第四十四話 ゴリラとお出かけ(出発編)
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……―――― Side
結局聖都に着いた初日は、棗が部屋から出てくることは無かった。何だか顔も赤かったから多分風邪でもひいてたのかもしれねぇ。こっち来てから結構大変だったらしいし。聞けば昨夜なんぞ誘拐されて陵辱されかかったとか。一応なんとも無かったらしいと聞いて心底ホッとした。
俺も棗を森へけしかけた身だからな。もしもアイツに何かがあったら流石に自分がどうなってたか解らねえ。とりあえずそのジュッと脂だかなんだかって名前の大司教はあとでシメる。唐揚げ見てぇな名前しやがって。
それで今は、一夜明けて部屋から出てきた棗と飯を食ってるんだが……なんだこの状況、どうにも空気が重いぞ? コイツ俺の話に一応相槌は打ってるけど、さっきから目線を合わせようとしやがらねえ。なんか怒らせることでもしたか? ……まあいいや。こいつが訳わからないのはある意味平常運転だ。
「――それで。昨日は結局外出れなかったし、今日は行くのか?」
俺からそう切り出すと、棗の肩がビクリと跳ねる。なんだろうなあ、どうも聖都に来てからコイツが何考えているのかよく分からん。まあ行きたく無いならそれはそれで構わねえけどな。俺も一人で鍛錬をすればいいだけだし。
そう言えばあのグレコってエルフの人強そうだったな。今日一日暇ならあの人と手合わせなんてのもいいかもしれねえな。よし、そうと決まれば善は急げだ。
「まあいいや、外出たくなったら声かけろよな」
「……? 秀彦何処か行くのか?」
「ああ、お前が外行かないなら護衛も必要ないだろ? それなら時間もあるし、ちょっとあのグレコって人に会ってこようと思ってな」
「ッッッ!?」
なんだ、急に顔上げたと思ったら顔色が悪くなったぞ? やっぱり風邪引いてるのか?
「あ、え? えっと」
今度は顔を赤くしてるな、しかし熱を測ると怒られるのは昨日解ったしな。どうしたもんか。
「グ、グレコ隊長に何の用事? べ、別にお前が誰と何しても僕には関係なし、別にどうでもいいけどな? ……そ、そうだ、グレコ隊長に迷惑かけたら大変だからな、一応要件を聞かせろよ!」
「ん? あの人なかなかやりそうだったからなぁ、ひと声かけて付き合ってもらおうかと思ったんだが?」
「つ、つき、付き合う!? お、お前、え、えっ!?」
なんだ、突然落ち着きなくなってめちゃくちゃ喋るようになったな? 風邪だったんじゃねえのか、元気じゃねえか。
――と、思えば。今度は俯いたまま小刻みに震え始めた。やっぱり体調は良くないのか? わからん……
「ヒ、ヒデは、さ……グレコさんみたいなタイプが好きなの?」
「ん~? 会ったばかりであの人がどんなタイプ(戦闘)なのか分からんけどな。でも、あの人隊長だって言うんだから強いんだろ? それならいっちょお手合わせ願いたくなるってもんだろ?」
「……は? へっ?」
「隊長クラスだったら、たとえどんなタイプでもいい修行になると思うんだよな。正直ウォルンタースさんとばかりやってたから、色んなタイプの人とヤリてえのよ」
「……修……行? 修行かそっか。そっか!」
今度はまた随分マヌケな顔になったな。暫く呆けた後一瞬だけ睨まれてまた目をそらされた。今のやり取りにもまた怒らせるポイントがあったのか?
「(言い方、紛らわしいんだよバカ……)」
ボソボソ小声でなにか言ってるが、用がないなら俺はもう行こう。今は一刻も早くグレコさんと稽古がしてえ。
「とりあえず出かける用事が無いなら俺は行くぜ? 外出るときは声かけろよ」
「ま、待て、待って、秀彦。そうだ~、そうだよ。僕は出かけるんだよ、用事がーあるんだー」
「うおっ!?」
さっきまで大人しかったのが嘘みたいに突然棗が詰め寄ってきた。椅子からおりて詰め寄る一連の動きが異常に早っ!? あと目が血走ってる、怖ええよ? ま、まあ気まずいよりは良いんだが、今日のコイツはなんか変だな。久々に会うからなんとなくやりづらく感じるだけか?
