 驚いたが手を引かれているので自然と俺もソファに座る羽目になる。横からブツブツ「オトクダカラオトクダカラオトクダカラオトクダカラオトクダカラオトクダカラ」と聞こえてくるのが恐ろしい。こんな念仏のようなBGMの喫茶嫌すぎるぞ。



 ――しかし、妙な席に通されたものの、店の雰囲気自体はいい感じだ。店の内装自体は落ち着いた感じだし、大きな窓から差し込む陽の光は柔らかい。それに聖都って事もあって、カップルソファなどとたわけた物をいくつも用意した店の割に、過剰にイチャつくカップルの声とかが聞こえてくるでもないしな。

 落ち着かない状況ではあるが、とりあえず腹が減っているから何か軽食を頼もう。


 流石に流行りのカフェと言うだけあってメニューもそれなりに充実している。


 俺はカルボナーラと炭酸水、棗はパンケーキとコーヒーのセットを注文した。注文が届くまで、この気まずい沈黙が続くのかと少し恐怖していたが、それほど待たされることもなく料理は俺達の席に運ばれ、食欲をそそる香りを漂わせている。


 なるほど、これは美味そうだ。早速いただくとしよう。



 ……

 …………



「……なぁ」


「な、なに?」


「手、離さねえと飯食えねえだろ!」


 なんでコイツはソファに座っても手を離さないんだ!? 右手使えねえだろがい!!


「で、でも手を繋ぐのは外出の条件だから。離しちゃダメだろ。こ、これは困ったね! そ、そうだ、良いこと思いついた。僕が食べさせてやるよ、僕は右手が使えるからね!」


「何言い出してんだ!? 今日のお前やっぱり可怪しいぞ!?」


 明らかに挙動不審の棗は、俺の言葉を無視してフォークを手に取るとクルクルと俺の皿のパスタを巻いていく。

 お、お前、まさか? 何をする気だ!? おい、やめろ!?


「はい、アーン」


「うぉぉぉぉ、アホかぁ!?」


 何を考えて、いや、止まれよ!?


「あ、あまり騒ぐなよ、行儀悪いな。周りの人が驚くだろ。ほら、アーン」


 ええ? 俺が可怪しいのか? 何でコイツこんな平気そうな顔してるんだ?? アーンって、普通友人同士でするか? あれ、するっけか? いや、しないよな!?

 そんな事を考えているうちに、俺の口元にパスタが運ばれた。最早逃げ場はない。迷いのないその動きは、口を閉めていてもねじ込むという無駄に強い意志を感じる。


 結局、口の周りを汚されるのは嫌だったので素直に従ったが、正直状況についていけない。思考を停止して咀嚼をするが何の味もしない。何だこの状況は……。考える間もなく次のアーンが襲ってくる。真剣を使った稽古ですらこんなプレッシャーを受けたことはない。俺は成す術なく、鳥の雛のように餌付けを敢行されてしまった。


 ――暫くなされるがままに餌付けされていたが、パスタの残りが少なくなってきた事で、漸くこの恐ろしい責苦から開放された。棗は俺の反応が可笑しかったらしく、手を離してケラケラと笑っている。先程まで俺の動きを封じていた手の温もりがなくなり、急速に俺の思考が戻ってきたのを感じる。





 ……手を離したな。


 勝負とは、勝利を確信したときにこそ、最大の油断が生まれる。俺はこの数日間の特訓でそれを嫌というほどに味わってきた。ありがとうウォルンタースさん。あんたの教え、今こそ活かして見せる!!


