第四十三話 棗包囲網

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 ――結局あの後一週間ほど、僕は殆ど外に出ることも出来なかった。大司教の取り調べなどもあったのだけど、それより何より、グレコ隊長とコルテーゼさんに見張られていて、外に出る事が出来なかったのだ。所謂軟禁状態ってやつだね。


 こっそり誰も見ていないうちに仮面の力で抜け出そうかとも思ったけど、そんな事をしたらいよいよ信用を失いそうなので、僕は今大人しく殿下とお茶をしているというわけなのだ。うむ、今日もコルテーゼさんのお茶は美味い。


 ちなみに大司教は心を女にされた状態であの香炉に蝕まれた為、時間が経った今も、自分が可憐な少女であると信じているらしい。尋問する人たちはその姿に恐怖してカウンセリングを受けるものも出始めているとか……うん、ごめんね。


 尋問に対して大司教は従順らしく。殆ど全ての罪を吐露したのだとか。結果、判明した大司教の犠牲になっていた少女たちはかなりの数に登るらしいけど、事が事だけに内密に治療が行われるとの事。恐らくしばらくすれば依存から抜け出すことは出来るだろうという話だったので安心した。


 僕を攫ったアベルさんは、館に押し入った葵先輩にのされていた為、その他の共犯者たちと一緒に捕縛されたらしい。あの人も女の子にしてしまえばよか……いや、よそう。あの催眠術は二度と使うまい。


「それにしても。ナツメ様は本当に、見た目によらず大胆なことをするよね?」


「そうでしょうか?」


 僕がヘミングさんと入れ替わった事を知ってから殿下にも相当心配をかけてしまったらしい。ちなみにヘミングさんにはその後ちゃんと謝罪をしておいた。コルテーゼさんにはこの件で、ヘミングさんに僕のパジャマを着せていた事をとても怒られてしまった。はしたない! ありえない! 悍ましかったと矢継ぎ早に怒られた。目尻に涙が見えたような気がする。よほど驚かせてしまったらしい。


 遠目に見た時騙せるかなー? という軽い気持ちの作戦だったのだけど、どうやら皆にはとても不評だったらしい。僕のパジャマはビロビロになってしまっていたのでヘミングさんにあげようかと思ったのだけど、これは全員に怒られてしまった。


 ヘミングさんは顔を真赤にしていたけど、僕のしたことは許してくれた。やっぱりキースの友達だけあってこの人もとても良い人だ。今度キースと一緒に御飯に行く約束をしているので、その時にはヘミングさんも誘う事にしよう。


「兎に角、貴女が無事で良かった。あのような無茶は二度としないでほしい。貴女にもしもの事があれば、僕はこの先生きていく希望すら見いだせなくなってしまうからね」


「……? ……はぁ」


 あ、そうか、前に殿下は僕の事を傭兵として雇いたい様なこと言ってたっけ。どう考えても先輩とか秀彦のほうが傭兵に向いてると思うんだけどなあ。それにしても僕のことをそこまで買ってくれるなんて、殿下は僕の何にそんな価値を見出しているんだろう?



 ……あ、そうか。


「なるほど、以前は殿下が僕のことを傭兵として雇おうとしているのかと思いましたが違うのですね?」


「……ッ!! そ、そうです。漸く分かっていただけましたか?」


「はい! 分かりました!」


「そ、それでは、改ためて言わせてもらうよ? ナツメ様、この戦いが終わってからも僕の横にいてくれませんか?」


「はい、喜んで」


「本当ですか!?」


「もちろんです、僕はこの戦いが終わったら殿下や陛下のおつきの治癒術士、或いは除霊師として頑張ればいいのですね?」


「……んんっ?」


 なるほど、戦うだけが仕事じゃないもんね。


「あ、浄化も使えるのでお掃除も任せてくださいね! 王宮への就職口を斡旋してくださるなんて。本当に殿下には感謝の気持ちでいっぱいです!」


 いやぁ、殿下は良い人だなあ。魔王討伐後のアフターケアまで考えておいでとは。


「……」


 あれぇ、カローナ殿下が冷蔵庫で放置したニンジンみたいに萎れていく……。


「いえ、それはそれでチャンスが増えますね。切り替えていきましょう。よろしくおねがいしますよ、ナツメ様」


「はい!」


 あ、復活なされた。どうやら殿下は一瞬なにか嫌な事でも思い出してしまったみたいだね。気休めかもしれないけれど一応癒やしの息吹クラル・レスピラシオンをかけておこう。元気が出るかもしれないから。


