第三十六話 チームデビュー!

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「なんなんだこれは……」


「ん? 棗君の事かい?」


「なぜ聖女の防御法術であのような真似が出来る」






 ――むむ? リーデル団長と先輩が何か話してる。なんだろう、僕の事見てるからたぶん僕の話かな? 


 ……あっ!


「オラァッ! ギミング!! 被弾してるじゃねえか。集中しろ!」


 気を取られたせいで防御忘れちゃった。顔を赤く腫らせたキースが怒り狂ってる。……ごめんて。


「ごめん、ごめん! 下級治癒術ヒール!」


「ぉわぁっ!?」


 いやぁ、集中集中。よそ見は駄目だね、反省。今は上位種が居ないからちょっと気を抜いちゃったね。


「ごめんなキース~、ドーンマイ!」


「お前! 全然悪びれないな!? もっと反省しやがれ! て、言うか。何だ今の!? 何でそんな離れた所から回復できるんだお前?」


 ふっふっふ、驚いてるねキース君。法術使う人以外には、あまり知られてないんだけどね。実は治癒法術の射程は別に短い訳ではないんだよ。でも前線に出る治癒術士なんて人居ないから、こういう使い方する人もないし、誤爆も怖いから誰も使わないんだ。でもその点、僕にはちっちゃいけど頼もしい相棒が居るからね。すばしっこく動き回るマウス君と比べれば、無駄にでっかいキースに法術当てるなんて造作も無い事なんだよ。


「普通に法術飛ばしただけだよ。ほら前みろ、次が来てるぞ~」


「普通ってお前何言って……痛てぇ!? おいシールドはどうした、この駄ミング!」


「だれが駄ミングだ! よそ見してる馬鹿を守ってやるわけ無いだろ。集中しろ!」


「それ、お前が言うのっ!?」


 まったく戦闘中に気を抜くなんて。コイツは駄目な騎士だな。きっと普段からサボったりとかしているに違いない。それで「リーデル団長ぉ勘弁してつかぁさい~」とか泣いてるんだ。


 ――でも、何かこういうやり取り、ちょっとだけ楽しいなあ。そう言えばこっちに来てから同性・・の友達って出来たこと無かったもんな。まあ女の子の友達っていうのもそんなに居るわけではないのだけど。


 ……あれ? ひょっとしてこっちの世界で出来た僕の友達って、マウス君しかいないんじゃ……? いや、いやいやいや!? ……ミ、ミリィ、そうミリィがいたよ! あとセシルもね! な、なぁんだ友達たくさんじゃないか、よ、良かった良かった。それに僕には秀彦がいるもんね! マブダチマブダチ。全然寂しくないぞぉ?






 ……あいつ……今、何してるのかな……?



「――おおおおおい、駄ミーーーーング!! また痛ぇぞ!」


「はいはい、下級治癒術ヒール! 下級治癒術ヒール~!」


 一瞬だけ浮かんだアイツの顔がキースの声で霧散してしまった。むぅぅ、なんだろう、集中してなかった僕が悪いけどちょっと八つ当たりしたい心境だ……僕が悪いんだけどねっ!!


「そんな投げやりな回復があるかぁ!! 真面目にやりやがれ!」


 煩いやつだなあ。もう!



 



「……勇者殿」


「なんだい? 私に敬語はいらないよー、リーデル君」


「……そうか、では、お言葉に甘えさせていただく。あの聖女、先程から一体何をしているんだ? ああいった遠隔技術があることは知っていたが、あれは異常だぞ」


「んー? どういう意味かな」


「あの特殊な神聖なる盾ハイリヒ・シルトは宮廷魔術師ウェネーフィカ様の教えだな? そこまでは分かる。俺は騎士なので、魔術に関しては門外漢だが、ウェネーフィカ様の特殊な戦闘は何度か戦場で見た事があるからな。それに、治癒法術の射程がそれなりにあるのも以前アグノス様からお聞きした事がある」


「ふむ……」


「だが、治癒法術は狙って当てる必要がある。そうでなくては、敵を回復させてしまう諸刃の剣だ。故に治癒法術を使う者は後方待機となり、負傷兵を下がらせて回復させるのが常識なのだ」


「そうらしいねえ」


神聖なる盾ハイリヒ・シルトにしても、見た所あれの効果時間は数秒だろう。それをあんなに的確に……あれは敵の攻撃に合わせるだけでなく、キースの防御行動にも合わせる必要があるだろう。何故そんな事をあんなにスムーズに行える?」



 ――むう、また何か話してるなー。何の話してるんだろう? 気になるけど、もう一回キースが殴られたら信頼関係にヒビ入りそうだからなあ。おっと神聖なる盾ハイリヒ・シルト~!



