第四十二話 地獄絵図の作り方

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「吸った、吸いおったなぁ? あひゃぁひゃひゃひゃ。これで聖女様は数時間快楽に狂うことになるわぇ。うへひゃひゃ」


 僕の鳩尾を突いた後、大司教は顔を醜く歪めながら大喜びで笑っていた。確かに僕は香炉の煙を沢山吸ってしまった、悔しい、僕はこんな奴に身も心も捧げてしまうのか。


「香を吸ったら数秒後、まずは体が熱くなって行くんしゃ」


 確かに、少し体が熱い気がする……


「そして呼吸が乱れ動悸が早くなる!」


 うぅ、そうなのかな……よくわからない。これからの自分がどうなるかを想像すると、確かに胸がドキドキする。怖い……


「この香炉はの、魔界にすら一つしか無い逸品での。薬効と呪い、両方で女を狂わせるのしゃ。どんなに清らかだろうが、心がつよかろうが、心が女である以上決して逃れられぬ。……どれ、そろそろ首輪は外してやろうかのぅ? 発情したおぬしが、カクカクと腰を振ってうっかり窒息死なぞしてはもったいないからのぅ? うふひゃひゃ……」


 下卑た笑いを浮かべて大司教が僕の首輪を外す。反撃をしようかと思ったけど、恐怖と絶望感で動く気力すら起きない。いや、これは香炉のせいなのかな……?


「これだけの時間吸ったら、最早おぬしの全身は性器の様なものしゃて、こうして頬をなでるだけでも絶頂してしまうほど気持ちよかろう?」


 大司教の手がいやらしく僕の頬をなでていく。カサカサの手の感触が非常に不快だ。


「うひゃひゃひゃ! どうしゃな、強烈しゃろう?」


「……ん?」


「なんしゃ? 声も出ぬかえ? 体を固くして愛いのう、どう反応すればいいのかすら解らぬのかえ? 安心せい、これからたっぷりと教えてやるわぇ……」


 再び大司教の手が伸び、今度は首のあたりに近づいてくる。気持ち悪いけど僕はあえてそれに無抵抗でいた。カサカサのてが僕の首をなぞっていく。とても不快だけど、これって……。


「あひゃぁ、それ、その欲情に濁った生娘の表情をよく見せておくれぇ!」


 うーむ、このゲス爺様、凄いテンション上がってるんですけど……うーん?


「あの~……」


「ぬぅ? なんしゃ、その色気のない喘ぎ声は?」


 うん~? 良く判らないけど体が普通に動くんで、とりあえず……てやっ!!


「ふぎゃぁ!?」


「あ、当たった!」


 とりあえず放ったパンチが大司教の顔面を捉える。大司教は完全に不意を突かれたのか、先程の蹴りと違ってクリーンヒットでそれを顔面に受け止めた。


 突然の反撃に対応できなかった大司教は、アメちゃんを手放しそのままベッドの下まで転げ落ちていく。よしよし、アメちゃんを取り戻したぞ、あとでちゃんと洗ってあげなきゃだね。


「とは言え、これどういう状況なんだろ?」


 何だかよくわからない状況になってしまった。大司教の話が本当なら、僕は今頃、身動きが取れないほどの快楽に襲われてる筈なんだよね? でも、少し体が熱くなったような気がしたけど、僕に起こったのはそれだけだった。もしかして、道具の使い方ミスったのかな?


「な、ななな、なぜ動ける!? この香炉は心が女であれば・・・・・・・抗うことは決して出来ぬはずなのに!?」


 ……ッ! 心が女!! そっかー、女の心に作用する呪いと毒なのかー。


「まさか、男!? いや、先程着替えさせた時は確かにおなごの体しゃった。そも、儂がおなごと男を見間違うわけがない!!」


 おお、なんか自信満々に色々語っちゃってたのに申し訳ないなあ。でもすいませんねー。僕、中身男なんですよ~。あ、でも女の子が何人も犠牲になってるみたいだからコイツには謝らなくていいね。うん、ザマーみろだ。ていうか、やっぱりこいつに裸見られてたのか。それはちょっと腹立つなあ。


「全然狙ってた作戦とかじゃないけど、とりあえず形勢逆転かな? 覚悟してよね、この生臭坊主!」


 今回は本気で怒ってるからね。容赦はしないよ! 僕はアメちゃんを振り上げて大司教に向かって飛んだ!


