第三十五話 チームキース&”ギ”ミング

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 まったく、あのリーデル団長って人の石頭は本当に頭にくる。多分すごく真面目な人なんだろうけど、勝手に人を弱者とか馬鹿にしてくれるよまったく。僕は聖騎士ゴリラ秀彦に柔道で勝てるほど強いんだぞ! 最近やってくれないけど。


「あ、あのぅ……」


「うん?」


 僕が一人、頭の中でリーデル団長に憤慨していると、なんだか縮こまったキースが話しかけてきた。なんだ? その某寿司チェーンの小僧のような変なポーズは? 巨体が縮こまっても可愛くないぞ?


「そのう、貴女様はあの”聖女様”なんですか?」


「どの聖女か分からないけど、多分そうだよ。もうバレちゃったからこの鎧脱ぐね。ちょっとまってて」


 最早変装の理由もないので僕も本来の装備に戻らせてもらう。僕は着慣れない鎧を脱ぐと、空間収納からいつものローブと仮面を取り出し身に纏う。……うん、やっぱりこの格好が一番しっくり来るね。鎧は何ていうか重いし暑いし、騎士の皆さんはよくあんなの着ていられるよ。


「おまたせ、キース。さ、話の続きどーぞ!」


「……ぅおっ! 仮面怖いなッッッ!?」


 振り向いた僕に突然罵声を浴びせるキース。なんて失礼なやつだ。この仮面は女神様のくださった由緒正しい仮面なんだぞ!


「いきなり失礼なやつだなお前は。それより何言いかけたの?」


「お、おぅ。じゃねえ、はい! その、聖女様は何でヘミングと「ストップ」へっ?」


 ――なるほど、分かったぞ。この変なポーズはあれか。僕が聖女だって分かったから萎縮しちゃってるのか。


「敬語禁止。さっきも言ったけど、僕のことは偽ヘミングとおもってよ。キースに気を使われると、なんの為に君を指名したのか分からなくなっちゃうから」


「え?」


「行軍中、君は僕をヘミングだと思って色々世話してくれたろ? 短い時間しか付き合ってないけど、君の事は信用が出来る人物だと思ってる。なんならもう友情も感じてるくらいなんだぞ?」


「それは流石にどうなんですかね?」


 む、友達発言は流石に言い過ぎたか? キースが苦笑いを浮かべている。


「僕はキースに気を使わないから、キースも僕の事、ヘミングさんと同じように扱ってよ。そして、その位の信頼関係がないと、リーデル団長にギャフンと言わせられないと思う」


「ほ、本気で団長に勝つつもりなんですか? ……痛ッ!」


 何回言っても下手くそな敬語を止めないので、僕はキースのスネを軽く蹴っ飛ばした。


「敬語! 無しっ!!」


「は、はい! いや、おうっ!」


「よし、僕の事は偽ヘミングでミングとでも読んでくれ!」


「えぇ……そのセンスはちょっと酷すぎねえか?」


「うるさいな!」


 僕のネーミングセンスに文句言うなんて。ミング、なんとなく響きに侘び寂びのあるいい名前じゃないか。キースは趣味が悪いんだな。ん? マウスくん、なんで君はキースなんかの戯言にウンウンとゆっくり頷いているんだい!? え、違うよね? マウス君その名前好きだよね!?


「……と、とにかく、作戦を立てよう。今の僕らは運命共同体だからね。お互いガンガン意見を出し合おう!」


「何か大聖堂でみた聖女様と同一人物とは思えないなアンタ。そっちが本性なのか?」


「う、まあその辺はあまり突っ込まないようにね。僕ら二人の秘密だぞ」


「こんな大勢の前で言われてもなあ……」


 大丈夫。正体がバレてしまった今、リーデル団長の目を欺くのは難しいけど、他の団員さんたちから僕の存在は認識し辛くしてあるからね。仮面の力ではなくアメちゃんの幻術で。恐らくさっきの団長さんとのやり取りも、一部の実力者以外は認識できてないはずだ。


「とにかくキース、作戦を聞いて欲しい」


「わーったよ。ここまで来たら最後まで付き合ってやるよ」


「ありがとう、君ならそう言ってくれると思った、耳貸して」


「うぉお、その仮面が近づくのこええな!?」


「え、そうかい? じゃあ作戦会議中は仮面をとるよ」


 意外と繊細な男だな。まあいいや、そんなに面倒なことではないし。僕は仮面を外すとまたキースの耳に顔を近づけた。――しかし、近づこうとするとキースが同じ距離を下がる。なんだ?