「――ふむ、相変わらず君はナチュラルに酷い事をしているようだね」


 丁度お茶も飲み終わり、コルテーゼさんが片付けを初めたタイミングで、葵先輩とグレコ隊長が部屋に入ってきた。その存在がバレバレになったので、最近では自由に宿内をうろついているマウス君も一緒だ。どうやら食堂でクズ野菜を貰ってきたみたいだね。葵先輩に抱きかかえられながら美味しそうにモリモリ食べている。……かわいい。


「あ、そうだ葵先輩! ちょっと酷いですよ。そろそろ僕も外に出る許可をくださいよ!」


 そう、僕の外出不許可令を出したのは葵先輩なのだ。何故かそれにコルテーゼさんとグレコ隊長が賛同してしまった為、僕は現在こんな状況になってしまったのだ。


「うーん、確かに可愛そうだとは思っているよ? でも、君って数分目を離しただけで失踪するからねぇ」


「そ、そこまで酷くないよ!?」


「いえいえ、私もアオイ様と同意見です。私、出来ることなら、ナツメ様を牢につないでおきたいとすら思っております」


「グレコ隊長まで!? しかも内容も酷い! コ、コルテーゼさん。コルテーゼさんは僕の味方だよね?」


 二人共酷い! まるで僕がすぐ迷子になる子供みたいな扱いだ。


「はい、私はいつでもナツメ様の味方でございます」


「コルテーゼさん!」


 よかった、やっぱりこの人は僕の味方でいてくれた。コルテーゼさんは片付けを中断すると、ふくよかな顔にニッコリとした柔らかい笑みを浮かべて僕の方を見た。


「ですので、ナツメ様には首輪を付けて、遠くには行けないようにしつつ自由に出歩いていただくのはいかがかと提案いたします」


「一番酷いよ!?」


 人間扱いですら無い! ……うう、僕に味方なんかいなかった。


「まぁ、首輪や牢屋は冗談として、外出する時は護衛が一人ついていくし、移動中は手を握らせてもらうからね? それくらいしないと君の安全を守りきれる自信がないから」


「えぇ、手を!? や、やだよ、そんなの恥ずかしいじゃないか!」


 じょ、冗談じゃないよ。幼稚園児じゃないんだから、そんな恥ずかしい事出来るわけないじゃないか。


「まぁ、君はそう言うだろうと思ってたとも。しかし、実はお姉ちゃん、本日は秘密兵器を取り寄せてあるんだよねえ。もうじきつくと思うんだけど……」


 秘密兵器? と僕が訝しんでいると、宿の前に馬車が止まる音がした。


「お、ちょうど着いたみたいだね、行こう棗君。暫く君の手を握ってもらう秘策が到着したよ」


「えぇ……どんな秘密兵器を用意したのか知らないけど、僕、手なんか絶対握らないからね?」


 まったくこの人は何を考えているのか。とりあえず誰かが来たみたいだから僕もお出迎えするとしよう。お手々繋ぎの秘密兵器とやら、拝んでやろうじゃないか。



 ――宿の玄関に向かうと、入り口の扉が結構荒目に開かれた。


 んー? どうやら秘密兵器とやらを運んできた人は結構ガサツな人みたいだぞ? ……誰だ? なんか妙にでかい奴だけど、荷物で手が埋まってるからって扉を足で開けるんじゃないよ、はしたない。


「ふう、やーっと着いたぜ、馬車ってのは狭くて苦手だなぁ。お、姉貴、棗、久しぶりだな! お出迎えとは殊勝じゃねえか」


「~~~~ッッッ!!」


「やあ秀彦、久しぶりだね。そろそろ来る頃だと思っていたよ」


 な、なんで? なんでここに秀彦がいるんだ? え、え、本物?