「とにかく! 少し待ってて、直ぐに準備してくるから!」
「お、おう……」
「絶対ここで待っててよ? グレコさんの所に行ったりするなよな!」
「行かねぇよ、早く用意してこい」
準備の間だけでも稽古付けてもらおうかと思ったがやめておくか。棗も今は女だ、汗臭い男と一緒なのは嫌だろうからな。今日はもうグレコ隊長に手合わせしてもらうのは諦めるとしよう。仕方ねえから飯でもおかわりして、ゆっくり待つとしますかね。
……―――― 遅い。
あれからかれこれ三十分以上は経った気がする。しかし、
……そんな事を考えていたら食堂の扉が静かに開かれた。やっと来たかとそちらを向くと、そこには緑髪の女性が立っていた。まだ起きたてなのか、朝日を浴びて眩しそうにしている。
しかしあれだな、きれいな緑色の髪の毛が朝日浴びてるの見ると、何ていうか、えーと……そう、草だ! 草に見えるな! ていうかあれだ、森を連想するぜ。今日の俺は詩人だな。
彼女は俺に気がつくと柔らかくほほえみ会釈をする。噂をすればなんとやらってやつだな。
「これは、ヒデヒコ様、おはようございます」
「おはようッス!」
しかし、このグレコさん。こっちに来た頃の俺ならただのきれいな姉さんくらいにしか思わなかっただろうけどよ。今の俺の目から見ると……
「凄ぇッスね。グレコさん」
「ん?」
ただ会釈してからその場に立っているだけなのに、全く隙が見当たらねえ。騎士団の皆の話によれば、ウォルンタースさんよりは強くないって話だったけど、この人はかなりヤル……やべぇ、今すぐヤリてえ。
「ヒデヒコ様、私の顔に何かついておりますか?」
「ああ、いや、グレコ隊長とちょっと一戦ヤリてぇなって思ってた……」
「秀彦ォッ!!!!」
と、俺が言い切る前にとんでもない勢いで扉が開かれた。あまりに大きな音がしやがったのでそちらを見ると、少し息を切らせた棗が……ん~? こいつ、棗……だよな? が立っていた。
「お、おおおお、おま、お前! グレコ隊長から離れろこのケダモノ!!」
「……はぁ?」
いきなり現れたと思ったら何を言ってんだコイツは……。
「き、聞いてたぞ! そ、その……グレコさんと、今すぐヤリてえとか! こ、こ、このケダモノ!!」
な、いきなり何を口走ってるんだこのバカ!? いや、でも確かに言ったか? いやいや、そんな言い方はしてねえよな?
「人聞きの悪い事言うな! 一戦ヤリてぇって言っただけだろ、頭冷やせ!」
「い、一戦ヤ、ヤル!?」(ブシュゥ)
あ、言われてみると、確かに今の言い方もそれっぽく聞こえるな。しかし、何でそういうふうに取るかね。昔からコイツは耳年増というか、少々ムッツリスケベな所があるんだよなあ。
「勘違いするなムッツリスケベ。さっきも言っただろう。手合わせだ、修行の話だ、しゅ・ぎょ・う」
「ム、ムッツリ!? スケ、スケベじゃねえし。お、お前が紛らわしいだけだし!」
ギャイギャイ煩いな。見た目は完全に女になってるのに、中身は男の頃とあんまり変わらねえもんだな。いや、変わられても困るけど。
しかし、見た目に関しては正直言って凄い変わった。ドアから入ってきた瞬間、棗だって判らなかった位だ。何ていうか、服装がまず違う。いつものローブ姿でも寝間着でもない。えーと、あれだ……おしゃれなやつだ。しかも謎すぎるのは、顔の印象もいつもと違うことだ。これは化粧してるのか? もともと棗の顔は男とは思えない感じだったけどよ、今のコイツは何ていうか……凄え女らしいってか、可愛くなってやがる……
……ん? いやいや、いやいや、俺は何を考えているんだ!?
一瞬浮かんだ謎の思考を振り払うように首を振る。男友達を可愛いとか、俺は何を考えているんだ!?
「ぷ、ふふふ」
「……ん?」
「あ、いえ、申し訳ありません。お二人のやり取りを見ていたらつい……」
笑い声に振り向くとグレコさんが口元に手を当てて笑いをこらえていた。いや、堪えられてないんだけどな?
「お噂には聞いておりましたが、お二人は本当に仲が宜しいのですね。ナツメ様のこんな表情は、私初めて見ました」
「そうなんスか?」
まあ俺もこんなめかしこんだ棗見るのは初めてだけどな。でも、多分そういう意味じゃねえよな? どんな表情だ? 改めて見ると、今は少し赤くなりながら口を尖らせている。上目遣いでこっちを見ているが……何だ、その不満げな顔は? 何か言いたいならハッキリ言え?
「……」
「なんだよ、随分睨むじゃねえか。俺の顔になにかついてんのか?」
「……もういいよ、バカゴリラ!」
「痛ぇ!?」
暫く俺の顔見てたと思ったら、突然不機嫌になって蹴ってきやがった。なんなんだ?