 俺は素早くフォークとナイフを手に取ると、棗のパンケーキを一口大に切り分け、その一片をフォークにさした。


「あははは……ん、秀彦、なんだ? その手は、まさか……?」


「棗、覚えておくと良い。アーンしていいヤツってのは、アーンされる覚悟のあるヤツだけだって事をな」


 先程まで涙を流して笑っていた棗の顔から、サッと血の気が引いていく。どうやら気がついたようだな。


「え、や、はは? え? 冗談、だよな?」


「知っているだろう? 俺は冗談が嫌いな男だ。今度はおれのターンだ。喰らえ! アーン」


「……ひぇっ!?」






 ……――――



「――うん、終わった後ここまで後悔の念に囚われる様な事、二度としちゃだめだね」


「理解してくれて何よりだ。出来ればやる前に気がついてほしかったぜ」


 結局あのあと、机の上に食べ物がなくなるまでアーン戦いは続いた。綺麗に平らげた後は、冷静になった頭で己が所業を思い出し、死にたいほどの羞恥に襲われる。穴がなくても潜りたい。何がアーンされる覚悟だ! バカか俺は!!


 背を向ける棗の耳もゆでダコのように赤いので、どうやらこの勝負は相打ちに終わったらしい。双方討ち死にだが……


「反省したか?」


「……海より深く」


 結局お互い顔を合わすことも出来ないまま暫く沈黙が続く。ここが個室で良かった。あんな姿を知り合いにでも見られたなら、俺はその場で自害するしかない。そんな事を考えていたら、棗が此方をじっと見つめていることに気がついた。


「……ごめんな、秀彦」


「ん?」


 不意に謝られたが、謝られた意味が分からない。しかし、謝罪をするその顔は、今日の挙動不審な棗のものではなく、俺のよく知る親友のものだった。


「何だか久しぶりにお前に会ったら楽しくなちゃって、ちょっとはしゃぎ過ぎたよ。それにお前の反応もなんだか面白くて、ついやり過ぎちゃった」


「……」


 ごめんと言いながら棗の顔はフニャリとした笑顔だった。そんな顔で謝罪されたのに俺は怒りが湧くどころか……


「あー、まあいいさ。こっちも久しぶりに会えて楽しかった」


 思わず素直な気持ちを吐き出してしまった。


「エヘヘ、そっか。あのさ、あっちに居た頃はさ、お前がいるのが当たり前過ぎて、こんなに離れ離れになる事なんかなかったから。だからちょっと……寂しかったんだ」


「……そっか」


「うん、だから今日は二人で遊べて本当に嬉しい」


「……俺もだ」


「え!?」


 俺の返しが意外すぎたのか、棗は大きく目を開いて固まった。


「なんだよ、そんなに意外か?」


「あ、いや、うん」


 まぁ、らしくねえとは思うけどな。


「とにかく、これからまたよろしくな。親友。でもいたずらはほどにしろよ。特に今日みたいな自爆系は二度とするな?」


「……うん、うん! えへへ」


 なんとなくだが、やっといつもの距離感に収まった気がする。昨日から色々変な感じになっちまったが、コイツとはこれからもずっと一緒に居るんだろうから、今日みたいのは勘弁願いたいもんだ。


 とりあえず注文したものは全部食べ終わったので俺たちは店を後にする。店を出ると棗がすぐに俺の手を握ってきた。こいつひょっとしてこれ気に入っているのかな?

 まあ、何処かに居なくなられるのはゴメンだからな。俺の方からも握り返すと、それだけで棗の顔が綻んだ。


 棗の笑顔ってこんなだっけか?


 俺は何だかまた胸のあたりにモヤモヤと謎の感覚を感じたが、先程とは違い今度のモヤモヤはそんなに悪い気がしなかった。






 ――――……





「――信じられませんね、あそこまでやって未だあんなセリフを吐かれるとは……私の隊の騎士であれば、明日はスパルタで集中稽古をつけてやるところです!」


「うーん、我が弟ながらあれはとんでもないモンスターだね。まぁ、セシリアRXにはいいお土産を撮ることが出来たからよしとするけど」


「うぅ、ナツメ様、申し訳ありません。私はお二人を止めることが出来ませんでした……あと店の屋根裏に忍び込むのは恐らく犯罪で御座いますぅ」




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