「ふふ、驚いているようだね棗君。実は異常繁殖がここ聖都で起こっているという話をしたら、セシルが秀彦もこっちに来る許可をくれたんだよ」


「ちょうどおれの修行も一段落ついた所だったからな。こっちに来るいいタイミングだったぜ」


「まぁ、秀彦までこっちに来てしまっては、王都の護りが少し心配だったのだけど、そこは遠征に出ていた騎士団を呼び戻すことで補填してくれたらしい」


 先輩と秀彦が何か言ってるけど全然頭に入ってこない。秀彦の顔を見てから、僕の頭が真っ白になってる。顔が熱い……


「……って、オーイ。久々に会ったのにノーリアクションは流石に傷つくぞー?」


 秀彦が僕になにか話しかけてる。心臓の音がうるさくて何を言ってるのかわからない。え、僕今まで秀彦とどうやって会話してたんだっけ!?


「むむ、何だか秘密兵器が効き過ぎてしまったかな? おーい、棗君、今君のおっぱい揉んでいるけど、リアクションがないならこのまま続けちゃうよ?」


「既に揉んでるのかよ……」


「まぁいいや、(もみもみ)ヒデ、君には暫く棗くんの護衛としてずっと一緒に居てやってほしいんだよ。(もみもみ)ちなみにこの娘はすぐどっか行っちゃうから手を繋いでね?(もみもみ)」


「あ? なんだそりゃ。手を繋いでお出かけとか、幼稚園児かよ。そんな事、棗がするわけねえだろ。何歳だと思ってるんだ」


「……」


「……おい棗、その手は何だ?」


「……手、握るんだろ。は、早くしろよ」


「はぁっ!? 何言ってんだお前」


 ご、護衛なら仕方ないよね。手をつなぐのは仕方ない事。うん、仕方ない。


「は、早くしろよ。僕は一週間も軟禁されてたから、今直ぐにでも出かけたいんだ! か、勘違いするなよ? ご、護衛なら誰でもいいんだけど、せっかく先輩が呼んでくれたから、仕方なく、仕方なくな? お前で我慢してやるんだ。手は僕が何処に行っちゃうかわからないから握るのは当然な訳で。だから、はやく握れよ! べ、別に勘違いするなよな? 僕が繋ぎたいって訳じゃにゃいぞ。これはグレコ隊長とか葵先輩とかコルテーゼさんが言うから仕方なく握るのであって、そう、護衛、護衛だからな!」


「早ぇ、口が早すぎる、何言ってるか判んねえよ。怖ぇぞ!?」


 なんだよ、早く握れよこのゴリラ! 僕と手を繋ぐのが嫌だってのか! やんのかコラァッ!?


「んで、直ぐに出掛けたいのか?」


「お、おう! そういってるだろ!」


 仏頂面で聞いてくるゴリラ。ニマニマしている先輩。よく見るとコルテーゼさんとグレコ隊長もニマニマ笑ってる。な、何だよう。


「しゃあねえな。ほれ」


「ッッッッ~~~~~~!?」


 秀彦は面倒臭そうに荷物を地面に下ろすと、僕の手をその大きな手で握ってきた。


 え、え、何なになに!? ふ、はっ!? 顔があつい、心臓が破裂しそうなほど大きく鼓動する。


「そんじゃ姉貴、おれコイツに付き添ってちょっと出るから荷物よろしく頼むわ」


「うんうん、効果はてきめんだったね。行ってらっしゃい。ごゆっくりー」


 あれあれ、あるれ!? 何が起こってるの? 手があったかい。ナンデ? アッタカイ ナンデ?


「それで、何処に行きたいんだお前は?」


「は、はへっ!?」


 なに、何言った、今何をいった? ゴリラ語!?


「お前、本当にどうした? 風邪でもひいたのか?」


 秀彦は何かをいいながら顔を僕の顔に近づけてきた……はひえぇあぇ!?


「ぐは!?」


 パニックになった僕は思わずアメちゃんで秀彦の顔面を突いてしまった。


「お前、熱測ろうとした親友にその仕打ちはねぇだろ。」


 ね、熱? 熱、おでこ、あ、そうか。そうだよねおでこ。うん、それは友達なら当然……。


「手で測れこのバカァ!!」


「ぐわぁ!?」


 僕は茹だった顔を隠すようにして自室へ逃げ帰ってしまった。逃げる時に思いっきりアメちゃんで秀彦をぶん殴ってしまったような気がするけど、それどころじゃない。何でだろう。秀彦の顔がまともに見れない……


 はうう……


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