「おま、絶対雑になってきてるだろ!? 今のちょっと遅かったぞ!」


「も~、成功しても怒るとか、お前神経質だなー」


「命かかってるんだよ! こっちは!!」




「……棗君、楽しそうだねえ。まだ男同士の方が楽しいのかなぁ? 秀彦の前ではもっと乙女になってる気がするんだけどねえ」


「ん? 何か言ったか?」


「いやいや、何でもないさ。まぁ、私の弟が言っていたんだけどね。あの子は目と学習能力が異常に優れているんだそうだよ。その上で練習とか努力とか、そういう事も欠かさない子なんだってさ」


「……ほう?」


「だからね、今日は勝てても明日のアイツには勝てねえかもしれねえ、とかいいながら家でも筋トレしててねぇ。まったく汗臭いやら、ソソられて欲情するわで大変だったんだよ」


「なるほ……今なにか変なことを言わなかったか?」


「いや~? 至って普通の事しか言ってないと思うがね?」


「そ、そうか……そうか?」




 ふむー、何か秀彦の事話してたような。気になる、気になるな~。うぅ、この、コボルト。いつまで湧いて出るんだよ。会話が聞き取れないじゃないか!


 僕も殴っちゃおうかな? でも、”聖女の戦い”を見せるって言っちゃったしなあ。うぅ~、コボルト邪魔!!


「なるほど、最初の内、あまり戦わずにキースを眺めていたのは、奴のクセなどを見ていたというのか」


「そうだね~多分、でもそれだと半分だけ正解かなー?」


「む、半分だと?」


「そう、半分、多分だけどね~……」





 結局二人が何を話してるのかわかんなかった、今はふたりとも会話を止めてコボルトに応戦している。というか、なんだかコボルトの攻撃が段々激しくなってきたような気が……これはもしかして?


「ウギャァァァァッ!?」


 突然、右翼から怒号と悲鳴が上がった。何事かとそちらを見ると、いつの間にそこにいたのか、大型のコボルトが三体、音もなく近づいてきており、右翼に展開していた騎士に襲いかかっていた。不意を突かれてしまったのだろう。騎士の一人が両腕を捕まれ吊るされている。あれはまずい。


 更に森の奥からは、今いる上位種より巨大な影が、森の木をへし折りながら接近してきているのが見えた。


「コボルトウォーリアか! ……しかも奥にもう一匹、あれは!? 総員、偃月陣。右翼は動かずそのまま応戦。その吊るされた馬鹿を死なせるな!」


「「「はっ!!」」」


 即座に対応し、陣を構える騎士団。中央からリーデルさんが突撃していく。恐らくウォーリアと呼ばれるコボルトから最速で彼を救うための陣形なんだろう。でも、ウォリアの方が少し早い。既にその大きな顎は彼に迫っている。


「――距離はギリギリ、お願い届いて! 神よ、かの者を守り給え神聖なる盾ハイリヒ・シルト


「ギィッ!!」


「あぁぁぁっ!?」


 何とか届いた神聖なる盾ハイリヒ・シルト。でも、少しだけ距離が遠すぎたため、何とか頭部は守れたものの、そのまま滑ったコボルトの牙は、彼の腕に深々と突き刺さった。鋭い牙は鉄製の鎧を難なく貫く。飛び散る鮮血が、傷の深さを物語っている。


「……ッ! 御免なさい!」


「いや、よくやったぞ、聖女ナツメ! ハァッ!」


 直後、コボルトウォリアの眉間には黒槍が突き刺さっていた。更に先端に火薬でも仕掛けてあったかのように爆発を起こし、その衝撃でコボルトウォリアを吹き飛ばした。流石の上位種もこの一撃は効いたらしく、頭から縦回転するように後方に吹き飛ばされ、受け身も取れていないようだった。


 その衝撃で放され、地面に倒れた騎士を走竜から飛び降りたリーデルが担ぎ上げる。

 