「おい、もっと近寄れよ。声が届かないだろ」


「……おまえ、態とやってるんじゃないだろうな!?」


「はぁ!?」


「(マジか天然かよ質悪ぃなコイツ……)」


 なんなんだコイツは、いきなり距離とったと思ったらそんなに顔を真赤にして。ひょっとして、何か怒ってるのか? 小声でブツブツ言ってるし。


「なぁ、何か気に触ったなら謝るからもっと近くに来てくれよ」


「わ、わかった、解ったからお前は仮面被っておけ」


「はぁ?」


「いいからッッ! その仮面付けてると格好いいから付けてろ!」


「……ほほう、なるほどなるほど、お前にもこの仮面の良さが分かったか。いいぞ、僕もこの仮面大好きなんだよ。やっぱりお前は話せる奴だな、フフフ……」


 取れとか被れとか忙しいやつだけど、この仮面の良さが分かるやつに悪いやつはいない。どうやら外せと言ってみたものの、外してみてからこの仮面の魅力に気がついたみたいだな。鈍いやつだなお前は、だけどその感性は好感を持てるぞ?


「よし、付けたぞ、来い来い、カモーン」


「何ていうかお前、その仮面つけると別人に見えるな」


「そうだろう、そうだろう」


 この仮面は格好いいからな! ふふん。とりあえずキースに僕の考えている作戦を伝えると、ものすごく嫌そうな顔をされた。こいつめ、僕の事信用してないな?


「大丈夫だからそんな顔するなよ」


「……本当かよ? それ失敗されたら俺死ぬんじゃねえ?」


「大丈夫大丈夫。即死以外なら全部治してやるから安心して失敗されろ」


「お前ぇぇ、本当は聖女じゃないだろ!?」


「ひひ、安心してよ、失敗なんてしないからさ。頼りにしてるよ、相棒!」


「くっそ、失敗一回につき慰謝料もらうからな?」


 なんだよ、心の狭いやつめ!大丈夫だよ……多分!!




 ――――……




 それから森を暫く進むと、再びコボルトの群れの襲撃を受けた。先程は不意を突かれてしまったけど、もう油断はしない。それに、さっきとは違って、重い鎧を纏っていないので動きやすい。普通のコボルト相手であれば、僕が前衛で戦う事に何の問題もない程だ。


「――とは言え」


 僕が今、前衛で戦っているのは、別にコボルト相手に無双するのが目的ではない。僕は迫りくるコボルトを捌きつつ、キースの動きをじっくり観察していた。攻撃のタイミング。防御のクセ。足の運び等など。


「ちくしょう、数が多いな。流石スタンピードってか?」


「なんだキース、もう疲れちゃったのか? 疲労回復の法術いる?」


「んな訳ねーだろ。逆だよ逆。こうも単調に雑魚の相手ばかりしてると、集中力がきれちまう」


「真面目にやってくれよ? ここで手を抜かれると、折角の作戦がうまく出来ないからね」


「わーってるよ!」


 とは言えこの男。不真面目そうなやり取りをしているけど、流石にあのリーデル石頭団長の部下だ、その剣捌きは実に素晴らしい。僕と会話しつつも全てのコボルトに正確なカウンターを決めていく様は、ガサツな大男とは思えないほど正統派で洗練された動きだった。……驚いたな、ここまで強いとは思ってなかった。盾を使ってコボルトの攻撃を受ける姿なんて、まるでヒデみたいだ。


 そんな事を考えながら、自分の方へ抜けてくるコボルトに杖を振るっていると、突然森の空気が変わった。こっちの世界に来てから、何度か味わったことのある感覚。身に迫る危険の気配だ。


「キース! 何か来る。気をつけて」


 僕の声とほぼ同時に、森の木々をへし折りながら、巨大なコボルトがこちらへ突進してきた。今までのコボルトとは明らかに違う。まずい、あの巨体で僕の動きより早い。


「伏せろ、ギミング!」


「……ッ!」


 後ろからかけられた声に反応し即座に屈むと、僕の頭上を飛び越えてキースがコボルトの前に躍り出た。どうやらこのコボルトはキースよりも格上の魔物らしく、盾を構えるキースは緊張した面持ちだ。だけど、声をかけられた時に彼がどういう行動を取るのか予想していた僕は、既に詠唱を終えている。コボルトの攻撃に合わせ、後は法術を発動させるだけ。