……あー、分かったぞ。ピンときた。さてはお前”更年期障害”ってやつだろ。おれの叔母さんが最近こんな感じだったからすぐ判ったぜ!!
「……あー、ヒデヒコ様、何を想像されてるかは分かりかねますが、表情から察しますに多分間違ってますよ」
「ん?」
「ナツメ様がヒデヒコ様に怒っておられるのはですね。折角ヒデヒコ様の為におめかしを「ワーワー!!」ちっとも褒めて「ワーキコエナーイ」なのですよ」
「おい棗。人が喋ってる時に変な声で遮るのは失礼だろ?」
グレコさんが何かを言いかけていたのに、棗のやつが突然奇声を上げて遮りやがった。しかも身長差が凄いせいでぴょこぴょこ跳ねている、はしたねぇぞお前。
「い、いいから、行くよ秀彦! グレコさん、朝から騒いで御免なさい。僕たちはちょっと出掛けます!」
「ふふふ、素直にお成りになればよろしいのに。承知いたしました行ってらっしゃいませ、ナツメ様」
どうやら二人には何かが通じているらしいので少々疎外感を感じるが、そこは女同士何か通じるものがあるんだろう。
「よく分からんが、まあいいか」
俺たちが玄関に向かうとグレコさんも後をついてきた。どうやら送り出してくれるつもりらしい。律儀な人だねえ。
「それじゃあ行ってきます!」
「あ、少々お待ち下さいナツメ様」
「……はい?」
なんだ? これから玄関を出ようって時にグレコさんからストップがかかった。忘れ物だろうかと思ったが、その後グレコさんはとんでもない事を言い始めた。
「ヒデヒコ様、町中ではナツメ様の手をきちんと握っていてくださいね?」
「……は?」
「……え?」
……なんだと? 横を見れば棗も、何言ってるんだこの人? って、顔でグレコさんを見ている。
「え? ではございませんよ、ヒデヒコ様。昨日言ったじゃないですか、手を繋いでおいてくださいと」
「あれって冗談じゃなかったのか?」
「冗談ではございませんよ、ナツメ様は少々腕白過ぎますのでそれでも心配な位ですよ。くれぐれも、ナツメ様のお手をお離しにはなりませぬようお願いいたします」
あれって、あの場をわかすための冗談じゃなかったのかよ!? ナツメ信用無えな! とは言え手繋ぎってのはな……
「いや、流石にそれは遠慮したいんだが。そうだ、お前も嫌だろ棗。お前からもなんとか言えよ……ん!?」
「……」
なんだその手は? なんでうつむき気味になりながら俺に右手を差し出してるんだお前???
「……は、早く握れよ、ゴリラ」
「……っはぁ!?」
待て待て、頭がついていかない、何だこの状況は? あと、お前いまゴリラって言いやがったな?
「に、握ってくれないと、外出出来ないんだから早くしろよ。ぼ、僕は早く出掛けたいんだ」
「早くったってお前……」
「いいから早く!」
「お。おう!?」
何だか分からんが、従ったほうが良いと俺の直感が言っている。まぁあれだな、きっと棗も久しぶりの外出が楽しみで気が逸ってるんだろう。
仕方ないから俺は差し出された手を握った。ほっそりとした指にふれると、一瞬ビクリと棗が震えた気がした。
「やっぱり嫌なんじゃねえか」
「ち、違! あ、いや、そりゃ嫌だけど、し、仕方ないからな。お前も嫌だろうけど我慢しろよな?」
「別に俺は嫌じゃねえよ?」
「ッッ~~~~~!?」
なんだ、またそっぽ向きやがった、今日は不機嫌だな。それを見たグレコさんがまた笑っている。この人以外と笑い上戸なんだな。
「ふふ、あぁ可笑しい。ナツメ様もそんなお顔をなされるのですね」
「べ、別に僕はどんな顔もしてません、普通です!」
「はい、そういう事にしておきましょう。それではおふたりとも、いってらっしゃいませ」
「おう、行ってくるぜ。あ、そうだグレコさん、今度暇な日あったら俺に付き合ってくれよ……痛ぇっ!?」
突然握っていた手を抓られた。いきなり攻撃を加えられた理由が全くわからん!
喧嘩売ってるのかお前は。
腹が立ったので棗を睨むが、棗は手を繋いだまま顔を背けて黙っている。これは俺が怒らせるようなことをしたってことなんだろうか? グレコさんの呆れ顔を見るとそうなのかもしれない。
「朴念仁ですねえ、ヒデヒコ様は。ナツメ様、頑張ってくださいね?」
「が、頑張るとか無いですし。行くよ、ヒデ」
「ん? おう、それじゃあ今度こそ行ってきます」
宿から出るだけで随分疲れたな。こんなに機嫌が悪い棗と二人で出かけるとか、これ一日間が持つのか……?
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