「奥義、飛翔のうてん撃!」


「なんしゃその隙だらけの技は!」


 ぬ、僕の奥義が大司教の結界に阻まれた。


「僕の奥義を防ぐとは。流石大司教と言ったところかな。やるね……」


「いや、まあ、大司教なのはそれなりに腕前が必要しゃがな。今の場合は……」


「問答無用!」


「お主、結構めちゃくちゃしゃな!?」


 何か言おうとしてたけど言わせないよ! 僕は大司教に連続して杖を叩き込んだ。しかし、続く僕の連撃もすべて防がれる。悔しいけど大司教の防御は中々にハイレベルだ。ちょっと僕の杖術で大司教を捉えるのは難しそう。でもまぁ、それならそれで。


「やり方はあるよ……ね!」


「ぬっ!?」


 一歩踏み込み袈裟斬りのように杖を振り下ろす。当然動きは読まれ、結界で受け止められたけど、そのまま振りきるようにして間合いを詰めつつ、アメちゃんを手放し大司教の襟を取った。


「杖は防げてもこれはどうかな?」


「な!?」


 僕はそのまま大司教を内股で床に叩きつけた。咄嗟に結界をはったようだけど、結界に叩きつけるのも地面に叩きつけるのも結果は変わらない。むしろ結界のほうが硬いのだからダメージ増えてない?


「ゴフッ!?」


「この世界に組技は少ないみたいだから咄嗟に対処できなかったみたいだね。さて、どうしようかな」


 背中を強く打ち付けたから今は呼吸が出来ずにのたうっているけど、このままだといずれ回復されてしまう。直ぐに次の対処をしないといけないんだけど、どうしよう。このままボコボコに杖で殴るのもありかもしれないけど、ちょっとやりたくないな。悪人とは言え、あまりお爺さんを身体的に痛めつけるというのは気が引ける。


「うーん、どうしよう、どうし……あ」


 のたうつ大司教を眺めていると、視界の端にアメジストの輝き……アメちゃんが見えた。




 ……これだ!




 いい案が閃いたぞ! これなら自業自得だし、いい罰になる。ただ、うまくいくかは分からない。ダメだったら意を決してボコボコに杖で殴ってしまおう。


 そんな事を考えつつアメちゃんを手にとって大司教の元へ向かう。


「大司教、こっちを見なさい」


「ゲホッゲホッ! き、キサ……マ」


 僕は振り向いた大司教の目の前にアメちゃんを翳す。既にアメちゃんには魔力を込めており、淡い紫の輝きが大司教の目に映り込む。


 僕はそれをゆらゆらと左右に揺らした。ゆっくりとアメちゃんを揺らすと大司教の目がそれを追う。よしよし、いい感じだ。


「シュットアプラー=デブラッツ、この杖の光を見てください。これは貴方に幸福を与える光です」


「な、なにを言って……?」


 大司教は、僕に何をされるのかわからない恐怖を感じているようだけど、アメちゃんから漏れる幻惑の魔力の光にはしっかりと目を奪われている。僕は、揺れる光を目で追う大司教に、なるべく優しい声を意識して話しかけていく。


「ゆっくり、ゆっくり、呼吸を整えて。深呼吸をしてください。ゆっくり深呼吸するたび、貴方の体から痛みが消えていきます」


「………… すー、ハー」


 よし、僕の言葉に釣られて深呼吸を初めた。


「どんどんどんどん痛みが消えていきます。痛みが消えるにつれて貴方はリラックスしていきます。深く、ふかぁく息をすって」


「すーーー……ハー……」


「リラックスした貴方は眠くなってきました。眠くなってしまった貴方は、もう目を開けていることができなくなって行きます。僕が三つ数える間に、貴方のまぶたはどんどん重くなって閉じてしまいます。一~……二~……三!」


「……」


 うーん、駄目元でやってみたけどあっさりと成功してしまった……なんちゃって催眠術。これって多分、アメちゃんの力も関係あるんだろうな。ぶっつけ本番の催眠術がこんなにきれいに効くわけないもんなあ。


 さてさてそれではここからが本番ですよー。


「リラーックスしたまま聞いてください。シュットアプラー=デブラッツ。貴方は今まで、大きな勘違いをして生きてしまいました。今から私が、その勘違いを取り除いて差し上げます」


「むにゃぁ……」


「みっつ数えると貴方は目を覚まします。その時貴方は偽りの蛹を脱ぎ、本来の貴方になるのです」


「……ほんらぃ?」


「シュットアプラー=デブラッツ。貴方は本当は老爺などではありません、本当は可憐な少女なのです」


「……しょう……じょ」


「そうです、貴女は可憐な少女なのです。それではいきますよ~。一~……二~……三!」


「……はっ! 私はなにを……んぐ!? ンヒィッ!?」


 僕の合図で目を覚ました大司教は、突然裏声を出したかと思うと、その場でビクビク痙攣を初めた。どうたら狙い通り、香炉の毒と呪いが彼女を襲ったらしい。


 う、うわぁ。心が乙女になった途端にこれか……どうやら衣服がこすれるだけでとんでもない快楽を味わっているらしく、大司教は身をよじりながら痙攣をしている。その痙攣の間隔は徐々に短くなっているので、体をよじる度にどんどんと敏感になってるのかもしれない。