神聖なる盾ハイリヒ・シルト


 本来は対象を一定時間少し打たれ強くするだけの法術。しかし、僕はこの法術にウェニーおばあちゃん直伝の改良を加えている。振り下ろされたコボルトの拳はキースの体を叩き潰す事は無く、盛大な金属音を鳴らしつつ盾によって受け止められていた。


「うおっ!?」


「驚いてないですぐ構えて、次来るよ!」


「お、おう!」


 此奴め、さっき大まかにこの法術の説明したのに、今一信じてなかったな? それとも脳みそ筋肉で理解できていなかったのか。これはこの世界の魔術の秘奥に触れたウェニーおばあちゃんのオリジナル技だ。魔術法術は世間では詠唱によって発動すると思われている。確かにそれは間違いないのだけど、実は魔術の発動にはもう一つ、皆が無意識に行っている工程がある。


 魔力を練る、言葉に乗せる、発動。この言葉に乗せる際に、魔術の指向性というものを人間は無意識に組み立てているのだそうだ。威力、範囲、効果時間、これらは実は詠唱によって決められているわけではないのだ。練られた魔力は詠唱に合わせて変化をしているわけではなく、無意識に脳が処理した内容に従って放たれている。


 無詠唱でも効果が弱まるだけできちんと魔術が発動するのがその証拠だ。


 詠唱は、人が正しく魔術を発動しやすいように、神が人類に与えた自転車の補助輪のようなものに過ぎないのだそうで、それ故に文言を変えてもイメージがしっかりしていれば魔術は発動するらしい。


 ウェニーおばあちゃんは長年の研究でその事実に気が付き、それらを変えることで魔術の幅を広げることに成功していた。これをおばあちゃんは”秘奥の心得”と呼んでいた。僕もまだ未熟ではあるけど、このおばあちゃんの秘奥の心得を仕込まれている。


 僕に出来るのは神聖なる盾ハイリヒ・シルト等の強化系と治癒術ヒール系、あとは幾つかの弱体系法術だ。天光エクラ・リュミエールとかはちょっと制御が難しくて下手に弄れない。あの時、トートに襲撃された教会で文言を変えても天光エクラ・リュミエールが発動したのは、僕があの場にいた霊を救いたいと強く願っていたかららしい。


 僕はウェニーおばあちゃんの鬼特訓のおかげで、神聖なる盾ハイリヒ・シルトの効果時間の長さをほぼゼロにして、更に効果範囲を小さくする事で、残りの魔力リソースを全て障壁の硬さにつぎ込むことに成功していた。一瞬だけ体を守る強固な盾、それが僕の使う神聖なる盾ハイリヒ・シルトだ。


「おいおい、なんだ今の法術は? こんなの見た事も聞いた事もねえぞ?」


「無駄口叩かない、ほら来るよ!」


 いくら驚いたからって戦闘中によそ見は駄目だよキース。相手はまだピンピンして目の前に居るんだから集中してくれないと。


「……って、あれコボルトグラップラーじゃねえか!? なんでこんな所に? 上位種とか俺には荷が重いぞ」

 

 むむ、此奴はまだ僕の実力を信じてないとみえるな。まあ無理もないけどね、今日はじめて会った不審者に命預けるのは確かに怖いよね。でも……


「――キース、僕を信じて!」


「え?」


「君は、僕が守る!!」


「え、やだ、男前……きゅん 括弧ハァト」


「口で言うなよ気持ちわるい」


 随分余裕じゃないか、気持ち悪いな!