「ロック! 大丈夫か? 下がって聖女殿に治癒を……」


「は、はいっ……へっ!?」


 騎士が答えきる前にその体を緑色の光が包み込む。僕の法術が届いた証だ。少し傷が深そうだったので、念の為下級治癒術ヒールではなく中級治癒術ミドルヒールを飛ばしておく。遠隔回復に慣れていない二人は少し驚いていたみたいだけど、あの出血はすぐに塞がないと危なそうだったからね。


 ついでに前線との距離がつまったので、コボルトウォリア達には幻術を展開する。即席の術なので、相手の距離感を乱れさせる程度の幻術だけど、戦場では十分に効果があるはずだ。片目をつぶって戦う程度にはやりにくくなる筈。


「リーデル団長、葵先輩! 距離感を狂わせる幻術を展開したから。そいつらを素早く倒して下さい!」


 僕の言葉にリーデル団長が反応をする。


「それで、お前は何をする気だ?」


「あのデカイのの足止めをします! キース!!」


「お、俺がやるのかよ?」


「大物退治だぞ、美味しいだろ?」


「全然だよ、怖ぇぇよっ!?」


 なんかキースが泣きそうな顔をしてるけど我慢してもらおう。とりあえずあのデカイのがこの場に辿り着いた時にウォーリアが残ってるのはまずい気がする。今陣に組み込まれていないのは僕らだけだから、二人だけで動く分には団には迷惑がかからないはず。


「キース、倒そうとしなくていい。皆がウォリア処理するまで数秒の足止めをすればいいだけだから」


「簡単に言ってくれるな!? お前あれがなんだか分かって言ってるのか?」


「もちろん分かんないよ! でも、今度の相手はヤバそうだからね、油断するなよ?」


「それはこっちのセリフだ、この駄ミング! ちゃんと防御しろよ、お前ぇ。信じてるからな!?」


 おう、任せてくれちゃいなよキース君。


「君には指一本ふれさせないぜ?」


「だからお前は何で偶に男前なんだよ!?」


 さてさて、それでは行きますよ~。チーム、キース&ギミングの本格デビュー戦だ!


「――まずは、進行速度落とすかな? 汝が旅路の終焉、刻まれしその疲労は鉛の如く鉛足プロモ・ピエルナス


 今回は普通に発動、少しだけ目の前の巨体の動きが鈍くなる。それでも結構な勢いでこちらに向かってくる巨体。近づくにつれ、僕の体に恐怖が走る。うぅ、思ったより大分大きいなぁ……


 そしてついにその全身が僕らの目に晒された。他のコボルトより一回り大きなウォーリアを、更に一回り大きくした巨躯。毛並みは黒に近いグレーで、その毛並みは酷く硬そうに見える。丸太のような両腕両足は、引き締まっていて無駄な肉などまったくない印象を受ける。


「うわぁ~。何か、凄そうだねコイツ」


「俺としてはもっと早くその心境に至ってほしかったよギミング君。多分コイツは……」


「――コボルトチャンピオンだそうですよ」


「ふえっ?」


 あれれ、気がついたら僕らの後ろにさっき噛まれてたロックさんと、あと3人の騎士さんが並んでいた。偃月陣からあぶれてたもと右翼の人たちだ。政治団体じゃないよ?


「団長がこちらの応援に向かえと仰られたので、及ばずながら我らも参戦いたします!」


「コボルトチャンピオンは上位種の中でも相当に危険な魔物です。団長が言うには流石にバカ二人で足止めは危険過ぎて看過できない。との事でしたよ」


「……こんなに人手を割いていただいて、向こうは大丈夫なんでしょうか?」


「はい、問題ございません。あちらには勇者様もおられます故」


 うう、騎士団の皆さんには迷惑かけない様にしようと思ったのにな。まあ、歴戦の騎士であるリーデル団長が言うなら相当危険な魔物なんだろう。よし! 気持ち切り替えていこう!


「分かりました、感謝いたします。でも、アレを無理に倒そうとはしないでくださいね。みなさん、作戦は”いのちをだいじに”です!皆様の事は私が守りますのでご安心下さい」


「なんだ、その気が抜ける作戦名は……あと人格変わってねえか?」


「そんな事はありません! キース様、皆様、来ます!!」


 よし、チーム キース&ギミングと愉快な仲間たち! 行きます!


「お前のことちょっと分かってきた。いま絶対くだらないこと考えてるだろ……」


「ぬなっ!?」


 なんだよ、キースのくせに生意気だぞ!

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