「あ、あひ、アヒィィッ!?」


「う、うわぁ……」


 自分でやっておいてなんだけど、これは酷い。一歩間違ったら自分がこうなっていたかと思うと本当に恐ろしい。効果は数時間との事なので、とりあえず香炉を水瓶に落として破壊して、そのあと部屋の空気を洗浄しよう。


「洗浄せよ全力浄化ライニグング!」


 部屋の香気が薄れ、清浄な空気に変わっていくのを感じる。目の前では何かがビチャビチャいっている。とりあえずこれ・・にも浄化ライニグングしておこうかな? あ、でも毒が抜けたりしたら危ないから暫く放っておこうかな。とりあえず大量の汁が飛び散っていて気持ち悪いので、僕はベッドの上に避難する。


 そしてベッドの上で仁王立ちになると勝利のポーズを決めた! ビシッ!


「天網恢恢疎にして漏らさず。今までの女の人達の苦しみを味わってから憲兵に捕まるといいですよ! これにて一件落着」


 決まった! でも、この後はどうしよう……大司教がこの状態だと、僕この部屋から出れないんじゃ?


 そんな事を考えていたら突然扉が吹き飛ばされた、ああ良かった。どうやらお迎えがきたみたいだ。でも先輩、今回はちょっと遅かったですよ?





 ――――……



 結局、僕は迂闊に一人で行動していた事を帰りの馬車で延々お説教された。さらにキースにはゲンコツまで貰ってしまった。とても痛かったけど皆が本気で心配してくれてのが解ったから何だかちょっと嬉しい。今日は何だか色々ありすぎて疲れちゃったな。明日からは大司教の取り調べも始まるので森の異常繁殖の調査には暫く参加できないらしい。


 そもそも、あれは大司教が何か細工をした可能性が高いってキースが言っていた、最初から僕を巻き込んで少しでも誘拐の成功率を高めようとしたんじゃないかって。もしそうだとしたら犠牲になった騎士の皆さんがあまりに不憫すぎる。


 とりあえず、色々あって僕の疲労も相当だろうということで、お説教は馬車の中で終わってくれた。宿についたらゆっくり休んでいいらしい、よかった。正直、お説教している時のグレコ隊長はコボルトチャンピオンよりも怖いのだ。


 先輩に聞いたけど、マウス君も一生懸命僕を助けようとしてくれてたんだってね。今は僕の膝の上で丸まって眠ってる。ありがとう、明日は一緒にのんびりと一緒に過ごそうね。





 ――やがて馬車の窓から宿が見えてきた。何だかとっても疲れちゃったけど無事に返ってこれてよかった。


「……あ」


 窓に小さな影が見える。


 僕は馬車を降りると早足で部屋に向かった。ドアを開き、窓を見ると……やっぱり秀彦からの手紙が届いていた。僕は急いで手紙を受け取ると早速ベッドの上でそれを開封した。



「――よぅ、この手紙を見てるって事はどうやら上手くやったみたいだな。平気だったか? 焚き付けておいてアレだが、ちょっと心配だから返事はなるべく早くよこせよな?」


 ああ、秀彦の声を聞いてるとホッとするなあ。映像の秀彦は少し照れたようなゴリラ顔をしていた。


 キュンッ……


「ん?」


「…………こっちも修行でだいぶ強くなったからよ、次にお前に会う時が楽しみだぜ!」


 キュンキュンキュンッ……


「え、え、え、え!?」


 秀彦の声を聞いてたら突然僕の体温が上がって、お腹の辺りが締め付けられるような、それでいて気持ちがいいような、そんな感覚に襲われ始めた。


「最近は結構王都で食べ歩きとかしててな、色んな店見つけたんだよ。それで、お前と行きたい店とかもあるからよ ………」


 秀彦が何かを言ってるけどそれどころじゃない! な、なにこれ!?


「ぁ、うんっ!? ひ、あぁっ」


 変な声がでて……あ、これ、あの香炉の毒!? まだ効果が残って……でも、なんで、いまさら!?


「~~~~~~~~ッッッ!!」


 あ、これ、やば……声、我慢しなきゃ……ッッッ!!


「~~~~ッッ! ~~~~~~~ッ!!」


 もう、何も、考、えられ、な……。





 ――――……




 結局それから一分ほどで香炉の効果は切れてくれた……あ、危なかった、たった一分でもこれは……


「ゼェーゼェー」


 だ、だめだ~、秀彦の手紙、今はまともに見られない。続きは明日見よう。


 うぅ、死ぬかとおもったぁ……お風呂はいろう。


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