 キースは盾でコボルトグラップラーの腕を押し上げると、やや無理な体勢から剣を斬り上げた。案の定その攻撃は余裕で躱されてしまったけど、これは僕が事前の打ち合わせでキースにお願いした通りの動きだ。


「キースッッ!!」


 後ろからリーデル団長のやや焦った声が聞こえてきた。


 だけど……


「この位はまだ余裕なんだな! 神よ、かの者を守り給え神聖なる盾ハイリヒ・シルト!」


 キースの頭を砕かんと迫った巨大な拳は、またもや彼の体に触れる事はなかった。激しい金属音を鳴らした拳は、障壁に弾かれ上方へと弾き飛ばされる。


「少しの間コボルトの動きを見るから慎重に戦って、僕が合図したら攻撃に集中しちゃって!」


「了解!」


 まだコボルトグラップラーの動きが見切れてないので、僕は完全に”見”に徹する事にした。普通のコボルトの迎撃はするけど、僕からあのグラップラーにはちょっかいを出さない。


「とん、とん、とん……」


 黒い豪腕が唸る。すれすれのところを躱すキース。


「とん、とん……」


 彼の頭上を黒く巨大な拳が通過する。風切り音が尋常ではない。


「甘ぇぜ、犬っころ!」


 ダッキングから距離を詰め、グラップラーの胴目掛けて剣を横薙ぎにするキース。しかし、そんな必殺の一撃を放つ彼の姿をみたグラップラーに浮かんでいたのは、笑み。


 狙い通りに餌を食いに来た獲物を見る狩人の顔。


 気がついたときにはもう遅かった。低い体勢で突っ込むキースの眼前、顎のあたりに丸太のように太い膝が迫っていた。


「や、やべっ!?」


「神よ、かの者を守り給え神聖なる盾ハイリヒ・シルト!」


 ――おっけ~、間に合った。グラップラーのかち上げた膝はキースの顎を撃ち抜く事は無く、その眼前数センチの所で止まっていた。キースは振り抜きかけてた剣を引くと、慌てふためきながら数歩グラップラーから距離をとった。


「お待たせ。もう覚えた・・・よ」


「え?」


「もう君には指一本触れさせない、僕が守ってあげる!」


「だからなんでそんなに男前なんだよお前は、俺の中の何かがキュンキュンしちゃうだろうが!」


 なんかモジモジと赤くなる大男。気持ち悪い。

 けど、ここから反撃、お前には頑張ってもらうぞ!


「よし、キース! 防御は気にしないでどんどんいっちゃって!!」


「お、おう!」


 動きが早かったから最初は大変だったけど、フェイントとかも少なくて単調な攻撃。リズムも一定で防ぎやすい。 ……とん、とん、とん……ここ!


「神よ、かの者を守り給え神聖なる盾ハイリヒ・シルト


「ギィッ!?」


 再び大きな金属音とともに右手を跳ね上げられるコボルトグラップラー。流石に二度目ともなれば、キースもこの隙を逃したりはしない。今度は膝で迎撃される事もなく、すんなりグラップラーの腹を斬り裂いた。


「ギャァァァゥッ!?」


 深手を負った瞬間、グラップラーは踵を返して逃走を開始した。なんだ、いきなり過ぎないか?


「ギミング! こいつらは多分斥候だ。絶対逃がすなよ!!」


 おっと、そういう事か。斥候は逃しちゃいけないのか。


「汝が旅路の終焉、刻まれしその疲労は鉛の如く鉛足プロモ・ピエルナス


 内容を弄った特別版。効果時間を減らし、効果範囲を左足のみに、威力を上昇。結果、一瞬だけがっしりと左足に重りを付けられたコボルトグラップラーは、勢い余って派手に転倒した。


「キース!」


「分かってる! 強斬撃スラッシュ!!」


 そしてコボルトグラップラーは、起き上がる間もなくキースによって首を撥ねられた。これでお終い。


「な、僕と組めば楽勝だったろ?」


「あ~、確かにすげえな。お前」


 よしよし、初戦は危なげなくいけたぞ。周りを見れば、他の騎士達は上位種に襲われることは無かったようで危なげなくそれぞれの仕事をこなしていた。


「よし、今みたいな感じでどんどん強敵倒していこう、キース」


「……そうは言うがな、お前。あの法術結構心臓に悪いぞ?」


「大丈夫、即死以外だったらすぐに治してやるからな! 安心して被弾しろ!」


「いやいやいや、痛いからな? 普通に嫌だからな!?」


「聖女の本懐は治療だからね! どんどん怪我をしてくれると僕も嬉しいよ!」


「そんな恐ろしい聖女聞いたことねえよ!?」


 安心しろキース、僕の本気はまだまだこれからだぞ!


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